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行政に任せていた「自治」を、自分たちの手に取り戻そう。中山間地域の未来の暮らしのモデルをつくる「Local Coop 大和高原プロジェクト」の挑戦

本記事は積水ハウスグループの従業員と会社の共同寄付制度「積水ハウス マッチングプログラム」によって制作しています。

「自治」という言葉は、「自分で治める」と書きます。

国政が二院制および議院内閣制を採用しているのに対し、地方自治は、議員と首長がともに住民の直接選挙によって選ばれる二元代表制がとられているため、より身近で、私たち市民に開かれた存在であるはずです。

でも実際は地方自治であっても心理的距離は遠く、選挙には足を運ぶものの、自治体の行う施策や事業に対して「お任せして文句を言う」というお客様体質になりがちだと自戒を込めて感じています。みなさんはいかがでしょうか?

今回訪れた奈良県奈良市東部の月ヶ瀬地域では、そんなお任せ体質から一歩抜け出し、住民主体で税金以外の新たな財源や人を確保し、地域での生活に必要なインフラや公共サービスを支える「Local Coop 大和高原プロジェクト」が進行中です。

2024年3月より住民の共助による買い物支援サービスを開始し、2024年4月からは、これまで自治体が提供していたコミュニティバスの運行、再生資源の回収といった社会インフラ事業や、地域の特産品を流通させるサービスの実装を開始。プロジェクトの主体である奈良市一般社団法人Local Coop 大和高原が定期的に住民と対話を重ねながら、地域特性をいかした共助の仕組みづくりを模索中だといいます。

人口も税収も減少し、公共サービスや社会インフラの維持が困難になる自治体が増えている現状の中、環境や文化を保持しながら安定的にまちを存続させていくためには?

地域の「自走」のヒントを追い求め、月ヶ瀬へ向かいました。

「月ヶ瀬にこのまま住み続けることはできるのか?」

2024年の年の瀬も押し迫る12月下旬、奈良駅から東へ車を走らせること1時間ほど。秋色を纏った山々を越え、一面に広がる茶畑を眺めながらさらに東へ。京都府と三重県に隣接し、奈良県の北東端に位置するのが、奈良市月ヶ瀬(旧・添上郡月ヶ瀬村)地域です。

日本で最初に名勝指定された月ヶ瀬梅林で有名な月ヶ瀬地域。江戸時代末期から明治にかけて、その眺望に魅せられた儒学者の頼山陽や斉藤拙堂など、著名な文人墨客や政治家が多数来村したという歴史も

取材当日は、ご覧の通りの青空と美しい初冬の景色が広がっていた月ヶ瀬地域。梅林の郷として知られ、春には多くの観光客で賑わいますが、他の中山間地域同様に人口減少は続いており、2025年1月1日現在の人口は1,175名。高齢化率は48.9%と限界集落の一歩手前という状況で、2050年には人口500人を下回り少子高齢化も進むという推計データも出ています。

スーパーマーケットはなく、医療は診療所たったひとつという状況下にあり、近年はバスの便も縮小傾向。

「このまま月ヶ瀬に住み続けることはできるのか?」
という問いに、行政も住民も一体となって向き合うべきときがきていると言えるでしょう。

梅林とともに名物として知られるのが「月ヶ瀬茶」。良質な茶葉を育む気候風土に恵まれ、茶栽培の歴史は300年以上。 製茶の各工程は現代では機械に頼ることがほとんどだが、月ヶ瀬には昔ながらの手摘み、手揉みによる製茶技術が息づいているのだとか

そんな月ヶ瀬で2022年2月から始まったのが「Local Coop 大和高原プロジェクト(スタート当初の名称は「Local Coop 月ヶ瀬」)」です。その全容を探るべく、まずは拠点となっているワーケーション施設ONOONO(オノオノ)を訪ねました。

出迎えてくれたのは、全国各地でLocal Coop プロジェクトを推進する株式会社paramita(パラミタ)本間英規(ほんま・ひでき)さん。Local Coop 大和高原プロジェクトのディレクターとして、この場所を拠点に日々住民のみなさんとかかわりながら事業を推進しています。

ワーケーション施設ONOONOを拠点に活動する株式会社paramitaの本間英規さん

本間さんとご挨拶していると、ONOONOの前に軽トラが停まり男性が降りてきました。本間さんと笑顔で言葉を交わした男性は、ずらりと並んだボックスの方へ。手にしたナイロン袋の中からペットボトルやビンを仕分けしつつ、ボックスへ投入していきます。

