旅に出ようと思ったとき、あなたはどうやって旅先を決めますか?
美しい風景、その土地ならではの食べ物、伝統的な行事、そこでしかできない体験……。まずはそれぞれのビジュアルイメージを通して検討することが多いのではないでしょうか?
米国で行われたソーシャルメディアと旅行の関係を調べた調査(※)によると、旅行者の52%が現地のイメージ写真をもとに旅行計画を立てているとのこと。
※「35+ Stats on How Social Media Affects Travel」 2023, Passport Photo Online
しかし視覚障がい者の場合、アクセスできるイメージ情報は限られています。
視覚に障がいのある人がオンライン上で情報を得る際は、スクリーンリーダーというソフトを使います。スクリーンリーダーが読み上げる画面上の文字を通して、内容を認識するのです。画像の場合、「altテキスト」と呼ばれる代替テキストが埋め込まれている場合はそのテキストが読み上げられるのですが、その内容は、「ビーチの写真」「料理イメージ」といった簡単で無機質な内容がほとんど。また、altテキストすらない画像もあるので、視覚に障がいのある人は十分に情報を得ることができません。
「味気ない説明ばっかりで、何が写っているのかが全くわからない」
「誰も自分の存在など考えてもいないという事実を突きつけられる」
「私もその写真が“見たい”」
当事者からはそんな声が聞こえてきます。
そこで新たな試みを始めたのが、音楽産業が盛んで、多くのソングライターを輩出している米国テネシー州の観光開発局(TDTD)です。
TDTDは、テネシー州の魅力を紹介するサイト「TNVacation.com」上にある画像一つひとつに、ソングライターが「歌詞」として表現した代替テキストを加えるプロジェクト「Sound Sites」をスタートしました。
このプロジェクトには、12名の実力派ソングライターが結集。耳で聞いたときに情景が浮かぶような言葉を紡ぐプロたちが、写真の内容を魅力的に伝える「歌詞」をつけていきます。そのプロセスには視覚障がいを持つ人たちも参加し、当事者の意見を取り込みながら進められました。歌詞においては、聴覚、触覚、嗅覚、味覚など、視覚以外の感覚に訴求する表現を意識し、また、生まれつき見えない人にも配慮してつくられていきました。
プロジェクトに参加した視覚障がいを持つ女性は、「『一枚の絵は千の言葉に値する』という言葉がありますが、その写真について十分な言葉を聞く方法があったら、私たちも感情や情景描写を呼び起こすことができます」と、期待感を話しました。
出来上がった、ある写真の「歌詞」を、ここにご紹介します。
それは、ただのストリートではない
せわしない二車線の道路以上の意味を持つ場所
真新しいブーツを履いた旅行客が足を運ぶ、観光スポット以上の場所
そこは、果てしない夢を追いかけるミネソタ生まれの若者が向かうところ
最高のテネシー訛りを磨きあげ、働いているところ
そのストリートを、私たちはブロードウェイと呼ぶ
――――
It’s more than just a street,
More than a busy two-lane road,
More than just a place the shiny new boot tourist goes.
It’s where the kid from Minnesota with a big ole dream to chase,
Is working on his best new Nashville twang,
On a street we call Broadway.
Songwriters: Michael Farren, Brian Davis, David Tolliver
仕上がった歌詞を聞いたときの、視覚障がいを持つ人たちの表情の変化が印象的です。頭の中に情景が広がり、心がその場所にいざなわれていくのを感じます。男性のひとりは、つくり手のソングライターにこう話します。
この言葉には、あらゆる感情や感覚が詰まっている。あの二車線の道、無数の人々。視覚障がいのある多くにとって、これらの言葉は即座に情景を思い描かせて、その場に居たいと思わせる。あなたは視覚を通じてその感覚を得られるけれど、私たちはできない。だけどあなたの言葉が、同じ感覚を私たちに届けてくれる。今私たちはその道を一緒に歩いている気分だ。そしてあのバーの一つを訪れ、ウィスキーを味わうのが楽しみになるよ。
「歌詞」は、Webサイト上の画像の代替テキストとしてサイトに埋め込まれ、視覚障がいのある人に音声で届けられています。2025年末までには、サイト上の1,000点の画像に新しい説明が追加される予定です。
このプロジェクトは反響を呼び、サイト開設以来、サイトへのアクセス数は36%増加。取り組みは広告や口コミを通して拡散され、10日間であわせて約2億1,500万回のインプレッションを獲得しました。また、この施策に対し、多くのソングライターが歌詞執筆に参加希望を表明しているといいます。さらに、制作プロセスを共有することで、他のサイトでも画像の代替テキストを最適化できることを目指していて、今後も広がりを見せていきそうです。
その場所や風景にかかわる感情や記憶、におい、空気、ざわめき。
ソングライターたちによる詩的で没入感のあるストーリーテリングは、単なる“写真の代替”を超えて、視覚を持つ人にとっても、目で見るビジュアル以上のメッセージを届け、感情を呼び起こすものでした。
インクルーシブな視点は、機能性の向上やテクノロジーの導入を促すだけでなく、人間の創造性や想像力を活かした工夫やアイデアのきっかけになる。そして、共創につながる余白を生み出す。そんな可能性を感じさせられました。
[via Tennessee Sound Sites, VML, Tourist Development]
[Top Photo:via VML]
(編集: 丸原孝紀)

