みなさんは小さい頃、どんな子どもでしたか?
絵を描いたり人形遊びが好きだった?
それとも、日暮れまで元気いっぱい、外を駆け回るやんちゃな子だった?
そんな幼少期の体験や思い出のかけらが、今のあなたの魅力の一部をつくっているといっても過言ではないかもしれません。
今回紹介する平野由記さんは福岡在住のグラフィックデザイナー。以前紹介した記事(福岡から「児童相談所」のイメージを一新する試みを進めたい! 九州大学の田北雅裕さんがクラウドファンディングを経て、行政にデザインを寄付するまで)で、ホームページのイラストやデザインを担当したのが、平野さんです。
平野さんが全体のデザインとイラストを手がけた児童相談所のキャラクター、DJえがおとMCナイト
太陽と月をモチーフにした、可愛くて心をつかむ優しいキャラクター設定。そこには、不安を抱える子どもや見る人を「安心させたい」「ほっとして連絡してほしい」という気持ちが込められています。実際、この記事への反響も大きく、つくり手たちの思いが伝わる取り組みは、デザインやアートの力を含めて、読者の共感を生んでいるようです。
平野さんのグラフィックデザインに対するアイディアや創造力は、どこからきているのでしょう。その原体験からものづくりに対する想い、まちづくりのことまで、伺ってみました。
グラフィックデザイナー。1984年長崎生まれ、宮崎育ち。2007年九州芸術工科大学(現九州大学)芸術工学部工業設計学科卒業。2007年からグラフィックデザイン事務所に勤務した後、2010年3月「ウフラボ」を設立。
文化祭で目覚めたものづくりの楽しさ
子どもの頃の平野さんはというと、やはり絵を描くのが好きな女の子でした。
落書きが大好きで、ひたすら絵を描く引っ込み思案なタイプでしたね。暇さえあれば、ずっと絵を描いていたのを覚えています。動物のキャラクターを描いたり、漫画を書いたり、小学生の頃まではそんな感じでした。
幼い頃は、子ども特有の集中力で創作の世界にどっぷり入ってしまうものですが、平野さんは絵本までつくっていたのだとか。
家に残っていた落書き帳を見たら、「あわてんぼうペンギン」というタイトルが書かれてあって、幼稚園の頃みたいでした。ペンギンがただただ物を忘れるみたいな内容で、オチはないんですけど(笑)
絵本風の絵が文章と一緒に一枚ずつ書かれてあって、あ、これはたぶん絵本のつもりだったんだろうなって。
絵を描くことが好きだった少女が、ものづくりの世界へと誘われたきっかけになったのは、高校の文化祭だったそう。文化祭委員を買って出た平野さんは、クラスでさまざまな出し物を企画し、創作した体験がものすごく楽しかったといいます。
テーマに合わせて教室全体を使って展示をするのですが、いろいろみんなで考えて、放課後、遅くまで残って作業をして…みんなで一つのことに向かって集中して、最後までやり遂げることの楽しさや情熱みたいなものがたまらなく好きでした。あの頃の自分が今につながっているのは確かだと思います。
高校時代、燃えたという文化祭で仲間と一緒に。一番左が平野さん
「宮崎の名物名所」のテーマでつくった鮎の精巧なつくりも、みごと!
