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チェルノブイリを語り継ぎ、福島を語り継ぐために―「チェルノブイリ 家族の帰る場所」著者インタビュー

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福島の原発事故以降、日本でも様々な局面で語られることが多くなったチェルノブイリ、「プリピャチ」という街の名を知る人も増えたのではないでしょうか。先月、そのプリピャチを舞台にした映画を紹介しましたが、今度はそのプリピャチを舞台にしたビジュアルブック(コミック)「チェルノブイリ 家族の帰る場所」(朝日出版社刊)を紹介します。

作者はスペイン人の二人組フランシスコ・サンチェスさんとナターシャ・ブストスさん(訳は管啓次郎さん)。物語と絵から非常に強いイメージを喚起されるこの作品、来日していたふたりにインタビューしてきたので、その模様もあわせてお届けします!


book

まずこの作品は、原発事故後もいったんは避難したものの原発近くの自宅に戻ってきて住み続ける老夫婦の物語から始まります。映画『プリピャチ』にも登場するように、実際にそのようにして戻ってきた人は老人を中心に少ない数ではないそうです。

実際の取材をもとに創り上げた老夫婦の生活を第1章として、第2章ではその娘夫婦を主人公として原発事故前後の1週間のプリピャチを舞台に、第3章ではそれから20年後の孫たちを主人公に物語が展開します。

私がこの作品を読んで、まず面白いと思ったのは「放射線という目に見えない恐怖をビジュアルブックで表現する」ということ。文章で説明するのでもなく、ドキュメンタリー映画でありのままを映すのでもなく、あえて絵に表現する、結果的にそれによって非常に強くイメージを喚起されるわけですが、どうしてそういう表現を選んだのか、そのあたりから聞いてみました。

見えない放射線の恐怖を描く

ナターシャ・ブストスさん
ナターシャ・ブストスさん

石村 放射線というのは目に見えないわけですが、その見えないものの恐怖を表現するためにどのような工夫をしましたか?

ナターシャ 放射能の影響というと奇形の動物のようなセンセーショナルな形で伝えられることが多いですが、私たちはそういったセンセーショナリズムに走らず、間接的な形で表現することを心がけました。目を背けたくなるような画像や写真はネットで探せばいくらでもあります。それを表現するのは別の媒体に任せて、間接的な表現を使うことでメッセージ性を高めようと思ったのです。

石村 例えば、たくさんの人がいるプリピャチと無人になってしまったプリピャチを描いたようにですか?

ナターシャ そうですね。第1章のプリピャチは爆発から約3年後、第2章では爆発前、第3章では20年後のプリピャチを描きました。その20年後の自然がはびこっていて誰もいないそんなプリピャチをみて、その変化から何かを読み取ってもらえれば嬉しいです。

フランシスコ 読んでいくと、(孫の)レオニードの立場に読者は置かれると思います。そして、ツアーに参加する彼の視点で(20年後の)プリピャチに入って行くことになる。それが僕らが意図したことなんです。

石村 そのようなツアーがあるということは若者は知りたいという思いを持っているということだと思いますが、それに対して、親の世代は思い出したくないという思いを抱いているように描かれています。そのように世代間で捉え方が異なる状況において、どのような思いでこのように事故について伝えるものを作ったのでしょうか?

ナターシャ 私も最初話があった時、チェルノブイリというテーマが非常に重かったので、ちょっと躊躇しました。でも、フランチェスコの脚本を読んで、これは世界に役に立つものだと思い、協力することにしました。それは、人々がこういう大きなことが起きたということを忘れないために折に触れて読んでもらいたい、それで思い出してもらいたいという思いです。私たちは本という形をとりましたが、語り継いでいくためであれば芸術でも音楽でもいいんだと思います。

フランシスコ 原子力の問題の中でも大きなものは放射線の問題で、それはつまり眼に見えないものでありながら、その影響は世界中どこでも受ける危険性があるし、なくなるまでに長い時間がかかるのでのちのちの世代まで影響をうけることになるということです。だから、世界中のなるべく多くの場所で、なるべく長い間語り継がれていかなければならない。

最悪なのは忘れ去られてしまうことなので、この本がそのことを忘れないでいるのに役だってくれればという思いでいます。

greenz/グリーンズ チェルノブイリ 家族の帰る場所 第3章

石村 実際にゾーン内に入るツアーに参加したということですが、行ってみて何を感じましたか?

