2011年の東日本大震災と原発事故により、全住民が避難を余儀なくされた福島県双葉町。いま、避難指示が一部解除され、少しずつ住民が戻ってきています。
そんな双葉町で、新たな文化、経済、人のつながりなどを生み出していく“まちを創る人たち”を訪ねました。
JR双葉駅東口。静かな駅前に立つと視界に飛び込んでくる、鮮やかな青。
かつてブティックだったというこの建物は、2025年2月、双葉町の新しい拠点「FUTAHOME(ふたほめ)」として生まれ変わりました。
原発事故によって11年5ヶ月もの間、人が住むことができなかった双葉町に、いま、少しずつ暮らしの風景が戻りはじめています。
FUTAHOMEは、そんな双葉町で「何かをはじめたい人」の一歩を支える場所。誰かの小さな挑戦は、町に新しい風を吹き込んでいるようです。
ランチのおいしそうな香り、子どもたちの笑い声、はじめて出会う人同士の会話。そんな小さな日常の積み重ねが、少しずつこの町のこれからを形づくっていくのかもしれません。
FUTAHOMEに集う人たちは、どんな思いを抱き、どんな活動をしているのでしょう。話を聞きに、訪ねてみることにしました。
ゼロからつくるまちに流れる、軽やかなエネルギー
福島第一原子力発電所が立地する双葉町は、東日本大震災の翌朝から全町避難を余儀なくされた町です。2022年8月、ようやく一部の地域で帰還が認められました。
住民の帰還がはじまっても、10年以上にわたって故郷を離れ、それぞれの土地で生活を築いてきた人たちがすぐに戻れるわけではありません。震災前に約7,000人が暮らしていた町で、2025年11月現在、実際に生活しているのは200人ほど。しかし、実際に双葉町を訪れてみると「自分たちの手で町を盛り上げていこう」とする前向きなエネルギーを感じます。その中心にあるのが地域活動拠点「FUTAHOME」です。

FUTAHOMEはコトラボ合同会社が運営。建物に描かれた壁画は、町をアートで盛り上げようと、双葉町出身の料理人・髙崎丈さんと壁画アートカンパニー「OVER ALLs」が手がけたプロジェクト「FUTABA Art District」によるもの
ちいさな一歩から歩んできた、双葉町のまちづくり
「FUTAHOME(ふたほめ)」という名前には、「復興を次のステップへ進める“2歩目”になってほしい」、「みんなが集まれるHOMEであってほしい」という2つの願いが込められているそうです。
では、1歩目は……?
それが、「ちいさな一歩プロジェクト」。2022年8月、避難指示が解除されたばかりのこの町で、まちづくり会社のコトラボ合同会社、UR都市機構、一般社団法人ふたばプロジェクトの3者が中心となって立ち上げ、新たな地域経済をつくるべく小商いのコミュニティづくりを目指してはじまった取り組みです。
まだ時が止まったままのようなまちで、どんなに小さくてもアクションを起こすこと。
それは、日常を取り戻し、前へ進むための確かな力となるはずです。
2022年9月、「まずは、人が集い、語り合える場をつくろう」と踏み出した「ちいさな一歩プロジェクト」。最初の一歩は、空き地での手づくりイベント。久しぶりにまちに笑い声が響き、人の温もりが帰ってきた瞬間でした。
「ちいさな一歩プロジェクト」では、一つひとつの取り組みを1歩、2歩と数えながら、まちに新しい動きを生み出してきました。
みんなが集まってひと息つける場所をつくろうと、ベンチやテーブル、花壇を手づくりしたり、これからの双葉町について自由にアイデアを出す妄想会議を開催したり。そして、4歩目以降は、気軽に飲食や交流ができる「ふたば飲み」へと発展し、2023年3月の初開催時には、当時の町の居住人口を超える100名以上が集まり、久しぶりに駅前に活気が戻りました。

