あなたが写真を撮ろうと思うのはどんなときですか? 美しい風景を見たとき。それとも友達や家族との楽しい時間を残したいと思ったときでしょうか。そもそも、どうして写真って撮りたくなるのでしょう。何を残したいと思ってシャッターを切るのか、考えてみたことはありますか?
滋賀県長浜市で開催されている長浜ローカルフォトアカデミーの場合、カメラで撮影するのは地元の人です。なぜなら、まちの人を撮影すると、撮った人も撮られた人も、どんどん明るく、元気になっていくから。
ここは滋賀県長浜市にある国友鉄砲の里資料館。カメラを持った人たちが案内人の方のそばに押し寄せ、まるで記者会見のようなシャッター音が鳴り響いています。口々に「へえーそれでそれで?」と興味深々な面持ちで質問をしながらシャッターを切り続ける、長浜ローカルフォトアカデミー撮影実習のワンシーンです。
滋賀県長浜市の国友地区は、かつて鉄砲の製造地として知られていました。手先が起用だった国友の鍛冶師は、種子島から伝来した鉄砲に使われていた「ネジ」の製造に成功。信長が国友で製造された鉄砲を使って勝利したことがきっかけで、その後、徳川家康に鉄砲の大筒を納めるようになり、最盛期には、70軒の鍛冶屋と500人を越す職人がいたそう。
地元の住民ですらあまり詳しく知らない、そんな国友地区の歴史について、カメラを持ってお話を聞き、撮影しながら掘り下げていきます。
写真の撮り方教室じゃない。長浜ローカルフォトアカデミーは地元の人が地元の人を撮るプロジェクト
滋賀県長浜市は、人口約12万人のまち。湖北と呼ばれる琵琶湖の北東にあり、美しい自然に囲まれた歴史と伝統豊かな、人の温もりとコミュニティの魅力あふれるまちです。2010年の合併により市域は広くなりましたが、他の地方都市と同様の課題である少子高齢化や人口減少に対し、豊富な地域資源を生かしながら、新たな感性によるまちづくりを目指しています。
長浜ローカルフォトアカデミーは、長浜のまちの魅力を地域内外に発信し「さらにまちを元気にしていきたい」と、写真好きの有志が写真家のMOTOKOさんに相談。MOTOKOさんの働きかけにより市や一般社団法人ローカルフォトラボラトリーとともに、株式会社オリンパスの協力を得てスタートしたプロジェクト。
「写真を通して地域を知る」という趣旨ですが、風光明媚な名所を撮影するような「写真の撮り方教室」とは全く違います。なぜなら「ローカルフォト」というコンセプトにこだわりを持っているからです。
人とまちを元気にするのは「人」。
美しい風景の写真だけではまちに活気は生まれない
ローカルフォトとは、写真を通じてまちを元気にする地域と写真の関係性をあらわした言葉。写真家のMOTOKOさんが、香川県小豆島や神奈川県真鶴町などでおこなってきた、写真を通したまちづくりのコンセプトです。
長浜ローカルフォトアカデミーは、2016年からスタートし、2017年で2期目。「ローカルフォト」のコンセプトをもとに、地域を元気にする表現者を発掘・育成する目的で開講されています。通年で講座に参加する主要メンバーであるプロジェクトメンバーを中心に、1年間で全6回の講座や写真展の開催。写真を通じて、長浜市の魅力を発信しています。
アカデミーに集まってくる人たちは、年代も男女比もバラバラ。でもみなさん最初から楽しそうです。参加者は、2016年から関わっているプロジェクトメンバーをはじめ、初参加の方までさまざま。いつもはスマートフォンやコンパクトデジタルカメラでしか撮影しない人も、今日は貸し出されるミラーレス一眼カメラを利用して、撮影にチャレンジします。
講座は座学からはじまりました。長浜ローカルフォトアカデミーのプロデュースをおこなっている写真家のMOTOKOさんが、今日の撮影実習について講義していきます。「どうして長浜で市民が写真を撮る必要があるのか?」という問いに対し、MOTOKOさんは「まちの誇りを取りもどすため」だと答えます。
自分たちの住んでいる地域の写真を撮るというと、よく知られている神社仏閣や建物、風光明媚な場所へ行って撮影するというイメージがあります。ところが、ローカルフォトアカデミーの撮影会では、風景は二の次。写真で地域が元気になるための要素として「人を撮影する」という大きなテーマが与えられています。
MOTOKOさん 美しい風景は、人を感動させることはできても、元気づけたりはしません。地域で生きる人を撮影することで、撮影する側もされる側も幸せな気持ちになれます。人を撮った写真展を開いたら、どんどん自分以外の家族や友人を呼びたくなる。そうした活動を続けることで、歩く人を増やし、まちが少しずつ元気になっていくんじゃないかと思っています。
