興味があること、やってみたいことがあるけれど、新しいことに取り組む時間も精神的な余裕もない…はじめの一歩を踏み出せないまま、世の中の大きな動きに流され、自分のやりたいことを諦めそうになったことはありませんか?
北海道厚真町と岡山県西粟倉村で募集を始めた「ローカルライフラボ」では、自分でなにかやってみたいという人が地域に行ってはじめの一歩を踏み出す後押しをしています。期間は、2018年4月から最長3年間。参加者は自分のやりたいことと、地域に眠っている可能性を掛け合わせて、何かできることはないか探していきます。
以前から、地域で起業する人を育成・サポートしてきたエーゼロの牧大介さんは、こんな「弱虫仮説」を立てています。
牧さん まだ仮説だけど、これからは弱虫こそが地域をつくるんじゃないかと思っているんです。弱虫というのは、やりたいことがあるけれど迷っている人、次のステージに行くことは決めたけど、次の一手がわからない人。人生を真剣に考えているから、挑戦しようとするから悩む。臆病になる。そんな人です。
そういう人が移住して地域の可能性を見つけていく。ゆったりした時間の中で自分の可能性を見出していく。その結果、起業する人は起業するし、しない人にも、大事な役割がある。そんな関係性の中から本当の豊かな地域が生まれるのではないか?
連載「弱虫が地域をつくる」では、今までの環境を離れて、新しい一歩を踏み出した人をご紹介します。今回登場していただくのは、厚真町に移住して、馬搬林業家として歩み始めた西埜将世さんです。
北海道恵庭市出身。大学で林学を学び、卒業後は野生動物の生態調査や自然体験施設のスタッフとして従事。林業会社を経て、牧場会社にて馬に関わる業務に携わる。2016年度に厚真町のローカルベンチャースクールに参加。2017年に馬搬林業家として独立。
なんとなく、流れで
大学で林学を勉強した後、野生動物の生態調査や自然体験施設のスタッフとして働いていた。そして現在は馬搬林業家として活動しているー。この経歴だけ聞くと、西埜さんはきっと子どもの頃から森や自然が大好きで、主体的に生きる道を選択してきたんだろうなと想像する人が多いのではないでしょうか。
でも西埜さんのお話を聞いていくと、どうやら違うようなんです。過去を振り返り「なんとなく、流れで生きてきた」という西埜さん。馬搬というやりたいことを見つけ、馬と一緒に暮らす憧れのライフスタイルを手にするまでには、たくさん迷い、寄り道をしてきたそうです。ゆっくり、コツコツ、時間をかけてワクワクの源泉を育ててきた西埜さんの半生を、一緒にたどっていきましょう。
西埜さんと森の関わりは、高校生の頃までさかのぼります。
西埜さん 僕が通っていた高校のそばには、森がありました。大学へ進むにあたって、森を歩いたり木を植えたりする仕事とか良さそうだなって、イメージで林学を選んだんです。鼻炎持ちで室内が苦手だったこともあるかもしれません。
はっきりした理由は自分でもわからないけれど、森で働くのってなんか良さそう。そんな心に浮かんだ小さなワクワクを頼りに、西埜さんは岩手の大学へ進学します。
西埜さん 林業実習があったのですが、クラスの中で一人だけ先生から「手つきがいいね」って褒められたんです。それがずっと記憶に残っていて、林業は自分に合っているのかもと思いました。
ゼミでは動物調査を専門にする先生のもとで、サルの被害に悩まされているリンゴ農家の話を聞きに何度も山奥の村に通った西埜さん。今振り返れば、この頃に「田舎で暮らすっていいな」と思うようになったのかもしれないと話します。
そして大学卒業を控え、再び進路選択の時がやってきました。森に関わる道にすんなり進んだのかなと思いきや…。
西埜さん 当時、山岳部に入っていて、テレビカメラを背負って山を登るアルバイトを紹介されたんです。山に登れて、お金ももらえる、他のアルバイトより時給も良い。仕事が終われば、がっつり飲んで、タクシーで送ってもらえて。テレビ局っていいな。山に登って、色々な動物を映せたら楽しそうだなと。
就職活動でテレビ局を受験するものの不合格に…。大学の先生から「卒業後はどうするの?」と聞かれた西埜さんは、なんと「パン屋になります!」と宣言して、大学を卒業してしまいます。
