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ふとした“つぶやき”を大事にしたい。シングルマザーと子どもの居場所「WACCA」に学ぶ、安心できる関係づくりとは。

「自粛生活の影響で、DVや離婚が増えている」

この春、コロナ禍による自粛生活の中で、このようなニュースを耳にしたことはありませんか?

神戸市長田区にあるシングルマザーと子どものための居場所「WACCA(わっか)」の代表・茂木美知子さんによると、それは事実だそう。職を失い衣食住の支援を必要としているシングルマザーもいるそうです。

「WACCA」を運営する「認定NPO法人女性と子ども支援センター ウィメンズネット・こうべ(以下、ウィメンズネット)」は、30年近く、DV被害者やシングルマザーと子どもの支援を行ってきた団体。災害の時も相談者に寄り添ってきました。

長年の経験をいかしてつくりあげた“オープンな居場所”である「WACCA」の存在は今、コロナ禍において重要な役割を果たしているようです。6月には新たに「WACCA♭(ふらっと)」を開設し、“よりオープン”な居場所としてスタートしました。

クローズドになりがちな母子支援の分野で、なぜ「WACCA」のような場所が必要とされているのでしょうか。茂木さんにお話をうかがいました。

茂木美知子(もてき・みちこ)
「WACCA」代表。「認定NPO法人女性と子ども支援センターウィメンズネットこうべ」理事。宮城県石巻市生まれ。行政のDV相談員などを務めた後、「ウィメンズネット」の活動に参加。東日本大震災では東北へ赴きDV被害者の電話相談などを行った。

災害のたびに進化を遂げた「ウィメンズネット」

「WACCA」を運営する「ウィメンズネット」の母団体が設立されたのは1992年のこと。当時は男女平等社会についての勉強会やワークショップなどが活動のメインでした。

転機を迎えたのは1995年の阪神・淡路大震災の時。被災者を支援する中でDVの問題が見えてきたことをきっかけに、電話相談を行うように。それからは、自助グループをつくったりシェルターをつくったりと、理論より“支援を必要とする目の前の人たち”のための活動を広げていくようになりました。

行政のDV相談員として働いていた茂木さんは、民間の相談機関でありシェルターを運営する「ウィメンズネット」と古くから関わりがあったそう。その縁もあり理事に就任しましたが、実際に職員として働くようになったのは2011年の東日本大震災がきっかけでした。

実は私、実家が石巻で被災したんです。すごい喪失感があってぼーっとしちゃって。そんな時に代表の正井から「ちょっと手伝ってくれない?」と言われ、東北へ行って。そのまま、ここで仕事するようになりました。

東日本大震災のあと、全国からDV相談員が集まり現地で電話相談を行うプロジェクトが発足。茂木さんは「ウィメンズネット」の相談員として宮城県や岩手県へ赴き、泊まりがけで活動しました。孤立感や情報の不足、貧困の問題など、「災害時には共通した課題がある」と認識したそうです。

雑談から生まれた、シングルマザーのための居場所づくり

「WACCA」外観

「WACCA」の構想は、シェルターへ衣類の物資支援をするNPO法人FREE HELP(以下、フリーヘルプ)」の代表、「ウィメンズネット」の代表、茂木さんの3人の雑談から生まれました。

「今、どういうものがほしい?」と聞かれて「もちろん衣類もありがたいけれど、シングルマザーたちが自由に集まれる場所がほしいですよね」という話をしたんですよ。そうしたら「じゃあつくろうじゃないか!」と言っていただいて。

ちょうどフリーヘルプさんが長田でチャリティーショップを開く予定だったので、「それだったら近くがいいよね」と。「WACCAを支援する店」という位置づけで、お買い上げの一部が寄付金になるしくみをつくってくださって。毎月10万円近くの寄付金がいただけることになり、家賃をまかなえる目処が立ったものですから、ここを借りて活動を始めたんです。

同じビルにある古着のチャリティーショップ「フリーヘルプ」。売上1点につき50円が「WACCA」への寄付金に。

お買い物時に渡される寄付金の領収書。毎月約10万円の寄付金は、主にWACCAの家賃にあてられてきました。

「シングルマザーが自由に集まれる場所がほしい」というのは、「ウィメンズネット」が長年シェルターを運営する中で感じていた課題からの着想でした。

シェルターは原則2週間しか滞在できないので、次の生活を考えるのが本当に大変で。着の身着のままで逃げてきて所持金が数十円という人もいるので。やっと逃げてきたけれどそのあとどうやって暮らしていいのかわからない。実家との関係が良くなかったり、周囲から「子どもがかわいそう」と離婚を反対され、二重三重に責められたり。