今回の撮影会では、「ものづくりの現場」というテーマにそって、地元の歴史や伝統産業にまつわる2つの現場を訪ねます。撮影前の講義でMOTOKOさんからものづくりでは最も重要な手に注目し、音や匂いなど、五感で感じて写真を撮ること、さらに美しい手作業の背景にある歴史や風土にも注目して撮影しようといったアドバイスも。さらに、オリンパス株式会社の森暁さんによる、カメラの撮り方講座が用意されていて、技術サポートも万全でした。
地元で働く人にカメラを向けると、まちの見え方が変わる
講義が終わり、いよいよ撮影実習のはじまりです。今回は、この記事の冒頭で紹介した国友鉄砲研究会・会長の廣瀬一實さんと、南久ちりめん株式会社・取締役専務の長谷高行さんを訪ねました。 全員、長浜市とその近隣住民ですが、知識として知っていたことと、実際の現場に入って見聞きすることでは、見える世界がまったく違います。
熱心なメンバーの質問に話が弾み、最初はやや硬かった廣瀬さんの表情も笑顔に。最後は廣瀬さんが、鉄砲を構えてキリリとポーズを取ってくださるなど、和やかに撮影会は進んでいきました。
続いて訪れたのは、南久ちりめん株式会社です。ちりめんとは高級絹織物のこと。長浜を代表する伝統産業で、250年以上の歴史があります。高度な技がつくりだす長浜の浜ちりめんは、染呉服用の白生地の最高級品。生地は加賀などの産地に送られ、「加賀友禅」のような着物に使われています。
ちりめん工場では、伊吹山の伏流水を使って作業をおこないます。水を使いながら撚りをつくる工程があるため、1年を通して安定した水の供給があることはとても大事な要素。
そして、なによりも必要とされるのが「手先の器用さ」。鉄砲の「ネジ」を模倣してつくった先人同様、1メートルあたり2000〜4000回も生糸に均等な撚りをつくり、光を当てて不具合を人の目や手触りでチェックする過程があるちりめん生地は、長浜に昔から通ずる手先の器用さの賜物でしょう。
五感を用いて見ることを講義で学んでいたメンバーは、逃さずシャッターを切り、どんどん質問していきます。一般参加の方も負けじとたくさんシャッターを切っていました。
一眼カメラを片手に、ファインダーを覗いて、よい瞬間を逃すまいとする姿は、少し前までスマートフォンのカメラしか使っていなかった人とは思えません。そんな熱心なみなさんの様子を見て、工場長の説明も熱を帯び、どんどんと柔らかく明るい表情になっていきました。
どう撮るのか?ではなく、なぜ撮るのか?
写真は自分の思いを伝える手段。
長浜ローカルフォトアカデミーは、撮影して「はい終わり」ではありません。帰ってきたらすぐに自分なりのベストショットを選んで、講評会をおこないます。写真選びでは、きれいだからという理由ではなく、「どんな思いでこの写真を撮ったのか?」「写真から何を読み取るのか?」「自分の思いがその写真で伝わっているのか?」というポイントが大切です。
MOTOKOさん わたしが伝えたいのは、どう撮るのかではなく、なぜ撮るのかというところなんです。スマートフォンで気軽にシャッターを切れる時代だからこそ、あえてデジタルカメラを使い、ファインダーを覗いて撮ることで、なぜこのアングルで撮っていて、何を伝えようとしたのかを、より強く感じ取ってもらえたら。
講評会では、数多く撮影した中から1枚選び、大画面に写真を映して、みんなでじっくり見ます。会心の1枚だけを選ぶのもなかなか大変そうでした。
1日の様子を通して、参加者のみなさんの前のめりな意欲を感じました。どんな高尚なテーマを掲げても、人は「楽しい!」という感情で動く生き物なのでしょう。みなさんとても楽しそうな笑顔を浮かべていました。
「カメラを持って撮影することで、自分自身も積極的に行動できるようになりました」
さて、長浜ローカルフォトアカデミーのプロジェクトメンバーは、このプロジェクトをどのようにとらえているのでしょう? メンバーを代表して、竹中昌代さんに答えていただきました。
長浜ローカルフォトアカデミーおよび「木之本カメラ女子」メンバー。 滋賀県長浜市出身。長浜ローカルフォトアカデミーから派生したグループ「木之本カメラ女子」として活動を始める。2018年2月には有志で長浜市木之本地域の11店舗・施設で手仕事の現場や、関わる人々の表情を撮影した「きのもとのほんもの」写真展も開催。
