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奥島根の“秘境”弥栄(やさか)の暮らしに学ぶ里山の原風景とは。自分でできるもので満たす手づくりの営み。

島根県西部に位置する浜田市は日本海に面した漁港です。市街地からさらに車で30分ほど奥地へ走りいくつものトンネルを抜けると、一変して豊かな自然とともに生きる農村の景色が広がっています。

都市圏ならわずか50メートルも離れないうちにコンビニが並ぶ景色を見かけますが、これからご紹介するここ、浜田市の弥栄(やさか)町には、コンビニはおろか信号すらありません。場所によっては携帯電話の電波さえも届きにくい。人口は約1300人あまり、島根のなかでも「奥島根」と言われるほどの山あいにあり、手つかずの自然を大切にした暮らしが受け継がれている“秘境”です。

米作りが暮らしの中心にある弥栄は、寒暖差のある気候と、季節を写す山々、さらに清澄な水脈が畑へとつながり、田畑はとても豊潤な土壌を誇ります。山のトンネルを抜けて最初に見えるのは、このおだやかな水田の姿。四季を感じる深みがあります。

標高300m〜450mほどの山間に広がる弥栄の耕作地

茅葺(かやぶき)の家に泊まるとわかる、弥栄の時間

弥栄で暮らす森川學(まなぶ)さん・純子さんご夫妻は、學さんが育った茅葺き屋根の残る旧家を農家民泊として営んでいます。その名も「茅葺の縁(かやのえん)」。

大正時代に建てられ100年という長い年月を経た家屋は、板の色が抜けて灰色になった雨戸と、石見地方独特の赤茶色の石州瓦などを含めて古き良き趣があります。

森川さんご夫妻は以前、退職記念にヨーロッパ旅行をした際、イギリスでは1700年代から続く茅葺の家が観光に活用されていることを知り、「生まれ育った実家の茅葺き屋根も農泊やツーリズムの受け皿として継いでいきたい」と思ったそうです。

森川學さんは中学を出て働きに出るまでこの家で暮らしていました。

純子さん うちには利用規定がないのよ。お部屋に着いたら、はい、ここがあなたのおうちよって言ってね。家族と同じ。何か特別なおもてなしをするというよりも、この家と縁側から見える田畑の景色そのものがおもてなしです。夜も昼も静かですから、みなさんここに来たら、ほんとにぐっすり眠れたとおっしゃいます。

學さん 日本家屋は通常、夏の湿気を防ぐ造りが優先されていて、冬は寒いものです。ところがうちは、部屋のなかの土壁が天井裏にまで続いていて、温めた空気が天井から抜けにくく留まるようです。だから、障子一枚の仕切りでも結構あたたかいんですよ。

それに冬はやはり雪景色が喜ばれますね。ここらでは茅葺きの下の格子部分を「きつね窓」というんですが、きつね窓のある茅葺の三角屋根と雪景色はえもいわれぬ自然美です。日本の美しい景色の一つとして残していきたいと思います。

このあたりまで雪が積もることもあるの、と教えてくれた森川純子さん。

「茅葺の縁」に泊まると、雑音のない静寂に包まれ、暮らしのなかで立てる音がいつもよりはっきりと聞こえだします。畳をする足の音、布団を敷く音、ご飯を噛む音。その音は、すっかり忘れていた暮らしのリズムを呼び覚ましてくれます。

90歳の小松原さんから教わるお味噌づくり

ここで味噌づくり体験を教えてくれるのは、90歳になる小松原藤子さん。「味噌部屋」と呼ばれる土間の貯蔵室には、小松原さんと宿泊者とが春先に一緒に仕込んだというお味噌が保管されていました。

小松原さん自身も、人生のほとんどの時間を農家として弥栄で暮らし、畑では大豆や黒豆を育てています。今でこそ道路が通っている弥栄ですが、かつては流通がなく、調味料や食べものは必要な分だけ自分たちの手でつくるものでした。当時より便利になった現在でも、塩以外なら自給自足に近い暮らしが可能だそうです。