そういう中で生活を再建しなきゃいけなくて、シェルターを出たあとにどこか行く場所がないと本当に不安がいっぱい、ということがあって。

短い入居期間のあとも継続的にサポートを続けるために、そして彼女たちが少しでも安心して暮らせるように、気軽に出入りできる“拠点”が必要だと感じていたのです。

そこに強力な助っ人が現れ、拠点づくりは実現へ向け一気に加速。「実家みたいな場所がほしい」「ホッとしておしゃべりできる場所がほしい」など、シングルマザーのリアルな声も聞きながら準備を進め、2013年11月に“女性と子どもの支援と仲間づくりのための居場所”として「WACCA」がオープンしました。

きっかけの敷居は低く、つながりは長く。

「WACCA」では、仲間づくりのための「シンママカフェ」や子どもの学習支援「わっか塾」、「絵本カフェ」、「親子ヨガ」などのプログラムを開催しています。はじめはシェルターを出たお母さんと子どもがほとんどでしたが、最近では約半数が口コミやチラシをきっかけに訪れるようになり、プログラムもどんどん充実してきました。

絵本カフェ

WACCAのスケジュールカレンダー

気軽に訪れ、話をする中で「実は…」と深刻な悩みの相談に発展することも少なくないそう。

この間も、外のポスターを見て「マスクを買いに来た」って。「どうぞどうぞ」と中でお話したら、シングルマザーの方で、子どもが父親から虐待を受けていた…とかなり深刻な様子でした。でも、「今までそんな話をしたことがなかった。シングルマザーの人と会ったこともなかった」って言うのね。

サポートを受けられずに、自分はシングルマザーだってことを隠している方が「ここは話していいんだな」って思うことで話ができる。やっぱり敷居が低いってすごく大きいと思って。専門の相談窓口はいろいろあるけれど、そこへ行くのをためらう方は多い。だから最初から暴力の話ではなくて、どこでアプローチするか、ですね。

一度つながった人に対しては、食料を渡したりイベントに誘ったりと、できるだけつながりが途切れないようにし、その後の“生き方”までサポートをしています。

今では、お母さんの学習支援や、社会復帰のための就労支援などもプログラムのひとつに。「WACCA」で勉強して高卒資格を取得し、看護学校に進学したお母さんが、この春めでたく看護師になったそう!

また、「フリーヘルプ」ではインターンを受け入れる就労支援も。

今は3人くらいお世話になっています。引きこもりがちで社会と接点がないと働く自信がなくなっちゃうんだけど、やっぱりちゃんとお金をいただくのはすごく大きくて。もう表情からね、本当に変わりました。社会に出る第一歩になると思います。

「フリーヘルプ」では、品出しやレジ、接客の仕事を行います。

「WACCA」を利用するシングルマザーは10代から70代と幅広く、ライフステージもさまざまです。最近では高齢の利用者から、「年金が少ない」「お墓もないのに倒れたらどうしよう」などの相談が増えてきているそう。長くつながり続けることで「中・長期的な支援をしていく必要がある」と茂木さんは話します。

「てつがくカフェ」のようす。時には男性が一緒に参加するプログラムも。

“オープン”にしたから集まったボランティアやまちの支援

「WACCA」の活動を支えるのは、たくさんの“協力者”の存在です。

数々のプログラムは、ボランティアの協力で成り立っています。「わっか塾」のボランティアは現在なんと約20名も! 学生や医者、さらに外資系企業の役員など社会経験に富んだ人も多く、子どもたちにいろいろな世界を見せてくれるそうです。

社会的立場は明かさず、ひとりの“おじいちゃん”や“おねえちゃん”として指導。子どもたちからも懐かれています。

外資系企業に勤めるボランティアの同僚外国人が講師となり、母国の紹介をするイベント。子どもたちの世界が広がります。

隣接する商店街のお弁当屋は、余ったお弁当やコロッケなどを、「わっか塾」に来る子どもたちのために無償で提供してくれるそう。そうしたつながりから「アルバイトしたい子がいたら、中卒でもいいよ。僕も高校を中退したので気持ちがわかるから」と声をかけられ、実際に働き始めた子もいるとか。

茂木さんは、「長田の“下町感”がシングルマザーに合っている」と話します。

このまちは外国の方も多く、いろいろな生き方があるので敷居が低いです。「WACCA」へ口コミで来る人も多いんですよ。シングルマザー同士のグループがあって、「母子家庭の子は無料で教えてくれるらしいで」とか「食料支援やってるみたいやで」とか。隠さないからこそ情報が得られるわけじゃないですか。自分を飾らない下町的な良さが合っている気がしますよね。