プラスチック類はペットボトル、ペットボトルキャップ、ペットボトル以外のプラキャップ、冷凍食品トレー、タッパー容器、豆腐容器、ゼリー容器の7分別。ビンは透明ビン、茶色ビン、その他ビンの3分別。紙パック、アルミ缶、スチール缶を加え、全部で13分別を住民の手で実現する資源回収ボックスMEGURU BOX

これは、Local Coop大和高原がアミタホールディングス株式会社との協働によって導入している資源回収ボックスMEGURU BOX。住民が24時間365日再生資源を持ち込むことができるよう、奈良市月ヶ瀬地域全6箇所の自治会館に設置されています。

ONOONOの前に並ぶMEGURU BOXの隣には、生ごみ回収用の小型バイオ装置MEGURU-BIOも設置されており、この日も自宅で出た生ごみをディスポーザーに投入する住民の姿がありました。

これまで奈良市が月ヶ瀬地域に設置していた36箇所の再生資源回収拠点を6箇所に集約したMEGURU STATION(ONOONOなど2箇所では、MEGURU BOXとMEGURU-BIOを兼ね備えたMEGURU STATIONとして運営)では住民同士が顔を合わせることも多く、資源循環とともにコミュニケーションの場としても機能しているように感じました。

アミタホールディングスが独自で開発した生ごみをメタン発酵で分解し、液肥とガスエネルギーに変換する小型バイオ装置MEGURU-BIO。液肥は田畑で利用できるよう自由に持ち帰りが可能

資源回収以外にも、Local Coop大和高原では、これまで行政が担っていた定時循環型コミュニティバスの運行を担っています。愛称として「ぐるぐる月ヶ瀬」と名付け、住民会議「ぐるぐる月ヶ瀬未来会議」やアンケートも実施しながら、高齢者の通院や子どもの登下校時の送迎など、地域のニーズに寄り添う交通システムとして運行しています。

また、地域の困りごとに寄り添うサービスとして、日本郵便株式会社と協働して集配車両の余積を活用し、注文のあったスーパーの商品を地域拠点に配送する「おたがいマーケット」の企画に携わったほか、同社の物流によって月ヶ瀬の特産品を市街地へ流通させる「大和高原直送便」も運営しています。

「おたがいマーケット」の仕組みにより住民の注文した商品を積み込む郵便局の車両。イオン株式会社が提供する「イオンネットスーパー」を通して住民がインターネットで注文しクレジット決済すると、翌日には地域の拠点に届く仕組み。コミュニティ醸成のために利便性だけを追求せず、敢えて共助として拠点まで取りに行く設計を施している

交通や資源回収、買い物や流通といった地域住民の暮らしに直結した自治の取り組みを、行政に頼らずに、企業とつながり共助を取り入れながら自分たちの手で担っていくLocal Coop 大和高原プロジェクト。

全国でも例を見ないこの取り組みは、一体どのようにして始まったのでしょうか。

前代未聞の「第二の自治体」の誕生

ここからはLocal Coop 大和高原プロジェクトが始まったきっかけとなったワーケーション施設ONOONOの室内に移動し、本間さんに詳しくお話を聞いていきます。もともと月ヶ瀬学校給食センターとして機能していた形跡も味わいながら、お話を聞きました。

子どもたちのご飯を炊くために使われていた炊飯窯は、姿そのままにプリンター置き場として活用されていた

Local Coopの原型となる構想は、一般社団法人Next Commons Lab(以下、NCL)が運営するコンソーシアム(共同事業体)Sustainable Innovation Lab(以下、SIL)から生まれました。「100年後も地球と生きる」というビジョンを掲げ、企業や自治体、個人も参画してさまざまな事業開発を構想する中で、地域を持続可能にするための一つの仮説として生まれたのがLocal Coop構想。後にLocal Coop推進のパートナーとなる奈良県奈良市や三重県尾鷲市、日本郵政株式会社、三ツ輪ホールディングス株式会社もSILのメンバーでした。

本間さん SILの代表・林の頭の中には既にSIL立ち上げ以前からこの考えがあったようです。コロナ前後の頃から時代の変化もあり、大企業のみなさんも「地域と連携して事業開発や課題解決に取り組まないと、自分たちも生きていけない」という感覚が芽生え、事業開発の文脈での相談が出てきていたんです。自治体もこの頃から大きく変わって、公共サービスを縮小せざるを得ないと感じ始めていました。

