「支援」という言葉を聞いて、あなたは何を連想しますか?
ボランティアを連想する人もいれば、募金やクラウドファンディングのような寄付による支援を思い浮かべる人もいるかもしれません。これらを含めて、社会課題の解決や福祉の向上を目的に、個人や企業が自発的に行う社会貢献活動を総称して「フィランソロピー」と呼びます。この「フィランソロピー」という言葉自体、初めて聞く人も多いかもしれませんが、その中でも「ベンチャー・フィランソロピー」と呼ばれる支援の形があります。
「ベンチャー・フィランソロピー」とは、資金面の援助だけでなく、組織の経営や戦略にまで踏み込み、自らの時間も自主的に提供しながら中長期的に組織を伴走支援すること。資金提供による援助を“点の支援”と捉えるならば、資金提供後の活動や経営までを支えるベンチャー・フィランソロピーは“線の支援”とも言えるかもしれません。
特定非営利活動法人ソーシャルベンチャー・パートナーズ東京(以下、SVP東京)は、ベンチャー・フィランソロピーを長年に渡って実践している団体の一つ。SVP東京では、参画しているパートナー(同法人の一員として活動するメンバーのこと)が年会費を払い、その会費を原資としてベンチャー・フィランソロピーを行っています。
SVP東京の使命は、投資協働を行うソーシャルベンチャーのミッション達成に貢献すると同時に、パートナー自身が投資・協働団体への支援に参画し、地域や社会への関与を通じてイノベーションに貢献すること。協働団体と有志のパートナーたちが一丸となって、仲間とともに学びながら互いに創造性を発揮しあい、社会変革を目指すコミュニティとしての側面もあります。
欧米では比較的浸透している一方で、日本ではまだまだ馴染みがないベンチャー・フィランソロピーですが、今じわりじわりと広がりの兆しを見せ始めているといいます。その裏側を紐解くと「私たちが直面している社会課題を解決するためには、どんな仕組みや態度が今求められているのか?」という問いに対するヒントがありそうです。SVP東京で理事を務めるレイモンド・ウォングさんと、パートナーを務める細川兼嗣さんにお話を伺いました。聞き手は、グリーンズ編集長・増村江利子です。
フィランソロピーは、資金援助をこえた伴走支援
江利子 ソーシャルベンチャーの中には、資金繰りが課題となって事業を継続できなくなってしまうケースもあります。そんな中で、社会を良い方向に変えようとしている人たちのもとにお金が流れる仕組みをつくるにはどうしたら良いのだろうかと考えることが多いので「フィランソロピー」はグリーンズとしても学ぶべきテーマだと思っていました。
まずは、お二人がSVP東京でどんな活動をされてきたのかを具体的に聞かせてください。
細川さん 僕はSVP東京のパートナーになって、今年で11年目です。本業では、三菱UFJイノベーション・パートナーズのジェネラルカウンセル(法務担当)として働いています。前職の法律事務所時代に、当時SVP東京の理事兼パートナーであった弁護士友人にSVP東京のことを教えてもらい、本業とは違う何かができるかもと思い入会しました。

細川さんは、SVP東京だけでなく、アメリカのワシントン州にあるSVPI(Social Venture Partners International)の理事も務める。SVPIは、いわばSVPの「本部」のような団体であり、SVP東京は世界30拠点にあるアフィリエイトのうちの一つだ
細川さん SVP東京のパートナーとして僕が支援した団体としては、AI技術を活用しながらマイクロプラスチックなどのゴミにまつわる環境問題の解決に取り組む「一般社団法人ピリカ」や、アフリカのエイズ孤児やシングルマザーの支援を行う「認定NPO法人PLAS」、離婚や家族紛争を裁判ではなく話し合い(Alternative Dispute Resolution)で解決することを推進する「一般社団法人家族のためのADR推進協会」との協働などに取り組んできました。今年10月からは、新たに6団体との協働が始まり、私は海洋ごみ問題に取り組む「特定非営利活動法人クリーンオーシャンアンサンブル」とのプロジェクトに深く関わっています。
レイモンドさん 僕は30年間、国内外で数社の外資系の金融機関に勤めていたのですが、2021年に退職したことをきっかけに、今までとは違う場所、ソーシャルリターンをつくることで自分の力を試してみたいと思ったんです。その時に、前職の仕事で関わりがあったSVP東京を思い出して。パートナーとして参画することを決めて、今年で8年目になります。
レイモンドさん そういう経緯で参画したこともあって、これまで関わってこなかった領域を選んでみようと思い、若年妊婦支援をする「認定NPO法人ピッコラーレ」や、重度肢体不自由者の就労と社会参加を技術で後押しする「テクノツール株式会社」、遺贈寄付という文化を通じて“思いやりのお金が循環する社会”を目指す「一般社団法人日本承継寄付協会」への支援活動に取り組んできました。
