この記事はフリーペーパー「metro min.(メトロミニッツ)」と井上英之さん、greenz.jpのコラボレーション企画『トム・ソーヤーのペンキ塗り』にて、メトロミニッツ誌面(3月20日発行)にも掲載中のものです。
1999年に巻き起こった『ヘブンズパスポート』のムーブメントを、ご記憶の方も多いでしょう。「キレる17歳」という不名誉な言葉で括られていた10代の若者たちに対して、100個良いことをしたら願いが叶うヘブンズパスポートを発行し、15万部を売り上げる社会現象となりました。
このパスポートを企画・開発したのが、当時弱冠23歳だったオキタリュウイチさんです。その後、多方面に渡る活動を行うオキタさんは、2007年に自殺防止のためのテクニックを集めたサイト「生きテク」を立ち上げます。大胆な発想と行動力で人と人とが繋がる仕掛けを発信し続けるオキタさんに、その着想の原点を伺いました。
年間3万513人。これは2011年に日本国内で、自殺で亡くなった方の人数です。ここ14年、年間自殺者数が3万人を突破する事態が続いている日本。長引く不況に先の読めない社会状況の中、様々な理由から死を見つめざるを得ない人々が増えています。
この課題は本当に「声がけ」や「相談窓口の設置」などで根本的に解決するのだろうか? オキタリュウイチさんは、そんな素朴な疑問から自殺問題についての考察を始めました。
インターネットで“自殺”というキーワードを検索してみてください。驚くほどたくさんの“死ぬ技術”を紹介したサイトが出てきます。特に日本人は、提案された中から(人生でさえも)、選んでしまう傾向にある。でも、なぜ逆の“問題解決”の技術カタログは存在しないのでしょうか?
そこで、そんな「人生の問題解決のカタログが存在するのか」を調べ始めたのだと言います。しかし、いくら調べても、「励まし」「叱り」「具体的な死に方」ばかりで、「解決策をすべて網羅したもの」は、まったく出てこなかったそう。
つまり死にたいと思った人がネット検索をすると、死ぬ方法ばかりを知って、課題の解決方法を知る術が全然ない。これが自殺者を増やす一因じゃないかと考えました。
そんなカタログがないのなら自分で作ろう。そう考えたオキタさんが立ち上げたのが「生きテク」です。このサイトは、死にたいほど思い詰めた悩みを克服した人の体験談を集め、その解決方法をジャンル別に分類して掲載。閲覧した人が死を回避する方法を知ることができるようになっています。
「生きテク」の斬新さは、そんな自殺を思いとどまった人々の解決法がアーカイブ化されていること。仕事を変えて問題を解決した「働く系」、時間を経ることで痛みが和らぐ「時間系」など、8つの分類で生きるテクを紹介しています。まさに、死なないための情報カタログと言えるでしょう。
そこには「がんばって生きろ」的な無意味な励ましや、ただ傷口を撫でるだけの安易な癒しはありません。「法律によって借金問題を解決した」、「この1冊の本で死ぬ必要がなくなった」といった“死にたい”から解放された先人の具体的な経験が、生きるテクニックとして紹介されています。
自殺をする人は弱い人、という偏見がありますよね。実は全く逆で、責任感の強く仕事のデキる人が多い。日本では自殺の1回目での成功率は9割、ヨーロッパでは4割という国もあります。日本人は緻密に死ぬ方法を研究し、失敗せずに実行できてしまう。だからこそ死なない方法を紹介することに効果があると感じたんです。
今から13年前に「ヘブンズパスポート」で社会現象を巻き起こしたオキタさん。当時の大人世代から「キレる若者たちに善行を勧める商品なんか売れる訳ない」と笑われましたが、結果は逆でした。その後もクリエイティブディレクターとして、企業のブランディング等で活躍し結果を出し続けてきた彼ならではの、冷静で効果的な仕掛けが「生きテク」の認知度アップにも反映されています。
とにかく少しでも早く「生きテク」の存在を普及する必要があったので、様々なアクションを起こしました。死ぬ気が萎える言葉を書いたTシャツを、100種類作って街を練り歩くゲリライベント「Tシャツ100人隊」は大きく認知度を伸ばしたと思います。過激な行動をネットの掲示板で叩かれた時は、そうなるとはわかっていましたが落ち込みました(笑)。
現在、オキタさんは株式会社ポジメディア代表取締役CEOとして、「生きテク」以外にも多岐にわたる活動を行っています。障がい者が持つ障がいの特性を活かして起業を目指す「“ユニバーサルベンチャー”ビジネスプランコンテスト」や、うつの人に奥多摩移住の実践例を紹介する「奥多摩移住プロジェクト」など、すべての携わる活動の原点には人間を真摯に見つめる思いがあるようです。
「いずれは『生きテク』を世界中から集め、世の中すべての問題解決の前例アーカイブにしたい」と壮大な目標を語るオキタさん。一方、インターネットにアクセス出来ない中高年世代にも「生きテク」を届けるために、回覧板やお寺でのイベントといった、古くからあるシステムも活用することを考えている、とも言います。そのポジティブパワーで、これからもご近所から世界まで多くの人々に、生きるテクニックを伝えてくれることでしょう。
(Text:高橋慎一)
いのさんのここがポイント!
ムーブメントも広がりも、“デザイン”して生まれていく。
それには、丁寧に話し、傾聴し、楽しむことが大切だ。
「自殺を考えている人って、実際、どうなんだろう?」。オキタさんは、マクロだけでモノを見ない。いつも「話してみないとわからない」リアリティがある。そして、踏み込んでみることで、たくさんの背景と物語、そして、遠くからではわからない、共通点と、希望、可能性も見えてくる。
一見して思う、ホームレスの人たちへの印象。本当に、「さぼっていたから」なのか? 水面下で起きてきた状況はいつもちょっと違う。社会の現場って、大抵そうだ。
しっかりと耳を傾けよう。そこにパターンも見えてくる。自殺を考える人は、意外とロジカルで、計画を立てている。逆に、自殺を留まった時にもパターンがあるはずだ。そこに、新たな人間行動を生み出す「デザイン」の可能性が見える。
「もし、渋谷の女子高生たちが、良いことをする度にシールを貼るパスポートで遊んだら、社会に良いことの連鎖が生まれる」。ヘブンズパスポートは、小さな変化を生み出しながら、より大きなムーブメントへの橋渡しをするツールだ。“良いこと”をする面白さが、伝染していく。
常に、対話を重ね、変化が広がっていくポイントを意識して、新しいことを始めるオキタさん。デザインとはただきれいに伝えることじゃない。その背景に丁寧な観察や粘り強い目線、そして明るさや遊び心がありますよね!
1976年徳島県生まれ。早稲田大学中退。株式会社ポジメディア代表取締役兼CEO。1999年、「ヘブンズパスポート」を開発・販売。2007年9月には、「生きテク」を立ち上げる。2008年、(社)日本青年会議所・NPO法人「人間力開発協会」が主催する青年版国民栄誉賞「人間力大賞」厚生労働大臣奨励賞受賞。近著に『5秒で語ると夢は叶う』(サンマーク出版、1,470円)がある。
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