今年の春、神宮外苑での再開発による明治神宮の木の伐採がニュースになりました。
こうしたニュースが話題になることは、木を大切にしようと思うわたしたちの道徳観や環境への意識が反映されている一方、「じゃあ、どうするの?」と行動が求められると、言葉に詰まってしまうことも少なくありません。
「もったいない」
「かわいそう」
「さびしい」
感情的な反応に囚われて具体的な解決法を言い返せないとき、伐採しようとする側は持っている、金額で表せる経済効果のような分かりやすい指標が、わたしたちにはないことに気づかされます。
そこで今回ご紹介するのが、「木の公平性(Tree Equity)」という言葉。
これは、樹木が人々に与えてくれる恩恵をスコア化した概念で、提唱したのはアメリカで社会階層の分断と不均衡の解決を目指し活動している人々です。
身近な場所に緑があるのは当たり前と感じているわたしたちにとっては、ちょっと耳慣れない言葉ですよね。地面から生える樹木が人に公平に与えられるとは、どういうことなのでしょう?
木の被覆率が顕にする、人種差別の歴史
1930年代のアメリカには、有色人種の住んでいる地域を融資リスクが高いとみなして融資対象から除外する、レッドライニングという人種差別的な慣行がありました。
人種的マイノリティの住宅所有を困難にし、人種隔離と不平等を悪化させたこの政策は、1968年に公正住宅法が制定されるまで続きました。
アメリカの非営利団体American Forestsによると、裕福な地域は、全国の低所得地域と比べてなんと65%も多く樹木で土地が覆われているのだそうです。この木の被覆率を地図にすると、居住者の人種と収入の分布の地図とほぼ一致します。
都市部の地図上における緑の分布が、収入と人種の地図になっているのです。
スコア化とマッピングが、課題共有のカギ
American Forestsは、この負の遺産による格差を最小限に抑え、誰もが樹木の恩恵を受けられるようにすることを目指しています。
「木は、命を救うインフラです」
これは、「木の公平性」プロジェクトについて説明するAmerican Forestsのウェブページで最初に目に飛び込んでくる言葉です。
木がインフラ(社会の基盤)だなんて、あまりピンと来ないかもしれませんが、都市の樹木は、生活の質を向上させるのに欠かせないもの。新鮮な空気をつくりだしたり、木陰で気温の上昇を抑えて、住む人の健康を守るだけではありません。直射日光による道路の劣化を防いだり、関連する雇用の機会を生み出すなど、経済的にも地域を支えているのです。
だからこそ、最も支援を必要としている地域に優先して投資する必要があると、彼らは主張します。
ビジネスならどのような分野であれ、お金の動きを指標にできます。数字は世界の共通言語。数値化できる指標は、言語や文化の違いを越えて目標を分かち合うことを可能にします。しかし多くの社会課題には、そのような共通の指標がありません。
そこで、彼らが指標としたのが「木の公平性」です。彼らは樹木の分布を地域ごとにスコア化し、誰もが一目見て分かるようにそれらをマッピングしました。
その結果、行政からの予算を獲得し、地域の人を巻き込みながらプロジェクトを進めることに成功したのです。
州ぐるみで広がる、樹木への投資
ワシントン州では、州全体で「木の公平性」プロジェクトに取り組んでいます。市政府と地域団体、企業や研究者が協力して、より支援を必要とする地域にフォーカスした継続的な取り組みが行われています。
ワシントン州の都市であるシアトルでは、市有地から健全な木1本が取り除かれるごとに新たに3本の木を植え、取り除く必要のある木の場合には2本の木を植える政策を実施。また今後5年間で、公共および私有地に8,000本を植樹し、公園などの自然地域に40,000本の苗木を植える計画だそうです。
The Washington state government and a local nonprofit announced Thursday the country's first statewide collaborative on “tree equity,” which aims to expand tree cover to underserved communities. https://t.co/ZXj96swGNb
— grist (@grist) April 14, 2023
American Forestsによると、ワシントン州が「木の公平性」のスコア100%を達成するために必要な木は、州全体でさらに1300万本。
木の公平性を求めるワシントン州の取り組みは、他州のモデルとなり、樹木を資産ではなく負債とみなす時代遅れのパラダイムを根底から覆す助けになるだろう。
と、American Forestsのエリック・カンデラ氏は、さらなるプロジェクトの広がりへの希望を語りました。
実は緑が少ない日本の課題を解決するヒント
日本は国土の3分の2が森林という、先進国有数の森林大国です。周りに木があるのもあたりまえ。
でも、都市部に目を向けてみると、けして緑豊かな場所ばかりではありません。わたしたちが漠然と「あたりまえ」だと感じている印象は、気がつかないうちに、現実と大きく離れているのかもしれないのです。
異なる立場にある人が共に指標にできるスコアと地図をつくることで、多くの人を巻き込むことに成功した「木の公平性」という概念。
感情だけでは分かり合えない、わたしたち日本人のさまざまな社会課題を乗り越えるヒントになるような気がしました。
(Top photo by Faith Crabtree on Unsplash)
[via Upworty,Grist,ECOSIA,American Forests]
(Text:高橋友佳子)
(編集: スズキコウタ、greenz challengers community)