誰もが通ったことのある学校。いろんなことを学び心身ともに成長できる安全な場所のはずですが、最近はいじめや体罰問題といった悲しいニュースが飛び交っています。学校の対応が不十分だった、先生の指導が足りなかったなど、非難やバッシングは先生方に向けられてます。けれど先生の多くは、真面目で、一生懸命で、子どもたちの未来を真剣に考えている方ではないでしょうか。
頑張っている先生を少しでもサポートしたいという思いから始まったのが、ウェブサービス「EDUPEDIA(エデュペディア)」です。現在 “みんなでつくる教育ウェブ事典”として、先生が必要としている教育実践方法(教え方)や教材を多数掲載しています。
今回は、立ち上げメンバーの住吉翔太さんと、サイトの運営を行うメンバーの方々にお話を伺いました。先生方が抱える悩み、立ち上げに至った思い、そして「EDUPEDIA」が目指すものとは?
先生たちが抱える問題を解決したい
住吉翔太さんの本業はマスコミ関係。そこにはあるジレンマがありました。それは、商業メディアではどうしてもカバーしきれないテーマがあるということ。その一つが“教育”です。
小学校教員の栗田さん(左)と、「EDUPEDIA」代表の住吉さん(右)
住吉さん:商業メディアは一流のエンターテイメントや報道で毎日を豊かにしています。けれど、限られた放送時間や紙面で効率的に情報を届けなければいけない故に、多くの人の興味をひくテーマを扱ったり、過剰な演出をすることもします。
「先生のお陰で成績が上がった」という話よりも、「先生が不祥事。学校はまた隠蔽」というニュースのほうが、視聴率が上がるので、どうしても内容が偏ってしまう。僕の中にはずっと、先生を批判するのでなく、応援するメディアをつくりたいという思いがありました。
教育とインターネットの力を掛け合わせて、先生方が抱えている問題を解決できないかと。
そんな思いを抱いていた頃、住吉さんは教育実践をウェブ上にアーカイブしようとしていた神戸市教員の小川さんと出会います。東京と兵庫、互いに顔も知らない二人はすぐに意気投合し、「EDUPEDIA」のプラットフォームを構築しました。
運営メンバーを募り始めたところ、現役教師、教育関係者、そして学生たちが集まりました。主な活動は先生方に取材をし教育実践や教材をアップすること。取材を通じてメンバーの皆さんが感じたことは、教育現場が抱えている問題の複雑さでした。
今、現場で何が起こっているのか?
課題1:先生の多忙化
昔は、読み・書き・そろばんを教えるのが学校の役目でした。しかし、今はどうでしょうか? 英語教育、ダンス必修、メディアリテラシーやプログラミングまで、不確実な社会を生き抜くためにあらゆるスキルを教える必要があります。その他にも、生活指導、部活動、保護者対応など、先生は様々な業務をこなさなければなりません。
前田さん(中学校教員):先生は学校運営の一環として、“校務分掌”という書類を作成しなければいけません。それぞれが生活指導担当、行事担当、生徒会担当といった分掌担当を持っていて、複数の担当を受け持つ先生もいます。私の周りでは、授業準備より校務分掌に当てる時間が長い先生方が多いというのが現状です。“教育”よりも、“管理”に時間を割かれてしまっているのです。
先生の多忙化は、授業の質の低下につながる恐れがあります。文部科学省の調査によると、多くの先生が「授業準備に十分時間が取れていない」と回答しています。現在、様々な対策が取り組まれていますが、先生の時間不足は未だ解決されていません。
課題2:同僚性の希薄
日々の業務をこなすことで精一杯になってくると、周りの先生に気を配ることは難しく、必然的に教師間のネットワークも薄れていきます。教室内で何か問題があった時に頼れる先輩がいなくなり、忙しさと遠慮からヘルプを求められなくなっている先生が多いといいます。
課題3:理想と現実のギャップ
子どもが好きで先生になったにもかかわらず、書類管理に追われて子どもと接する時間がないといったギャップに悩んでいる先生もいるようです。また、意欲はあるのに、具体的な実践方法が分からずスランプに陥る先生も。以前は先生同士のネットワークや、現場での経験がこのようなギャップを埋めてくれました。しかし今、先生たちに余裕はありません。
ウェブという解決策
「EDUPEDIA」はこういった先生方の課題を解決するべく、多様なコンテンツを掲載しています。例えば、先生がすぐに実践できる具体的な指導案や、“靴隠し対処法”といった生活面でのガイドラインなど。現在は小学校向けのコンテンツを中心に、主要教科である国語や算数、さらには、道徳、いじめ対策など、幅広いテーマを網羅しています。
水島さん(学生メンバー):カリキュラムが変更になる場合、指導要領というガイドラインが出されます。文書の内容は理念や概念が中心で、具体的に何をやるのかは、個々の学校や先生に任せていることが多いんです。
そこで、ベテラン先生のお力やノウハウを借りて「EDUPEDIA」に記事を掲載させていただく。一つでも具体的な授業例を見るだけで、アイディアが湧きやすくなり、授業の向上につながると思ってます。
