「東京らしさを保ちながら節電もできる照明」とは何かを考える“エッセンシャル”・ライト・プロジェクト

3月17日の渋谷 photo by essentiallightjp

3月17日の渋谷 photo by essentiallightjp

東日本大震災から100日あまり、被災地ではいまだ避難生活を送られている方も多く、原発の問題はなかなか収束の兆しを見せませんが、震災直後には混乱もあった東京のまちは落ち着きを取り戻した感じがします。停電のおそれから一斉に消された灯りも徐々に戻り、夏場の電力不足という懸念はあるものの街は明るさを取り戻してきました。

しかし、東京の街はこのままあのネオンギラギラのトーキョーに戻っていいのでしょうか?あるいは戻すべきなのでしょうか?震災後に街灯やネオンが消されたとき、多くに人がこう思ったはずです「なんだ、これでも大丈夫じゃないか」と。そう、これまで東京は明るすぎたと多くの人が感じたのです。その感覚を忘れる前に、本当に東京にふさわしい明るさとはどのようなものなのか、そして、それを実現するためにはどのように照明を管理してゆけばいいのか、それを問おうというのが、日本を代表する照明デザイナーである岡安泉さんらを発起人として立ち上げられた「エッセンシャル・ライト・ジャパン・プロジェクト」なのです。

今回はその岡安さんと、同じく発起人の株式会社テンマのクリエイティブ・ディレクターの林崎暢亮さん、日本ピー・アイ株式会社代表取締役の中畑隆拓さんにこのプロジェクトの狙い、東京の灯りの歴史、そして被災地復興にまで及ぶ計画についてお話いただきました。

「東京☆光散歩プロジェクト」について

現在、エッセンシャル・ライト・ジャパン・プロジェクトでは、丸の内、渋谷、浅草という三ヶ所で「東京☆光散歩プロジェクト」が行われています。これは、チェックシートを手に決められたルートを歩いてもらい、リサーチポイントの明るさや印象を答えてもらうというアンケートです。

このアンケートについては、繁華街、オフィス街、観光地、という3種類の場所の代表として渋谷、浅草、丸の内を選択し、ウェブに調査シートを掲載することで、誰でもそれをダウンロードしてマップに沿って歩くことでリサーチに参加できるようにしたということです。アンケートは快適か不快か、明るく感じるか暗く感じるかという2つのパラメータと年齢性別などの基本情報に単純化、なるべく多くのデータを集めて最終的にはオープンソースの形でウェブに公開する予定だそうです。

この調査で、重要なパラメータが実は「年齢」だそうで、一説によると20歳と60歳では感じる明るさが3倍くらい違うんだとか。なので、なかなかこういうプロジェクトに参加してもらえない60代以上方にどうしたら参加してもらえるかが悩みの一つになっているということです。

節電による明るさの変化と感じ方の違い(東京☆光散歩資料より)

節電による明るさの変化と感じ方の違い(東京☆光散歩資料より)

このプロジェクトが生まれた背景とは?

では、なぜこのプロジェクトをはじめることになったのか、それについて岡安さんはまず震災後の東京の状況を挙げます。震災後一方的に照明が消されてしまい、それを不安に感じる人もいれば、むしろ歓迎する人もいたけれど、そこにはルールが存在していないことが分かった。適正な照明と電力量という基準をまず考えなければ原発の是非論もすべて空論になってしまうおそれがあったというのです。

その上で岡安さんは「東京というまちの「東京らしさ」を保ち、ある美しさを担保しながら、みんなが豊かに暮らせる絞りこまれた一番適正な電力量」を照明についてはしっかりと探る必要があると考えたのです。

そのそもいまの東京らしさというのは、終戦後、焼け野原だった東京が復興するさいに、ちょうど新技術として量販されるようになった蛍光灯が爆発的に普及したことから生まれたのではないかと岡安さんは言います。消費電力も少なくて明るい蛍光灯によって東京は明るいギラギラした街になり、それが何十年かの間に「東京らしさ」になったというのです。そして、それを否定するのではなく、それをベースにこれからの東京らしさはなにかを考える必要があるというのです。

そして、さらに東京と言っても、そのまちの性質によって必要な灯りと電力量は異なり、それぞれの街について考えていく必要があるけれど、これまでは考えられていなかったのだといいます。

