いっときのクラフトビールブームは落ち着いてきましたが、マイクロブリュワリーと呼ばれる小さな醸造所があちこちに現れています。クラフトビールはブームから文化になり、本当に好きな人が小さな規模でつくるようになってきているのです。そんなマイクロブリュワリーの特色の一つは、地域と深いつながりを持っていること。少量生産で、ほとんどが地元で消費されるので、つくり手と消費者が近い関係にあるのです。
「松戸ビール」は、中央区新川でビールづくりをしていた渡邊友紀子さんが、松戸でまちづくりを手がける「まちづクリエイティブ」とつくったマイクロブリュワリー。渡邊さんは2017年に東京都中央区で永代ブルーイングを創業、今年松戸に移ってきたそうです。
今回は、いすみでクラフトビール醸造を目論むgreenz.jp編集長・鈴木菜央が、ビールづくりの先輩渡邊さんとまちづクリエイティブ代表の寺井元一さんに話を聞きに行きました。
クラフトビールとまちづくりの出会い
菜央 渡邊さんは、そもそもなぜビールをつくろうと思ったんですか?
渡邊さん もともと何かをつくるのが好きで、以前は飲食店でケーキやパンを焼いていました。そして、お酒も自分でつくれるということを知ってビールをつくりたいなと思ったんです。
何よりビールは美味しいですから、飲みたいし、つくりたいし、飲んでもらいたいです。それに、ビールって明るいお酒だと思うんですね。楽しいお酒。ワイワイ飲んで、お客様を見てても思うけど、ウサを晴らすお酒じゃない。知らない人たちも隣どうしで話をできるようなお酒だなぁと。
菜央 なぜ、移転することにしたんですか?
渡邊さん 免許をとって永代でつくり始めたんですが、バックオフィスの仕事が多くて、自分でレシピを組み立てるということがほとんどできなかったんです。
でもビールづくりは重いモルトの袋を持ったり重労働で、この先そんなに長くはできないと思ったので、仕込み量を少なくして、自分で組み立てたレシピでいろいろ仕込めるような環境でビールづくりをしたいと思うようになりました。それで、自宅が松戸にあるので、松戸かその近辺でそんな環境がないか探すことにしたんです。そうしたら松戸に面白い人がいるよって寺井さんを紹介されて、相談してみました。
菜央 それで、「まちづクリエイティブ」にここを紹介されたということですか?
寺井さん ちょうど物件の改装を手掛けようとしていた時に相談されたという感じですね。
「まちづクリエイティブ」は、放置されたり価値がないと思われているものもまちづくりの資産だと思っている。なので、誰も手をつけないようなボロボロの物件も扱っています。そういった物件を借りて、改装して人に貸すという形で今までやってきました。
これはそもそも私が渋谷でストリートのアートやスポーツをサポートして、まちなかを美術館や体育館にしようという活動をしていたことにつながっています。まちの空いている壁にアートを展示したり空き地でスポーツをすることで価値を生むことができると考えていたんです。
それを松戸でもやろうと、面白い人たちを呼んで、松戸を「MAD City」にしようと始めたのが「まちづクリエイティブ」なんです。クリエイターやアーティストを呼ぶために、その人のためのハードが必要になるということで、不動産を手がけるようになって、どうせなら放置されているようなものも有効活用したいと思って、そういった物件も手がけるようになったんです。
菜央 じゃあ、ここも放置されていたんですね。
寺井さん だいぶ使われていない状態でしたね。
前からあるのは知っていたのですが、再開発エリアに入るかどうかで宙に浮いていて、それが入らないことが決まって、行政から「アイデアでどうにかしてくれるやつがいる」と呼ばれたんです。そういう経緯から、ひとまず借りることになり、借り手を見つけるために最低限の補修をやろうとお金の算段をつけて、施工に入る時にちょうど渡邊さんを紹介されました。
だったら希望を聞いて、施工のところから一緒にやろうということで、渡邊さんの希望を聞いて、取りまとめて施工することになったんです。
尖った人たちを集めるまちづくり
菜央 ビールから少し離れますが、これまでどのような人をそれくらい松戸に呼んだんですか?
寺井さん 物件は約70、人数は150人くらいです。本当に色々なジャンルの人がいて、最近でいうとMC狂人という行政書士のラッパーや、アーティストよりの電気職人さん、いわゆるユーチューバーなど、珍しい肩書きの方がたくさんいます。
実は、僕らの考えで、できるだけ多様な住人が集まるようにしているんです。僕はMAD Cityが一つのチームになったほうがいいと考えているので、そのためにはいろいろなジャンルの人がいた方が可能性が広がりますよね。
加えて、ともに育っていく仕組みが必要だとも思っています。みんな尖ってるけど、もちろん足りない部分もある。そこを補い合えるようにみんなで成長し、助け合って価値を生む。そこから学びを得て、さらには仕事をつくっていける環境を醸成していくことが必要だと考えています。
寺井さん それもあって、最初はクリエイターなどが集まる集合住宅などを手がけていましたが、もっとまちの人たちにも広く関わってもらえるように、最近は路面店などの物件を扱い、お店を手がけるようになりました。その中で、Tiny Kitchen and Counterという立ち飲み屋さんなど、複数のお店がオープンしています。
そんなことをやっているうちに、様々なプレイヤーと組んで仕事をすることでわたしたちの業務も多様化してきて、施工もするし、ディレクションもするし、自治体とも仕事をする中で、今回の渡邊さんとの仕事も生まれてきたんです。
菜央 今後、松戸でどんなことを実現したいですか?