2024年6月に行われた「ちいさな一歩プロジェクト」8歩目は、「モルックしながらふたば飲み × ブティック・洋館ライトアップ」と盛りだくさん!隣町や遠方からも多くの人が訪れ、にぎやかな夜に(写真提供:FUTAHOME)
こうして地道に続けてきたプロジェクトは、回を重ねるごとに出店者も来場者も増え、今では地域に根づく交流の場へと育っています。そして節目となる10歩目に、双葉町に新たな地域活動拠点「FUTAHOME」が誕生しました。
「ちいさな一歩プロジェクト」から、建物を活用した大きな二歩目へ。
誰もが集い、語り合い、未来を描ける。ちいさな一歩の積み重ねが、次の二歩目へとつながり、双葉町に待ち望まれていた拠点が生まれたのです。
ここは、“やってみたい”を応援する場所
FUTAHOMEの1階は、地域に開かれたカフェスペース。大きな窓から光が差し込み、町の人や訪れた人が気軽に立ち寄り、日常がゆるやかに生まれていく場所です。
2階はコワーキングスペースとして、起業やビジネスの支援を行いながら、地域の新しい挑戦を支えています。東北大学や福島大学の研究チームが会員として利用しており、浜通りにおける復興やまちづくりの実践と研究をつなぐ場としても期待されています。
星さん 今の双葉町で、いきなり商売をはじめるのはなかなか難しいと思うんです。だからこそ、「この町でチャレンジしてみたい」という方を後押しできるように、まずは小さく試せる場をつくっています。
こう話すのは、FUTAHOMEを管理するコトラボ合同会社の星翔太(ほし・しょうた)さん。会津出身で、以前は小売業界でスーパーバイザーとして働いていましたが、転職をきっかけにこの町に関わるようになったそう。人と町をつなぐ“ハブ”として日々奔走する星さんは、町の人たちにも親しまれています。
厨房のあるチャレンジスペースは、お店を開いてみたい人やイベントを企画したい人が気軽にチャレンジすることができるのだとか。月額1万1千円のチャレンジ会員になると毎週固定の時間枠を確保できます。冷蔵庫やキッチンなどの設備も共有で使えるため、初期費用をかけずにチャレンジできるのが魅力です。
出店者による営業のほか、「FUTAHOME cafe」として自主運営のランチやディナーを提供する日もあります。
星さん この場所で出店するのに必要なのはやる気だけ。次のステップに向けた準備期間として使ってもらえたら嬉しいです!最終的にはここを卒業して双葉町でお店を開いてくれることを願って運営しています。
この寛容さと柔軟さこそが、この町の新しい挑戦を支える仕組みになっているのかもしれません。実際に、ここから新しい一歩を踏み出した人たちもいます。
たとえば、双葉町出身で現在はいわき市で飲食店を営むある男性は、戻ることは難しくても、食を通じて故郷に貢献したいという思いから、FUTAHOMEで毎週水曜日にカレーを提供しています。ほかにも、町民による「朝カフェの会」や、お店がBARに変身する「月曜から夜ふたば」、夏には子どもたちが本格的なかき氷を販売するイベントなど、FUTAHOMEを舞台に、さまざまな小商いと交流が生まれています。
「いつか地元に戻る」という想いが奮い立たせてくれた
実際にここでチャレンジするひとり、訪問鍼灸師の堀本大輝(ほりもと・だいき)さんにも話を伺いました。
双葉町の隣、大熊町で生まれ育った堀本さんは、「いつか故郷で鍼灸接骨院を開きたい」という想いを持ち、この地域での可能性を探っています。
現在、いわき市と双葉エリアの二拠点で活動する堀本さん。訪問施術を中心に、地域の人たちの体のケアに取り組み、FUTAHOMEでは毎週金曜日と土曜日に施術を行っています。
堀本さん いわき市で接骨院に勤務しながら、地元で鍼灸接骨院を開きたいという夢をずっと持ち続けていたのですが、空き物件が見つからなくて。いっそプレハブでも建てようかと考えたこともありましたが、コスト面でのハードルが高くてなかなか実行には移せなかったんです。