竹中さんは、もともと写真に興味はあったものの、長浜ローカルフォトアカデミーに参加するまで、本格的に撮影したことはありませんでした。PTA役員仲間から誘われ、地元の活動ということもあって2016年の第1期から参加。滋賀県で生まれ育ち、長浜市木之本地区に移ってきたのが2013年。子育て中心の生活でしたが、長浜ローカルフォトアカデミーに参加して、少しずつ世界が広がりはじめました。
竹中さん カメラがあることで、より外に踏み出せ、受け入れてもらえる感覚があります。このプロジェクトに参加していなかったら、地元の人に改めて話しかけることもなかったですし、つながることも少なかったでしょうね。最初は人に話しかけるということに抵抗があったのですが、だんだん慣れて、楽しくなってきました。
竹中さんを行動的に変えたきっかけのひとつが、2017年春に行った写真展「長浜写真」でした。長浜市内の会場や、大阪と東京のギャラリーで「長浜に住んでいる、生き生きとした人の写真」を展示。被写体になったたくさんの人が、家族や友人を連れて、大きな写真の前で「これ!」とうれしそうに案内する姿がありました。後日、喜んでくれた人のなかから、竹中さんをはじめとした「木之本カメラ女子」メンバーに写真撮影を依頼する人まで現れたそうです。
竹中さん 女性の笑顔が好きなんです。これからは地元で通学路の交通整理をしているおかあさんなど、誇りを持って地域で活動している人の表情や笑顔をもっと伝えていきたいです。
「写真が橋渡し役になって、長浜を誇りに思える人がひとりでも増えてほしい」
続いて、長浜ローカルフォトアカデミーを開催する市の想いにも耳を傾けます。お答えくださったのは、長浜市・市民活躍課の堀沙織さんです。
堀さんは、長浜ローカルフォトアカデミーを続けていくなかで、「市民のみなさんの意識が、写真を通してシビックプライドにつながってくれればうれしい」と話してくれました。
シビックプライドとは「その土地に生きる喜びや誇り」。それが長浜ローカルフォトアカデミーを通じて、アカデミーの参加者や写真撮影に協力してくださる市民の方にも芽生えていけば、自ずと「ここに住みたい・住み続けたい」と思う人も増えていくはずです。
堀さん 普段当たり前だと思って過ごしている日常が、撮ること、撮られることで“宝物”だと気づく。長浜ローカルフォトアカデミーはそうやって“まちの宝物”を市民のみなさんが見つけて外へ発信することで、長浜の魅力をたくさんの人に伝える活動です。今は長浜市が関わって運営協力していますが、最終的には市民の自主活動として長く継続していくのが理想です。
写真は現実だけを写すのではない。未来を感じてシャッターを切ろう
長浜ローカルフォトアカデミーに1日同行して感じたのは、カメラというツールが持つ大きな可能性でした。
スマートフォンに高性能なカメラ機能がつき、誰でも「きれいな写真」が撮れるのに、なぜ専用のカメラを持つ必要があるのか。大きな違いは、重量や画質ではなく、「撮る内容への意思」に現れるのかもしれません。ファインダー越しに見える風景や人の何に感動したのか? それをどんなふうに伝えたいのか? 両手で持つカメラがあり、ファインダーを覗くことで、何を伝えたいかをより明確に意識できるのだと思います。
その先に見えるものは、現実をちょっと越えた「三歩先の未来」なのかもしれません。こんな風になったらいいな、という未来を想像しながら撮っていく。すると現実を写すはずの写真で、未来を少しだけ先取りできてしまう。それがカメラのマジックです。
あなたもカメラを持って、まちの「人」を撮ってみませんか? きっとそこには、今まで知らなかったまちの人たちの暮らし方、生き方、風景がみえてくるに違いありません。
(撮影: 中村寛史)
– INFORMATION –
びわ湖北東に位置し、美しい自然に囲まれた、歴史と伝統豊かなまち。
そして、人の温もりとコミュニティの魅力溢れるまち「滋賀県長浜市」。
写真展「ながはまの色」では、長浜ローカルフォト・プロジェクトメンバー13人などが切り取った長浜の写真約30点を展示します。生き生きとした長浜の「色」が写る写真をご覧ください。
■大阪展
会期:2018年3月16日(金)~22日(木) 10:00-18:00
※日曜・祝日休館 最終日は17:00まで
会場:オリンパスプラザ大阪 (大阪市西区阿波座1-6-1MID西本町ビル)
◇トークイベント:2018年3月17日(土)13:00-14:30
■長浜展
会期:2018年3月24日(土)~31日(土) 10:00-16:00 ※会期中無休
会場:湖北観光情報センター四居家(滋賀県長浜市元浜町14-12)
◇トークイベント:2018年3月31日(土)13:00-15:00
詳細は長浜市ホームページをご覧ください