みなさんは、小学生の頃の修学旅行にどんな思い出がありますか? 2020年は新型コロナウィルスの影響で、残念ながら全国的に修学旅行の中止や延期、近場への変更が余儀なくされました。
奈良県で最も児童数の多い生駒市立あすか野小学校も、修学旅行の行き先を広島から別の地域へ変更しました。しかし、「平和学習をしてほしい」という先生たちの思いが、一人一台配布されたタブレット端末を活用した広島への「オンライン修学旅行」へとつながり、2021年2月16日に実施されました。
現地へ足を運ぶ修学旅行とは一味違う、オンラインならではのプログラムを通じ、子どもたちはどんな風に平和を学び、将来にいかしていくのでしょうか。
ダイジェストでオンライン修学旅行の模様をお伝えするとともに、企画の中心となった2人の先生や企画に関わった人たちに話を聞きます。
平和教育の新しい形「オンライン修学旅行」をレポート
「オンライン修学旅行」と名のつく修学旅行は各地で開催されていますが、今回は、さまざまな企業や広島市の小学校が協力していること、そして子どもたちが各チームに分かれ自分たちでつくりあげたことが大きなポイント。2020年9月から、子どもたちと関わる大人たちが協力して準備を進めてきました。
オンライン修学旅行の当日は、6年生の各教室や理科室、図工室などを利用して6つのプログラムが実施されました。
実際のプログラムをダイジェストでいくつか紹介します。
①「タイムマシンで過去・未来、そして広島へ」
最初のプログラムでは、「過去」「未来」「宮島」「広島焼き」「平和記念公園」の5つの部屋をクラスごとにめぐりながら、それぞれ違う視点で“平和”を学びました。
グリーンズ取材班が同行したのは6年5組のプログラム。まずは「宮島の部屋」に移動し、フェリーで厳島神社へ向かう映像を見ました。
子どもたちはタブレット端末のChromebook(クロームブック)で机のQRコードを読み取り、360度写真で宮島の景色を楽しみました。その後は、着物の生地でできた色とりどりの袋の中から自分の好きな柄を選んで宮島のお土産づくりを体験したり、「おみくじチーム」がつくった手づくりのおみくじを引いたりしました。
次に訪れた「未来の部屋」では、冒頭からプレゼンスロボットが登場するなど、すでに未来的! 教室をタイムマシンに見立て、未来に起きると予測される映像を見ました。
環境問題、技術革新、宇宙の開拓、人口増加など未来に起こると予測されることを集めた「未来年表」の活用を提案した博報堂生活総合研究所の酒井崇匡研究員からのメッセージも。事前に酒井さんと対話しながら未来に起こりうる出来事を調べた「未来の部屋」担当の子どもたちは、「良いシナリオを描くのも、悪いシナリオを描くのも私たち次第だ」と発表しました。
「過去の部屋」では、あすか野小学校の司書が戦争・平和・広島をテーマに市内の図書館などから選定した100冊にも及ぶ書籍から、原爆投下直後の広島の暮らしなどを学びました。
用意された本の数に「うわ、すごい!」と歓声が。
「広島焼きの部屋」ではオタフクソース株式会社お好み焼課のコウモトさんがオンラインで登場し、広島では「広島焼き」ではなく「お好み焼き」と呼んでいるという話や、太平洋戦争とお好み焼きとの関係などを教えてくれました。生駒駅近くの「お好み焼みっちゃん」店長の小川さんも同席しました。
最後に訪れた「平和記念公園の部屋」では、QRコードを読み取って公園内の7つのスポットを360度写真で巡りました。
②「被爆電車にオンラインで乗車」
「広電チーム」がつくった一日特別乗車券を広島電鉄から借りた本物の制服を着た車掌役の子どもたちが改札鋏で切って、いよいよ被爆電車に乗車。ビデオ会議システム「ZOOM」で広島電鉄と中継を結びます。
被爆電車が駅に到着するのを待つ間、子どもによる「広電クイズ」の時間が。
運行ルートを地図で確認しながら、被爆した場所や原爆ドーム、平和記念公園の沿線をめぐり、被爆3日後にまちの人たちのために運転したという当時16歳の運転士のエピソードを広島電鉄社員から聞きました。担当の子どもたちがつくった一日特別乗車券を拡大し車内に掲示するサプライズ演出も!