江利子 いずれも目の前に本当に困ってる人がいるけれど、彼・彼女らを支える社会制度が整っていなかったり、助けてあげる人が不足していたりする領域ですよね。
レイモンドさん お金ももちろん大切ですが、それだけではやはり限界があると思うんです。中には組織で働いた経験のない人が代表を務める団体もあるわけで。事業計画を立てたり、直面している課題の乗り越え方を一緒に考えたりする伴走支援が、活動資金と同じくらい重要だと思います。
私たちのような団体もかなり増えてきましたが、伴走支援のあり方にはグラデーションがあるんです。一例を挙げますと、団体の立ち上げフェーズでリーダーに伴走するのがNPO法人 ETIC、スタートから安定期まで伴走するのがSVP東京、その後の事業のスケールアップを狙うフェーズで伴走するのが一般財団法人 KIBOWや一般社団法人ソーシャルイノベーションパートナーズ(SIP)というように、伴走支援にも段階があります。
自助・公助・共助では解決できない領域に手を伸ばす
江利子 海外と比較すると、日本ではまだまだ「フィランソロピー」自体の認知は低いと思うのですが、最近ではフィランソロピーに関する書籍も出されたりと、変化も起きているように感じています。日本と海外、それぞれ今どんな状況なのでしょうか。
細川さん ここにはいくつかの社会背景が関わってきますね。例えば、フィランソロピーの認知度に関わる要因の一つは、政府や自治体による公的サービスの充実度。アメリカでは、日本やヨーロッパのように国や自治体が提供する健康保険が保証されていなかったり、教育が連邦政府ではなく各州の管轄となっているため地域によって質が大きく異なったりします。そのギャップを埋める方法の一つとしてフィランソロピーが用いられているので、社会での認知が自然と高まると考えられます。
また、あらゆる社会課題はグローバル化しているものの、アメリカでは人種差別問題、ヨーロッパでは移民問題、日本では超高齢化社会や人手不足問題といったように、国ごとに課題の優先順位も違うので、どんな支援のニーズが高まっているかも国ごとに変わります。
レイモンドさん 「自助」「公助」「共助」だけではカバーできない部分に手を伸ばす必要があるのだと思います。寄付白書(※)によると、東日本大震災以降、ふるさと納税や研究支援に対する寄付額は上がっているそうで、日本にも共助の心は深く根付いていると思うんです。けれど、やはりお金だけでは解決できない問題も多い。
※日本ファンドレイジング協会が発行する、日本の寄付文化の全体像を明らかにするための調査レポート。日本の現在の寄付市場全体を概観すること、寄付者・市場のニーズを的確に把握すること、寄付市場の特徴的な変化を捉えることを主な目的としている
レイモンドさん 先ほどアメリカの人種差別問題の話が出ましたが、日本でも、例えば沖縄やアイヌの問題にきちんと向き合うことなどが非常に重要だと思うんです。こうした問題には政治や歴史が関わるので、お金だけでは解決できない。システムや構造から解きほぐしながら向き合う必要があって、そうした部分にフィランソロピーは手を伸ばしていける可能性があると思います。
今、日本の財団が変わろうとしている理由もこのあたりにあって、震災孤児や奨学金制度など、ある程度決まった支援先にお金を投じる従来のスタイルから、どんな課題に対してどんなシステムで解決できるかを考えて支援する流れが生まれつつあります。
コレクティブに動くことで社会が変わる
江利子 今あげられたような社会課題って、やはり政府や行政だけではなかなか手が届かない部分があるでしょうし、課題に対してみんなで取り組む必要性が高まっているのかなと感じました。
細川さん 各分野のプレイヤーが単独で動いて社会を変えるのはもう無理なんだと思います。「コレクティブ・インパクト」という言葉もありますが、フィランソロピーに限らず、あらゆる分野の人たちが横のつながりをつくりながら、いかにシステム的に社会的インパクトを出せるかが重要視されてきていますね。
細川さん SVP東京のベンチャー・フィランソロピーでは、支援される人だけじゃなく、支援する側である僕たちパートナーの成長も重要視していて、これを「デュアルミッション」と呼んでいます。毎年支援団体の募集を行った時に「今の日本にはこんな社会課題もあるのか」と、応募書類を見ていつも学ばせてもらっています。
江利子 支援される人も、支援する人もともに成長する……。とても重要な視点ですね。
レイモンドさん 横だけでなく、縦のつながりも重要だと思います。年配の人は経験や知見が豊富ですが、フットワークの軽さや学びに対する関心度の高さでいうと、やはり若手の方が強い。年齢問わず連携しながら、若い人たちの視点で未来をつくっていけたらすごく良いなと思うんですよね。実際にSVP東京の活動フレームには若い人も入れて活動をしていますし、支援団体の中には「こんなに化けたの!?」と思うほど進展した企業もあります。
江利子 その「化けた」エピソード、ぜひ聞いてみたいです。SVP東京が支援した団体は具体的にどんなふうに変わっていったのでしょう?
