近年は、地球温暖化の防止や災害予防、豊かな生態系の形成といった観点から、森林の整備や保全の重要性が当たり前に認識されるようになりました。しかし問題は、森林だけではないことはご存知でしょうか。実は、森林の健全性を脅かす存在に、「竹林」があります。
かつて、たけのこ栽培のために植えられたものの管理されなくなり、荒れてしまった竹林のことを「放置竹林」と言います。竹は繁殖力が強く、放っておくとどんどん増殖して、健全な森林や農地を侵食していきます。床下に侵入し、床を突き破って家の中に生えてきた、なんていう事例もあるほどだそう。樹木よりも根を浅く張るので、倒竹や土砂災害の危険性も高く、災害の激甚化が進む中で、大きな不安材料になっています。
「このままでは大変なことになる」
そんな強い危機意識から竹林整備を行ない、猫にも環境にも優しい竹100%の猫砂「竹でつくった猫砂」の製造・販売を開始したのが、長野県諏訪郡原村の「合同会社森に還す」です。「森に還す」では、商品開発を続ける中で“放置竹林問題を解決できるプロダクトはこれ(猫砂)しかないのでは”と思った、と言います。
いったいなぜ猫砂が、放置竹林問題の解決につながるのでしょうか。「森に還す」共同代表の増村江利子さんと植松和恵さん、そして大井明弘さん、寺地正志さんの4名にお話を伺いました。
猫にも環境にも優しい、竹100%でつくられた猫砂
「竹でつくった猫砂」は、その名のとおり、竹でつくった猫トイレの砂(ペレット)のこと。製造をおこなう「株式会社アトリエDEF」では、近隣の放置竹林の整備を請け負い、切った竹の根元部分は福祉施設に依頼して竹炭に、これまで使い道のなかった葉のついた先の部分をチッパー機でパウダー状にし、ペレタイザーという機械を使って竹ペレットにしています。
増村さん 猫砂に竹ペレットを使うことにはさまざまなメリットがあります。ひとつは、竹100%という自然素材であるため、猫が誤って口にしてしまっても安心だということ。もうひとつが、竹のもつ強力な消臭効果です。
大井さん 先日、竹ペレットをとある保護猫団体に送って、使ってもらったんですね。そうしたら、20匹ほどいる猫の8割ほどが、この竹ペレットのトイレをストレスなく使っているとのことでした。なにより、臭いが全然しなくなったのだそうです。
20匹近い猫の糞尿の臭いがなくなったら、猫たちの暮らす環境としても良いし、掃除も少しは楽になるのではないでしょうか。化学薬品を使わなくとも、竹という自然のものでそれだけの消臭効果が得られる。私たちは“自然のものよりも化学的なもののほうが効果が高い”という思い込みを、まず捨てる必要がありそうです。
さらに環境にとっても良い効果が。原材料には、放置竹林の竹を使用するため、環境保全に直結するのはもちろんのこと、使い終わった竹ペレットは、畑や庭、コンポストなどにそのまま撒くことができるのです。そもそも竹は乳酸菌を保持し、発酵する性質をもっているため、土壌改良剤に向いています。尿には肥料成分であるリン酸が含まれていることから、良質な肥料になるのだそうです。
つまり「竹でつくった猫砂」は、ゴミをいっさい出すことなく土から生まれ土に還る、完全な循環型のプロダクトになっています。
ちなみに私も猫を飼っています。取材をきっかけに「竹でつくった猫砂」を使わせてもらっているのですが、臭いはまったくしないし、水分を含んだペレットは崩れて粉末になるので、すのこタイプの猫トイレを使えば、尿がかかったペレットだけが下に落ち、無駄な消費がありません。これまで使っていた紙製の猫砂に比べると使用量は激減し、この消費ペースだとコストも意外とかからないのでは、と思っているところです。
さらに、使い終わった竹ペレットは庭に撒けばいいだけ、というのも、実際に体験してみるととても楽です。土壌の養分になるというから、ちょっとだけいいことをしたような気になり、ものを消費することへの極端な後ろめたさがなくなりました。これは、自分自身のメンタルの健やかさにも直結するような気がしています。
放置竹林をなんとかしなければ、日本の山は守れない
なぜ「森に還す」では、猫砂に着目したのでしょうか。それには、4人が出会い、「森に還す」が設立されるまでの経緯を振り返る必要があります。
そもそもの発端は、大井さんが経営する建築会社「株式会社アトリエDEF」が環境保全の取り組みを長年行なっていたことでした。アトリエDEFは、長野・山梨を中心に、日本の木と土と自然素材で家を建てている、自然住宅の建築会社です。