西埜さん 100円ショップの中華鍋でパンをつくる裏技があって。ちょうどそれを試した時期で、たった1回しかつくっていなかったのに、パン屋になろうと思って(笑)
やりたいことがなかったんですよね。
パン屋にはならずに、地元北海道に戻った西埜さんは、真剣に仕事を探しはじめます。その時ふと目に止まったのが、自然体験スタッフでした。なんとなく森に惹かれていた自分の気持ちや、大学の実習で先生に言われた「手つきがいいね」という言葉を思い出し、再び森に関わる道を歩むことを決めます。
その後も生態調査のアルバイトやネイチャーセンターの職員として働き、森をフィールドに活躍する人々と出会うなかで、少しずつ自分のやりたいことが見えてきました。
西埜さん 自然体験スタッフとして各分野のスペシャリストを子どもたちに紹介するうちに、自分も何か専門分野がほしいな、僕も森で稼げるようになりたいなと思いはじめました。
なにかやりたいと考えた時に、パッと頭に林業が浮かんできたんです。いつか自分で切った木で商品を出せたらいいなと。でも、僕は木の伐り方も知らなかったから、林業会社に飛び込んでチェーンソーマンになりました。
西埜さんは林業会社で、木を伐り、植え、育てるという一通りの仕事を経験しました。そこで、尊敬できる仕事人に出会い、林業のおもしろさに夢中になっていきます。
西埜さん お世話になった60代の親方は優しくて、話もおもしろかったんです。大学で学べることもあるけれど、森のことを本当に知っているのはこの人たちなんじゃないかと思いました。
馬と暮らす生活に憧れて
チェーンソーマンとして働きはじめて2年が経った頃、かつて仕事でお世話になった方から、「馬搬をやってみない?」と声がかかります。
西埜さん 馬搬について詳しく知らなかったのでインターネットで調べてみると、ヨーロッパの森で馬が木を引いている動画がたくさん出てきたんです。「なんだこれ、かっこいい!」って感動して。
岩手の遠野市で馬搬の普及活動をしている方のもとを、早速訪れました。そこで人間と馬が一緒に働いている光景と、木を運んだ後の山の美しさに惚れたんです。
その後西埜さんは林業会社を退職し、北海道大沼にある牧場会社で、馬搬に関わるようになります。
現代の日本では、木を伐って重機で搬出するという方法が一般的。馬搬をやっている人は日本に数名しかいないといわれています。
西埜さん 馬搬のメリットは、山が荒れないことです。通常、木を運ぶための重機を山に入れるために、山を削ってまず道をつくります。そこを何度も重機が往復することで、地盤が崩れたり、生態系に影響することもあるんです。
でも馬搬なら、馬が通る幅が確保できればいいので大きな道をつくる必要はほとんどありません。馬は木と木の間を通れますからね。重機を動かすには軽油が必要ですが、馬は牧草と水で育つので、化石燃料を使わない点も環境にやさしいです。
台風で倒れた木を撤去したい、庭の木を伐りたいなど、小さなニーズに応えられることも馬搬の魅力だと西埜さんは考えています。
その後、馬搬が盛んなイギリスとスウェーデンへ視察に行った際、西埜さんは人間が馬と共生する暮らしが国の文化として定着していることを知り、憧れを抱いたそうです。
西埜さん イギリスは国土の10%ほどしか森林がないので、日本よりも森林が大切にされている印象を受けました。環境保全の観点から馬搬が活用されていて、人間と馬が共存する文化がありましたし、ライフスタイルとして馬と山仕事をしている人もいましたね。
牧場会社では馬搬の師匠にも出会い、仕事は充実していていました。でも、本当は師匠や海外のホースロガー(馬搬職人)のように、自分の家で馬と一緒に暮らし、共に山仕事をつくっていきたいー。
そのような理想を実現しようと動き始めた時、知人の紹介で厚真町役場 産業経済課の宮久史さんに出会います。
西埜さん 地元の恵庭市と厚真町は、千歳市を挟んで車で1時間も離れていません。だけど、厚真町に注目したことはなかったんです。
宮さんは役場の林業担当であり、エーゼロがローカルライフラボの前に始めた地域起業家育成プログラム「ローカルベンチャースクール」の担当者でもありました。馬と共に暮らすライフスタイルを自分の手で実現したいー。その思いに宮さんが共感してくれたこともあり、西埜さんは悩んだ末、ローカルベンチャースクールにエントリーしました。
