「田舎暮らし」というと、以前は定年後の世代がのんびり移住という考えが主流でした。ここ数年、傾向が変わってきて、20~40代の現役世代が「田舎」へ向かっているのです。自然豊かな環境で暮らしたい、子どもを育てたいという気持ちが芽生え、移住を考えている人たちが増えているのです。
でも現実的に考えると頭を悩ますのが仕事。もちろん場所によっては通勤も可能ですが、田舎ならではの利点を生かすには「起業」という選択肢もあるのです。新しいことに挑戦する場として考えてみませんか?
2011年1月8日に千葉県いすみ市で行われた「いすみ起業大学」を通じて、「田舎で起業することの楽しさ、強み」を参加者に伝えた、先輩起業家たちの力強い言葉と暮らしぶりをレポートします!
(いすみ起業大学内で行われた田舎起業家によるトークはこちら!)
房総でパン屋を起業した夫妻が起業セミナーを開催
2007年、東京から千葉県いすみ市に移住した30代の渡邉格(いたる)さんと奥様の麻里子さんは、「農あるパン屋」を掲げて自家製天然酵母と国産小麦でパンを焼く「パン屋タルマーリー」を起業しました。地域の農を大切にしながら、食材のクオリティーには妥協をしないパンづくりを貫き、自家製天然麹菌による酒種パンづくりなど新しい製法に挑戦していることが、タルマーリーの強みです。
このお二人は地域と農のつながり、地域内循環にも関心が強く、移住したいすみ市で、房総の豊かな素材を使った真摯なつくり手を集めた「ナチュラルライフマーケット」の主宰もしています。
そんな渡邉夫妻が常日頃思っていたことは、
「田舎でこそ最高のクオリティーのものができると思うんです。地代が安い田舎だからこそ、本当に良い素材で勝負できる。ビジネスとして、辺鄙な場所でもいいものを作れば売れると証明したい」ということ。
「でもまだまだ田舎は人材不足。田舎で頑張る人、「田舎起業家」をバックアップしたいと思ったんです」という強い想いと夢があり、昨年に引き続きいすみ市と協力をし、「いすみ起業大学」を開催しました。いすみ市は東京から電車や車で1時間半~2時間で行ける都会に近い外房にあり、海と川と里山が織り成す自然豊かな地域です。
田舎では何をやりたいのかをはっきりと!
朝9時30分から「いすみ起業大学」として1日の講義がスタート。今回はターゲットを「夫婦で房総の自然の恵みを活かした起業を考えている子育て世代」にしていたため、定員20名の参加者のほとんどが東京近郊に暮らす20~30代の夫婦でした。飲食店や農業など起業したい仕事はさまざま。起業した先輩の生の声が聞きたいのが参加理由です。
そして、一緒に連れてきた小さなお子さんはスタッフの子どもも含めてなんと総勢22名! 子どもたちの元気なパワーでとってもにぎやかです。和室の保育ルームも設置し、保育スタッフにはプロの保育士さんの姿もありました。遊びにお昼寝、人形劇の観劇など、参加した親が安心して1日の講義に集中できる配慮がされていました。
ランチタイムでは、厳選された米、野菜、鶏、鹿、豚など千葉房総の食材で作る見事な料理の数々に、房総の食材の底力と、その地元素材を生かすUshimaruの打矢シェフの腕前を改めて実感。また、パン屋タルマーリーの渡邉格さんのパンの美味しさに、妥協を許さないプロの味を感じました。
参加者同士の交流もはかれ、新しい仲間もできそうな、にぎやかで和やかなランチでした。
田舎で子どもを育てるということ
午後は「いすみ市の子育ての現状」についての講義からです。今回は子育て世代が多く参加しているため、いすみ市の子育ての対応と現状はどのようなものか、都会との違いはあるのかなどの具体的な話は、参加者にとって身近で興味深いものでした。
ゲストとしていすみ市役所福祉課の担当者、市内の保育士さん6人が登場。いすみ市が独自に行っている子育て支援や、保育園が行っている保育の様子などを丁寧に説明してくれました。いすみ市には幼稚園はなく保育所しかありませんが、子どもの数が少なく、待機児童はゼロ。給食もアレルギー対応をしてくれたり、来年度からはいすみ市産の炊き立てご飯も出るそうです。