大井さん アトリエDEFでは、ただ家づくりをするだけではなく、日本の山を守り育てることを創業時からやってきました。山は人間も含めたすべての生物にとって、なくてはならない大切なものです。しかし、その山がどんどん荒廃していく様子を見て、これはなんとかしなければいけないと、保全活動を続けていたんですね。全国各地にアトリエDEFの山があり、NPO法人も立ち上げて、森の再生事業をしています。
もう30年ぐらい続けているのですが、あるとき、大事な山が竹に覆われ、ダメになり始めていることに気がつきました。全国を旅しているとよくわかるのですが、ひどいところはすでに竹林どころか竹の山になってしまっている。これは、まず放置竹林を何とかしなければいけないのではないか、そう思うようになりました。
しかし国土の7割を占める森林に比べ、放置竹林問題はこれまでそれほど注目されてきませんでした。そこで大井さんは4年ほど前、アトリエDEF内に放置竹林問題に取り組む環境事業チーム「環と環」を立ち上げます。その「環と環」に配属となったのが、総務として働いていた植松さんでした。
植松さん自身、環境問題に関心がないわけではありませんでしたが、環境事業に特化した部署で、自ら主体となって取り組むことになるとは夢にも思っていなかったそうです。「こっちにきて一緒にやろうよと、私が巻き込みました(笑)」と大井さん。
植松さん 大井社長がある日突然、千葉から帰ってきて「竹がやばい。見に行こう」と言い始めたんですね(笑)。そこから私も少しずつ竹の生態や放置竹林の現状などを勉強していきました。長野県でも標高の低いエリアは竹があるので、最初は知人が所有する竹林の整備から始め、今はそこに、地域の人たちも巻き込んでいます。
「環と環」はアトリエDEFの八ヶ岳営業所を拠点とし、ワークショップ形式で放置竹林の整備を実施するようになりました。家を建てたオーナーや地域の方々が集まって、コツコツ活動を続けています。
寺地さんは、その竹林整備に初期から参加していたメンバーのひとりでした。現在は、東京と長野で二拠点生活を行なっており、長野の家をアトリエDEFで建てたご縁で、大井さんとは長年、交流がありました。
寺地さん 私はいろいろなことをやりたがりの性格です。年を取ってきて、これから先何をやろうかなと考えていたときに、大井さんから「これからは竹だよ」と言われたんですね。
竹細工は、私が好きな民芸の大きなカテゴリーのひとつです。安いプラスチック製品が使われるようになったことで竹細工は売れなくなり、売れないから後継者もいなくなり、職人の高齢化が進んでいます。高齢になると竹を採りにいくことが難しくなって竹林が荒れていく。そういう竹細工にまつわるさまざまな課題が、大井さんの話と頭の中でつながりました。
さらに面白いと思ったのは、竹は木と違って、年齢や性別を問わず、誰でも切ることができるという点なんです。それってヒューマンスケールを取り戻すという意味でも、すごくいいことなのではないかと思いました。これなら面白そうだし、仕事ばかりで何の社会貢献もしてこなかった自分にもやれることがあるのではないか。そう思って、一緒に活動することにしたんです。
そこに最後に加わったのが増村さんです。増村さんは、2020年に「おかえり株式会社」を創業し、竹をつかったトイレットペーパーの定期便「BambooRoll(バンブーロール)」の製造・販売を手がけていました。これもまた、環境保全につながる画期的なプロダクトでしたが、実は「竹で商品をつくって販売しているのに、竹に触れたことがほとんどなかった」のだそう。
greenz.jpの編集長でもあり、さまざまなメディアで編集や執筆をしてきた増村さん。暮らしの中で自ら実践することがベースにあって、実践を通じた気づきをメディアで発信したり、事業にしていきたいと考えていました。
増村さん それなのに、実践するより先に商品をつくってしまったんですね。それは私らしくないと思っていたときに、友人からアトリエDEFの竹林整備の活動を教えてもらったんです。家が近所だったこともあり、参加させてもらうことになりました。
最初はいち参加者として。やがて、中心メンバーとして一緒に活動するようになっていきました。
竹林整備の出口=ビジネスをつくる
一方、大井さんは、竹林整備をしたあとの“出口”のなさに悩んでいました。なにしろ竹を切ったところで使い道がないのです。使い道がなければ、竹林整備をやり続けるにも限界が生じます。
