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ゴールは、祖国の平和。オリンピック出場をめざす難民の挑戦を描くドキュメンタリー映画『戦火のランナー』

東京オリンピックが近づき、オリンピック関連のニュースを見ない日はないほどです。コロナ禍での開催の賛否はさておき、6月5日公開の映画『戦火のランナー(原題: Runner)』を観れば、オリンピックについて改めて考えることになるかもしれません。

これは、スーダンの内戦の中を走って逃げ、難民としてアメリカへ渡った後、祖国南スーダンを胸にオリンピック出場を果たしたマラソン選手、グオル・マリアル(Guor Marial)を描くドキュメンタリー映画です。

祖国のためにオリンピックで走る

グオル・マリアルは、1984年スーダン生まれ。当時スーダンは、長く激しい内戦に苦しんでいました。両親はグオルの命を救うため、8歳のグオルを村からひとりで逃げさせます。戦場を彷徨い、武装勢力につかまった彼は、走って逃げ出すことを決めます。走ることは、彼にとって命をつなぐ術であり、唯一の希望でした。

難民キャンプに保護され、難民としてアメリカに渡ると、彼の才能が開花します。初めてのマラソン挑戦でロンドン五輪の出場資格を得るなど、走ることで新たな世界を切り開いていく展開は、まるでスポーツ漫画のように痛快でさえあります。

けれども、独立したばかりの南スーダンにはオリンピック委員会がなかったことから、出場が危ぶまれる事態に陥ります。そんな逆境を超えてオリンピック出場を果たし、祖国の人たちの思いを胸にひた走るグオル。そして南スーダンがオリンピックに参加することを我がことのように喜ぶ故郷の人たち。その様子は、オリンピックという平和の祭典の理想的な一面と言えるかもしれません。

日本では、オリンピックに出場するアスリートに対して、「国の代表として」や「国を背負って」といった、過度な期待をかけないのが最近の風潮のように思います(それでもまだまだ尋常ではない扱いの報道も目にしますが)。アスリート個人が国の威信を背負うのはプレッシャーが大きくなるだけでもありますし、国の威信を争うことに注目し過ぎると、スポーツが歪んだ利用のされ方をするおそれもあります。

それだけに、グオルのオリンピックに賭ける思いや、南スーダンの人の熱狂ぶりに、少し違和感があったのも事実です。ただ、誰かが国の代表になるのも、その代表者に思いを託し応援するのも、国があってこそできることなのだと、後から気づきました。

長い内戦、たくさんの犠牲の果てにようやくたどり着いた独立です。その結果、祖国の国旗を胸にした選手がオリンピックに参加していることは、独立の象徴に違いありません。それはきっと自分自身の足元を承認されたような、祝福されたような気持ちをもたらしてくれるでしょう。そしてもちろん、平和であることを噛みしめる瞬間でもあったはずです。

オリンピックに関しては、商業主義に走り過ぎなど、さまざまな否定的な見方や非難も多々あります。けれども、世界中の国が一同に会して行う平和の祭典として、その果たす役割や意味は決して小さくないということを映画を通して感じました。

アメリカだからつかめたチャンス

もう一点、この映画を通して改めて考えられるのは、難民についてです。グオルは、難民としてアメリカに渡り、教育を受け、スポーツの指導を受け、成長していきます。そこには友達や、彼の生活や将来を心配するさまざまな人たちが現れます。

アメリカという移民の国、そしてアメリカン・ドリームが信じられている国で、彼の存在は受け入れられ、その才能が認められると、たくさんの応援や協力が届けられます。翻って、日本ではどうでしょう。日本の難民認定の少なさが群を抜いているのはよく知られたとおり。さらに、帰国すれば死さえ免れないような人でさえ、強制送還されそうになるのが日本の現状です。

(さまざまな問題を抱えているとはいえ)アメリカの懐の深さ、多様性を受け入れる寛容さが美しく描かれているのは、この映画の特筆すべき見どころのひとつだと感じました。特に、日本で暮らす私たちには新鮮に映るかもしれません。

難民というと可哀そうな人と感じる人もいるかもしれませんが、そうではないことも実感できるでしょう。故郷を追われた難民の人たちは、生まれた場所で環境やチャンスに恵まれなかっただけで、その点さえ補えれば、自ら幸せをつかみ取れる人たちです。

グオルがアメリカに渡れたこと、そこで才能を開花できたことから、難民に対してとるべき対応は明らかです。命の危険を感じて逃げ出さざるをえなかった人たちに、国際社会は手を差し伸べなければいけないのです。

「走る」ことに賭けたグオルの生き方から何を感じるか

『戦火のランナー』は、さまざまな考えを巡らすことができる映画ですが、ひたすら「走る」ことに賭けるグオルの姿は、スポーツの持つ純粋な感動にも満ちています。そして、わずかな希望に向かって「走る」姿勢からは、ひたむきに努力することの尊さも感じられるのではないでしょうか。

そして、グオルの歩んできた困難に満ちた人生に比べれば、はるかに恵まれた環境にいるにも関わらず、ついつい逃げてしまう弱い自分を奮い立たせ、背中を押してくれるようにも感じます。努力を重ね、信念を貫くことの素晴らしさ、それだけのことを成し遂げる人間という存在の美しさが描かれています。

オリンピックを控えた今、劇場に足を運びこの作品を目にすることで、感じられることや考えられることがたくさんありそうです。

– INFORMATION –

僕は今日も走る。希望を届けるために。
映画『戦火のランナー』

6月5日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
https://unitedpeople.jp/runner/