日本全国の「ご当地電力」を取材しているノンフィクションライターの高橋真樹です。今回は、いよいよ今年4月から始まる電力自由化にまつわる話を取り上げます。すでに電力会社やガス会社からの案内で、「これからは電力会社を選べるようになる」ということをご存知の方は多いのではないでしょうか?ただ、それ意外の話となるとあまり浸透していません。
電力自由化はシステムの話なので、小難しい印象を受けるかもしれませんが、ぼくたちの暮らしに直結するエネルギーの使い方が大きく変わる可能性があることなので、実は身近な問題になります。
今回お話を伺った関西大学の安田陽准教授は、風力発電の専門家です。また、欧州や日本全国に張り巡らされた送電網に、電気をどのように融通してバランスよく発電、送電を行うかについてのスペシャリストであります(これは専門用語で「系統連系」と呼ばれています)。
欧米では風力発電の電気をどれくらい送電網にたくさん入れることができるかというのが、エネルギーシフトのカギになっていますから、東北の風力発電所でつくった電気を、安定的に関東に届けることができるようにするといった問題は非常に重要になってきます。そのためこの分野はエネルギーの世界でまさにホットなイシューになっているのです。
その安田さんから、これからやってくる電力自由化について、ぼくたちの暮らしにはどう関わってくるのか、そしてどこに注目したらいいのかについて伺ってきました。
関西大学准教授・安田陽氏
あわてて電力会社を切り替える必要はない
高橋 今年の4月から電力の小売り市場が完全自由化になります。そこでまず、電力自由化によって私たちとエネルギーの関係の何が変わるのでしょうか? 一般の方にとってという面からお聞きしたいと思います。
安田 最近、メディアの方からそのような質問を受けることが増えました。確かに事業者にとっては大変革ですが、一般の方にどう説明するのかというのは悩ましいところがあります。それは一般の消費者にとって、あまり大きな変化がすぐに起きるわけではないという面があるからです。
高橋 劇的には変わらないと?
安田 「今より電気代が安くなる」とか「自然エネルギーと契約できるようになる」といった過度の期待はしない方が良いと思うのです。日本ではこのシステムが初めて導入されるので、不確実なことが多い。だからすぐに大きな良い変化は起きないでしょう。
影響があるとすれば数年後にじんわりと出てくるはずです。最初はむしろ悪い影響の方が先に出てくる可能性があります。そのときに「電力自由化になればもっと良くなると思っていたのにダマされた!」とならないように気をつけた方がいい。
高橋 では4月からすぐに電力会社を切り替えるというのは、思いとどまった方がよいということでしょうか?
安田 そこは各自の判断です。もちろん、選び方によっては電気料金が安くなる可能性はあります。ただ、慌てて飛びつく必要はありません。例えて言えば、パソコンのOS(基本ソフト)が新しくリリースされるようなものだと考えてください。
新しくなってその日にインストールする人は、ものすごいヘビーユーザーか、まったくの初心者かのどちらかです。普通はしばらく様子を見て、不具合やバグが見つかってある程度修正されてからインストールします。その方が賢いやり方でしょう。
安田 電力についても事業者は玄人のビジネスマンですから、スタートダッシュをした方が良いという判断は当然あるでしょう。また、リスクも承知で社会に貢献したいと考えるヘビーユーザーもいるはずです。でも一般の方でリスクを覚悟で飛びつく人のメリットは少ないように思えます。
今から20年くらい前に携帯電話が出始めた頃、すぐに飛びついた人はあまりいませんでした。でも、10年たったらほとんどの人が使っていました。電力自由化も携帯電話と同じように、最初の1年くらいは様子を見るというくらいにじっくり構えても良いのではないでしょうか?
これから4月に向けていろいろな企業やメディアが、「4月から変えた方がお得ですよ」といった情報を流しています。それを真に受けて、すぐに変更した後で実は「すごく面倒になった」とか、「かえって高くなった」というリスクはあります。
私は、そうなったときに「電力自由化はダメだ」とか「そんなはずじゃなかった」という世論がつくられてはいけないと考えています。
「選べること=自由化」ではない
高橋 目先の数字に振り回されないようにすることは大切ですね。安田さんがおっしゃりたいのは、電力自由化を行う最大の目的は、別のところにあるということでしょうか?
安田 その通りです。一般の人向けのメディアでは、どうしても消費者目線を強調しがちですが、本来、電力自由化はそれだけのためにやっているわけではありません。もちろん、10年、20年といった長いスパンで考えれば消費者のためになるのですが、あまりに消費者目線で目先のことばかり考えてしまうと、何のための改革かということを見失ってしまいます。
電力自由化の最大の目的は、これまで独占体制でやってきた電力システムから、誰でも電力の取引ができる電力市場を作り、新規参入企業にも公平で、透明性が高く、効率的なシステムに改革していきましょうということです。
電力システムは、発電、送配電、そして小売りからなっていますが、発電部門はすでにいろいろなところが参入しています。そして今度の4月から小売り部門が自由化されます。
さらに2020年には送電網も発送電分離ということで、これまでは大手電力会社が所有していましたが、形の上では切り離されることになります。その全体の改革の中で、一般の方に変化として見える部分というのはごくわずかでしかないのです。
高橋 自由化は「自由」という言葉にまどわされがちですが、「消費者が電力会社を自由に選べるようになるのが自由化」という誤解はしない方が良いということですね。
安田 自由化の要素の一つではあるのですが、そこばかり強調することで本質的なことが見えなくなる、という危うさがあります。消費者にとって選択肢が増えることは基本的には良いことなのですが、一見すると自由に選べているように見えても、市場や流通ルートがきちんと整備されていなければ、公平な競争は実現しませんから。
選べることによるメリットは?
