私たちが着ている服や、普段飲んでいるコーヒー、どこでも買えるチョコレート。こうした身近な製品の原材料生産地はほとんどが途上国であり、私たちの暮らしはそこでの労働や自然環境に支えらえています。だとすれば、できるだけ環境負荷をかけず、児童労働などの人権侵害が行われていない方法で生産されたものを買いたい。greenz.jp読者のみなさんなら、きっとそう思うことでしょう。
私たちがエシカルな選択をすること。それは極めて重要です。でも、いざ社会全体を見回したとき、一人ひとりの心がけだけで市場は本当に変わっていくのか、心細くなることはありませんか?「マス流通がぐっと変わったらいいのに」と思うことは、少なくありません。
そんな気持ちを抱えて取材に臨んだのが、京都に本社を構え、「カカオを通して世界を変える」を掲げるチョコレートメーカー、Dari K(ダリケー)株式会社(以下、Dari K)の代表取締役・吉野慶一さんです。2021年春、Dari Kは小売業界大手、セブンイレブン・ジャパンとの取引を開始。ソーシャルな企業がマス流通を開拓していく、その理由と可能性をうかがいました。
1981年生まれ。慶応義塾大学経済学部、京都大学大学院、オックスフォード大学大学院卒業。18歳からバックパックで約60か国を旅する。大学院修了後、外資系金融機関でのアナリスト等を経て、2011年、チョコレートブランド「Dari K」創業。国際市況で価格が決まり、生産者の努力が報われないカカオ市場を変えるチャレンジを続ける。2015年から世界最高峰のチョコレートの祭典・パリ「サロン・デュ・ショコラ」に毎年出展し、国際的な品評会C.C.Cで4度ブロンズアワードを受賞。
生産者の努力が報われる社会を
カカオ豆の選定から製品製造まで一貫して手がける「Bean to Bar」の日本での先駆けとして、2011年に創業したDari K。世界最高峰のチョコレートの品評会・パリ「サロン・デュ・ショコラ」に連続出展選出された実力を持ち、百貨店での出店や有名ホテルでの取り扱いも多く、よく知っている人もいると思います。
創業のきっかけは2010年、吉野さんが旅先のカフェでカカオ生産国が記された地図をたまたま目にしたこと。元来のチョコレート好き、しかもバックパッカーだった吉野さんは、ガーナやコートジボワールだけではなくインドネシアでも生産されていることに興味を持ち、同国最大のカカオ生産地・スラウェシ島を訪れました。
そこではじめて目にするカカオに、吉野さんは大興奮。ですが、カカオ農家はちっともうれしそうではありませんでした。
吉野さん チョコレートは人をハッピーにする食べ物だと思っていたのに、生産農家は全然ハッピーじゃないのです。それもそのはず。カカオの国際価格は、生産地から遠く離れたロンドンやニューヨークの先物市場で、実需とは必ずしも一致しない投資でお金儲けするための投機マネーの影響も受けて決められてしまうのです。
だから、がんばっていいものをつくっても、国際市況が悪ければ安く買われるし、質の悪いカカオをつくってもそのときの国際市況がよかったら高く売れる。生産者がどんなにがんばっても報われない社会というのは、おかしい。この不条理をどうにかしたいと思ったのです。
世界3位の生産量でありながらインドネシアのカカオの品質が国際的に評価されていない理由も、同時に判明しました。それは、おいしいチョコレートには不可欠な「発酵」という工程を経ずに出荷されているから。どれだけがんばって発酵させても、発酵させていない低品質な豆と買取価格が変わらないなら、そうなるのは当然です。
「発酵させて高品質なカカオを生産し、それが市場に評価されたら、彼らの現状が変わるのではないか」
生産者の努力が報われる社会を実現したい。それがDari K創業のきっかけでした。
フェアトレードに感じる限界とは
Dari Kをはじめるにあたり、吉野さんは独学で、カカオ豆の発酵、焙煎からチョコレートの製造までの技術を習得。生産地においては、「発酵技術を指導し、実際に高品質なカカオ豆をつくれたら市場価格よりも高く買い取る」というアプローチで、生産性と品質を同時に向上させていきました。「ここがフェアトレードと違うところ」と吉野さん。
