身近な買い物から学校での学習テーマまで。
いま、「エシカル」という考え方は、さまざまな場面で語られるようになりました。
「エシカル」とは、人や社会、環境、そして地球にとってよりよい選択をしようとする倫理的な姿勢のこと。
この言葉が広がるずっと前から、学びの場をひらき、人と人をつなぎ、社会に「エシカル」のものさしを根づかせたいと尽力してきた人たちがいます。
一般社団法人エシカル協会。
「エシカルな暮らし方を幸せのものさしに」を理念に掲げ、エシカル消費やライフスタイルを広める活動を行ってきました。
その歩みは2010年、代表の末吉里花さんが中心となって始めた「フェアトレード・コンシェルジュ講座」(現:エシカル・コンシェルジュ講座)にさかのぼります。毎年開かれる講座を通じて受講生同士のネットワークが育まれ、2015年11月11日、第一期生の仲間2人とともに協会を法人化しました。
以来、講座をはじめとする教育事業、講演やワークショップ、自治体や企業との協働を通じて、延べ2.7万人以上に「エシカル」の学びの機会を届けています。なかでも「エシカル・コンシェルジュ講座」は、環境や人権、ジェンダー、動物福祉、ファッション、食など、暮らしに関わるあらゆるテーマを横断的に学べる場。社会課題を「遠いこと」ではなく「自分ごと」として考えるきっかけを生み出してきました。
その10年以上にわたる活動とこれからの展望について、協会を立ち上げた代表理事の末吉里花さんと、講座を受講して「エシカル」に出会い、現在はコーディネーターとして活動を支えるエバンズ亜莉沙さんに、greenz.jp編集長・増村江利子(以下、江利子)が話を聞きました。
一般社団法人エシカル協会 代表理事。TBS系『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターとして世界各地を旅した経験を持つ。2015年にエシカル協会を設立。講座や講演、政策提言、教科書執筆などを通じて、エシカルの考え方やエシカル消費の普及啓発に取り組んでいる。
米国オレゴン州で環境科学を学んだことをきっかけに、社会や環境の課題に強く関心を持つようになる。帰国後は国際NGOでのインターンを経て、2015年にエシカル協会主催のフェアトレード・コンシェルジュ認証を取得。その後、地球一周の旅に出て、各地での学びや出会いを発信し始めた。現在は「人と地球にやさしいライフスタイル」をテーマに、SNSでの発信や執筆、イベントの企画運営、メディア出演など多方面で活動している。
10年前に始まった、日本にエシカルな選択を普及させる活動
江利子 まずは、お二人の出会いについてお聞きしたいと思います。
エバンズさん 2015年でした。まだ「エシカル」という言葉すら知らなかった頃、偶然友人の紹介で「フェアトレード・コンシェルジュ講座」(現:エシカル・コンシェルジュ講座)に参加したのですが、そこで初めて「エシカル」という言葉と出会いました。
末吉さん あの頃はまだ「エシカル」という言葉自体が世の中にほとんど浸透していなかった時代。だからこそ、学びに来てくれる若い世代に出会えることは、私にとっても大きな励みでした。
江利子 そもそも、お二人が地球にあるさまざまな課題に目を向けて活動するようになったきっかけは、どこにあったのでしょうか?