大井さん 竹で商品をつくっても、昔のように買ってくれる人がいないからビジネスにならない。ビジネスにならないから、全国各地で竹林整備をやっている人が、だんだん嫌になって辞めてしまう。この問題を何とかしないと放置竹林問題は解決しないし、山の問題も解決しないと思いました。
そこで、竹を使った商品の開発を始めたんです。とにかくいろいろなものを試作しました。食べ物をつくってみたり、石鹸に入れてみたり。でも、粉末にして食品や石鹸に混ぜても、使うのはせいぜい茶さじ1杯程度。これだと少量すぎて、いつまで経っても問題は解決しません。もっとたくさんの竹を消費できるものはないかと考えていました。
増村さん 私も大井さんと同じように、竹の使い道をずっと考えていたんですね。かつては、暮らしの中で竹が使われていた。でも、薪炭林が使われなくなった状況とまったく同じで、暮らしが近代化していく過程でプラスチックに取って代わられてしまいました。プラスチックよりも竹のほうが有用な場合もあるのに、誰も使わない。
竹の代わりに利用されるようになったプラスチックは、素材の特異性から役割はあるものの、マイクロプラスチックによる海洋汚染の問題なども深刻になりつつあります。早稲田大学と北見工業大学の共同研究では、海だけでなく、森に降り注ぐ雨や雪にもマイクロプラスチックが含まれていることが明らかになったそうです。であれば、行き過ぎたプラスチックの使用を減らしていくために竹を使えばいいのではないかと思い、世界じゅうくまなく、竹でつくられた製品を調べました。
ちょっとしたお土産品をつくる程度では、山が竹で覆われている現状を改善するには追いつかない。暮らしの中でダイレクトに使ってもらえるものがいいのだろうと思っていました。そんなときに誰からか“ペレット”という言葉が出てきたんですよね。
植松さん 最初は猫トイレ用のペレットではなく、燃料用のペレットに着目したんです。アトリエDEFでは木質ペレットをつくっていたので、その兼ね合いもあって、ペレットならつくれるねという話になりました。ただ竹ペレットは、残念ながら燃料には適していなかった。一度は諦めたのですが、大井さんが「ペレットは猫砂にもなるのではないか」と言ったんです。そこで、まずは消臭の検査をしてみようということになりました。
すると消臭効果はばっちり。データのリサーチが得意な寺地さんが、全国でどのぐらいの数の猫が飼われていて、猫砂の需要がどのぐらいあるのかを調べ、数十億円という巨大なマーケットがあることも判明しました。
増村さん それで「放置竹林問題の出口をつくるには、猫トイレの砂がよさそう」と思ったんです。放置竹林という課題よりも先に、優れた消臭効果という、手に取ってもらいやすい他にはない特徴がある。課題を知るのは、あとでいいと思うんです。それですぐに事業計画をつくって、大井さんに見てもらいました。
増村さんが持ってきた事業計画を見て、大井さんは迷うことなく「よし、やってみるか!」と言ってくれたのだそうです。そして、「合同会社森に還す」を設立。商品化を進めることになりました。
使用済竹ペレットを土に還す引き取りサービスも実施
現在「竹でつくった猫トイレの砂」は、「森に還す」のオンラインストアで販売中。お買い得な定期便か、お試しで一袋だけの購入もできます。なるべく自然由来のものを使いたいという人が、土に戻せる、ゴミにならないという点に魅力を感じて購入してくださることが多いそうです。そしてみんな、その消臭効果に驚くのだそう。
植松さん 実際に使った方の反響はとてもいいですね。アトリエDEFのオーナーさんもよく使ってくださるんですけど、みなさん必ずといっていいほどリピーターになってくれます。やっぱり消臭効果がすごいですし、もともとDEFのオーナーには、自然な暮らしに相反するものを使いたくないという方が多いので、竹だけでつくっていて土に還せるという点を、とても気に入ってくださっています。
ただ、いくら土に還せる猫砂だったとしても、都市やマンションなど、土のない環境で暮らしていれば、結局は可燃ゴミとして捨てられることになってしまいます。そこで「森に還す」では、使用済の竹ペレットを郵送してもらえば、責任をもって土に還す引き取りサービスも実施しています。