吉野さん Dari Kの取り組みは、決してフェアトレードではありません。弱い立場に置かれている生産者を支援するため、市場価格にプレミアムを上乗せした価格で買い取るのがフェアトレードです。僕が気になるのは、フェアトレードでは生産物の質や生産者の努力の有無が問われないこと。
フェアトレードの豆もそうでない豆も同じ質だとしたら、高いお金を払う消費者はwinにはなれないし、生産者の間にも間違ったインセンティブが働いてしまいます。だからDari Kでは、資本主義に逆行することなく「生産者が努力していいものをつくったら、高く買い取る」というアプローチを続けているのです。
それを端的に示したのが、2016年に設立した現地法人「PT Kakao Indonesia Cemerlang(PT KIC)」において、農家がDari Kと取引できる条件を表した「KICスタンダード7ヶ条」です。
農家には、この項目をクリアした数に応じて、直近3カ月のカカオ相場の2〜3割増しで買いとることを約束しています。ちなみに、1番目の「アグロフォレストリー農法の実践」とは、カカオ以外にも多様な農林産物を混植させながら栽培する農法実践のこと。
吉野さん KICスタンダード7か条のうち、1から4は環境や人権に関わるところで、それぞれ、フェアトレード認証やレインフォレスト・アライアンスという、ほかの認証制度があります。でもこれらの認証はどちらもカカオ豆そのものの品質を問わないんですよね。
質と関係ない、いわゆるエシカルなところにどれだけ価値を置くかは、消費者個人の価値観に依存している。そこに僕らは限界を感じて、社会面と環境面のほかに「品質」という項目を入れたのです。Dari Kは認証を取っていないけれど、この7か条を守っていれば環境負荷もないしサステナブルだし、しかもおいしい。そんな思いではじめました。
換金作物が「やりがい」に変わった瞬間
さらにDari Kでは、2014年から毎年夏に、スラウェシ島への農園視察ツアーを実施しています。
もともとはチョコレートの閑散期である夏に、取引先や一般消費者に向けて、Dari Kのファンづくりを目的に始めたもの。現地付近には大勢のツアー客が泊まれるホテルはないため、農家の家に滞在します。このツアーが、吉野さんの思いもよらない変化を農家にもたらしたといいます。
吉野さん 最初は、なんで日本人がこんな村にくるかわからないと言っていた農家の人たちが、日本人と毎食ご飯を食べるうちに、家族みたいになっていくんです。そして、ツアーが終わったときに、「あの人たちが喜んで食べているのを知ったら、もう農薬はつかえない」と言ったんです。
僕がそれまで「農薬を一切つかわなければ高く買うから、農薬はつかわないで」といくら伝えても変わらなかったのに、消費者の顔が見えることで、農家のマインドセットが変わったんです。結局、人はお金だけでは動かない。お金のためだけでなくやりがいが加わった瞬間でした。
初めて訪れたカカオ生産地での、やる気のない農家の顔。それは、「いいものをつくったら評価してもらえる」という至極当たり前の経済システムの導入と、「つくったもので人を喜ばせることができる」という確かな実感によって、自信と誇りに満ちたものへと変わったのです。
「みんなが同じ船に乗る」Dari Kがめざすサステナブルとは
創業当初は1日の売上が数百円という日もあり、「続かないと判断したら3か月で店を閉めると決めていた」そうですが、次第に引き合いが増加。創業後わずか4年で「サロン・デュ・ショコラ」出展を果たし、Dari Kは業界で一目置かれる存在へ急成長していきました。
現地でのさまざまな取り組みも奏功し、Dari Kとの契約農家は現時点で500人以上。契約農家になれば、カカオ豆の買取価格は相場の2〜3割増し。加えて、現地法人の技術指導を受けることで生産性を5割ほど向上できる農家が多いため、1農家あたりの収入は、契約前に比べ1.5倍〜2倍のアップにつながっているといいます。