企業のニーズも自治体のニーズも相まった中で、この構想を形にするタイミングだと議論してスキームを見定め、生まれたのがLocal Coopでした。

(※)Local Coop構想の誕生に関して詳しくはLocal Coopの生みの親である林篤志さんのインタビュー記事をご覧ください。

SIL第一弾参画メンバーであった奈良市との協働が決まり、社会実装に向けた議論のプロセスで浮かび上がったのが、NCLが奈良市より委託を受けて運営を担うことが決まっていたONOONOという拠点でした。かつて月ヶ瀬給食センターとして稼働していた建物をワーケーションルームとしてオープンする、その場所をLocal Coopの拠点にしようと考えたのです。

2022年3月にオープンしたONOONOの内観。ワーケーション施設でありながら、月ヶ瀬住民の利用は無料。月ヶ瀬小中学校の目の前にあり、放課後の子どもたちの居場所にもなっている

本間さん もちろん月ヶ瀬を選んだ理由はONOONOの存在だけではありません。月ヶ瀬は奈良市の中で北東端に位置する地域で、生活関連サービスの困り具合も奈良市でトップでした。さらに、自治会の加入率が非常に高く、実態としては100%と言えるほどです。住民共助と自治を行うLocal Coopとしては、やはりそういう土壌がある地域がいいのではないかという考えもありました。

月ヶ瀬という実装地域が決まり、まず本間さんたちが着手したのは住民の方々との関係づくりでした。ONOONOという場所を住民に開き、イベントなどを通して意識醸成をした上で、次に実施したのが「自分ごと化会議(※)」。無作為抽出によって選ばれた住民のみなさんとの対話の場です。

(※)「自分ごと化会議」は一般社団法人構想日本が推進する、無作為に選ばれた住民が地域の課題を「自分ごと」として考える場。まちのことを行政に任せっぱなしにせずに、自分たちがもっとかかわっていくきっかけの場として、全国各地で開催されている。

この日見学させていただいたのは、奈良市東部地域の自分ごと化会議。小グループに分かれて活発なディスカッションが交わされていた。ファシリテーションは市役所職員などが務め、市民と行政の距離が近づいているのを感じた

本間さん 多くの人が地域の現状や行政施策に関心がありません。でもこれは市民自身の問題ではなく、関心を抱く機会や場がないことが原因なんですよね。

特に月ヶ瀬のような中山間地域では、既存の会議体や意思決定の場ではどうしてもメンバーが固定されてしまいます。それ自体は悪いことではないのですが、広く市民の方々に参加していただけるように無作為抽出という手法で会議を行うことにしました。

ここで本間さんが補足してくれたのは、奈良市の中における月ヶ瀬という地域の特徴です。Local Coop 大和高原プロジェクトが対象としている奈良市東部地域(月ヶ瀬も含む)は、奈良市全体の面積の60%を占めるにもかかわらず、人口はわずか3%にあたる約1万人。そんな東部の端に位置する人口約1,200人の月ヶ瀬地域は、奈良市全体から見るとどうしても細かな行政施策が行き届きにくいエリアと言えます。

(提供:株式会社paramita)

本間さん こういう地域こそ、自分たちで決められる財源や会議体をつくっていくことが重要なのではないかと考えています。自分ごと化会議は、自分たちで何かを意思決定していく“自治の一歩目”として開催しています。

自分ごと化会議を積み重ねた上で、2023年には事業会社として株式会社paramitaが立ち上がり、Local Coopというネーミングも決まりました。奈良市との協議の上で公共インフラのうちコミュニティバスの運行と資源回収の事業をLocal Coopが担うことが決まり、1年間かけて既存のインフラ事業の現場の見学やヒアリング等も含めた事業移行にまつわるさまざまな協議を重ねました。

同時に奈良市と連携しながら自治会などに足を運び、住民への説明を実施。奈良市とともにLocal Coop 大和高原プロジェクトを推進する中核となる法人として一般社団法人Local Coop 大和高原が立ち上がり、地域おこし協力隊制度を活用しプロジェクト創業メンバーの採用も開始しました。

こうして2024年4月、Local Coop 大和高原は、月ヶ瀬地域において、地域公共インフラである域内交通コミュニティバスの運行業務、および再生資源の回収業務を開始。先行してスタートした買い物サービスと流通サービスも含め、未だかつてない「第二の自治体」が機能し始めました。