小松原藤子さんは、森川さんの隣の家で暮らしながら郷土の手仕事を伝えています。

小松原さん できることをできるだけやってるだけですけん。何もかわったことはしとりません(笑) 大豆を柔らかく煮て、それを潰して麹と混ぜます。樽にねかすときには糠と塩を煎ったものを布袋に詰めて重石にします。そうすりゃカビになりませんから。

大豆は、田植えを終えた5月に種を蒔き、11月頃から収穫が始まります。今では森川さんと、弥栄の暮らしが気に入って移住されたご近所さんたちと3人で栽培しているそうです。

寒冷な山間の気候が育む弥栄の「寒味噌」はからだに沁みいるような味わいで、訪れる人を優しい気持ちにしてくれます。

小松原さんの畑でとれた大豆を丁寧に炊きあげてお味噌づくりを学びます。

小松原さん わたしら毎日食べとるからわからんけども、まちで暮らすひ孫が帰ってきたときにたまたま他で買った味噌を使ったら、ばあちゃん今日の味噌汁はなして(どうして)おいしくない?と言うとりました。

2日前から準備する、8種類の絶品かき餅

小松原さんとともに郷土の暮らしを伝えている三浦通江(みちえ)さんは、得意の料理の腕を活かし、かき餅づくりを教えてくれます。

三浦通江さんは結婚後に弥栄へ、お話しも上手で楽しい。

三浦さん かき餅づくりは2日前から米をかしといて(水に浸すこと)、蒸して、つぶしながら黒豆や好きな味のものを混ぜ込んで板状に伸ばしたものを切って焼きます。去年は黒米、青のり、胡麻、玉子、とうきびなど8種類つくりましたね、切ったあとは火鉢で焼きます。以前はストーブの上にちょっと固めのやつを置いて、ぷっくり膨れるまでゆっくりゆっくり焼いて食べとりました。

色とりどりのかき餅を火鉢で。

小松原さん もっと昔は干し柿みたいにかき餅を細い藁(わら)に通してね、天上からつるしておいて、冬のおやつがわりに食べよりました。あんまり置いとくと酸っぱくなってねえ。

三浦さん おやつと言えば昔は甘粥(あまがゆ)もつくってましたね、壺でつくるんですよ。酒粕の甘酒じゃなくて、ご飯をつかった甘粥です。米の粒が残ってるものに生姜をすって、おやつ代わり。子どもの頃は親がつくって置いてあるのをこっそり食べてました。

森川さん うちは今でも毎年つくっとりますよ。

石見地方では酒粕をつかったものを「甘酒」、麹をつかったものを「甘粥」としていずれも親しまれてきたそうです。かき餅も甘粥もそれぞれの家の味があり、地区ごとでも微妙な違いがあるのだとか。また、講(こう)と呼ばれる神様のまつりには、各家庭でつくった豆腐を持ち寄ってご馳走にする習しもあるんだとか。

このようなお米の農文化が残る弥栄は、平成17年に中国地方初のどぶろく特区の認定を受け、「どぶろくの里」としてのツーリズムも展開しはじめました。現在は2軒がどぶろくを製造しています。

45年ぶりに披露された「大蛇(おろち)の綱渡り」

ここまでは食に関するお話しをうかがってきましたが、少し話題を変えましょう。

弥栄の暮らしに欠かせないものといえば石見神楽(いわみかぐら)です。スサノオノミコトによる大蛇退治など、神話の世界を描いた演目があり、神楽を舞う団体である社中(しゃちゅう)は、弥栄に二社中あります。

数ある演目の中でも人気の高い「大蛇」ですが、2018年の秋、弥栄町木都賀地区の錦ケ岡八幡宮にてお祭りが開催され、神楽「大蛇(おろち)の綱渡り」が披露されました。なんと45年ぶりのことだったとか。大蛇が空中高くに張られた綱の上を進む演舞が見られるのは、石見地方でもこの弥栄の神楽だけという貴重な演舞です。

石見神楽を舞う杵束神楽社中(きつかかぐらしゃちゅう)

