今の仕事とは違うけれど、いつか気になることや夢中になるテーマで「小商い」をやってみたい。けれど、実際に何から始めたらよいかわからない…そう思ったことはありませんか。自分の中の思いに気付いていても、蓋をしたり、しり込みしてしまうそんな経験はないでしょうか。
奈良県産はちみつのブランド「むろうはちみつ」をはじめた的場ふくさんも、「まさか自分がはちみつ屋さんをすることになるとは思ってもいなかった」と振り返ります。今回は大阪でOLをしながら、奈良室生に住まい、「むろうはちみつ」のブランドを始めるまでのストーリーをご紹介します。
養蜂家の原安則さん(左)と的場ふくさん(右)
奈良県宇陀市室生生まれ、室生在住、大阪市内のデザイン制作会社勤務。築150年の古民家「ふくさきわう」にてイベント・ワークショップ企画の運営を経て、「むろうはちみつ」のプロデュース・販売を手掛ける。
「66832(むろうはちみつ)」って?
奈良県宇陀市室生の風景
「むろうはちみつ」は、奈良県宇陀市室生生まれ、室生育ちの的場ふくさんがプロデュースする、奈良県産はちみつのブランドです。
はちみつは、花の種類、採蜜する土地・年月によって風味が変わります。室生寺で知られる室生は、山に囲まれ夏は涼しく、冬は積雪の多い、四季の自然が豊かなところ。春には山桜やハゼノキ、初夏にはソヨゴといった、ミツバチが好む樹木の花のはちみつがたくさん採ることができます。
その土地、その時だけの唯一無二のはちみつを、他の地域のものとはブレンドせず、そのまま味わってもらうことで、「その土地の風土や自然を尊重することにつなげていきたい」と話すふくさん。“ハチの巣からそのままのおいしさをテーブルへ”をモットーに、風味豊かなはちみつを一つ一つ手作業で丁寧に瓶詰めして届けています。
むろうはちみつの商品ラインナップ。定番の2種類、れんげ百花(左)とむろうそよご(右)。それぞれ50g、140g、300g、600gの試しやすい小さなサイズから揃う
はちみつをナッツと合わせてハニーナッツに
チーズとの相性も抜群
「仕事とは別の何か」を探す道のり
ふくさんが「むろうはちみつ」ブランドを立ち上げる以前、今につながる、ひとつの環境の変化がありました。2006年、正社員から派遣に雇用形態が変わり、実家のある室生に帰ったこと。
もともと前職では、正社員としてちらしやカタログなどデザイン制作の仕事をしていました。ただ、残業も多く寝る時間も不規則で、体力的にしんどくて。そんな頃、スピードワープロという速記の字幕製作の学校に興味を持ち、学校に通うために、正社員から派遣に。実家に戻ることにしたのもその頃でした。
仕事終わりに学校に通ったり、ヨガで体を動かしたり、ワークライフバランスの勉強会に行ってみたり。ずっとどこかで「仕事とは別の何か」を探していたように思います。
そんな中、実家の近くで、親戚の古民家が空いていることに気付いて、それを機に、2013年頃から、スパイス教室や出汁の教室など食のイベントを古民家で企画するようになって。
ふくさんの小商いのきっかけをつくった古民家
正社員じゃない働き方を選択し、「仕事とは別の何か」を模索しはじめた的場さん。養蜂家の原さんとの出会いもちょうどその頃でした。
2014年秋に、原さんが室生の地元の集まりに「はちみつ」を持ってきてくれて。母もその集まりに参加していたので、家に持って帰ってきたんです。そのときに原さんのはちみつを初めて知りました。
原さんは郵便局を早期退職して、今から7年ほど前に養蜂をはじめたのですが、その頃にはちょうど販売できるくらいのはちみつがとれるようになっていました。
「そもそも室生ではちみつがとれることを知らなくて。今まで食べたことがない、風味の豊かさにびっくりした」と振り返るふくさん。当時は地元の直売所だけでしか買えなかったこともあり、「もっと多くの人に食べて喜んでもらいたい」という思いが芽生えたそうです。
うれしそうに巣箱を見せてくれる、養蜂家の原安則さん
一つの巣箱には巣板(板状になった巣)が複数枚収められ、季節によってミツバチが数千匹~数万匹暮らしている
さつたにかなこさんとの出会い
その後もうひとつ、ふくさんに転機が訪れます。それは、チョコレートソムリエとして活躍している、さつたにかなこさんとの出会いでした。
カカオ豆から作るチョコレートワークショップの様子
2014年12月に、チョコレートソムリエのさつたにかなこさんのショコラ会(チョコレートのワークショップ)に参加しました。そこで原さんのはちみつをプレゼントしたら、「とても美味しい」といってくれて。食のプロからおすみつきをいただいたような、背中を押された気がしたんです。
実はふくさん、2013年頃からさつたにさんのショコラ会に何度も通っていたそうです。世界のチョコレートをテイスティングしたり、産地の話を聞いたりする中で、「Bean to bar」=「豆(Bean)からBar(板チョコ)まで一貫してひとつの工房が手がけるチョコレート」という概念を知り、「素材の個性」を大事にするさつたにさんの姿勢に、強く共感していきます。
そんな彼女との交流を続ける中で、はちみつや食への関心を高めていきました。
はじめは知り合いにはちみつをプレゼントするだけだったのですが、もっと多くの人に届けたいなと思うようになって。自分は印刷関連の仕事をしているし、ラベルや販促物のデザインをすることに億劫さがなかった。それに、はちみつは農産物扱いで、販売許可(※)がいらないんです。(※製造には許可が必要)
資格も設備投資もいらない。古民家でイベントするときに販売もできるし、自分の周りにあるもので始められる。「やったことはないけれど、出会った食の仲間がみんな楽しそうだし、私にもできるかも」だんだんそんな風に思うようになって。