デザインの概念をきちんと学ぶ
やがて進路を決める時期になって、「ものをつくる仕事」に心惹かれた平野さん。中でも、デザイナーという仕事に関心を持ちます。
イタリアのアレッシィ社というハウスウェアメーカーが好きだったんですね。お茶目な女性の形をしたワインオープナーや、シルクハットから飛び出すウサギのつまようじ入れだったり、チャーミングなデザインをしている会社に憧れて、キッチン用品がつくりたいと思ったんです。
それがきっかけで、福岡の大学に進んで、工業設計科を選びました。インテリアや家電、車などのプロダクトデザインを目指す人たちが来てましたね。
平野さんにとって、大学時代はデザインの概念を学び、基礎の部分を形成する大切な時間になったようです。
何のためにものをつくるのか。デザインとは何のためにあるのか。技術よりも思想の部分を教えてくれる大学でしたね。あとは独学でというか、野放しな感じでした(笑)
課題発表の時間がけっこうあったんですが、発表の中で、作品よりもスライドを褒められることが多かったんです。そこから「わかりづらい情報をきれいに整理して、わかりやすいものにしていく」ことや、「絵や色を足して魅力的に見せる」というやり方が面白そうだなって。
2年生くらいから広告に興味を持ち始めて、グラフィック寄りの画像設計という授業を受けに行ったりしていました。
当時、大学に通いながら、インタラクティブアートのデザイン会社でアルバイトをしていた平野さん。そこでイラストカットや展示用のパネルデザインを任されるようになり、ますますグラフィックの世界へ興味を抱くように。卒業後は、福岡のデザイン事務所に就職します。
現場を見る大切さを知った
社会人になって初めてのことだらけでした。1年目はアシスタントとして、商業施設のポスターづくりに関わったり、モデルさんの撮影に同行したり、華々しい仕事に触れて、最初のうちは知識のなさを思い知らされました。
徹夜でプレゼンを考えたり、来週までに何案出してという感覚で時間との勝負もあったりと、広告業界の洗礼を受けました(笑)
2年目に、長崎のアミュプラザという商業施設を担当させてもらえるようになって、企画出しやプレゼンを行う中で、お正月のキャラクターがほしいという話になったんです。それで、「アミュずきんちゃん」というバーゲン用のキャラクターを提案したんです。
がま口をかぶった女の子が暴れまくるというCMの提案だったんですが(笑)、気に入ってくださって。初めて自分がつくったキャラクターの仕事で印象に残っています。
デザイン事務所に勤めた3年の間、成功もあれば、もちろん失敗も。その痛い経験が、今の自分の糧になっていると話します。
あるビジュアルをいろんなツールに反映する時に、ただべたべたと貼付けていっただけで、担当の方にものすごく叱られたことがありました。
「あなた、実際に掲出される場所を見に行ったの?」って言われて、慌ててカメラ持ってその場所へ。
それから、やり直したんですが、ものすごく反省しました。その時に「現場を見る大切さ」を痛感したんです。
以来、現場を見ること、そして、クライアントと顔を合わせて話すことを極力欠かさず大事にしていくようになります。
その後、自分がどこまでできるか力試しをしてみたくなった平野さんは25歳で独立。小さなグラフィックデザイン事務所「ウフラボ」を設立します。
ウフラボとは、「たまご研究所」という意味の造語。「たまごの殻(外面)のことだけでなく黄身(内面)からきちんと考えて、たまごを育てあげるように、デザインをすること」をモットーに、活動をスタートしました。
シンプルに想いを届けるストレートなものづくり
独立して最初のほうは、前の事務所の流れから、流通関係の仕事が多かったという平野さん。ある時、建築家の知人による紹介でロゴづくりの仕事をすることに。「くりた耳鼻咽喉科」という病院からの依頼でした。
ホームページにも親近感のわく栗のキャラクターが楽しく登場する
ストレートに栗のキャラクターをつくったんですけど、お医者さんと私で話をして決めていくというすごくシンプルなやり取りだったんですね。