③「五日市小学校と平和学習交流」
続いては、広島市立五日市小学校の6年生から広島の特徴や平和を継承していくことへの思いを聞く時間となりました。
原爆や平和の子の像、戦後復興の様子、折り鶴の折り紙がちりばめられた卒業証書のことなど、同学年の子どもたちの話を熱心に聞き入る姿が印象的でした。
④「宮島のお願い事袋づくり」
株式会社okeikoJapanのスタッフたちによるオンラインレクチャーを受けながらのワークの時間は教室がにぎやかに。竹ひごを使って紐を通す作業が難しそうでしたが、宮島の印が付いたしゃもじに願いごとを書いて世界にひとつだけのお願い事袋を完成させました。
⑤「海外からのメッセージ」
海外で活躍するゲスト3名の話を聞きました。それぞれのエピソードを聞いて、どこの国の人なのかを当てるクイズを行い、タブレット端末を活用して解答したり、ゲストから仕事を通した平和貢献の仕方について話を聞いたりしました。
⑥「折り鶴に祈りを込めて」
最後の舞台は平和記念公園。あすか野小学校の代表児童によって平和宣言のメッセージが読み上げられ、全校児童で作成した折り鶴を捧げる映像を見ました。
チャレンジのきっかけはICTを活用したキャリア教育
オンライン修学旅行の終了後、今回の企画リーダーであるあすか野小学校の野村先生と岩下先生にチャレンジの舞台裏をお聞きしました。
背景のひとつとして、2学期に行ったオンラインでのキャリア教育があるそうです。
野村先生 「教科書に載っていない生き方を知る」というテーマで、今回のオンライン修学旅行でも「海外からのメッセージ」に登場された投資会社の社長である時国司さんや、フリーペーパーをつくっているデザイナーなど8人の方にオンラインでお話を聞きました。その取り組みをコーディネートしていただいたのが、千葉県流山市でオンライン修学旅行を手掛けた実績を持つ、生駒市教育指導課教育改革担当の尾崎えり子さんだったんです。
修学旅行で広島に行けなかった子どもたちの「行きたかった」という思いを叶えたいと、尾崎さんに相談したところ「やりましょう!」と二つ返事があり、一緒にチャレンジすることになりました。
心強い味方がいるとはいえ、ゼロからの手探りでした。まずは子どもたちの中から実行委員会のメンバーを募り、「子どもたちがやりたいこと」「広島に行ってやりたかったこと」などの思いを吸い上げながら企画を始めたのだとか。
タブレット端末が子どもたちに行き渡ったのは昨年12月末。その頃からオンラインで平和学習を行い操作を習得していきました。岩下先生は「操作方法からパスワードの設定まで、機器類の使い方は指導法も含めて困難の連続だった」と話します。
岩下先生 尾崎さんが協力企業の方とつないでくれて、ビデオ会議アプリ「Google Meet」を使って打ち合わせをしてきました。
実行委員の子どもたちも含めた打ち合せのため、昼休みにビデオ会議を行いました。子どもたちは文書作成アプリ「Googleドキュメント」を駆使した資料づくりにチャレンジするなど、社会人顔負けの作業を行っていたのだとか。
岩下先生 子どもたちの吸収は自分たちが思っている以上に速くて、タブレット端末を使うたびに慣れてくれました。
当日を迎えるまでのプロセスには、どんなねらいがあったのでしょうか。
野村先生 考え方の柱に“キャリア教育”がありました。例えば「しおり委員」の子どもたちはただ単にしおりをつくるだけでなく、プロのデザイナーであり卒業生の母親でもある永田あいこさんからデザインのことを教えてもらって刺激を受けました。教員にはないスキルを持つ地域の大人に関わってもらったことで、いいものができあがったと思います。
実行委員はわずか10名でしたが、実行委員以外の子どもたちも修学旅行のプログラムに積極的に関わっていたそう。学年の半分ほどは新幹線係、教室掲示係など何かしらの役割を担っていたのだとか。
野村先生 プログラムをつくりながら、「こういう係が必要になったから誰かやらない?」と声をかけていました。子どもたち自身もタブレット端末を使って、おみくじの文面を入力したり教室の掲示物をつくったりと、いろんなことにチャレンジしていました。
多角的な視点で平和について考えることができた。
実施した手応えとして「悔いはない」とふたりは振り返ります。