西埜さん ちょうど子どもが小学1年生になるタイミングで、このチャンスを逃したらしばらく動きにくくなると思いました。
「今の生活と、厚真町での新しい生活、どっちがワクワクする?」って自分に問いかけて、厚真町に住もうと最終的に決断しました。
では西埜さんは、どんなところにワクワクを見出して、厚真町にやってきたのでしょうか。
西埜さん 宮さんの存在は大きいですね。今の時代、馬搬という仕事は特に存在しなくても困る人はいない仕事だけれど、理解して、価値を感じてくれているのでありがたいです。厚真町は馬搬に理解のある町として、受け入れてくれる素地があると感じました。ここでなら、自分でイチから仕事をつくっていけそうだ!と。
僕は厚真町で、馬搬と林業で一家族が食べていけるか挑戦したいんです。
馬と林業と農業と
今、西埜さんは厚真町で馬と共に暮らしています。ずっと思い描いていた、人間と馬が共に暮らすライフスタイルを手に入れたのです。
西埜さん 運良く馬を飼える家が見つかったんです。家の中からも厩舎が見えますし、足音も聞こえます。今寝転がっているなとか、走っているなというのがわかるんですよ。
相棒となる馬のカップくんにも出会い、今秋から開始する馬搬事業に向けて、日々トレーニングを積んでいます。西埜さんの家には馬がいると聞きつけて、近所の子どもたちが遊びに来ることも多いのだとか。
西埜さん お孫さんを連れて馬を見に来る人もけっこういるんです。湧き水もあるので、遊びに来た人がゆっくり休めるようテラス席をつくろうかなと考えています。
厚真町に住んでみて、馬搬以外にも馬と共に暮らしながらできることはいくつもあると、西埜さんは可能性を見出しはじめています。
西埜さん 夏場は厚真町の特産品であるハスカップや、ヤマブドウなどの果実を育ててもおもしろいんじゃないかなって。馬糞を使って肥料をつくれば、資源を循環させることもできますしね。
馬搬、伐採、薪づくり、果実栽培などいくつもの収入を組み合わせていけたらいいですね。
馬搬と林業で一家族が生計を立てていけるのか? 宮さんはじめとする厚真町の人々や今まで林業や馬について教えてくれた方々に良い報告ができるよう、西埜さんは日々「何をしたいのか」「どうすれば実現できるのか」を自分自身に問い続けています。
西埜さん 僕は流されやすい性格だから、ローカルベンチャースクールにエントリーしなければ、自分からは動き出していなかったかもしれません。
ローカルベンチャースクールで出会った仲間や審査員のみなさんから、一歩を踏み出す勇気をもらいました。
お世話になった会社や町から離れ、自分が本当にやりたいことと実現するために、西埜さんは厚真町にやってきました。まっさらな状態からのスタート。西埜さんの心は今、少しの不安と大きなワクワクで満たされています。
西埜さん 個人事業主として独立したばかりなので、自分で考え、選択して、一から仕事をつくっていくことに戸惑うこともあります。
一方で、やりたいこともたくさんあるし、ローカルライフラボなどで厚真町に新たに来る人もいるので楽しみです。
僕としては、馬を飼いたいという人が来てくれると嬉しいですね。共同で馬を購入して、同じ場所で面倒を見ることができたら、たとえば一人が伐採のために出張に行っても、もう一人が馬の面倒を見られるので、お互い助かることが多いと思うんです。
馬搬と林業で食べていけるのか? 西埜さんのチャレンジは、はじまったばかりです。
もしかしたら近い将来、馬と人が共生する町として、厚真町では馬搬が当たり前の光景になっているかもしれません。
(撮影: 荒川慎一)
– INFORMATION –
「今の自分の暮らしや働き方に迷いがある」「何となくやりたいことを心に秘めているが、始めるきっかけが見つからない」「都会ではなく地域で仕事や生活をしてみたい」——そんな想いがあるなら、ローカルライフラボに参加しませんか?
ローカルライフラボは、一定期間地域に入り、自らの暮らし方・働き方を探求するプログラムです。期間中はコーディネーターやメンターが滞在・研究をサポート。移住者には最大3年間約20万円が支給されます。移住はしてもしなくてもOK、終了後は起業するのも就職するのもアリと、自由度の高さが魅力です。北海道厚真町、岡山県西粟倉村の2地域で募集中。エントリー締切は9月30日です。