そうなれば、Dari Kとの取引を希望する農家が増えるのは当然です。彼らの期待に応えるためにも、下流ではカカオの流通量をいっそう増やしていく必要があります。そこで吉野さんが考えたのが、マス流通との取引。2021年1月、セブン-イレブン・ジャパンでの販売を開始しました。
吉野さん Dari Kの最大の目的は、収益ではなく、カカオ産業に従事する人の社会インパクトを最大にすることなんですね。一人でも多くの農家と契約を結び、彼らのカカオの取引量を増やして、収入環境の改善につなげること。
たとえば同じ100万円を売り上げるなら、1万円の商品を100人に売るよりも、100円の商品を1万人に売る方が、カカオの使用量は増えます。そういう意味で、マス流通への挑戦はここ数年ずっと考えていたのです。
2020年、新型コロナウイルス感染症の影響で直営店舗が大きな打撃を受けたことを機に東京駅と京都駅にあった2店舗を閉店。吉野さんは、マス流通へと大きく舵を切ったのです。
吉野さん Dari Kは、サプライチェーンの上流と下流の両方で取り組みを実践してきて、サプライチェーン全体をひとつの船と考えてきました。生産者もコレクターもメーカーも販売業者も、みんなひとつの船に乗っていて、乗組員全員がダメージを受けないように、皆がハッピーになれるように、というイメージです。
吉野さん 現代の社会は、サプライチェーンが分断されている社会、図でいえば上の状態なのですね。それぞれがひとつ隣の上流から安く仕入れ、隣の下流に高く売って、その差額を利益にしている。だから原料のカカオ豆は安ければ安いほどよくなり、付加価値がないもの=コモディティ(誰がつくっても変わらないもの)となってしまうんです。
Dari Kのような小さなメーカーが生産地でいくらがんばっても、この状態を変えないと、結局はカカオ農家の状況は変わらない。農家、商社、メーカー、流通の全てが一体になってサプライチェーン全体で取り組まないとダメなんだと。セブン-イレブンは小売の最大手だから、ここが動けば大きく変わるのではないかと思ったんです。
サプライチェーン全体をひとつの船ととらえる。この考え方をみんなが持つようになれば、世界はサステナブルに変わる―。これは、チョコレート業界に限らず、あらゆる業界にいえることではないでしょうか。
脱コモディティ化をめざして
エシカルな一部の消費者に依存せず、品質で勝負をするため、高品質なカカオの生産と、香り高いチョコレート商品を製造して世に送り出してきたDari K。それでも、付加価値の高いカカオの市場は小さく、流通量を大きく伸ばすことは難しい。それは、カカオ豆がコモディティと考えられているからー。
そう考えた吉野さんが目指すのは、カカオ豆の「脱コモディティ化」です。
2018年には、焙煎したカカオ豆を入れるとその場でチョコレートペーストができる世界初の機械を開発。
吉野さん コンビニにカウンターコーヒーが登場して缶コーヒーの需要が減り、質の良いコーヒー豆の需要が増えました。同じように、カカオ豆を入れたらチョコが出てくる機械ができれば、いいカカオ豆の需要が増えるのではないかと考えたのです。Dari Kが店を構えなくても、この機械をいろいろなところにおいてもらえれば、いいカカオ豆の需要が世界中に広がるのではないかと考えています。
ほかにも、焙煎してもポリフェノール量が落ちない新しい焙煎技術を開発し、特許を取得するなど、いわゆる「フードテック」によるカカオ豆の脱コモディティ化に挑戦しています。
業界の常識になかったチャレンジを常に続ける吉野さん。その源には、サプライチェーン全体をひとつの船ととらえ、みんながWin-Winに、サステナブルになれる方法を考える姿勢がありました。
同じ船の乗組員と考えることで、調達対象ではなく、協働の相手となる。これは、これからのESGやCSVを考えるうえで、最も本質的な提案ではないでしょうか。
そして今、「一人ひとりの心がけだけで市場は本当に変わっていくのか」という冒頭の問いに、こう投げかけたいと思います。「自分の置かれた小さな視点からだけでなく、船の乗組員全員がハッピーになるために、できることはなんだろうか」と。市場を変えるのは、サプライチェーンの乗組員である、私たち一人ひとりなのですから。
(写真提供:Dari K)