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フィンランドに魅せられて10年。「コルバプースティ」武田真理さんが絵本を出版。北欧に学んだ視点を活かした場づくりを目指して

和歌山で北欧雑貨のWebショップ「KORVAPUUSTI(コルバプースティ)」を営むのは武田真理さん。武田さんが、初めてフィンランドを訪れたのは10年前のこと。フィンランドの自然豊かで美しい街並み、素朴であたたかいフィンランド人、北欧のデザインや食器に魅了されて以来、幾度となく通い、現地の人たちと関わりながら、北欧のライフスタイルに触れてきました。

そんな彼女は、昨年、新たな挑戦として同名の出版社を立ち上げ、ヘルシンキ在住アーティスト、ハンナ・コノラさん原作の絵本を日本版『風と出会う日々のこと』として出版しました。北欧らしい色使いで、風が織りなす12か月の自然の様子を描いた物語は、長年フィンランドに通い続けてきた武田さんが「出会ってしまった! 」と感じた1冊。

この絵本には、いったいどんな北欧の魅力がつまっているのでしょうか。フィンランドを行き来した10年間、そして初めての出版という経験を通して、武田さんが見てきた北欧の文化やライフスタイルについて話を聞きました。

武田真理(たけだ・まり)
徳島生まれ、和歌山在住。2014年より北欧雑貨やヴィンテージ食器、絵本などを中心としたWebショップ「KORVAPUUSTI(コルバプースティ)」を運営。2018年、2019年には、和歌山で北欧イベント「フィンランドウィークス」を主催。2020年に同名の絵本出版社を立ち上げ、フィンランド絵本『風と出会う日々のこと』の日本語版を出版した。

左側が武田真理さん。店名の「コルバプースティ」はフィンランド語で「シナモンロール」の意味。

フィンランドと絵本『風と出会う日々のこと』との出会い

ヘルシンキを舞台にした映画『かもめ食堂』(2006年公開)をきっかけに、武田さんが初めてフィンランドを訪れた2011年。都会でありながら自然が豊かな街並みに衝撃を受けました。

ヘルシンキから車で1時間ほどのアーティストが多く住む村、緑豊かなフィスカルスの川辺。

今まで経験した旅とは、全然違う感じがしました。ヘルシンキに着いた時、フィンランドの人たちが自然の中でのんびりと過ごしている姿が飛び込んできたのです。とても落ち着く美しい国だなというのが第一印象でした。

2014年にはWebショップ「コルバプースティ」をオープンし、年に1、2回フィンランドへ買い付けに行く生活が始まります。初めは1960〜1970年代のヴィンテージ食器の買い付けから始めましたが、だんだん現代の作品にも惹かれた武田さん。フィンランド在住のアーティストたちに会いにいくうちに出会ったのが、のちに出版社の設立を決意した運命の絵本を描いた作家、ハンナ・コノラ(Hannna Konola)さんでした。

作家のハンナ・コノラさん。(photo by Satu Palander) ハンナさんが制作したポスター(右)の取り扱いをお願いしたのが出会い。

もともとハンナさんのポスターデザインに魅了されて、フィンランドに行くたびに訪ねては作品を見に行っていたのだそう。そうして交流を深めていくなかで、ある時、初めての絵本を出すのだと見せてもらったのが絵本『風と出会う日々のこと』でした。

作品としての美しさはもちろんのこと、目には見えない『風』がテーマになっていることにも興味が惹かれました。ページをめくるたびに四季折々のフィンランドの風景が目に浮かびます。季節は変わり、春がまた訪れるということが穏やかな希望のように感じました。

ちょうどその頃、小さな娘さんに絵本を読み聞かせていたこともあり、武田さんにとって絵本はとても身近な存在でした。すぐに、版元の出版社を訪ねてみると、そこでもまた忘れられない出会いが待っていました。