高橋 それでも、今まで選べなかったものを選べるようになるというのは大きな変化だと思います。その電力システム改革の意義を考えた上で、一般の方は何を気にしたら良いのでしょうか?
安田 一般の方にとってのメリットは、単に「選べる」とか「安い」とかいうことではなく、選ぶことができるようになったことによって、これまで考えなかったことを考える、意識が高まるということだと思います。
例えば株価の上り下がりは、特に自分が株を持っていなくても、毎日のニュースで情報が流れるので気になるものです。それと同じように、一般の方々にも電力市場が身近になることで、電力の市場価格が日常的に表示されるようになります。
そのように今まで気にしたこともなかったものを気にするようになるというのは、すごく大事なことだと思います。
高橋 気にすることで、おかしなことが行われていたらチェック機能が働きやすくなるということもあると思います。これまでは、例えば東京電力が原発事故を起こしたのに、その翌年に電力料金が上がりました。
嫌だなと思う人がいても選択肢がないと何もできなかったのですが、これからは契約を変えるよという意思表示ができるようになります。つまり大手が勝手なことができなくなる可能性があるということでもありますね。
安田 少し専門的な言葉も交えると、市場支配力の行使を抑制する、という表現になるでしょうか。そうなる前提には、きちんと市場を機能させて、透明性、公平性、効率性を担保することが大切です。一般の方が監視というか、ちゃんと意識して見ているということになれば、大きな影響力を発揮できるのではないかと思っています。
本当に安くなるの?
高橋 「安くなる」とか「電話とセットならお得」などという報道が飛び交っていますが、自由化によって本当に電力料金が安くなるのかという点についてはどうでしょうか?
安田 先ほども言ったように、自由化は必ずしも消費者の短期的な利益になるとは限りません。自由化というときの「自由」という言葉は、何でも自由ですよというわけではなくて、新幹線の自由席を連想してもらえばわかりやすい。
指定席より安く移動できるし、席も自由に選べるけれど、場合によっては座れないこともあります。電力自由化でも同じように、安くなることもあるし、高くなることもあります。
欧州では電力自由化後に高くなりました。でも、高くなったのは単純に自由化をしたからではありません。2000年代に入って行われた電力自由化とほぼ同時に石油価格が上がったため、その影響を受けたのです。それまでは市場が上がったり下がったりしても影響を受けなかったのが、市場と連動するようになったため、上がったということになります。
これからは一般家庭と電力との関わりが大きく変わる?
高橋 自由化すると価格の上り下がりは当たり前になるのだから、それで一喜一憂してシステムの是非を判断すべきではないということでしょうね。ではもう一つお聞きしますが、欧州の電力料金は2014年以降石油価格が下がった後は大幅に安くなったのでしょうか?
安田 そこが今まさに欧州で問題になっている点です。電力市場の卸価格はすでに2011年頃の石油価格の高止まりの時期でも確実に下がっています。それは自由化と再エネ導入の成果ですね。
でも当然ながら卸価格と小売価格は違います。野菜や果物で言うと、市場で業者が買う値段とスーパーで消費者が買う値段ですね。市場の値段は大幅に下がったのに、スーパーの値段が下がらないから、EU全体で議論になっています。
理由にはいろいろあるのですが、一部の人が儲けすぎているのではないかという問題が取りざたされていて、欧州委員会(EUの政府にあたる機関)などが調査しているところです。このように自由化することによって石油価格や市場構造などさまざまな要因が絡んでくるため、リスクも出てきます。
でもそこで立ち止まらずに、きちんとシステムとして適切に機能させることができるよう、その都度見直して対応していくことが重要です。欧州でもすべてがうまくいっているわけではありあませんが、その役割を果たそうとしていることは確かです。
日本で再エネを増やすためには?
高橋 日本の電力自由化は、このままいけば公平性や透明性、効率性などは達成できるでしょうか?
安田 まさにそこが最大の注目して欲しい点です。まずは電力市場がきちんと機能するように、市場設計を行う強い権限を持った監視機関が必要です。自由化して電力市場をつくるというのは、いわゆる「新自由主義」のようにすべてを弱肉強食のような市場原理に任せましょう、ということではありません。
欧州ではそのような機関がしっかりと役割を果たすことによって、市場を適切な形でコントロールしています。日本でも電力取引所はありますが、そこで扱う電力はまだ日本全体の電力の1%とかせいぜい3%くらいしかないので、大きな力は持っていません。そこをどうするのかがポイントの一つです。
日本の自然エネルギー増加のカギを握るとされる風力発電(島根県浜田市)
高橋 そんな中で、再生可能エネルギーを増やすためにはどうすれば良いでしょうか?