Local Coopの概念図(提供:株式会社paramita)

「できていることもあれば課題もたくさんある」

本間さんの話を聞き、私はそのスピード感に驚きました。自治体が担ってきた機能の一部を企業と協働して住民の共助による自治へと移行するという大改革を、構想から実装まで3年足らずでやりきってしまったことに、社会が動いていく実感とともにとても大きな推進力を感じ取りました。その実感を正直に伝えると、本間さんはこう語りました。

本間さん それはやはり住民のみなさんへの説明責任なども含めて、奈良市長や市役所職員の強力なコミットがあるからやれたことだと思います。

この先を見据えて今やっておかないと日本の過疎地域の未来はないと僕らは考えています。月ヶ瀬地域も今はなんとかなっていても、30年後には本当に手遅れな状況になってしまう。

でも当然、このプロジェクトは地域住民がいて初めて成り立ちます。一人ひとりの顔が見えている中でバランスを取りながら最速でやるべきことをやっていますが、できていることもあれば課題もたくさんあるというのが正直な現在地ですね。

住民のみなさんの反応はどうなのでしょうか。たとえば資源回収に関しては、これまで36箇所あった回収場所を6箇所に集約したとのことですので、それなりに反対の声もあったのではないかと想像します。

本間さん 当然のことながら、ある意味では不便ですよね。これまでは家の近くに回収場所があったのに、車で行かなくてはならなくなったのですから。

ただ、1年間かけて住民のみなさんとも対話させていただいたのですが、利便性も確保しているんです。これまでは回収が決まった日の朝だけだったところを、24時間365日いつでも再生資源が出せるようになった。この地域の人はみんな車で出かけるので、そのついでにMEGURU STATIONに行けばいい。やってみたらこっちの方がいいという声も実は多いです。

さらに言えば、先ほど見ていただいたように日中にMEGURU STATIONで顔を合わせるので、コミュニティ醸成のきっかけにもなっている。この辺りの設計は意図していたものですが、実際に手応えも感じています。

さらにLocal Coop 大和高原プロジェクトによる資源回収が住民にもたらす大きなメリットは、資源を地域単位で売却して収益に変え、地域に還元するという仕組みにあります。先ほどの本間さんのお話にもあった通り、自分たちで決められる財源をつくっていくことは、共助による自治を形づくる上で大事な要素です。

ONOONOのキッチン裏には大量の再生資源が一時保管されていた。100キロ以上まとまった時点で回収業者を呼ぶことでコスト削減につなげている

開始から半年ほど経った現在は、まだ住民に対して利益の可視化や還元はできていないとのことですが、今年4月に開催予定の「月ヶ瀬フェスティバル(日程未定)」にて事業報告としてオープンにしていくとのこと。

地域が独自に財源を持ったとき、どのような未来が待ち受けているのでしょうか。ここからがLocal Coop 大和高原プロジェクトの本領発揮といったところかもしれません。

Local Coopが地域にもたらした“真の自治”

ここまではプロジェクトをLocal Coop側の視点で描いてきましたが、一方で奈良市としてはこの取り組みをどのように位置付け、何を感じながら協働しているのでしょうか。奈良市役所職員としてLocal Coopの構想段階からプロジェクトに伴走してきた平山裕也(ひらやま・ゆうや)さんに話を聞きました。

平山さんは2021年に市役所職員としてLocal Coop事業の担当になりましたが、「そのときはこんな大きなことになるとは誰も思っていなかった」と語ります。当時は本庁にいながら月ヶ瀬を担当していましたが、コミュニケーションに課題を感じ、1年後には月ヶ瀬地域を管轄している月ヶ瀬行政センターを主な勤務地としました。それからはほとんどの時間を月ヶ瀬で過ごしています。

現場のプレイヤーとしてはparamitaの本間さんや一般社団法人Local Coop 大和高原に所属する地域おこし協力隊のメンバーが実働を担っていますが、奈良市職員の立場の平山さんは本プロジェクトのつなぎ役として重要な役割を果たしています。

平山さん フェーズによって僕の役割は変わってきていますが、最初期は市として地域の住民の方々への説明に多くの時間をかけて取り組みました。一般社団法人Local Coop大和高原が設立するまでは、僕は行政職員の立場で、地域に寄り添いながら事業立案や企画調整をしたり、民間企業と行政のつなぎ役をしたり。