そんなとき、「まずはFUTAHOMEで試してみたらどう?」と紹介を受けたことをきっかけに、この場所での営業がはじまりました。
堀本さんが震災に遭ったのは、中学3年生の卒業式の日。翌日には避難指示が出され、故郷を離れることを余儀なくされました。その後は、会津若松市や三重県、いわき市と住まいを転々としながら、高校生活を送ったといいます。
「人の体をケアする」という仕事に出会ったのは、避難所生活がきっかけでした。
堀本さん 避難所の体育館で、整体師の方がお年寄りに施術していたんですよね。座った状態で、手で触れていって「このへん、きてますね〜」って、お話を聞きながら。「何も道具を持たなくても、自分の手と知識だけで人の役に立てるってすごい」って、心打たれてしまって。それから、整体師を志すようになりました。
高校卒業後は専門学校に進学。柔道整復師と鍼灸師の国家資格を取得した堀本さんは、技術を磨きながら「いつか地元に戻って役に立ちたい」という想いを抱き続けてきました。
変化を続ける町で、自分にしかできないことを
現在、堀本さんは訪問鍼灸師として活動する一方で、地域の健康づくりに力を注いでいます。
堀本さん 訪問施術でお年寄りのもとを回る中で、「かつての街並みが消えて寂しい」という声を何度も耳にしました。復興が進む大熊町では、馴染みの建物が解体され、見慣れた景色がものすごいスピードで姿を変えています。もちろん新しい建物ができることも明るいニュースですが、もっと故郷とのつながりを感じられるコンテンツが必要だと感じて、震災前の風景を思い出してもらえるきっかけをつくりたいと思うようになりました。
「大熊町出身の人が共通して懐かしい気持ちになれるものはなんだろう」と考えた堀本さんは、閉校した大熊中学校の校歌と体操を組み合わせた「大熊体操」を考案します。制作の過程では、町内だけでなく、今も町を離れて暮らす人たちにも会いに行きアンケートを実施。「どんな体操だったら一緒にやってみたいか」「大熊らしさってなんだろう」といった声を地道に集めながら、町民とともにつくる体操として形にしていきました。
元の住民よりも移住者が多い大熊町。堀本さんは、かつての町の姿を知る一人として、
大熊の“今”と“これから”をどう結びつけていくか、「自分にしかできないこと」に真剣に向き合い、模索しています。
堀本さん 今、「おおくままちづくり公社」の宣伝チームのメンバーとしても活動しているので、移住してきた方たちの声にも触れる機会が多いんです。一方で、いわき市などで暮らす元町民の思いも知っています。
復興が進むこの町では、変化を前向きに受け止めて進む人もいれば、まだ気持ちが追いつかない人もいる。このギャップを一番知っているのは自分だと思うんです。だからこそ、震災前の風景や記憶をつなぎ止めるために、できることを続けていきたい。もはや使命感に近いものかもしれません。
堀本さんは現在、FUTAHOMEでの施術のほかに、大熊町の宿泊温浴施設「ほっと大熊」や産業交流施設「CREVAおおくま」にも出張し、地域の人が集う場所の一つひとつに向き合いながら、活動の幅を広げています。大熊町出身者として、誰よりも町の変化と思いに寄り添いながら、その歩みを一歩ずつ重ねています。
堀本さん FUTAHOMEのような拠点で活動することで、地域とのつながりをつくり、自分を知ってもらうきっかけをつくれています。 最初は葛藤もありましたが、いまでは車で30分かけて通ってくださるリピーターさんもいます。地域の声を聞きながら、自分の“箱”をつくる前の試しの場を持てるのは、本当にありがたいですね。
FUTAHOMEは、さまざまな人生の交差点
堀本さんの話を聞き終えて1階のカフェへ行くと、「FUTAHOME cafe」営業日の店内からは、おいしそうな香りが漂ってきました。