「私にもできるかもしれない」
フィンランドの女性に感化され、絵本の出版に挑戦

エタナ・エディションズのオフィスに入ってすぐの本棚。

ヘルシンキの海の近くで、女性ふたりが経営する小さな絵本専門の出版社「エタナ・エディションズ(Etana Editions)」。独自のスタイルで、フィンランドの色んなアーティストとコラボをして絵本づくりを行っているユニークな出版社です。

小さなオフィスには、どれも手にとってみたいと思うような素敵な絵本がずらり。でも、それ以上に武田さんが心奪われたのが、エタナ・エディションズのおふたり。

エタナ・エディションズのイェンニ・エルキンタロさん(左)とレカ・キラリーさん(右)。ともに絵本作家でもある。

「絵本が子どもにとって、いつまでも安心できるものであるように」とか、「子どもが、絵本を手にすることから創造的な活動につながっていく」というような考え方をされていて、ものすごく心に響きました。

彼女たちの絵本に対する考え方や、仕事に対する姿勢、日本にはない絵本のストーリーや多様性など、お話を聞けば聞くほどすごく共感できて、すっかりファンになってしまい、ぜひここの絵本を日本で紹介していきたいと思いました。

2014年の設立以来、50冊近くもの絵本を世に送り出してきたエタナ・エディションズ。最初の絵本づくりは、クラウドファンディングから始めたそうです。

女性ふたりで、ここまでの数の絵本を出版されてきて、すごくパワフルで、刺激されました。小さな組織でもこんなことができるんだ、と。「私にもできるかもしれない」と勇気づけられました。

エタナ・エディションズのオフィスの窓。

この絵本をどうにかして「日本の読者に届けたい」という使命感に駆られた武田さん。当初は出版社を立ち上げずフィンランド版のまま、日本語の直訳を付けたスタイルで販売を始めました。しかし、もっと多くの人に届けるためには日本語版を出したい、という思いが日に日に強くなり、自ら出版することを決意するのです。

この1冊の絵本に深く関わってきたので、大手の出版社につなぐと、自分の手から離れてしまう。最後まで自分で関わりたい、小さな出版社なら自分でもできるのかもしれないなと思ったんです。

「阪急百貨店うめだ本店」での北欧フェアにも出展。当時は、絵本をフィンランド語のまま販売していた。

しかし武田さんは出版社とのつながりもなければ、絵本を扱った経験もありません。そもそもフィンランド語を話せないので、現地の人たちとのやりとりはカタコトの英語です。フィンランド人は英語を話せる人が多く、また自分たちも外国語として英語を話すので、英語が苦手な人に対しても寛大に接してくれるのが幸いでした。

また助成金や融資なども受けずに、これまでWebショップを続けてきた中でできた予算内での今回のチャレンジ。日本版の訳者やデザイナーへの依頼にはじまり、印刷会社をどうするか、絵本の価格設定や発行部数、絵本を置いてほしい店舗への営業などなど。

ざっと考えるだけでも頭がぐるぐるしてきそうですが、初めての出版という挑戦をするにあたっては、フィンランドの出版社に相談をしたり、同じ和歌山県内で出版社を立ち上げている人に会いに行ったり、本屋さんにも話を聞くなど、とにかく分からない中で動き続けたといいます。

2018年と2019年には、和歌山の県立近代美術館カフェで北欧イベント「FInland Weeks in WAKAYAMA」を主催。
フィンランド在住のテキスタイルデザイナー島塚絵里さんを招いたトークイベントやワークショップも行った。

言語の壁もあるので、毎回意味が伝わっているかどうか、メールのやりとりもすべて気を使いながらやっていましたね。あとは、スケジュール的にも、フィンランド人の働き方として、長期休暇はしっかり休まれるので、わぁ、ぜんぜん連絡がとれない! みたいなことがあったり(笑) スケジュールはなかなか苦戦しました。

印刷・製本時期がコロナ禍とも重なり、予定は大幅に遅れることに。自ら出版社を立ち上げてから1年半後、絵本と出会ってからは4年近くが経ち、ようやく日本語版を出版することができました。