一般社団法人Local Coop大和高原ができてからは、住民のみなさんとのコミュニケーションは、本間さんや地域おこし協力隊の方々が中心となっています。

地域おこし協力隊が取り組む「出張居酒屋」の様子。自治会単位(徒歩圏内)でフードトラックを呼び、地域の方々とお酒を飲みながら会話する機会をつくっている

やはり気になるのは最初期の頃の住民の方々の反応です。実際に説明会を開いて住民と向き合ってきた平山さんは当初を振り返り、苦笑いしながらこう語りました。

平山さん 忘れもしないですけど、奈良市からの説明会ということで公民館に50人くらい集まってくださって。Local Coop(ローカルコープ)ってカタカナ表記なので「ようわからん!」という感じだったんです。反対というよりは、「わけわからんこと言って」と(苦笑)

LocalCoopの理念をお伝えしましたが、「それよりもあれをやってくれ」という住民からの要望の場になってしまうことも多く、行政と住民のコミュニケーションの場というには程遠い状況でした。説明会を何度も開いても来る人は同じでしたし、理念を伝えても伝わらない、虚しさを感じる時間が半年くらい続きましたね。

その反応の背景には、住民の方々の感覚と現実との乖離があると平山さんは続けます。

平山さん まだ、月ヶ瀬には健全な危機感を持つ程の環境がないんです。月ヶ瀬は高齢化率も50%を超えていませんし、スーパーはありませんが買い物も伊賀(三重県伊賀市)まで車で15〜20分で行けます。多世代で暮らしている方が多いので家族が運転してくれたり、社協や民生委員なども機能しており、究極的に生活に困っている人は少ないように思います。

だからこそ今Local Coopを進めることに意味があるんですがそれを伝えるのがすごく難しく、危機感には至っていないように感じます。奈良市という枠で見ると人口も予算もそれなりに大きいので、住民の方々もその規模にある種希望を見出している部分もあるのだろうなと思います。


 

平山さんはその後も月ヶ瀬のみなさんとのコミュニケーションを丁寧に積み重ねてきましたが、Local Coopの登場は地域住民にとって刺激になっていると語ります。

平山さん 行政だけではできないところを、いわゆる中間支援的立ち位置の方々がいるからまわっていますし、客観的にフラットな視点で見ていくことも大事なので、僕らとしてもLocal Coopはありがたい存在です。

”黒船”と言ったら語弊があるかもしれませんが、外から彼らが来てくれたことで、逆に市民の中から自治が生まれたんです。移住者を中心とした住民グループが立ち上がって、コミュニティバスの運行経路に対して意見を出したり、共助でできることについて話し合いが生まれたり。真の自治が生まれて、それが今ではLocal Coopとうまく融合しています。それだけでも価値はあるなと思っています。

さらに今、住民の間に新たな動きが起こっています。今年の自分ごと会議で話し合われた「マイクロワーク(一人ひとりの困りごとを共助で助け合う仕組みづくり)」について、全4回の会議では話が終わらず、スピンオフで検討委員会を立ち上げることにしたところ、住民のみなさんが次々に手をあげてたとのこと。現在、住民も加わりながら制度設計を進めており、年度末には実証実験を行う計画が組まれているのだとか。

平山さん 2年前に「カタカナはわからん」って言われてしまった時とは雲泥の差で、すごく感動しました。ここまで来たなと思って。

滲み出る苦労とともに、確かな手応えを感じ取る平山さんの言葉に、月ヶ瀬におけるLocal Coopという存在の大きな意義を感じます。

取材の合間にいただいたスパイスカレーのランチ。月ヶ瀬名物のほうじ茶を使用した「ほうじ茶ライス」の豊かな風味が心もお腹も満たしてくれた

行政機能の縮小は加速していかざるを得ない

平山さんには、未来の話もお聞きしましょう。Local Coopとの協働を拡大していくと、当然のことながら行政の機能は縮小していきます。そうなった先に、行政としては自分たちの役割をどこに見据えているのでしょうか。

平山さん 行政がインフラ含めてすべての事業を手放すことは難しいと思ってます。ただ、各事業が地域特性に応じているかと言えば、決してそうではないと思うんですね。たとえば妊産婦向け支援として奈良市はタクシーチケットを配っているんですが、月ヶ瀬にはタクシーが来ないんです。行政の施策はどうしても市町村単位で一律にせざるを得ないことが多いのですが、その辺りをLocal Coopが担うと地域のニーズに即したものになっていくのだろうと僕は思っています。