昨年、東京からいすみ市に移住したばかりのお母さんたちも、子育てについて語ってくれました。まずは、5歳のお子さんをもつ大橋美香さん。子どもの成長過程で、いちばん密に過ごせる大切な時期をどこで暮らすかということを考え、自分自身も自然でいられる場所へ行こうと思い、ご主人の希望でもあった田舎への移住を決めたそうです。
「東京では自然育児のようなことをしていたのですが、こちらではもう冒険育児(笑)。東京でやっていた自然の遊びが、こちらではもうやらなきゃいけない状況というか(笑)、家の前も竹やぶで鬱蒼としていたら切らなきゃいけないし。東京ではシュタイナー教育の幼稚園に預けていていました。移住していすみ市の保育園に入りましたが、以前の幼稚園と変わらない生活リズムにしたいという相談にも対応してくれました。また、行事としておにぎりを作ったり、園庭で野菜を作って子どもたちに給食を作ってくれたり。東京ではこういうことは難しくて特徴になっていた。それがこちらでは自然なスタイルなんだと驚きました」
と大橋さん。
続いて鈴木菜央さんの奥様、友美さんのお話です。自然環境に恵まれたところで子育てをしたいと思われていて、娘さんが小学校に入るまでに引っ越そうと、ご主人の菜央さんと話し合っていたそうです。
「引っ越してきて子どもたちがのびのびしています。長女は臆病だったのですが、ここに来てなんでも自分でやるようになって、自転車に乗れるようになりました。地面が土で柔らかいから、痛くないってわかったんだと思います。土の上で遊ぶのは喜んでいますね」
と友美さん。
また、菜央さんは東京まで通勤していますが、移住で仕事のオンとオフがはっきりするようになったといいます。「帰ってくるとオフになる。駅の駐車場で夜、空を見上げるとまるでプラネタリウムみたいに、星がきれいで。引っ越してきてよかったなと」。田舎の自然は子どもたちを元気にするだけでなく、大人の心も癒してくれるようです。
また、
「夫婦であることが信頼を得やすく、子どもがいると応援してもらえるので、田舎で起業をするには子育て家族で行くと始めやすい。子どもを通したつながりはかけがえのない宝」
という麻里子さんのアドバイスもありました。
都会では得られない「横のつながり」
「田舎で頼る人といえば近くの友人になります。家族同士のコミュニケーションが密になりますね。とても仲良くなれます」と鈴木友美さんがいえば、「近くに鈴木さん、大橋さんと移住の家族が増えてきた。徒歩圏内に遊べる友だちがいるのが奇跡的です」と応える渡邉麻里子さん。子どもを預け合うこともあるといいます。
「田舎には横のつながりがあります。そして大人には夜の部活動も(笑)。酒がむちゃくちゃうまい」と笑いながら、みんなで飲むことも楽しみと語る渡邉格さん。
都会ではご近所のこともよくわからない状況が当たり前になりつつあります。不自由なく暮らせるからです。でも田舎ではつながっていかないと生活しづらい環境から、家族間や地域との関係が密になっています。その人間関係が本来、安心で楽しい関係であったことに、田舎へ移住をした人たちは再び気づき始めているのではないでしょうか。
今回の起業大学は主催の渡邉夫妻の活動を、いすみ市や保育士さん、商工会、地元の人形劇グループ、友人たち、お店のスタッフがバックアップをしていました。大勢の子どもたちを安心して預けられる環境を整えられたのも、日頃のコミュニケーションと熱意の賜物ではないでしょうか。市を一緒に盛り上げていきたいという皆さんの情熱が伝わってくる講座でした。
そして参加者にもその情熱が伝わり、「盛りだくさんな内容で勉強になった」「起業は心地よい生き方を選択できるひとつの方法かも」などと感想が寄せられています。ひとりひとりの心に「起業」という新しいキーワードが刻まれたようです。
「ハイクオリティーの生活をしている自信がある」と話した格さんの言葉にうそはない。じつは田舎が最先端の暮らしなのかもしれない。そう思えた今回の「いすみ起業大学」の講義でした。
やりたいことがある皆さん、田舎での起業を選択肢のひとつにしてみるのもいいですよ!
(文/細江まゆみ 写真/徳留尚弥)
いすみ起業家によるトーク