日本語版の言葉を紡いだのは、
ミナペルホネンの皆川明さん

ハンナ・コノラ作、皆川明訳『風と出会う日々のこと』より。

「5月 花びらさん、くるくる ひらひら おしゃべりしましょ、踊りましょ」

ページをめくるたびに、弾けるような楽しい日本語が添えられていますが、じつはこの絵本、フィンランドの絵本を単に翻訳したものではなく、意訳という形で、日本版オリジナルの言葉が紡がれているのです。そして、この日本語訳を手掛けたのは、ファッションブランド「ミナペルホネン」のデザイナー皆川明さん

この絵本はどなたに日本語訳をお願いすると、すてきな作品になるのかなと考えていた時に、パッと頭に浮かんだのが皆川さんでした。

以前から皆川さんのフィンランドに対する想いや、フィンランドの自然からインスピレーションされたデザイン、未来を見据えてものづくりされている姿勢などに注目していました。すごくこの絵本にマッチするんじゃないかと思ったのです。

皆川明さん (photo by Shoji Onuma)

「たとえ、皆川さんのように著名な方であっても、ダメ元でもお願いしてみないと後悔する」と思った武田さんは、ミナペルホネンのホームページから問合せをすることに。すると、皆川さんから、思いもよらない前向きなお返事が返ってきて、今回の企画が実現に向けて進み出しました。

何を隠そう、筆者もミナペルホネンのファンのひとり。あの皆川明さんが協力してくださるなんて、それだけでも夢のような話ですが、ものすごい予算を用意したわけではありません。

後から聞いた話によると、皆川さんにとって、武田さんが誰であるとか、小さな個人事業主であるということは関係なく、純粋に作品として絵本を手にとり、その美しさに惹かれたことや、絵本の意訳という皆川さんにとって初めての仕事に興味をもって、今回の話を引き受けてくださったのだそうです。

フィンランドに縁があり、19歳の頃から通われている皆川明さん。フィンランドの自然からも多くのインスピレーションを受け、デザインをしている。

皆川さんは、初めての絵本の意訳をするにあたって、作家の意図をきちんと表現できるか、自分の創造性をどこまで入れるべきか、そのバランスをとても考えた、とおっしゃっていました。

ただ、この意訳という形は武田さんのアイデアだったため、皆川さんの想いが入った日本語訳を、フィンランドの出版社や作家に受け入れてもらえるか、武田さんは最後まで心配でした。そこで、フィンランド語の通訳を介しながら慎重に説明したところ、予想を超えて喜んでもらえた上に「このような作品を届けたかった」という嬉しい言葉までもらったのだそう。

こうして絵本『風と出会う日々のこと』の日本語版はできあがり、2020年末より販売をスタートしています。今は第2弾として、新たなエタナ・エディションズの絵本の翻訳出版プロジェクトも進んでいるそうです。

自然豊かなフィンランドでは、公園や住宅街でリスを見かけることもしばしば。

取次店を介さずに、本屋さんに足を運んで営業

現在、絵本『風と出会う日々のこと』は、武田さんが運営するWebショップ「コルバプースティ」の他、全国30ほどのお店で販売されています。

それらは武田さん自身が「この絵本を置いてほしい」と思い、直接足を運んだお店がほとんど。一般的な、出版社→取次店→店舗というルートではなく、取次店を介さずに直接販売の選択をした武田さん。Amazonなどの大手ネットショップでの販売もせず、あくまでも顔が見えるお付き合いのお店にこだわっています。

原作の質感やクオリティを保ちたいと考え、版元と同じ北欧・ラトビア(バルト三国)の印刷会社で印刷した。

やはり大手の書店やネットショップなどにいっせいに本が並ぶことはないため、絵本の認知には時間がかかり、地道な活動になりました。しかし、その分店舗の店主の方々との出会いは励みになり、学ぶ機会も多いです。

中には、取り扱ってもらえないケースもありますが、そういう時にも必ず、次回へのアドバイスをもらうようにしているのだとか。

どの書店さまも絵本への情熱や想いがあり、多くのアドバイスをいただけました。絵本の出版にあたり、何か正解の方法があるわけではないと思いますが、自分の想いをきちんと伝え、納得するまでやり切ることで見えてくるのだと実感しています。この経験をぜひ2冊目の出版に活かしたいです。