コミュニティバス(※)ではまさに今、それが起きていますし、防災に関しては地域独自の取り組みが必要です。月ヶ瀬のような地域は、災害時に陸の孤島になっちゃうんですよね。僕も含めて「何かあった時には月ヶ瀬に来る」ということにはなっている職員はいますが、道が寸断されていたりしたら当然行くことはできません。月ヶ瀬は広いですし、ある程度自治会単位の防災力のようなものは大事かなと思います。

Local Coopと連携して自分ごと会議で地域の課題とニーズを把握し、地域ごとの特性を生かしたサービスを展開していくようなことは、どんどん広げていけたらと思っています。

(※)それまでは地域内の循環便のみだったが、Local Coopに移行後、雨天時の子どもの登下校時の送迎や高齢者の通院など地域のニーズに寄り添うサービスとして運営するようになっている。

自分ごと会議では住民の方々の笑顔も多かったのが印象的だった

Local Coopへの移管に前向きな平山さんですが、一方で引き続き行政が担うほうが適している分野もあると指摘します。

平山さん 地域の人も共助の世界のプレイヤーとして入っていくということを考えると、高度な専門性や公平性が求められる分野はハードルが高いと思っています。個人情報の管理や権利関係はもちろんですが、大規模な水道の施設工事なども難しいですよね。

ただ、その業務の中でも細分化はできると思いますので、地域に移管した方がよい部分は手放していきたい。今後も移管できる業務がないか、Local Coopとともに取り組んでいけたらいいなと思っています。

今後は月ヶ瀬地域のみならず、奈良市東部地域全体において、それぞれの地域特性に合わせて展開していくことを目指しています。

平山さん 僕は行政自体の機能は全然ちっちゃくしてもいいかなと思いますし、人口減少の中で小さくしていかざるを得ないと思っています。実際奈良市の職員数は僕が入庁した時から200人近く縮小していますが、それが加速していくと思う。その先についてはやってみないとわからないところはありますが、必要最小限のインフラの部分や社会福祉だけをやるというような選択を迫られる時が来るのではないかと。

そうやって行政機能が縮小に向かったとき、地域の共同体ができていると生活を維持できるんだろうなと思いますし、Local Coopのように意識的でビジョンを持っている組織がいてくれるのはすごく大きいですね。

奈良市出身で現在も奈良市内に暮らす平山さん。月ヶ瀬勤務になって以来すっかり地域の方々とも親しくなり、今では気軽に話しかけてくれる住民の方々がたくさんいるのだとか

ここでの暮らしが過疎地域のモデルとなり、
月ヶ瀬の資産になっていく

行政も住民のみなさんも未来に向けて歩みはじめているように見える月ヶ瀬地域ですが、やはり行政の役割の民間への移行という大仕事には課題も多くあるようです。

平山さんは資金面について「コスト削減はできているが現状のインパクトはそれほど大きくない」と語り、税金の投入については「月ヶ瀬住民のみなさんやLocal Coopからアイデアはすごくたくさんいただくが、その財源のすべてを奈良市の税金から支払うということに違和感を感じている部分はある」と正直に語ってくれました。

本間さんも似たような認識の中で、「地域内だけで経済を循環させたり、生活関連サービスやインフラを守っていくことはもう難しいという前提に立っている」と前置きし、そのソリューションについてこう語ります。

本間さん 今、Local Coopは3つの機能の実装を目指しています。地域外からお金を引っ張る手段をつくること、生活関連サービスやインフラの持続性を高めていくこと、そして、それらの意思決定に住民が参加しやすくなる仕組みをつくること。月ヶ瀬では、ひとつ目の外からのかかわりの文脈をつくることに今後は取り組んでいかなくてはいけないと思っています。

その手法として今まさに取り組み始めているのが、ヴィレッジと呼ばれるプロジェクト。ONOONOの前の敷地に6畳のコンパクトな家をまずは4軒建設し、外部から来た企業の方や個人が滞在しながら月ヶ瀬とかかわりが持てる場所にしていく構想です。