安田 私は研究者ですから、特定の電源をひいきしているわけでありません。総合的にコストや効率、安全性などを見て、一番良いのが再エネだと判断しているだけです。
また電力システム改革も特定の電源を優遇するためにやっているわけではありません。しかし、公平で透明性のあるシステムができれば、燃料費がかからず、経済性の高い再エネが増えることは欧州の実例が証明しています。
そのために日本で必要になってくるのは、システム的には発送電分離をきちんと実現することです。今年の4月から先駆けて発送電分離を行うのは東京電力だけで、それ以外の会社は2020年からということになっています。そのため日本全体としては将来的な話になりますが、非常に重要なポイントです。
風力発電と太陽光発電の発電電力量を合わせた各国の導入量の比較(2014年)。日本はまだまだ少ない。(IEA:Electricity Information 2015 を元に安田陽氏が作成)
安田 発送電分離は、送電網を握っている大手電力会社と、送電網とを別組織にして、どの事業者も公平に使える中立なものにしていこうというものです。しかし、日本で進んでいるのは「法的分離」といって、同じグループ内で、発電会社と送電会社を別会社にしようという方向です。
私はそれでは不十分だと思います。欧州で行われているように、「所有権分離」といって利害関係のないまったく別の会社にするべきです。そして、そのような点を含めて市民がきちんとチェックして、おかしなことがあれば声を上げるという動きが必要です。市民が関心がなければ、政府もその方向には動きませんから。
今は、一部の審議会などで方針が決まっていっています。審議会は公開でやっているのでオープンと言えばオープンですが、メディアも含めてあまり関心が払われていません。多くの報道であふれている「どこがどれだけ安いか」といった表面的な部分ではなく、本来は送電網をどうするのか、公平性はちゃんと確保できるのかといった部分にこそ、関心が高まって欲しいと思っています。
電力自由化を進める理由
高橋 お話を伺っていると、4月に電力の小売り自由化が始まって何かが変わるというよりも、4月からシステムや各企業の動きに注目していって、行動を起こすのはあとからでもいいということかもしれませんね。
安田 そうですね。まだまだ新しい分野なので、電力市場をつくった後でもシステムの欠陥をついて、ズルをする人たちは必ず出てきます。欧州でもそういう会社が起訴されることがよくある。でもそういう出来事のたびにシステムが見直されて向上していきます。そのような蓄積がこれから始まると考えてもらえればいいのかなと思います。
安田陽氏
高橋 何かトラブルがあるとすぐに「だから電力自由化はダメなんだ」とかいう人がいますが、そういうことではないと。
安田 日本の株式市場も同じで、例えば東芝の粉飾決算がありましたが、それをもって株式市場を全国で廃止しましょうなどと言う人はいませんよね?ところが電力の場合は、ちょっとトラブルがあるだけで自由化はダメ、市場はダメという人が出てきます。
自由化を否定するために未だに2000年に起きたカリフォルニアの停電の例を持ち出すような人までいますが、この世界は日進月歩で進化しています。
自由化が公正な形で成されたとしても、決して完璧なシステムというわけではありません。しかし、現時点では人類が考えだしたシステムの中では、公平性や透明性を担保するという意味で、最もマシなシステムではないでしょうか。
かつてイギリス首相のチャーチルは、「民主主義は最悪の政治形態だ。ただし、これまで試された全ての政治形態をのぞけば」と言いました。かなり逆説的でひねくれた言い方ですが。市場もそれと同じことだと思います。
だからこそ、一般の人が目先の電気料金ではなく、全体像に関心を持って、ちゃんと監視していくことがそのシステムを健全なものにする鍵になるのだと思います。
安田さんの話では、価格が安くなるかという点に注目するのではなく、電力システムを健全なものにできるかどうかに注目して欲しいということでした。長い目で見るとそれが、最終的には消費者のメリットにもなるのだということです。
そして電力自由化にまつわる情報は複雑で、一見すると電力料金以外には直接の関わりはなさそうに見えますが、実はそうではなく、きちんと整理して受け止めないといけないということを強く感じました。
今後、各社がさまざまなプランを発表していきますし、4月に自由化がスタートした後もいろいろな動きが展開していくはずです。しかしそうした目先の動きに惑わされないことも大事なのかなと思います。今後もこのテーマにはこだわって伝えていきたいと思います。
(Text: 高橋真樹)
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。世界70カ国をめぐり、持続可能な社会をめざして取材を続けている。このごろは地域で取り組む自然エネルギーをテーマに全国各地を取材。雑誌やWEBサイトのほか、全国ご当地電力リポート(主催・エネ経会議)でも執筆を続けている。著書に『観光コースでないハワイ〜楽園のもうひとつの姿』(高文研)、『自然エネルギー革命をはじめよう〜地域でつくるみんなの電力』、『親子でつくる自然エネルギー工作(4巻シリーズ)』(以上、大月書店)、『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)など多数。