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軸さえあれば、どこでも“地方で起業”できる –「豊年万作」の社長・阿久津博史さん ×「袋田食品株式会社」営業取締役の高村和成さん対談

ここ数年、「起業」を目的に地方に移住する人が取り上げられる機会が増えました。豊かな自然や地域の伝統を活かしてビジネスを生み出す姿に、ぼんやりとした憧れを抱いたことのある人もいるのではないでしょうか。

一方、メディアで伝えられる情報の多くは、地域の外からみた彼らの姿が多いものです。元から地元企業でビジネスをしている人の目に、「地方で起業」というトレンドはどのように映っているのでしょうか

そんな疑問を携えて訪れたのは、地域発の起業家の育成に向けて、多様な取り組みを行う茨城県北西部の大子町。自然豊かなこの地には、長年に渡り脈々と事業をつないできた企業が数多くあります。

お話をお伺いしたのは、「滝味の宿 豊年万作」の社長・阿久津博史さんと、「袋田食品株式会社」営業取締役の高村和成さんお二人とも同族経営の地元企業の後継者として活躍をされています。

地域の未来を見据え奮闘するお二人の姿から、「地方で起業」をより深く知るためのヒントを探ってみましょう。


阿久津博史(あくつ・ひろし)
昭和35年創立の温泉宿「豊年万作」の3代目代表取締役。水戸で生まれ育ち、専門学校を卒業後はホテルに就職、2014年より「豊年万作」の代表取締役に就任。レストランや料理メニューを全面改装するなど新たな宿泊体験に向けた施策に積極的に取り組む。


高村和成(たかむら・かずなり)
袋田食品株式会社営業取締役。こんにゃくやゆばの製造・直販、宿泊施設の運営を行う同社の次男。大子町の南に位置する常陸大宮市で育つ。東京の大学を卒業した後、4年前より営業取締役として、海外輸出や新商品開発など新たな試みを推進している。

「黙っていても売上が伸びる」時代の終わりと、新しい価値を生むために必要なこと

「ここは数年前に全面改装したんですよ」。

阿久津さんはそう話しながら、対談場所となった豊年万作のレストラン内に案内してくれました。豊年万作は、昭和35年に阿久津さんの祖父が創設した伝統ある旅館です。

レストランの改装を決めた背景には、「人々が旅先に求めるものが変わっている」という気づきがありました。

阿久津さん 以前は団体客がメインのお客さんでしたが、東日本大震災後から個人のお客さんが増えてきました。その方々は「飲んで騒げりゃどこでもオッケー」ではなく、大子町ならではの体験を求めて訪れています。

そこで、全方向への満足を追求するのではなく、一番重要なターゲットを絞り込み、内装や料理内容、お皿のラインナップまで従業員とゼロからつくっていきました。

三大名瀑の一つ「袋田の滝」まで徒歩5分に位置する豊年万作には、奥久慈の豊かな自然を求めて多くの観光客が訪れます。最近は外国人観光客も増えているそう。

「黙っていてもお客さんが来る時代ではないですね」と語る阿久津さんに深くうなずく高村さんは、こんにゃくなどの製造で知られる袋田食品株式会社に次男として生まれました。

4年前に大子町へ戻り、現在は営業取締役として新たな販路の開拓に取り組む高村さん。阿久津さんと同じく「考え方の転換が必要」という意識を持っているようでした。

高村さん 親世代の頃は地元のお客さんに売っていれば自然と商売が成り立ちました。けれど現状維持ではこれから厳しくなっていくのだろうなと感じています。これからは時代に合わせ新しい価値を提供し、外に向けて魅力を発信していかなければいけません。

袋田食品の営業する「こんにゃく関所」では同社が製造している製品を販売、併設するレストランではこんにゃく料理も提供しています

袋田食品の営業する「こんにゃく関所」では同社が製造している製品を販売、併設するレストランではこんにゃく料理も提供しています。高村さんの言う「外」は日本国内にとどまりません。海外の品評会にも積極的に参加し、輸出に向けて動き始めています

並行して、地元のハロウィンパーティーで型抜きしたオリジナルこんにゃくを提供するなど、新たな商品開発にも積極的です。

高村さん 急に製造機械をごっそり入れ替えるのは難しいんですよね。まずは少し工夫した商品を試してみるところからスタート。「こんにゃくって良い食材なんだな」と知ってもらい、ゆくゆくはより大規模な発展につなげたいですね。

奥久慈の厳選素材を用いた袋田食品のこんにゃくは、すべて職人さんが丹精込めてつくっています。写真のさしみこんにゃくのほかにも、凍みこんにゃくや味付けこんにゃくなど、多様な商品を展開しています。