無料へのこだわり
「EDUPEDIA」がこだわっていることの一つは、無料で情報を提供するということです。良質な指導方法や教材を無料で先生方にお届けすることができれば、どんな境遇の先生も必要な情報を得てスキルアップすることが可能です。
お金を払ったり会員登録したメンバーだけが使えるという形は目指さず、より多くの先生の背中を押して、より多くの子どもたちの学びを支援する。それが「EDUPEDIA」が目指すサービスです。
電通クリエーター(阿部広太郎さんと中尾祐輝さん)によるポスター
「EDUPEDIA」は多くのプロボノの協力によって、情報の無償提供を実現しています。システム構築は株式会社マインディア、SEO対策はリア株式会社、ポスター制作には電通のクリエイター、日々のサイトの改善・更新はフリーランスのプログラマーたちが尽力しています。
そして、日々「EDUPEDIA」の運営をサポートしているのは、現場の教員、退職した元教員、教員志望の大学生などのボランティアメンバーです。
「EDUPEDIA」を支えるメンバー
現在、小学4年生を教えているコアメンバーの栗田さんは、学生、特に先生になりたい学生が「EDUPEDIA」に関わることに大きな意味があるといいます。
栗田さん(小学校教員):学校では教育法や教科研究を学びます。けれど対峙する子どもがいないと実践につながらないことも多い。もちろん現場で実践を学んでいくことも大切ですが、前もって学べることはたくさんあります。
学生は時間の余裕があるし、フットワークも軽い。今のうちに知識の幅を広げて、どんな状況にも対応できるようにしておくと後で必ず役に立ちます。
学生メンバーの斉藤さん(左)と、中学校教員の前田さん(右)
実際に学生メンバーとして活動をしている学芸大学在学中の斉藤さんは、
先生方に取材をさせていただくと、学校で学んだ抽象的な理論が具体的な実践法として理解できるんです。同じ理論に対しても、多くの実践法を自分の目で確かめることができるので、とてもよい経験をさせていただいています。
と話します。
メンバーの皆さんは取材を通じて、声のトーン、間の取り方、言葉の返し方、ボディランゲージなど、教科書からは読み取れない沢山の要素を学んでいます。
学校を訪問し授業を見学するメンバーの皆さん
「EDUPEDIA」の活動を通じて興味のあるテーマを研究している学生もいます。
佐藤さん(学生メンバー):私は 「防災教育実践50選」という特集を担当しています。福島県出身なのですが、私自身、防災訓練というものを受けた事がありませんでした。震災後、「釜石の奇跡」という話を聞いて、同じ県内でこんなにも震災に対する意識の差があっていいのかと思ったんです。
佐藤さんは、「釜石の奇跡」を起こした子どもたちに防災訓練を教えていた、群馬大学の片田敏孝教授から訓練の内容をいただき、ウェブに掲載しました。震災から得た教訓をひと時のアイデアとしてではなく、未来に繋がる知識として伝えていく。そんな、強い志を持って日々活動をしています。
学生メンバーの水島さん(左)と佐藤さん(右)
ネットワークの中心でありたい
先生はもちろん学校や教育委員会、出版社には長年培われてきた教育ノウハウがあります。しかし、このようなノウハウは今まで共有されていませんでした。「EDUPEDIA」は情報を共有するハブとしての機能も果たし、良質な情報をストックしています。
住吉さん:コンテンツが増え、流通量が増え、使う人が増えれば、助かる先生が増え、子どもの未来もよりよいものになっていきます。
これからは、興味関心にそった教育実践のリコメンドができたり、教員同士でメッセージが送れたり、教員向けのイベント情報を掲載したりと、より多くの機能やコンテンツを加え、先生同士のつながりや学びが深まるようなプラットフォームにできればと考えています。
先生のため、メンバーのため、子どものため
「何かに困ったら、まずEDUPEDIAをチェックしよう」というように、多くの先生方に活用してもらいたいと住吉さんは言います。これからも先生の負担を軽くし、悩みを解決する糸口となり、スキルアップのお手伝いができる記事を掲載していく予定です。
うれしいことに、「EDUPEDIA」に関わりたいといってくれる方が増えています。関西にも支部ができ、これからどんどん活動を広げられそうです。関わってくれる方には活躍の場を提供したいし、満足いく時間を過ごしてもらいたい。サイト利用者はもちろん、活動するメンバーにも得るものがあり“やってよかった”と思える仕組みづくりを心がけていきたいです。
と住吉さん。
「EDUPEDIA」は先生をサポートする場であると同時に、関わる人の学びの場でもあります。けれど、「EDUPEDIA]が目指す本当の目的は、学校にいる子どもたちに良質な授業をお届けすることです。
頑張る先生を応援すること、それは子どもたちの未来を応援すること。
「EDUPEDIA」はこれからもすばらしい実践やアイデアを掲載し、子どもたち、そして社会の財産を共有していきます。