そうして販売からひと月過ぎた頃から、全国の書店から問合せが来るように。この絵本をひとりでも多くの方に読んでもらえるように、武田さんの活動はまだまだ続きます。

フィンランド人に学ぶ心地いい暮らしのヒント

武田さんが、現地に通いフィンランドの人たちと交流するなかで、フィンランド人の暮らしや生き方から学んだことはたくさんありますが、仕事に対する姿勢もそのひとつ。

フィンランドの人たちはオンオフの切り替えが上手。自然を楽しむ時間や、家族との時間も大切にしていて、自分たちのライフスタイルを豊かなものにしつつ、仕事されているところも見てきて、私自身も自分の暮らしを見直すきっかけになりました。娘との時間もちゃんと取れてるかな? と、いつも反省しています。

ヘルシンキの港を望む老舗カフェ Kappeli

もうひとつが、年齢や性別、肩書きなどを気にしない、フラットな人と人の関係性です。フィンランドには階級制がなく、立場が異なる相手とも対等に話をする平等な人間関係が、フィンランドの社会には根付いています。

そんな精神もあり、フィンランドでは今回のようなビジネスの場面でも、自分の気持ちを素直に相手に伝えると、基本的にはあたたかく迎えてくれます。実際に、武田さんは、現地でアーティストにアポイントの連絡をして一度も断られたことがないのだそう。大事なのは、自分の思いやどうしたいのかを相手に真剣に伝えることのようです。

出版社のふたりからみても、私はただ単なる日本から来た訪問客で、出版社でもなければ、絵本とのつながりもないけれど、アポイントを取ったら、快く迎えてくれました。

そして、自分が絵本を見て感動したこと、衝撃を受けたことをお話しているうちに、「あなたと気持ちが通じたよ」と言ってもらえたのです。言語の壁もあったのに。あの瞬間は忘れられません。

武田さん(左)、阪急うめだ本店のイベントのために来日したエタナ・エディションズのイェンニさん(中央)、「コルバプースティ」を手伝ってくれている坂東さん(右)。

年齢や立場が異なる相手を前にするとき、ついつい比べてしまって、自分を小さく感じてしまったり、遠慮や謙遜の気持ちが態度に出てきてしまうことってありませんか?

でもこんな風に、社会的に成功していたり、憧れの立場にいるような方々とも、人と人として関わりあって、フラットに関係性を育んでいけたら。また、そういう出会いから、若い人たちの新しいチャンスが生まれるかもしれないと思うと、とても気持ちのいい循環のように感じます。

和歌山とフィンランドをつなぐ、
初めての場づくりに挑戦

フィンランドと出会って10年。Webショップを始めてから8年目になる2021年、初めての場づくりに挑戦する武田さん。和歌山市内の自宅の一部を改装して、これまでWebショップだった「コルバプースティ」の実店舗を計画中です。また、外の空間をいかして、フィンランドのライフスタイルを取り入れていくのだとか。

店舗を予定しているのは海のそば、和歌浦天満宮と御手洗池が目の前にある自然豊かな立地。

フィンランドの人たちは、外で過ごすことが好き。週末になると、家族で集まって、森や公園で過ごしたり、自然の近くに身を置いてコミュニケーションをとります。

アーティストたちも、自然からのインスピレーションを受けて制作されることが多いので、休みがあれば、自然が多いところに行く。そういうライフスタイルも発信していけたら。

武田さんが買い付け中に出会った美しいフィンランドの自然の景色。思わず車から降りて撮影したとか。

和歌山という拠点から、日本とフィンランドの架け橋として、次なるチャレンジに向けて歩み始めています。

「コルバプースティ」は小さな個人の活動なので、できることが限られていたり、スピードが遅く感じる時もあったり、課題は山ほどあります。それでも、どんな状況でも諦めずに模索し、行動することを大切にしていきたいです。

(画像提供: 武田真理)