新たな価値を発掘して広めるチャレンジを、阿久津さんも地元の生産者と協力しながら進めてきました。

阿久津さん 旅館はもともと地元の生産者さんと結びつきも強く、彼らの食材を新たな商品として販売したり、一緒に加工食品を開発していくこともありました。生産者が想いを込めてつくっている食品を伝えるのも私たち旅館の役割ですからね。

「なかなか売ることに興味のない生産者さんも多いんですけどね」そう阿久津さんが付け加えると、高村さんも同じ体験があると話します。

高村さん こちらが提案すると「ああわかった」と承諾してくれるのですが、協力して進めるというよりも、食材を提供するだけで「あとは任せた」となってしまうケースもあるんです。

阿久津さん 売ることへのこだわりが薄い方も多いよね。けれどそれではせっかくの魅力が届かなくてもったいない。

もちろん急にやり方を変えることへの抵抗は理解できます。なので、「別の見せ方もあるのでは?」と、小さな提案と説得を積み重ねていくようにしています。そうやって徐々に関係をつくっていけるのがベストですよね。

豊年万作のお土産コーナーには地元食品を活かしたお土産が多く並ぶ。

町の外からやってきた跡継ぎならではの苦労

30代の高村さんにとって、年上の阿久津さんは起業家として大先輩。普段はなかなか話す機会はないそうです。「お互いに聞いてみたいことはありますか?」とたずねると、高村さんは「大規模なリニューアルを含め、固着した流れをどう変えていったんですか?」と問いかけます。

同族経営の地元企業で従来のやり方を変えていくには、家族の説得が大きな壁になる場面も多々あるのだそう。

阿久津さん 先代の築いたものを変えるのは難しいよね…。ただうちの場合、新しい取り組みには積極的なので、時代の変化に合わせたリニューアルについてはそこまで抵抗はなかったようです。

ただし「なぜそうしたいか」は丁寧に説明するようにしています。たとえば、昔インターネットを導入しようと言ったら「そんな暇があったら営業行ってこい」なんて言われたことがありました。その時も理論武装して資料を渡してわかるまで説明しましたね。

「うちは理論だけだと動かないタイプだからなあ…」と話す高村さんは、成果を持って帰って認めてもらうようにしてきました。

高村さん 2年前に香港で商品を営業する機会があったのですが、親からは「海外でこんにゃくなんて売れないよ」とハッキリ言われてしまい(笑)

その後マレーシアで再チャレンジして、2度目の香港でやっと向こうの代理店の目に留まったんです。

向こうで売ってもらえると決まって初めて「よくやったね」と。あの時は成果を持って帰れて本当にホッとしました。

阿久津さん わかるなあ…。高村さんのような人がたくさんいるのだから、どんどん参考にして後に続いてほしいなと思います。

こんにゃく関所内で試食させていただいた「ゆばこんにゃくそうめん」。こんにゃく以外にもゆばを用いた製品も豊富です

もう一つ、二人には大きな共通点があります。それは、一度就職で大子町の外で働いたのち、大子町に戻ってきたこと。当初はゼロから新たに関係を紡いでいく難しさもあったのではないでしょうか。

高村さん 僕は青年部から大子町に入り込んでいったのですが、地域の経営者はやはり個性の強い方が多い。初めは黙って周囲の様子をみてから、コミュニケーションを図っていましたね。

阿久津さん それは大人だなあ(笑) 僕は今振り返ると、言いたい放題やりたい放題でしたね。割と気にせずズカズカ入り込んでいきました。あと悪口も陰で言わずにちゃんと相手に伝える。ただ、もちろんお世話になれば礼を言うし挨拶もしていました。これから大子町に来る人も、最低限の礼儀さえあれば生意気でも大歓迎です。

起業をする場として大子町の魅力とは?

家族や周囲と関係性をつくりながら事業を続けてこられた阿久津さんと高村さん。「起業のために大子町に移住する」という選択肢についてたずねると、阿久津さんは「何をしたいか」が軸になると語ります。

阿久津さん 今は起業をするハードルはそこまで高くないからこそ、自分が何をやりたいのか、社会にどう役に立ちたいかを見定めることが大切です。

軸を定めたうえで大子町を見渡せば、きっとチャンスはたくさん隠れているんじゃないかな。

そう語る阿久津さんに続いて、高村さんが具体的に注目している産業を挙げてくれました。

高村さん 林業や漆には可能性を感じます。木造建築も見直されていますし、漆を用いた雑貨を売る方法もありそうですよね。

阿久津さん 漆のように大子町ならではの仕事か、場所を選ばない仕事か、大きな二軸があるでしょうね。たとえば、農業をやりたい、木や漆を使って何か始めたいのであれば、そのための環境は整っています。 また、IT系の仕事なら自然溢れる中で仕事する環境がつくれるでしょう。