目的自体は、訪れる人が「あ、この病院、安心できそう」と思ってくれるだけでいい、という感じで。デザインに力を注ぐポイントが、そのシンプルな目的だけでいいというのが、とても魅力的に感じました。
これまで手がけていた流通や広告のグラフィックだと、そのイベントをより魅力的に見せて購買意欲をそそる仕掛けや、関わる人たちの思惑をひとつの絵にしていく難しさがあり、シンプルなデザインになりづらい部分があったといいます。
クライアントと1対1でその人のマークをつくるということに興味を抱いた頃、続けて依頼を受けた小児科の仕事が平野さんの目を開かせます。「ホスピタルアート」との出合いでもありました。
クリニックの仕事を紹介してくれた建築家の方から「ホスピタルアートって知ってる?」と聞かれたんです。病院に絵を描いたり、作品を飾ってクリニックに訪れる人の心を癒す取り組みなんだけど、それをこの仕事で一緒にやらないかって。
それを聞いて、なんて面白い世界があるんだろう!って思ったんですね。誰かを喜ばせるストレートなものづくりができるというお話だったので、ぜひと二つ返事して。それから1年以上かけて、プランを出していきました。
初めて手がけたホスピタルアート
うさぎをモチーフに、平野さんがつくり上げた小児科クリニックのデザイン
案件は「はがこどもクリニック」という熊本にある小児科でした。ご夫婦ふたりとも先生で、当時はお子さんが4人、今では5人に増えた家族経営のクリニックです。
ご夫婦で営まれていて、しかもお子さんがたくさんいる小児科って安心できますよね。それを広めていきたいなと思って、まず診察室に院長先生ご家族の家族写真の替わりに、うさぎになったファミリーの肖像画を提案したんです。
診察室のうさぎファミリー。ご家族が増えたので、1匹増やす予定なのだそう
診察室をはじめ、院内のいろんなスペースに使う人のテーマに沿ってうさぎのイラストを散りばめていったそうです。ここで、平野さんが手がけたアートワークの世界を覗いてみましょう。
丸窓がかわいい発熱待合室
うさぎを追いかけて、森の中に迷い込んだような気分になる中待合室
X線室では、スケルトンになったうさぎが!
雨粒が落ちる優しい雰囲気づくりをした歯科検査室
どうですか? 子どもたちが不安な気持ちを忘れて、わくわく目を輝かせそうなアートがいっぱいのクリニック。私たち大人も癒されますよね。ここなら、きっと子どもたちも「また行きたい」と思える場所になっていると思いませんか?
完成して先生に喜んでいただけたのはもちろん、病院なのに子どもたちが元気に遊んでるよと聞いたときは、何よりうれしかったですね。
この仕事をさせていただいて気づいたことがあったんです。遊園地やデパートだったり、楽しい場所って今いろいろありますよね。
だけど、病院は行きづらかったり、行きたくない場所。そこにデザインを加えることで、「安心できるんだ、楽しいんだ」って思ってもらえることに、私自身、デザインする意味を実感しました。私の目指すグラフィックデザインの世界はここなんだって。
「できるかな」を言葉に、そしてかたちに
ホスピタルアートだけでなく、人を喜ばせたり、楽しませるために注力するものづくりをもっとやっていきたい。そんな仕事を増やしていくことを意識し始めた矢先、さらに楽しい出会いと挑戦がありました。
「はがこどもクリニック」のホスピタルアートを見たという「いで小児科」の先生からの依頼で、今度は建築前の段階からロゴやサイン、ホスピタルアートの全体ディレクションを行うことに。
いで小児科のホスピタルアートができるまでのスケッチ。このラフをベースに、段階的に提案していきながら具体案にしていった
デザイン共通のテーマは「おいで おいで いで小児科」。子どもたちが安心して来れるクリニックを目指すために、「手招きをする手のひら」をシンボルマークにした構成にしています。
「できるかわからないんですけど…」とラフスケッチからつくって進めていった平野さん。完成してみると、意外や意外、虹の天窓に虹のテーブル、芝生や室内の中に建てたちっちゃな小屋など、スケッチからそのままかたちにできたといいます。
手招きする手のひらが院内のあちこちに
ラフスケッチから段階的に詰めていった院内のデザイン
思い描いた通りの夢のスケッチが実現!