末吉さん 私の原点は、仕事を通じて2004年にキリマンジャロに登ったときの体験です。頂上に横たわる氷河は、地球温暖化のために、かつての1〜2割しか残っていなかったんです。途中で立ち寄った小学校では、子どもたちが「氷河が戻りますように」と祈りながら植樹をしていました。あの子たちに「私たちはあんなに高い山に登れないから、代わりに見てきて」と託されて登頂したとき、目の前に広がった光景は衝撃的で、胸が押しつぶされる思いでした。その瞬間、「地球はひとつで、すべてがつながっている」ということを強く感じました。そこから「ライフワークとして、この課題に取り組まなければ」という使命感が芽生えたんです。
エバンズさん 私は、アメリカ・オレゴンで環境科学を学ぶ中で、学べば学ぶほど、地球の環境が抱えている課題の大きさに押しつぶされそうになってしまって、「自分に何ができるんだろう」と悩んでいたんです。そんなときに里花さんの講座で「エシカル」という言葉に出会い、「あ、これだ」と腑に落ちた。自分が伝えたいと思っていたことが一言にまとまった瞬間でした。
江利子 お二人とも、原点は違っても「自分の目の前の現実をきっかけに、社会や世界とつながる言葉として“エシカル”に出会った」という共通点があるのですね。
エバンズさん はい。講座で聞いた話は、ただの知識ではなく、自分の暮らしにすぐ直結するものでした。買い物ひとつでも「本当に必要かな」「どこで、誰の手によってつくられたものだろう」と立ち止まるようになったり、自分が食べているものの背景を調べたり。小さなことの積み重ねですが、その一歩一歩が暮らしを変えていくんだと。
末吉さん 完璧でなくてもいいし、むしろ一人ひとりができる小さな選択の積み重ねこそが大事。それを「自分ごと」として実感してくれる人たちの存在が、協会の活動を続けていく大きな力になっていきました。
エシカルという言葉が持つ「すべてはつながっている」という視点
江利子 2015年、消費者庁が「倫理的消費」調査研究会を立ち上げましたよね。里花さんも委員として参加されていましたが、当時はどんな雰囲気だったのでしょうか。
末吉さん エシカル協会が立ち上がったのとちょうど同じタイミングで、消費者庁が国として研究会を設置しました。ゆくゆくは誰もが、人や社会・環境に配慮した消費を当たり前にできる社会をつくる。そういった方向性を、国としてきちんと宣言したんです。環境、動物福祉、認証ラベルなど、多様な分野の専門家が集まる有識者メンバーの中に私も入れていただき、「エシカル消費」の定義を一緒に決めていきました。
江利子 話し合いの中で、どのような課題がありましたか?
末吉さん 実は、大きな課題だったのは「言葉」でした。エシカルって、横文字で分かりにくい。そこで研究会では、「日本語に置き換えられないか」という議論が起きたんです。国民にもオープンに意見を募って、「思いやり消費」「お互いさま消費」「応援消費」といった候補がたくさん出てきました。けれども、結局は収まりきらなかった。
エバンズさん 「エシカル」が指しているのは環境だけじゃないですからね。人権や動物福祉、生物多様性、公正な社会のあり方まで含んでいる。
末吉さん そうなんです。だから「思いやり」や「応援」では片付けられない。最終的に「国際的にも使われているエシカルをそのまま使いましょう」という結論になったんです。
その議論を通じて私が強く感じたのは、「すべてはつながっている」という視点の大切さです。エシカルという言葉は消費の分野で語られることが多いですが、亜莉沙さんが言ったように、人権や生物多様性、公正な社会のあり方まで、全てを含んでいる。だからこそ、個々の課題を個別に追うのではなく、つながりの中で捉えることで、多くの人が関わりやすくなる。エシカルは、社会全体の課題に向き合うための大きな入り口になる、そう確信しました。
江利子 確かに、エシカルを一つの言葉で説明するのは難しいですよね。その後、日本ではどのようにエシカルを受け入れてきたのでしょうか。
末吉さん 2017年に、新学習指導要領の前文に「持続可能な社会の担い手」が明記されました。その流れで2021年に中学校、2022年には高校の教科書に「エシカル消費」が取り入れられたんです。大きいのは、国の方針が明確になったことだと思います。2022年に菅元首相が「2050年までにカーボンニュートラルを実現する」と宣言し、企業が動きやすくなりましたし、多くの自治体の計画にもエシカル消費の推進が盛り込まれました。これは、10年前には考えられなかった進展だと感じています。
エバンズさん 言葉の浸透も大きいですよね。以前は「エシカルって何ですか?」と聞かれることが多かったですが、最近は少なくなりました。
江利子 10年前と比べて、エシカルの言葉の意味を理解したうえで自然に使う人が増えている一方で、グリーンウォッシュのように表面的に使われる場面もあるとも感じます。お二人は、この言葉を伝えるとき、どんなことを意識されていますか?