フランシスコ ツアーをこの本に組み込むために実際に自分の目で確かめたくて行ったのですが、行く前に本当にたくさんの資料や写真、映像を見ていたので、だいたいのことはわかっていたつもりでいました。

しかし、実際に足を踏み入れてみると、その気持ちはなんと表現していいかわからないもので、街が自然に徐々に侵食されている様子を見て、恐ろしさというか、4万人以上がいきなりいなくなってしまったこの出来事の重大さを改めて頭と心で感じることができた気がしました。


「目に見えないからこそ語り継がなければいけない」、それは非常によく分かることです。そして、語り継ぐという点でコミックというのは非常に有効だと私は思いました。

インタビューの中でナターシャさんが「はだしのゲン」に言及していて、私はその時に自分が小学生の頃、図書館にあった「はだしのゲン」を読んで原爆についていろいろなことを知ったということを思い出しました。

「はだしのゲン」はマンガという形態であったからこそ小学生の私の興味を引き、原爆を知らない世代にそれを伝えることができたのです。きっと今も「はだしのゲン」は読み継がれ祖父母すらも原爆を知らない世代にも原爆が語り継がれているのだと思います。日本のマンガについても知識が深そうなお二人にそのあたりも少し聞いていました。

石村 話は少しそれますが、ナターシャさんの絵を見て「浦沢直樹さんに似てる」という印象を受けました。浦沢さんの作品はお好きなんですか?

ナターシャ 大好きです!浦沢直樹さんが描く年配の人達の顔がすごく好きで、私はまだまだ未熟で年配の人達を描くのが不得手なので、彼の描き方を見て勉強させてもらいました。そんな浦沢さんに「似てる」と言われるなんてすごく光栄です!

私の場合は極端かもしれませんが、スペインやヨーロッパの漫画の世界では日本の漫画の影響力はすごいので、日本で本を出せて、来ることもできて嬉しいです。

フランシスコ 僕は浦沢直樹さんのことはナターシャほど良く知らないですが、谷口ジローさんの大ファンなので、この作品も「脚本の感じが似てる」って言われたらすごく嬉しいですし、きっと近いものがあると感じてもらえると信じてます。

greenz/グリーンズ チェルノブイリ 家族の帰る場所 第1章

福島をどう語り継ぐか

最後に、福島について。

チェルノブイリの事故が起きてから25年が経ってこの作品を作ったお二人は福島の事故について何か表現したいと考えているのかについても聞いてみました。

フランシスコ・サンチェスさん

フランシスコ・サンチェスさん

石村 この本のように福島についても何か作りたいと考えていますか?

フランシスコ 日本に来ようと思った理由の1つとして、福島関連の情報を収集したいというのもありました。だから何らかの形で表現したいとは思ってますが、このようなグラフィックノベルの形にするかどうかは決めていません。この本のために色々資料集めをして、核エネルギーについて詳しくなっていると思うので、これと似たようなテーマで、福島についても人々に核・放射能について知ってもらうようなものを作りたいと思っています。

逆に、どんなことなら今の僕に出来るのか、何か提案はありませんか?福島のことを直接的な形で表現して、世に発表するべきなのでしょうか?それともまだ早いと思いますか?

石村 個人的な感覚ではまだ早いと思います。実際に自分の家に帰れない人達は、この本が数年後や20年後の福島を予見していると受け取ると思うので、いまはそれで十分なのではないでしょうか。チェルノブイリと同じように20年後30年後に人々が忘れてしまわないように福島について何か作ってもらえれば嬉しいし、あるいは福島がいまどうなっているかということをスペインやヨーロッパの人達に伝えて盛られると嬉しいです。

フランシスコ これからスペインに帰って報告会も計画していますし、メディアのインタビューも受ける事になると思うので、日本で見聞きしたことをいっぱい話していこうと思っています。それと、これからブログを開設する予定なので、そこでも経験したことをどんどん発信していこうと思います。


フランシスコさんはこの本のエピローグで「あまりにも多くの語るべき物語が、ここにはあるのだ!」と書いています。この本に描かれた物語というのはその沢山の物語のひとつに過ぎないのです。

インタビューの中で被害者の思いについて「頑張ってみても経験してみないとわからないことっていうのはある」とも言っていました。私達がしなければならないのは、なるべくたくさんの物語を語り継ぎ、想像しがたいことをなるべく想像できるようにすることです。

この本は福島の本ではありません。でも、いま日本でこれを読んだら福島のことを思わずにはいられないでしょう。そのようにして想像力を駆使して私たちはなるべくたくさんの物語を記憶にとどめ、語り継いでいかなければならないのではないでしょうか。


「チェルノブイリ 家族の帰る場所」
文:フランシスコ・サンチェス
画:ナターシャ・ブストス
訳:管啓次郎

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