建築家さんをはじめ、実際につくる方が頑張られた結果、かたちになったんだと思います。先生も喜んでくださって「今度はおいでちゃんというキャラクターをつくりたい」って。キャラクターにどういう人格を出していくか、考え中なんですよ。
「くりた耳鼻咽喉科」さんとも仕事をして2、3年経ったくらいに、ラインスタンプをつくりたいという連絡があって、40種類くらい栗のイラストを描きました。患者さんが面白がって使ってくれているみたいです。こうして、ホスピタルアートを通じて、ご縁が長くつながってくこともうれしく感じています。
空間と心を明るくするアート活動「Henry & Mathew」
画家、イラストレーター、アニメーション作家、デザイナーなど6人の作家によるアーティストレーベル「ヘンリーアンドマシュー」
仕事以外にも思いを共有しあうクリエイター仲間と、平野さんは「Henry & Mathew」という活動を行っています。
ZINEをつくったきっかけで出会ったイラストレーターの沖賢一さんと一緒に結成したんです。沖さんが、子どもクリニックの仕事を見ていてくれて「僕、ずっと病院に絵を描きたかったんだ、一緒にやろうよ」って声をかけてくれて。
それで、他にも明るいカラーリングが得意な人たちを誘って、病院にアートを加える活動や子ども向けのワークショップ、あとは例えば、人がいなくて寂しいという場所に絵を描きにいったりしています。
電球を発明したのはエジソンじゃなくて、実はカナダの学生2人組だったという説があるんです。それがヘンリーさんとマシューさんだったんですね。
電球って空間を明るく照らすきっかけになったものだし、彼らの名前をレーベル名にしないかと、沖さんのアイディアで名前が決まり、私がマークをつくりました。
活動の中では、「まちなかアートギャラリー2013」というイベントに参加した時に公園の噴水に絵を描いたのをきっかけに、「NORTH TENJIN PICNICS」という屋外イベントを行うようにもなりました。
NORTH TENJIN PICNICSの様子。子どもたちと額縁とオーナメントをつくるワークショップも行った。2015年には2回目を開催
その公園は、福岡市の繁華街・天神エリアの中でも、普段は人気の少ない寂しい須崎公園。噴水の底面に絵を描いたことで雰囲気は明るくなったけれど、もっと賑わいを取り戻せるようなことができたらと、リーダーの沖さんが公園近隣で活動するクリエイターとともに、ピクニックをコンセプトに企画したイベントです。
当日は飲食や雑貨の出店、ワークショップを行うなど、青空の下、公園にピクニックシートを敷いて、たくさんの人で賑わいました。子どもも大人も楽しめて自由になれる空間を生み出したのです。
志すは「ハードルを下げるデザイン」
「かわいい、楽しそう、気になる、何だろう」がウフラボのコンセプト。そんな気持ちを大切に、グラフィックデザインを通して、その人の想いを伝えるものづくりに携わってきた平野さん。
公園で経験したアートワークや、一昨年、女の子をもつママになったことで、まちづくりの視点からも、新たに見えてきたものがあるといいます。
子育ての影響が大きくて、今までの思い描いていたこととがらりと違うことも思うようになったんです。
例えば、街中には遊ぶ場所が少ないこと。子どもを野放しにできるような余白がほしいなとか。バスや電車の車内にも子どもをあやせるような楽しいアートの仕掛けがあったらいいなとか。
もちろん、街はマナーの啓発もちゃんとしているし親切です。お店やイベント、アートも充実していて、何かに触れ合う機会も多いと思うんですね。だけど、今は少し飽和状態で、クオリティが高くなりすぎているのではと感じることもあります。間や不完全さ、抜けてたり、雑でかっこわるい部分もあっていいのかなって。
平野さんはそうした部分をデザインで提案していくことが今後の自分の課題かもしれないと話します。
整っていない雑ゆえのあったかさや受け口の広さというか、ノーメイク&部屋着であったかくなれる場づくりというか(笑)
そういう意味で「ハードルを下げるデザイン」を目指していけたらと思います。
平野さんの言葉を聞いていると、既成概念の枠から飛び出してみたい、と背中を押されるような気になってきます。もっと自由に、素直に、直感や心が感じたことが本質的に大切なことにつながっているんだと、はっとさせられたりも。
だから、大人は童心に返ったり、子どもの心にダイレクトに楽しさや夢を届けられるのでしょう。
まちや人の心に、リラックスできる「間」や明るさを生むような取り組みや表現。
そして、平野さんがさらに目指そうとしている、足し算より引き算のシンプルな試みのように、私たちも街角や日常の中で、視点や見方をちょっと意識して変えてみませんか。そうすることで、自分の暮らすまちや社会をよりよく、楽しく変化できるきっかけやヒントに気づくことができるかもしれません。