三浦さん 私の好きな演目は「塵輪(じんりん)」なのよ。(※鬼と神が対決する代表的な演目の一つ)神楽はみんな大好きでね、社中に入っていない私たちでも簡単な踊りのまねごとならできるんですよ。お囃子の拍子も、とっても速くて迫力があって、すごく好きですね。

民間芸能として愛されてきた石見神楽の話をすると、三浦さんも小松原さんもぱっと顔がほころんで、もともと明るい声が一層明るくなりました。それだけ地場の活力として暮らしのなかに根付いているのでしょう。

できることを、なりわいの一つに

現在、森川さん、小松原さん、三浦さんそれぞれが持つ郷土資源や技術を、ツーリズムとしてなりわいの一つにする挑戦が「きんさいむら弥栄協議会」を通じて始まっています。島根県外から弥栄の暮らしに関心を持つ人を増やすとともに、弥栄で暮らしている人にも、改めて郷土の何が魅力になるのかを知ってもらう試みです。

「水田のある風景を守りたい。でも、単純に兼業農家として続けていくことは難しくなっている状況のなかで、農を軸にした複数のなりわいをつくっていきたいし、その可能性や資源がたくさんあることを発見してもらいたいのです」と行政担当の前原さんと肥後さんが協議会の想いを伝えてくれました。

ここでいきなり背伸びしないのが弥栄らしいところです。無理にもてなそうとしてもできません。まず、ありのままの暮らしを見てもらうことから始めること。

そのためか、皆さんの熱意がとても心地いいのです。90歳の小松原さんも「教えるのが楽しくてしょうがない」「蕎麦打ちなんかもやりたいですね」とまだまだ意欲的。家族が増えるように、なにも構えずに迎え入れてくれる安心感があります。まさに「きんさい!」という言葉がぴったりです。

季節ごとに趣がかわる宿泊体験から新しい交流が生まれています。

暮らしの「差異」が教えてくれるもの

春には桜の花が咲き、冬には一面の銀世界になる弥栄は、けっして観光資源に恵まれたといえる土地ではないかもしれません。しかし、だからこそ消費されていない普段の暮らしが体験できる場所なのです。来客に慣れたおもてなしは心地よいもので、ときに暮らしの提供が「サービス」となってしまう観光地もありますが、弥栄の場合は「できることをできる分だけ」。ここでの暮らしをそっとおすそ分けするような寄り添いかたがありました。

いま暮らす場所が都会であろうと田舎であろうと、ひとつとして同じ暮らしをしている場所はなく、暮らしはみんなが少しずつ違うもの。弥栄に来て得られるものは、現在の暮らしとの「差異を知ること」だと思います。お味噌を手づくりすること、山菜をとること、雨戸をしめること、その他まだまだたくさんの、今の暮らしにないことがここにあります。

大きな差異を感じる人もいれば、わずかな差異と感じる人もいるはず。いずれもその違いから、自分にとって大切なものや、暮らしのあり方がどういったものなのかを考えてみることができるでしょう。

昔ながらの暮らし方があるから良いわけではなく、弥栄には弥栄で暮らす人が選び続けてきた暮らしがある。それが良いのだと思うのです。

– INFORMATION –

「弥栄 冬の週末・石見神楽と保存食つくり体験ツアー」開催


今回ご紹介した弥栄の暮らしを体験できるツアーが開催されます。記事に登場された弥栄の皆さんも受け入れ先としてご協力くださるツアーです。この機会に、お味噌やかき餅づくりが体験できる奥島根の秘境を訪れてみませんか?

・2/9-10開催のツアーお申込はこちら(2/1金 締切)
https://bnana.jp/products/okushimane_yasaka_2018/

また、ツアーの内容や弥栄のことをもう少し知りたい!という方に向けたイベントが東京で開催。秘境 奥島根 弥栄米をつかったおむすびと一緒にお楽しみください。

1/27(日)秘境 奥島根 おむすび会!現地農泊ツアー説明会付き
・イベントお申込はこちら
https://greenz.jp/event/okushimane_omusubi190127/

(sponsored by きんさいむら弥栄協議会)