レイモンドさん 例えば、SVP東京が過去に協働した団体の中に、現在こども家庭庁の有識者やアドバイザーを務めている方が数名いるんです。当時から制度を変えたいという想いで活動されていた方々が、実際に国の政策を考える場所で活動されていることからも団体の成長は伺えますし、そうした団体に関わることができたという喜びもありましたね。
細川さん NPO法人アクセプト・インターナショナルもすごいですよね。我々と協働したのが2019〜2020年の2年間だったのですが、当時は組織としてかなりアーリーステージで、代表の永井さんのカリスマ性とエネルギーで突き進んでいるようなフェーズだったんです。

NPO法人アクセプト・インターナショナルが、紛争・武装対立のあるソマリアにて、武装組織関係者や受刑者等へのDRR(De-radicalise・Re-insert・Re-integrate/脱過激化・社会との接点構築・社会復帰)活動を行う様子(画像提供:SVP東京)
細川さん ですが、現在はチャイルドソルジャー(子ども兵士)の社会復帰活動だけでなく、社会制度側を変えるためのアドボカシーも行っていたり、戦争加害者だけでなく被害者側もサポートすることでコミュニティの包括的支援に取り組んでいたりと、組織基盤も事業規模もかなり急成長していて。最近アクセプト・インターナショナルとの接点が増えて久しぶりにお会いする機会があったのですが「こんな団体になったのか!」と、僕自身とても驚きました。
自分が持っているものを見つめ直すこと
江利子 改めて、SVP東京としてどんな未来を目指して、歩みを進めていきたいですか?
細川さん SVP東京のパートナーたちともよく話しているのですが、資本主義以外のものさしで意思決定や行動ができる場所がもっと増えたらいいなと思います。SVP東京はそんな未来を実現できる場所だと思っていますし、既存の枠組みや固定観念に囚われない人が多いような印象があります。
レイモンドさん 自分の主観がつくられるときって、何かしらその主観を下支えする情報があるわけですが、その情報を誰から得るかって重要だと思うんですよね。特に、自分の人生や未来を考える時には、きちんと主観を持って自分ごと化すべきだと思いますし、「そもそもこれって誰から聞いたの?」と問い直すことも大切なんじゃないかなと思います。
細川さん 自分が持っているものに自覚的になるって大事ですよね。「パワーシェアリング」という言葉もありますが、自分の立場や環境にある影響力を意識しながら、困っている人と力を分かち合い、支え合うことも大切だと思います。
レイモンドさん 「みんなと一緒に」の精神ですね。全てを一人で背負わなくていい。課題解決のために活動する人にとって、SVP東京が助けを求める一つの選択肢になればと思います。
細川さん SVP東京で活動するパートナーの年齢層は20〜70代までかなり幅広いですし、何か自分のスキルや知見を生かして社会貢献したい人であれば、誰でも入れる場なんじゃないかなと思います。
冒頭で「『支援』という言葉を聞いて、あなたは何を連想しますか?」と問いかけましたが、そこで連想されたものも、自分を構成する主観の一つ。筆者は今回のお話を通じて「支える人と支えられる人は、決して一方通行の関係ではない」ということに気付かされました。まさに「その主観は誰から得た情報でつくられているのか?」というレイモンドさんの問いかけが頭の中に響きます。自分の中に横たわっている価値観と向き合い直すことは、社会課題の解決に取り組む前の、いわば“準備体操”のようなプロセスなのだと感じました。
二人が繰り返し強調する「みんなで一緒に」の姿勢は、フィランソロピーの本質そのもの。子育てや親の介護など、かつては村や集団単位で行われていた営みがどんどん個人化され、一人ひとりの負担が増えている現代の暮らしを踏まえると、「一人で抱え込まない」という意識づけも同じくらい重要なのではないでしょうか。困った時に周りの人を頼ったり、反対に自分ができることで手を差し伸べるという小さな実践が、フィランソロピーの精神に通じていくように感じました。
(撮影:北原千恵美)
(編集:村崎恭子)
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