これだけの人に支えられ、まちに根ざすことができたのも、「WACCA」が社会に対し“オープン”だったから。これは、これまでの葛藤があったからこそ目指した姿でした。

シェルターなどの母子支援の場って、本当にクローズドなんですよ。写真も出せず、活動のアピールをしにくいから、一生懸命やっても知られない。住所を隠し、相談も匿名でやっていると支援者を求めにくいんですよね。

だから逆に「ここはオープンにしよう」って。「WACCA」という名前をつけて場所も電話番号も公開し、ボランティアの出入りも自由にして。戦略的に、いろんな人が集まり交差するプラットフォーム的な位置づけを意識してつくってきました。

「わっか塾」を卒業する中学3年生からの寄せ書き

コロナ禍の真っ只中、“よりオープン”な新スペースを開設

利用者は年々増え、「WACCA」のスペースだけでは手狭に感じるようになったため、今年6月、同じビルの別のスペースを借り、新たに「WACCA♭(ふらっと)」をオープンしました。

元々は飲食店だった店内にはキッチンカウンターがあり、窓も多く開放的。広さも十分です。外から中が見え、気軽に入りやすい「WACCA♭」は人が集まるイベントなど、“よりオープン”に使用し、プライバシーを重視する相談や学習支援はこれまでの場所で行うことに。

「WACCA♭」の室内。子どもが遊ぶスペースも設けました。

ここでは、シングルマザーに食料を手渡す「フードパントリー」をスタート。受け取りの際にコミュニケーションが生まれ、近況を知ることができるのもねらいの一つです。

フードパントリーで配られる食料は、フードロスと貧困世帯支援をつなぐ団体から寄付されたものが多い。地元の飲食店から寄付の問い合わせもあるそう。

移転の直前にコロナ禍に見舞われ、集まるどころか気軽に「WACCA」へ足を運ぶこともできなくなったシングルマザーたちに安心してもらおうと、給付金申請のサポートやLINEでの相談受付、各世帯に食料とマスクを届ける「エール便」など、さまざまな働きかけを行ったところ、思いがけない反応があったそう。「大勢で集まれない代わりに、個々との関係が深まった」と茂木さん。

「元気ですか」とエールを送る意味で、マスクと食料の宅配をしたんです。中には結構久しぶりの方もいたわけ。そうしたら「忘れないでいてくれたんですか」「こういう時に気にかけてくれる人がいてよかった」と言ってくださって。これをきっかけに近況を知れたので、続けていこうと思っているんです。実家から荷物が届いたら嬉しいでしょ。ま、そんな感じよ。

エール便には、「またお会いしましょうね」とメッセージを同梱。

コロナ禍でのDVや離婚の増加については、「顕在化してくるのはこれから」とのこと。自粛生活が終わり、家で我慢していた女性たちが動き出すことを予測し、ホームページから簡単にLINEで相談ができるようにしたり、部屋探しのサポートを行ったりしています。

“離婚を考えている女性”も対象に、お部屋探しのサポートを開始。自粛解禁後、相談が増えているそう。

安心できる関係の中で“つぶやき”を大事にしたい

相談が増えてくるであろう今後へ向け、さぞ身構えているのかと思いきや、茂木さんはいたって穏やかに話します。

「大変だ、どうしよう」って、もちろんそうなんだけど、ちょっとした希望を持ちたいなって思うんですよ。そういう場所があれば、実際には利用しなくても「ああ、そういうところがあるんだな」と思えるでしょ。困った時に駆け込む場所があるって思うだけでも、ほっとできるかなと。

私はかつて「フリーヘルプ」の職員として、何度も「WACCA」を訪れました。そのたびに「あら、こんにちは」とみなさんが笑顔で迎えてくださり、とても居心地がよかったです。気づけば、お弁当を食べながら茂木さんに悩みを相談していたことも。「なんでも話していい」と思わせる空気が「WACCA」には流れているのです。

それは、茂木さんがこの場所で“安心できる関係づくり”に徹してきた賜物だと感じました。

「ここで相談してもいいよね」という安心感・信頼感の中ではじめて言えることもある。「しんどいよね」って寄り添うばかりじゃなくて「ちょっとお茶飲んでいき」とかさ、そんな場所があってもいいという気がしていて。そこがお役所とは違うところだと思っているんです。というかそれしかできないしさ、正直ね。

“つぶやき”みたいなのが大事だと思うんですよ。特に子どもは「相談したい」なんて絶対に言わない。「何でも言ってごらん」と言っても本当の家庭のことは言わない。ちょっとつぶやいたことに気付いてこちらがアプローチをしていくので。つぶやきを大事にする姿勢がないとね。

本音をつぶやけるような関係性とは、「WACCA」のような開かれた場所でいろいろな人とのつながりから生まれてくるものではないでしょうか。それこそが、あらゆる支援が目指すべき姿だと思いました。