エバンズさん 繰り返しになりますが、エシカルは、環境、人権やジェンダー、インクルーシブな社会のあり方まで含む言葉です。だから「環境のことだけじゃないよ」ということを丁寧に伝えるようにしています。そして正しさを一方的に押しつけるのではなく、「あなたにとって大切なものは何ですか?」と問いを投げかけることを意識しています。
末吉さん エシカルの定義は「多くの人が正しいと思うこと」で、人間が本来持つ良心から生まれてくる倫理観を指しますが、その正しさは時代や人によって変わる。だからこそ、対話を重ねながらより良い未来に向かって、らせん階段をのぼるように進んでいくことが大切です。絶対的に守られるべき基本的人権のような公正さはある一方で、それ以外の領域では多様な「正しさ」が共存できる余白が必要だと感じています。
志をともにする仲間と出会うことが、活動を持続可能にする
江利子 「エシカル・コンシェルジュ講座」を10年間続けてきて、どのような手応えを感じていますか。
末吉さん 延べ約2.7万人が受講し、そのうちレポートを提出して修了証を得た「エシカル・コンシェルジュ」は約2,000人ほどになります。これだけ多くの人が関心を持って学んでくれたこと自体が大きな力になっています。
でも、私たちが講座をつくった目的は、学びを提供することだけではなくて。学んだ人同士がつながり合い、仲間を得ることなんです。日本ではまだ、エシカルに関する話をすると、「意識高いね」という空気があるし、学べば学ぶほど社会の矛盾も見えてきて、モヤモヤが募る。だからこそ、同じ思いを共有できる仲間が必要だと考えています。

キャプション:エシカル・コンシェルジュ講座では、会場やオンラインでの講座のみならず、実践者を訪ねるフィールドワークも開催。15期には、greenz.jpでも紹介した「SHO Farm」さんへ(画像提供:一般社団法人エシカル協会)
エバンズさん 私自身も10年前に講座を受けて、同世代の仲間と出会えたから続けられた。今も一緒に活動する友人がいることが支えになっています。仲間がいるからこそ「自分ひとりじゃない」と思えるし、活動自体も持続可能になるんです。
江利子 その感覚、すごく分かります。仲間と出会えるかどうかが、行動を続けられるかの分かれ道になりますよね。
エバンズさん そうなんです。例えば「フェアトレードやオーガニックを選びたい」と思っても、身近に選択肢が少ない。情報も限られていて、ひとりで悩んでしまう人も多いと思います。でも、同じ関心を持つ人と出会い、思いや悩みを共有できれば、「じゃあ一緒にやってみよう」と行動につながりますから。
江利子 これまで、実際にエシカル・コンシェルジュになられた方は、その後どのような活動をされているのでしょうか。

「エシカル・コンシェルジュ講座」を受講し、コンシェルジュとなった日本全国・世界各国にいるエシカル・コンシェルジュを紹介している「エシカル・コンシェルジュ名鑑」より(画像提供:一般社団法人エシカル協会)
末吉さん 実は、講座を通じて、日々の暮らしや仕事の中で「自分なりのエシカル」を実践し広げていく人が増えた一方で、具体的な活躍の機会を創出できていないことが、この10年の課題でもあったんです。
そこで、今年から新たに「エシカル・リーダー」という仕組みをつくり、エシカル・コンシェルジュ講座を修了した人が追加の研修を受け、学校の「探究」の授業に伴走する役割を担うことができるようになりました。神奈川県茅ヶ崎市や東京都中野区の小学校など一部の学校では、すでに授業に入り、地域の課題をみつけ、解決するためのアイデアを子どもたちと一緒に考えていく活動が始まっています。先生の負担を減らしながら、サステナビリティの本質的な学びを支える存在になる。無償のボランティアではなく、仕事として担える点も大きな一歩です。
江利子 学んだことを自分の暮らしに取り入れるだけでなく、次の世代に伝えていく役割を担えるのですね。
末吉さん 教育の現場で経験を積むことで、コンシェルジュの方々自身が次のステージに進める。仕事としてキャリアにつなげていく可能性も開けてくる。これから全国の地域に広がっていくことを期待しています。
これまでの10年で、土台はつくれたという手応えを感じていますが、これからの10年は、コンシェルジュが社会の中で実際に動き、エシカルの考えを広げていく「実践の10年」にしていきたいですね。
エバンズさん そのために、リアルに集まる場づくりも次の大きなテーマだと感じています。コロナ禍以降、オンラインで全国から参加できるようになったのは大きな進展ですが、その一方で、実際に顔を合わせられる機会はまだ少ない。私は最近京都に拠点を移したのをきっかけに、関西で受講生同士がつながる場をつくっています。そこをひとつのモデルにして、各地に広げていければと思っています。
10年後は、「エシカル」が当たり前のものさしになっている未来へ
江利子 10年後はどんな未来になっていることを望みますか?