(※)ヴィレッジ構想に関して詳しくはLocal Coopの生みの親である林篤志さんのインタビュー記事をご覧ください。

Local Coop とともにヴィレッジをつくるのは、建築家の土谷貞雄さん。「無印良品の家」を手がけたことで知られる土谷さんが設計したセルフビルド可能な小屋を、2025年3月までに4棟、月ヶ瀬の大工さんが指導しながらLocal Coopのスタッフが手を動かして建てる計画が進行中。この日は偶然月ヶ瀬に滞在中だった。「小さな家で暮らすことで衣食住を自分たちの手の届く範囲に置いておく暮らしを実現し、生き方、暮らし方を考え直すきっかけになればいい。ミニマムであるということは、創造性を発揮させる。ミニマムな暮らしは人生観が変わり、工夫も生まれます」と語る土谷さんの言葉が印象的だった

地域外から人とお金を呼び込もうとするとき、この地域の資産となるのは、生活を支える「仕事」と「稼ぎ」を両立させていく暮らし方になるかもしれないと本間さんは語ります。ヴィレッジを通じて地域外から関わる人にもワーケーションのように滞在してもらいながら、地域の草刈りや再生資源の収集など公共的な領域に貢献するような仕組みをつくりたいと考えています。

本間さん ちょっと昔の日本では、「仕事」と「稼ぎ」は別だったと言われています(※)。もともとは共同体の生活を守るための営みが「仕事」と呼ばれていたそうです。それに対して収入を目的とした共同体の持続とは関係のない労働が「稼ぎ」と呼ばれていた。

でも経済成長にともなって、いつの間にか「稼ぎ」の方が大事になってしまった。中山間地域には「稼ぎ」がないのでみんな出て行ってしまって、この地域の共同体を守ってきた「仕事」の部分がどんどん衰退しているという構造が生まれた、と。

(※)哲学者の内山節さんは論文「『自然と労働』についての方法の問題 群馬県上野村をとおして」の中で、日本の伝統的共同体における労働観における「仕事」と「稼ぎ」の違いを語り、こう記している。
「仕事」と「稼ぎ」のどちらかを否定するのではなく、両者のバランスを上手にとっていかないとうまくいかないのである。「稼ぎ」を否定してしまえば生活が成り立たなくなり、逆に「仕事」を否定すれば村がこわれてしまう。こうして村人は、「仕事」を「稼ぎ」より上位におく、しかしけっして「稼ぎ」も否定しない精神の習慣をつくりだしていったのではないだろうか。

自治会の加入率がとても高い月ヶ瀬地区には、まだ「稼ぎ」以外の「仕事」が色濃く残っているのかもしれない

本間さん 「仕事」と「稼ぎ」をどう両立していくかということはLocal Coopが挑戦している重要なテーマの1つでもあります。

「稼ぎ」は、現代社会で生きていくために不可欠なもの。一方で、それだけでは中山間地域の暮らしは持続できません。でも、だからこそ「仕事」と「稼ぎ」を両立すること自体が、創造性あふれる営みなのではないかと考えています。

「稼ぎ」をしながらも、共同体を守ってきた「仕事」の領域もちゃんと維持していく。環境や文化を保全しながら、インフラも住民や外部から関わる人たちの手で運営されていく。

そういったここでの暮らしが結果的に企業にとっても新しいライフスタイルの可能性となり、将来的には過疎地域の暮らしのモデルとして月ヶ瀬の資産になってくるんじゃないかなと。

月ヶ瀬が未来の暮らし方を最も体現できている地域になっていくことをゴールに、ヴィレッジはそれを凝縮させた場所にしていきたい。その暮らしをどう実装していくか、これから月ヶ瀬でロールモデルづくりをしていきたいですね。

本間さんの案内で、高台にある天神風の道公園の「風の展望台」へ。冷たい風を感じながら見渡した月ヶ瀬の美しい景色が記憶に残っている

実現したい未来は見えている。
しかし、かかわる誰もが課題も感じている。
「そんなに簡単ではない」という感覚を持っている。

それがLocal Coop 大和高原プロジェクトの現在地なのだとしたら、ある意味すごくいい状態なのではないかと思います。

住民は行政に依存する、行政は既存の体制や事業を握りしめる。そういった構造をお互いに抜け出し、「まずはやってみる」という姿勢からしか歩み寄れないと思いますし、「自走する地域」の未来は見えてこないでしょう。Local Coop 大和高原プロジェクトの一歩を恐れずに踏み込んでいくあり方に、私たちは大いに学ぶべきではないでしょうか。

まちの未来を、自分たちの手で。
Local Coop 大和高原プロジェクトの挑戦は続きます。

(撮影:望月小夜加)
(編集:増村江利子)