野村先生 今回のプログラムのねらいとして「多角的な視点から物事を見ていく」というのがポイントでした。未来や過去、食から平和を考えることはこれまでの修学旅行ではなかったことです。例えば、ただお好み焼きを食べるのではなく、戦争当時に食べていたものをオタフクソースさんに解説してもらうなど、新しい視点を子どもたちに持ってもらうことにチャレンジしました。
これまでの平和学習においても「戦争以外の視点から平和について考えたい」と考え、例えば『桃太郎』を鬼側の視点から考えることによって多角的に読み取るような取り組みをしていたそうです。
野村先生 実際に子どもたちから「こんな視点もあるんやな」「いろんな見方をするのが大切やな」というオンライン修学旅行の感想がありました。
来年度以降、自分たちがどの学年を受け持つかわからないということもあり、すべて同じことを実行するのは難しいと考えている先生たちですが、「部分的には来年度もできそうなことがあるので、何かしらつなげていけたら」と話します。
野村先生 例えば、広島の同世代の子どもたちと対話する平和学習のプログラムはすごく有意義なチャレンジでした。
岩下先生 広島の子どもたちも、同年代の子どもたちに伝えるとことへの意気込みは大きかったそうです。五日市小学校の先生が「作文を発表して終わるのではなく、平和への思いを別のまちの同級生に伝える機会がどんどん当たり前になっていけばいいな」と話されていたのが印象的でした。
実際に子どもたちに「平和とは何か」を修学旅行前と後で聞いたアンケートを比較すると、旅行前は「戦争」「安全」などの平和の言葉の定義が中心でしたが、旅行後は「思いやる」「助け合う」などの自らの行動を考える言葉にシフトしたそうです。
オンライン修学旅行での前向きな挑戦が、未来へとつながる
修学旅行の後、協力企業や団体、個人と学校の関係者がオンラインで振り返りを行いました。
実は広島電鉄の被爆列車からオンラインで配信する案は、広島電鉄側からの提案で実現したそうです。「コロナ禍で平和について発信していく方法に気づかせてもらえた」という振り返りの言葉がありました。
オタフクソースも同じように、以前は本社工場見学を修学旅行で受け入れていたもののコロナ禍で対応ができなかった中、「声をかけてもらえたことで新しい可能性が広がった」と振り返ります。
株式会社okeikoJapan代表の橋口栄さんはお土産づくりの裏話として、スタッフ同士が自主的に家で集まって準備していたことを紹介。「コロナ禍で観光産業が打撃を受ける中、どうICTを利用していけばよいかと悩んでいるときに声がかかり、可能性が広がった。今後いろんなところにつなげていける」と話していました。
ほかにもデザイナーの永田さん、投資会社社長の時国さん、平和教育のアドバイスをした大分大学の河野晋也先生、生駒市職員、校長先生など、さまざまな人たちがオンライン修学旅行に関わりました。それぞれが子どもたちのことを考えて前向きなチャレンジをしたことで、大人たち自身も成長し、次のチャレンジにつながるサイクルが生まれているように感じられます。
野村先生 「ドキドキワクワクできなければ前向きになれない」と尾崎さんが何度も口にしていた言葉が自分に乗り移って毎日のように口にしていました。今までも意識はしていたけど、より意識するようになりました。
校長先生がテレビのインタビューで、「『コロナ禍だからできない』と諦めるのではなく、工夫次第で可能性は限りなくあることを、教員でない大人たちも含めたみんなでつくりあげる姿を見せてあげられたのが一番良かった」と話し、平和教育を研究する河野先生も「大人たちの姿を見せることこそ平和教育につながった」と話されていたのが印象的でした。
学校生活では、他人と自分を比較してしまいがちですが、あすか野小学校の子どもたちのように多角的に物事を見る力が養われれば、様々な角度から人や物事を判断できるようになり、多様性が必要なこれからの時代に必要な力を得られると感じました。
ほかの小学校でも生駒市のオンライン修学旅行のように、大人たちが協力しあって本気で取り組む姿を見せることができれば、子どもたちが前向きに生きられるまちになっていくのではないでしょうか。
何が起こるかわからない新しいことにもドキドキワクワクと前向きに挑戦し続ける生駒市に、これからも注目していきたいです。
※当日のダイジェスト映像はこちら
(撮影: 都甲ユウタ)