増村さん ゴミとして捨てたくない、土に還して循環させたいという私たちの思いに共感していただけるのであれば、ぜひ遠慮なく送ってくださいと。私たちには撒ける畑がいっぱいあるし、つながりのある有機農家さんに使ってもらうこともできます。とにかくゴミにしないで循環させる。そこは、私たちがいちばん大事にしたいところです。
土に還る商品だと謳うだけでなく、本当に土に還すために自分たちができる限りのことを尽くす。商品に最初から最後まで責任をもつ徹底した姿勢が、彼らの“本気”の現れだと感じます。
地域ごとの小さな循環の仕組みをつくり、つなげる
ただ、使用済の猫砂をわざわざ送り返すのも、それはそれで少々ハードルの高いアクションではあります。そのため、各地域で使用済の竹ペレットを回収し、活用してくれる人を募集しているそうです。
大井さん 今は肥料も高いじゃないですか。だからこれが肥料になるとしたら、農家さんも喜んでくれるのではないかと思うんですね。竹はもともと地下茎でつながって繁殖していく。そのように、我々もどんどん横につながっていきたいと思っています。
寺地さん 例えば、道の駅のようなところをステーション化していく。そこで竹ペレットを回収し、農家さんに肥料として使ってもらう。ユーザーは、その農家さんがつくった野菜を買って帰る。そうした小さな循環が、いろいろなところで生まれるといいなと。放置竹林問題を解決するための竹林整備に、いろいろな人を巻き込んで地域ごとの循環の仕組みを僕らがつなぐという感覚でいます。
各地域で、竹林整備をリードする人材を育成する
なお、現時点では、長野県を中心に車で1時間半~2時間ぐらいの範囲で竹林整備を請け負い、切り出した竹を原材料として使用しています。今のところ、竹の入手に困ることはありません。「森に還す」の活動がTVや新聞といったメディアで紹介されるたびに「うちの竹林の整備もお願いしたい」と、相談の連絡がくるからです。
大井さん 竹林整備もボランティアでやるには限界があるし、それだとあまり広がっていきません。山の木だって無料で切る人はいないですよね。長く継続していきたいので、そこまで高額というわけではありませんが、きちんと料金はいただいています。それでもみなさん本当に困っているから、ぜひお願いしたいという方ばかりです。
また、近隣地域は自分たちでカバーできるものの、放置竹林は全国にあり、各地にたくさんの仲間が必要です。そこで「環と環」の事業として、「バンブーマイスター講座」も開催しています。全5回の講座を受講すると、竹林整備に関する知識が得られ、バンブーマイスターに認定されます。
大井さん 竹を切ることは誰でもできますが、処理の仕方などはきちんと学ばないとわからないんですよね。この講座では、竹林整備に関するひととおりのことをゼロから学ぶことができます。
寺地さん バンブーマイスターが地域ごとにいて、その地域の竹林整備をリードしてくれるようになれば、環境はどんどん改善されるしコミュニティの活性化にもなる。有料でやるから、誰かの生業になることもあるかもしれません。
そこで切った竹は我々が引き取って竹ペレットにしたり、竹炭にするなど、いろいろな形で商品化していく。つまり「出口」は責任をもってたくさんつくっていくので、整備については各地域のみなさんにお願いしていきたいんですね。そうすれば、全国の放置竹林問題が解決していくし、仕組みとしても回っていくのではないかと思います。
増村さん 私たちは「入口」と「出口」に、それぞれコモンズをつくりたいと考えています。入口には、それぞれの地域で竹林整備をするチーム。出口には、竹ペレットを使ってくれる人と、使い終わった竹ペレットを畑に戻すためのコミュニティ。ふたつのコモンズをつくる社会実験が、この竹ペレットならできるのではないかなと思っています。
商品をつくるだけでなく、その商品を巡る循環をつくる。
「森に還す」が提供したいのは、商品というよりも、商品も含めた循環の仕組みそのものなのだと思います。コモンズとコモンズをつなぎ、循環の中に自分も存在すると知って商品を使うことは、自分もまた生態系の一員であり、環境を壊しもすれば良くもすると気づくことでもあるでしょう。すると、物事を選択する動機は自ずと変わっていくはずです。
その結果、何が起こるのか。放置竹林問題は解決していき、環境にも、暮らしにも、猫にも、使う人の気持ちにも、心地よさをもたらしてくれるのではないでしょうか。猫を飼っている人は、ぜひ実際に使ってみて、循環の中にいる健やかな感覚を体感してみることをオススメします!
(撮影:五味貴志)