優しいピンクベージュのタッセルピアスや、木製ビーズで作られたネックレス。日本にはない大胆な配色のラインストーンがちりばめられた、「流れ星」という名前のペン。
バングラデシュ女性ならではのセンスを生かして、美しい雑貨を作りたい。
そんな思いで、バングラデシュ北部の村ハルアガットに工房を構え、経済的に困難を抱える8人の現地女性スタッフと雑貨を作っている日本人女性がいます。
5年前からバングラデシュに住む渡辺麻恵さん。「昔から、女性を彩るキラキラしたものをつくるのが好きだった」と言います。
でも、ここにやってきて、自ら工房を立ち上げようと思うに至るまで、5年かかりました。
それは、バングラデシュの人たちと人生を分かち合おうという覚悟ができるまでの時間でもありました。
ここに来たのはたまたま
結婚しようと思った人がたまたま、バングラデシュに骨をうずめようとしているひとだったから。私がここに来たのは、そんなきっかけです。
そしてこの国には、私が大好きなキラキラしたものが、人々の瞳や生き方の中にありました。
麻恵さんの夫の渡辺大樹さんは、バングラデシュの首都ダッカに15年間暮らし、ストリートチルドレンの自立支援に取り組む教育NGO・エクマットラを運営しています。
2012年、結婚を機に移住した麻恵さんもエクマットラの運営に参加。路上での青空教室や、子どもたちの生活の基盤となるチルドレンホームを通じて支援を行うようになりました。来たる2018年には、ストリートチルドレンに総合的な専門技能教育と人間力を磨く場を提供するアカデミーを開校させようと奮闘しているところ。アカデミーもまた、工房があるハルアガットの広大な敷地に開校される予定です。
「バングラデシュは、人と人との距離が近い国」という麻恵さん。日本を離れても麻恵さん一家が安心して暮らせているのは、エクマットラのメンバーをはじめとしたバングラデシュの仲間を大きな家族のように感じているためだと言います。
そんな麻恵さんが第一子を妊娠中のある日、現地にある妊婦保護センターを訪ねる機会がありました。
DVや性的暴力から逃れてきた女性たちのためのセンター。薄暗い部屋に女性たちが一日中横たわっていて、その表情は暗く、重い空気に満ちていたと麻恵さんは話します。そして、
外に出ることができず、全てをあきらめたような女性たちの目を見たときに、彼女たちが心を殺して生きている悲しみや絶望が伝わってきて、他人事とは思えなかった。
と。
次は私が支える側になる
そう思ったのは、私も昔、同じように、心を殺して生きていたことがあるからです。
10代の頃から劇団に所属し、タレント活動をしていた麻恵さんですが、華やかな舞台の裏で、セクハラやパワハラに苦しんでいた時期がありました。やめようとしても、家族や違約金を盾に脅される。
そうした理不尽な毎日の中で、徐々に頭は思考停止に陥り、心は折れて、何度も死ぬことを考えた。全然世界も状況も違うけれど、あの頃の自分に、センターの女性たちが重なって見えた。
その後人づてに出会った弁護士からのアドバイスを受けて、やっとの思いで苦しい日々から抜け出した麻恵さん。その後の縁でバングラデシュに行き着くことになります。
あのとき私は全く別世界の人間によって救われた。外国人の私だけど、だからこそ今度は私が支える側になろうと思った。
麻恵さんは初めて、自らゼロから何かを始めようと模索するようになります。
アートの勉強をしていたこともあった麻恵さんは、センターに保護されていた妊婦たちにデコレーションペン作りの技術を教え始めます。
そこで、妊婦たちは出産後に生計を立てるすべを持たず、子どもを産んでも里子に出さざるを得ないという現実を知った麻恵さん。一時的でなく継続的に技術を教える基盤を作ろうと、ハンディクラフト事業としてEKMATTRA HANDICRAFT FACTORYを立ち上げることを決意します。
心を自由に保てる場所
「幸せとは、心が自由であること」と麻恵さんは言います。
現在一緒に働く8人のスタッフは、50人の応募の中から選ばれた女性たち。デザインのアイデアを豊富に出す女性がいれば、黙々と作業に取り組む女性、集中して猛スピードで仕上げる女性もいます。彼女らはそれぞれの個性を生かし、クラフト技術を高めて美しい雑貨を作りたいという思いのもとで、いきいきと仕事をしています。
工房が首都ダッカから170km離れたハルアガットという田舎にあるということにも意味があります。「子どもたちが人間らしく育つためには自然が必要」と、エクマットラのアカデミーはハルアガットに開校しますが、人間らしく生きるために自然を必要としているのは、子どもだけではなく大人も同じ。
今まで複雑な背景の下で生きてきた女性たちにとって、この工房は制作の場所にとどまりません。ここは心を自由に保てる、安心できる場所。麻恵さんにとってエクマットラというNGOがそうであったように、まるで家族のような存在です。来年からは、工房で働く女性たちに、アカデミーで学ぶエクマットラの子どもたちも加わり、自然の中でさらなる大家族となっていくはず。
「ハンディクラフト事業も、これからのエクマットラの活動を支える事業のひとつ」。麻恵さんは夫の大樹さんと声を合わせます。
人生を、分け合いながら生きていく
工房を仕切りながら、麻恵さんは、現地でユニットを組んで音楽活動もしています。現地語で歌を作って学校を回ったり、テレビ番組に出演したり、舞台に立ったり。工房での雑貨制作が「静」の創作・表現活動であるとすれば、音楽活動は「動」の創作・表現活動ともいえます。
「私にとって、歌うことや踊ることは、帰る場所」という麻恵さん。
久しぶりに舞台に立った時に、おかえりって言われている気がした。なんでこんなにも、このことを忘れていたのだろうと思った。
タレント活動をしていた時には人間関係でつらいこともたくさんあったけれど、舞台ではつらいことすら喜びであったことを思い出した。長いことやってきたものって、そう簡単に忘れられるものじゃない。
「工房も、エクマットラも、アカデミーも、音楽活動も、すべて自分の一部」と麻恵さんは言います。
それは、つらかったことも、楽しかったことも、すべて含めて今の自分につながっているということ。自分が支えてもらった人たちを、今度は自分が支えていく。自分の拠り所となる場所を、大切な人たちの拠り所となる場所を、ていねいに、作っていく。大切に、守っていく。
そうやって、たまたま辿り着いた場所で自分らしい生き方を見つけ、たまたま出会った大切な人たちと人生を分かち合う。
麻恵さんは、今まで自分が歩いてきた人生を引っ提げて、大きな家族を作っている。そんな風に見えます。
原口侑子
アジア・アフリカ各地を拠点に活動
個人ウェブサイト『yuko / haraguchi』