エバンズさん 最終的には「エシカル」という言葉がいらない世の中を目指しています。わざわざ「エシカル」とつけなくても、それが当たり前のものさしになっている社会になっていたら嬉しいですよね。
末吉さん 2030年がSDGsの目標年限ですが、気づけばもう目前です。達成どころかむしろ後退している分野もある。でも、だからこそ次の10年でもっと「暮らしに手触りのあるエシカル」が根づいてほしい。地域ごとに自律分散的な循環が実現されて、その土地らしいエシカルな取り組みが広がる。そういうまちが日本中に増えて、世界からも「日本がリードしている」と言われる未来を描きたいです。
江利子 エシカル協会では、「エシカルな暮らし方を幸せのものさしに」という言葉を理念に掲げています。最後に伺いますが、お二人にとっての「ものさし」とは、どんなものでしょうか?
末吉さん 私がこの活動を始めた原点は、先ほどお話しした、2004年にキリマンジャロに登ったときの体験です。地球はひとつで、すべてがつながっている。だから目に見えるものも、見えないものも含めて、自分の行動が人や地球環境、あらゆる生き物の命に与える影響を考えること。その視点を携えて暮らすことが、私にとってのものさしだと思っています。
エバンズさん 私はそこまでの強烈な原体験があるわけではありません。でもだからこそ思うんです。多くの人にとっては「衝撃」ではなく、日々の小さな選択の中で想像力を働かせることが、ものさしになるのだと。自分が買うものや選ぶ行動の先に、どんな人がいて、どんな自然や社会が関わっているのか。そこに思いをはせること。それが私のエシカルのものさしです。
江利子 なるほど。正解はひとつではないけれど、それぞれが自分の「ものさし」を持ち、少しずつ照らし合わせながら歩んでいく。そんな未来が、次の10年の先に広がっていくのだと思いました。
「エシカル」という言葉が当たり前になり、やがてその言葉すら必要とされなくなる未来を目指して、一人ひとりが、自分の「ものさし」を携えて歩んでいく。
私たちの暮らしは、地球の隅々とつながっています。
何度も言い尽くされてきた言葉だけれど、大きな変化を生むのは、誰かの壮大な行動ではなく、やはり一人ひとりの日々の選択の積み重ねでしかないのだと、今回の取材を通してあらためて感じました。
あなたは、どんな「ものさし」で世界を見つめていますか?
もし、エシカルな視点で社会や暮らしと向き合ってみたいと思うなら、エシカル・コンシェルジュ講座の扉を叩いてみてください。
ともに学び、語り合いながら、自分の中のものさしを磨いていく仲間に出会えるはずです。
そして、それぞれが見つけたものさしを携えて歩むことが、次の10年をかたちづくっていくのだと思います。
(編集:村崎恭子)
(撮影:北原千恵美)