大子町は木や漆だけでなく、りんごの産地としても知られています。取材当日も街の至る所で「アップルパイ」の文字が。

袋田食品でも販売しているアップルパイ、大子町で始めたのは阿久津さんのお母さまがきっかけだったそう。

阿久津さん うちの母が料理が好きでお菓子もなんでも手づくりでした。そこで仲の良い農家さんが傷ついたりんごを「売れないから」と廃棄している様子をみて、「もったいない」と引き取りアップルパイをつくり始めたんです。そしてお試しで売りはじめたらテレビで取り上げられて、ドーンと有名になって。

「豊年万作」で販売されているアップルパイ。取材当日も夕方には売り切れるほどの人気でした

その成功のおかげか、今では町内で多数の企業がアップルパイを販売するように。阿久津さんはそれについて、「お店ごとに色んな味があっていいよね」と嬉しく思っているようでした。

阿久津さん 始めた頃は母も積極的にリンゴ農園の人にレシピを教えていたみたいです。大子町のりんごの美味しさを多くの人に知ってもらえたら観光につながるし、僕たちにとっても町にとっても望ましいことですから。それぞれ工夫してつくっているので、特徴があって面白いですよね。

高村さん 同じ町内でも似たような味のアップルパイはないんじゃないですかね。僕たちもアップルパイをつくっていますが、料理長がレシピを一から考案してつくったものです。

取材終わりに訪れた「とよたりんご園」にずらりと並ぶりんご

各々の領域で挑戦をつづけている阿久津さんと高村さんは、町全体で他に新しい生産品をつくっていく道を描きます。

阿久津さん まずは自分たちや協力的な人で集まって成功事例をつくっていくといいでしょうね。急に町で盛り上がるというよりもまずは成功事例をつくる。



高村さん それを外に持っていける業者があれば持っていってもらう、同時に町の中でも売れるのであれば理想ですよね。

阿久津さん そうだよね。あとは町内で全部どうにかしようとするんじゃなくて協働できるなら町の外とも積極的に組んでいくといいと思いますね。

大子町にやってくる人へ伝えたいメッセージ

地元で事業をしっかりつなぎながらも、視線は外に向いているお二人。これから大子町で起業をしたいとやってくる人へのメッセージを聞いてみました。

阿久津さん 先ほど「何をしたいのかが大切」と言いましたが、もちろんあれやりたい、これやりたいだけではダメで、同じくらい人にビジョンを伝えられることが重要。最初はうまくいかなくても、ちゃんと言葉で伝えようとする姿勢は持ち続けないといけないんじゃないかな。

高村さん 僕も「何がしたいかだけじゃダメだ」とよく両親に言われました(笑)

「なんで」を問い続けて、さらにそのために何が必要なのかを考えることが重要。そのパズルの組み立てができないと難しい場面もあるでしょうね。

何をやりたいのかという意志を持ち、的確に説明できるコミュニケーション能力もある。そう聞いて思い浮かぶのはテキパキと仕事をこなす“デキるビジネスパーソン”の姿です。とすると、ひょっとして「地方で起業」を選びうまくやっていけるのは優秀な人たちだけなのでは…?

そんな疑問を素直にぶつけてみると「全然! むしろデキない人くらいでいいんです」と高村さんから意外な答えが返ってきました。

高村さん いわゆる優等生は必要ないんです。僕は「何をしたいのですか?」と聞かれたら勉強の方法から教えます。ものすごく勉強が嫌いだったので気持ちがよくわかるんです。

まず大切なのは「自分で楽しいことを見つけること」。それさえあれば起業も経営も同じです。根本的なことから教えてあげたいかな。

阿久津さん 最初はできないことばかりでも、ちゃんと人の意見を聞く度量さえあればいいんです。自分が事前に調べた情報を頑なに信じて、新しい意見を受け入れないと、結局ゴールが遠のいてしまうから。

「実はたまに跡を継ぐべきかどうか迷ってしまう時もあるんですよね」

「それはね、誰もが通る道かもしれないね。僕も悩んだ時期があったなあ」

そう対談の終わりに笑い合っていたお二人。地元の業者さんとの関係や家族の説得、外に商品を届けるための苦労など。世代を超えて共通する悩みや想いがたくさん見つかったようです。

自身の事業や地域について生き生きと語る二人は、地元の人も外から来た人も、一緒になって大子町から新しいビジネスを生み出していく、そんな決して遠くはない未来の方向をじっと見据えていました。

(撮影: 伊藤幸子)

-INFORMATION-

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2018年2月10日(土)、2月11日(日)2月12日(月・祝)*2泊3日開催
10日(土)12:45受付/13:00〜17:00(*初日終了後、別途懇親会開催)
11日(日)9:30受付/10:00〜18:00(途中16:00より中間プレゼン)
12日(月)9:30受付/10:00-14:30(13:00最終発表)
https://greenz.jp/event/sougyo-daigo2018/