たとえば、震災直後の浅草で雷門や浅草寺が真っ暗なのに仲見世の看板はついたままでした。観光客は雷門や浅草寺にくるわけなので、本来なら仲見世を暗くしてでも浅草寺や雷門は明るくするべきなのにそれが出来ていなかった。他方、渋谷の場合は街灯が消されていたけれどもともと路面店が多くてそれで十分明るいので、そもそも街灯なんてついてなくても良かった。こういうことが、分かってきたというのです。

つまり、そのまちにふさわしい灯りを実現するには「横のつながりが重要」だと林崎さんは言います。それぞれが個々でやっていては全体的な節電や灯りの調整は難しいし、さらに言えば今は節電競争みたいになっていて暗いほうがえらいという風になってしまっている。そうではなくて、滴定な明るさをなるべく電力を使わずにいかに実現するかということが必要とされているというのです。

岡安泉さん(左)と林崎暢亮さん(右)

岡安泉さん(左)と林崎暢亮さん(右)

明るさの決め方と社会的弱者

ではなぜそのような「横のつながり」が今までは実現してこなかったのでしょうか?これについて岡安さんは何よりも「お役所仕事」によるところが大きいといいます。公園や道路や建物にはそれぞれ推奨照度というものが決まっていて、それはその公園や道路を管轄するそれぞれの役所が決めているというのです。そこの連携がないので、それぞれが照度を守って、結果的に全体の照度がどんどん上がっていく。さらに、お年寄りや目の弱い人に配慮するために少しでも危ないと感じるような場所にも照明を足していく。基準値を大きく超えることで誰からもクレームが来ない街をつくってきたというのです。

と同時に、「これは行政の落ち度というよりは、こういうことを真面目に考えるチャンスが今まではなかったというだけのこと」だとも話します。これを機会に、「まずは考えましょう。考えるって素敵じゃないですか?」というメッセージを発して、行政に対しても考えることを促したいというのです。

それを考える上で重要になってくるのは、安全の問題です。社会的な弱者も含めて安全な街にするにはどうすればいいのかを考えなければならないのです。しかし、岡安さんは「乱暴な言い方かもしれませんが社会的弱者は「ケアしなくていい」と思います」と言います。その真意は無視していいということではなくて、「照明だけで解決しようとすると結局明るくすればいいという話になってしまう」からです。そうではなくて、全体的なデザインの問題として解決しなければいけないというのです。

例えば、節電で地下鉄の内照式の案内板の電気が消されて見にくくなりましたが、あれも背景と字のコントラストを強くつけておけば照明がなくても大丈夫だっただろうし、階段なんかも色の差をつければ暗くても簡単に視認できたりするはずで、そのように全体的に考えていかないと弱者のケアはできないというのです。ここでも必要なのは「横のつながり」なのです。

被災地の復興と灯りの計画

岡安さんは、石巻で被災地復興のための活動を行っているそうで、戦後の東京のようにゼロから街を作ることになった被災地にこそ今回の調査結果を活かすことができると言います。そもそも石巻は津波の前から財政が破綻していて、市民の多くは震災を機に新しいまちを作りたいと考え、有志が動き始めているといいます。

まちづくりや都市計画は、行政にも専門家があまり多くいない分野であり、石巻で本気でまちづくりをしようとしたら専門家ではない行政がだしてくる案の対案を出す必要があるのだといいます。今の東京をどう感じるかを記録しておけば、その提案をする際に適切な光環境を提示できるのではないかというのです。

戦後復興から徐々に形作られてきた照明における「東京らしさ」を見直すとともに、再生しようとしているまちに新たな「らしさ」を提案する。エッセンシャル・ライト・ジャパン・プロジェクトが目指すのは、照明を通じたまちづくりであり、必要以上にエネルギーを使わないようにすることです。「節電でまちが暗いなぁ」と漠然と考えるのではなく、それぞれの場所について適正な明るさというのを考えることでほんとうに必要な節電とはなんなのかが見えてくるはずです。皆さんも是非、年令や性別、境遇の異なる人と「光散歩」をしてエネルギーについて考えてみてください。

エッセンシャル・ライトの東京☆光散歩に参加しよう!