店内では、スタディーツアーで双葉町を訪れた大学生たちがランチを楽しんでいます。その光景を眺めていたら急にお腹がすいてきて、私もランチを注文させてもらいました。揚げたてのから揚げを頬張ると、サクッ、ジュワッと旨みが溢れて、体の奥までじんわり満たされていくような気がしました。
FUTAHOMEは、ここで働く人やこの町で暮らす人、訪れる人まで、それぞれのリズムに合わせて関わることができる場所のようです。「お店を出してみたい」「イベントを開いてみたい」「町を少しのぞいてみたい」。どんな一歩でも受け入れてくれるし、自分のペースで町との関係を育んでいけます。
FUTAHOMEのスタッフ、室田美々(むろた・みみ)さんもそのひとり。
千葉県に住んでいた室田さんが初めて双葉町を訪れたのは、2020年のこと。常磐線が全線開通したタイミングで、青春18きっぷを利用して双葉町を訪れたことがきっかけでした。理由は、福島第一原子力発電所に近い駅だから。
室田さん 駅を出たら、震災当時のままの光景が広がっていて強い衝撃を受けました。町をぐるぐると歩いてみたのですが、震災から10年近く経っているのに時間が止まったままなんです。
それから、この先この町がどう変わっていくのか知りたいと思い、定期的に訪れるようになったんです。けれど、来るたびに時間が足りなくて、不完全燃焼のまま帰ることが続きました。そんなとき、『えきにし住宅』の入居の公募を見つけ、思い切って応募したんです。
千葉に暮らす夫と離れ、ひとりでこの町に移住した室田さんですが、次第に地元の人と交流し、地域の活動にも関わるようになりました。子どもかき氷屋さんのイベント企画の有志メンバーになったり、近所の人たちと畑を耕したり。最近では、文化活動の機会をつくろうと、企画も考えているそう。室田さんとFUTAHOMEとの出会いは、町に関わる延長線上で生まれました。
室田さん 私は20年以上フリーライターとして活動してきました。でも、コロナ禍をきっかけに仕事が激減してしまって。生活のためにパート勤務をはじめたものの「このままでいいのかな」って思うようになったんです。休みを使って双葉町と二拠点生活を続けていく中で「まちづくりの仕事をしてみたい」という気持ちが芽生えて、FUTAHOMEの求人に応募しました。
ここで暮らして、人とのつながりが増えていく中で、町の人がそれぞれ得意とするものを引き出して、イキイキしてもらえるようなことができたらいいなという気持ちも強くなってきました。
星さん 僕も仕事は安定していたけれど、「このままでいいのかな」という思いをずっと抱えていました。それで思い切ってここへ転職したんですよね。周りからは「大企業を辞めるなんてバカじゃないの?」って言われたけど、「すごくおもしろそう!」って。そんな動機でいいんだと思います。
室田さん この町もいずれ、自分のやりたいことを堂々とやりたいと言って、それを実現できる町になっていけるといいなと思っています。ここはチャレンジショップだからこそ、その想いを叶えられる場所なんですよね。
FUTAHOMEをつくるお二人も、この町での新たなチャレンジの真っ最中。
ここは、誰かの「やりたい」を原動力に、新しい一歩が生まれる場所です。小さな挑戦が次の誰かの背中を押し、その思いが重なって、町は動き出すのかもしれません。
それぞれの人生と「やってみたい」が交差しながら、双葉の景色は少しずつ、確かに変わりはじめています。
▪️地域活動拠点 FUTAHOME(ふたほめ)
住所:福島県双葉郡双葉町大字長塚字町45-1
営業時間:月〜日曜日
※時間は曜日等によって変動するため、事前にお問い合わせください
最新情報は公式Instagramをご覧ください。
https://www.instagram.com/futahome2025/
(撮影:中村幸稚)
(編集:佐藤有美、村崎恭子)