実際に原さんに「古民家のイベントではちみつを販売したい」と相談してみたら、快諾していただいたんです。
そして、周囲の友達に相談しながら、少量のお試しサイズをつくったり、デザインを考えたりして、「むろうはちみつ」は誕生しました。
むろうはちみつ そよご
むろうはちみつ れんげ百花
2015年7月には、滋賀守山の友人のカフェにて、TRIP TABLEというマルシェに初めての出店。養蜂家の原さんやさつたにさんをはじめ、応援してくれる食の仲間たちを巻き込みながら、週末のマルシェイベントや百貨店の催事などで、毎月少しづつ、手売りされています。
TRIP TABLEにて出店の様子
百貨店パンフェアにて出店の様子
私が動き出せた訳
誰でも日常の中で「こんなことができるかも」と思いつくことはあります。ふくさんがそこから動き出すことができたひとつの理由は、仕事の合間に好きなことに費やす時間を積み重ねてきたことでした。
例えばふくさんは、チョコレートやチーズのようなスイーツには目がないそう。「意識して、好きなものや場所を漂ってみよう」と、休日だけでなく、仕事終わりに、お茶会やチーズ、ワイン会など、食のイベントによく足を運んでいました。
こだわりの食にふれるだけでなく、器のしつらえやテーブルコーディネイト、人の流れや、気持ちのよい空間について感覚を研ぎ澄ませたり。参加者として見つめた風景や、その場で感じた経験が、ふくさんの「むろうはちみつ」の小商いにつながっています。
ずっと遊んできたというか。物を買って、イベントに参加して終わりじゃなくて、その場で人と会話をして、関係性をつなげていきました。そうして、さつたにさんをはじめとした、ショコラティエさん、パティシエさん、お茶の師匠など、食の専門家と出会って、食への向き合い方や考え方にものすごく刺激を受けて、「わあ!こんな人になりたい」と思うようになったんです。
そしてもうひとつの理由は、はちみつのブランドをつくるとなったときに、周りにとめる友人がいなかったこと。
ふつう、未経験のことで起業するとなると心配しますよね。でもその時は、みんなが「いいね!」って。敢えて口には出さず、本当は心配していたかもしれないけど、それより「食べたい」といってくれた。そんな会話をしているうちに、参加するだけ、消費するだけにはもう戻れないなと。
自分も提供したり、発信する側にいたい。なんだか漂えば漂うほど、インプットが多ければ多いほど、アウトプットしたくなっていったんです。
順調そうにみえますが、「むろうはちみつを1からつくる中での悩みはつきない」とふくさん。
製品ラベルの表示でどう品質の透明性をはかるか。直販や卸などでの料金設定やルールづくりをどうするか。また、原さんのはちみつが採れるシーズンは年に1度で、かつ自然相手のため、販売計画を立てる難しさもあります。
何も知らないで始めてしまった。でも出店が決まって動き始めたら、もう途中で投げ出せない。
「あわわ!」「どうしよう!」という感じで、どうにか今の「むろうはちみつ」にたどりつきました。はちみつが昔から大好きだった訳ではないんですが、こうして商いを始められたのは、室生のはちみつだったからかもしれません。
室生という土地が、はちみつのとれる、自然豊かな環境であることを、誇らしく感じます。
今ではすっかり、はちみつとみつばちの魅力にとりつかれ、少しでもはちみつのことやみつばちの生態を多くの人に知ってほしくて、はちみつの販売だけでなく、トークイベントやみつろうを使ったキャンドル制作のワークショップも企画するようになりました。
みつばちの巣の素材になる、蜜ろうシートを使ったキャンドル
これからの仕事と暮らし
室生の古民家の縁側にて、筆者(左)と的場ふくさん(右)
ふくさんの今一番の悩み事は働き方。百貨店で定期的に催事に出ることになり、働き方を変える必要性に迫られています。
催事の打ち合わせや、蜜ろうキャンドル制作のワークショップの運営、はちみつを使った商品開発など、動けば動くほど新しいタスクが生まれる中で、月曜から金曜までの勤務から曜日を減らして、OLと「むろうはちみつ」の小商いという、「二足の草鞋」で活動するか、それとも事業として専念するべきか、今も思案しています。
住まいはこれからも奈良室生。古民家を事務所として整備していきたいと思っています。
あとは、はちみつの行商もしてみたいですね。「トランクひとつで旅するはちみつ」。場所さえあれば、トランクを広げてどこでもはちみつを売ることができる。室生はもちろん、奈良の土地の魅力も話したい。
意外にも「自分は受け身」だというふくさん。「買ってください」という営業は苦手と言いながらも、「こういうイベントにはでたい!」と嬉しそうに夢を語ってくれました。
どこまでが趣味で、どこからが仕事なのか。どこまで準備が必要で、どこから偶然に委ねるのか。ふくさんの「むろうはちみつ」の話を聞いていると、そのあいまいさの中にいくつもの意志の種みたいなものがあるように感じます。
「好きなものや場所を漂ってみよう」「楽しそうだし、私にもできるかも」その種を育てる周囲の人や環境に自分の身を置くこと自体が、「むろうはちみつ」の小商いの出発点。
彼女自身、今も迷いながら進んでいて、決して簡単な道のりではなかったけれど、思いの解像度を上げ、身近にできることから確実に行動していく姿に、私自身大きな刺激を受けました。
みなさんも、今気になることや関わっていることから、「やってみたい」の種を見つけてみませんか。それはきっと、あなたの日常の中にもう潜んでいるはずです。
(text:西本愛)
大阪生まれ、大阪育ち。広告代理店勤務の傍ら、身の回りのかそけき物語を伝えるべく、活動中。