寺井さん 松戸に来たことによって夢が実現したり、人生が前向きに変わっていったらいいですね。
僕はまちってそのためにあると思っているので。そのためには、僕らも松戸の人たちと多様な関係を結びたいですし、松戸の人たち同士が一緒に何かをやる方向に持っていきたいです。
渡邊さんとも大家と店子という関係ではなく、部分的な事業パートナーだと思ってますし、渡邊さんが他の飲食店と組むとかビアガーデンをやるとか、まちでなにか新しいことをやるサポートをしていきたいと思っています。
ビールがまちにもたらすものとは
菜央 渡邊さんは移転してみてどうでしたか?
渡邊さん 親身になって相談に乗っていただけて、いろいろな人とのつながりもできたので、楽しいしやりがいを感じています。免許の更新の関係で、どうしても3月31日までに移転を済ませなければいけなくて、時間がない中で改装もかなり無理を言いましたけど、ちゃんとやってもらえてよかったです。でもそのせいで仕事が残ってしまったので、4月末にやっと醸造を始めることができて、まだビールができてないんです。(取材時点)
菜央 ブリュワリーをつくるとなると、いろいろ免許とか手続きが必要となってくるんですね。
渡邊さん 税務署からは絶対逃れられないですね(笑)
菜央 僕らもいすみでマイクロブリュワリーをつくろうと思っているので、そのあたりもいろいろ教えてほしいですね。
僕がビールをつくりたいと思ったのは、アメリカの西海岸に旅行に行った時に、とてつもなくクラフトビールが盛り上がってるのを見たのがきっかけでした。彼らは地元のビールを飲めばビールをつくってる友達が潤うし、麦やホップをつくっている農家も潤うし、友だちと飲めば楽しいし、まちの人たちがハッピーになることにつながると言っていたんです。
自分の楽しみが地域の人たちの喜びにつながるって理にかなっているし、それを提供する立場になれたらいいと思いました。渡邊さんはビールづくりを通じて実現したいことってありますか?
渡邊さん 私はいろいろな人とつながりながらみんなで楽しく飲めるお酒をつくりたいと思っています。もちろん美味しいものをつくろうと思ってはいますが、味を追求することに専念している人たちのレベルに追いつける自信はないので、みんなに楽しんでもらえるお酒をつくりたいです。
それと、飲んでもらうではなくて、体験できるような場を持てればいいとも思っています。もう少し小さいお鍋やタンクを用意して、自分たちで飲みたいお酒を自分たちの手でつくる環境を整えられたらいいなと。
菜央 具体的にはどんなビールをつくりたいですか?
渡邊さん 私があまり苦いビールが得意じゃないので薫り高いビールをつくりたいです。もちろんお客様の要望もあるので苦味のあるものもつくりますが、それでも薫りは重視したいです。それと、せっかく松戸に来たので松戸らしい果物、梨や夏みかんを使ったフルーツビールなどもつくりたいですね。女性の方がフルーツビールを喜ばれるので。
菜央 今後まちとはどのように関わって行こうと思っていますか?
渡邊さん まだ準備に追われているのでなかなか考えられないですけど、面白いことなら何だってやりたいと思っています。そのあたりは寺井さんが考えてくれるかな。
寺井さん 僕らは2年くらい前から、千葉大の園芸学部のメンバーが推進している、エディブルランドスケープをつくる取り組みにも関わっています。すでに彼らが地元住民とともにまちなかで野菜やハーブを育てているんですが、次はそれを使った飲食店ができたら良いなって構想していて。そうしたらTiny Kitchen and Counterができて、今度は松戸ビールができて、実現に向かっているのかなと。
松戸に来てくれたアーティストや料理人、醸造家の人たちは、それぞれ自分のやりたいことを追求してくれることで、僕らがどう組み合わせてどんなことをやったら面白いかということを考えてコンテンツをつくることができる。それが結果的にまちづくりにつながっていく、そんな流れができつつあるんじゃないでしょうか。
菜央 なるほど。面白いことをどんどんやりましょう!
美味しいビールが自分の地元でつくられたら嬉しいだろうなと私は単純に思っていたのですが、その嬉しい気持ちというのは、地元に対する思いでもあると今回の鼎談を聞きながら思いました。なぜなら美味しいビールがあったら地元のことをもっと好きになるから。
だから、渡邊さんは美味しいビールをつくってみんなに楽しんでもらいたいと努めているだけで、実は地域に貢献しているのです。そして、寺井さんが渡邊さんをふくめ松戸でクリエイティブな活動をしている人たちの力をうまく使って仕掛けを考えることで、その効果はより増していく。部分部分を見ていただけではわからないまちづくりの意味が少しわかった気がしました。
菜央さんがどんなビールをつくるのかはまだわかりませんが、いすみの人たちがもっと地元のことを好きになるようなビールをつくってほしいですし、そんなブリュワリーが全国津々浦々にできてほしいなと心から思いました。
みなさんも、近所にマイクロブリュワリーができたらぜひ足を運んで、醸造家の方とビールのことや街のことを話してみてください。きっとビールのこともまちのことももっと好きになれると思いますよ。