「仕事ってなんだろう」「働くってなんだろう」…子どもも、大人も、社会人になってからも。ふとした瞬間に、誰もが一度は考えたことがあるのではないでしょうか。しかも、その仕事の本質とは、実際に働いてみないと分からないこともありますよね。
“お金を稼ぐための手段”としてではなく(こちらも大切ですが)、“自分の生き方に繋がる道”としての仕事について考える機会を、より感覚的なプログラムとして提供している団体があります。特定非営利活動法人「cobon」です。代表の松浦真さんご自身が、就職時に悩んだ経験と出会いを活かし、より若い世代に自分たちの将来を考えるキッカケを提供しようと、様々な方面から画策中です。
子どものまち「ミニ大阪」の始まり
現在、cobonが提供しているプログラムの大素になっているのが、ドイツで活動されているゲルト・グリューナイスルさんが1979年にスタートさせた「ミニ・ミュンヘン」です。
夏休みの3週間だけ誕生する架空都市で、子どもたちは夏休みを使ってこのまちにやって来ます。このまちで、子どもたちは「コックさん」「運転手」「花屋さん」「デザイナー」「新聞記者」「教員」などの職業に就いて毎日を過ごします。「職業安定所」も存在し、途中で仕事を変えることもできます。子どもにとっては、これらの仕事を通して自分を表現し、遊びと同じ感覚で毎日を楽しく過ごすということです。
自身で初めて開催したのが、2007年5月「ミニ大阪」というイベントでした。やるなら地元の大阪でと思い、当時付き合っていた彼女と一緒に開催へこぎ着けたんです。
当時“彼女”だった智子さんは、今では奥様で一緒にNPOを運営するパートナーでもあります。(C)Nara Yuko
小学校の先生たちへチラシをまき、PTA委員会へ説明し、「やるのはいいけど、NPO団体などの法人じゃないと難しい」と言われたのでcobonを立ち上げました。イベントは大好評で、メディアにも取り上げられました。
ミニ大阪の様子 (C)cobon
この時の子どものインタビューで印象的だったのが、「自分たちで考えてやるから、面白かった」というものです。仕事をすることも、働くことも、自分たちで創意工夫をすれば全て遊びになるんだと感じました。
親御さんたちからの反響もあり、その次に、堺市の商店街から「カルチャーセンターでプログラムを実施してほしい」と依頼を受けたんです。
松浦さんは、2007年5月の時点では東京で仕事をする傍ら、自身の貯金200万円を注ぎ込んでイベントを実現したそうですが、この後2008年5月に会社を辞めてcobonの活動に専念することにします。
今では“様々な仕事を体験する”という仕組みが、子どもたちにとってはまちを知り、社会と繋がるきっかけにもなるということで、地方自治体からも引き合いがあるとのこと。
これまで、大阪府の住之江区、堺市堺区、東区、豊中市、奈良県橿原市で行政や地域のNPOや団体さんとご一緒しながら、地域のニーズに合わせたプログラム提供と運営を行ってきました。
小学校の授業内で、プログラムを提供
さらに、現在では小学校の「総合学習」という科目内でも、プログラムを提供しています。
例えば、みんなで「カレーライスのまち」を作るんです。ます最初に「カレーライス」が出来上がるまでには、どんなお店が存在するかを皆で考えます。「スパイス屋」「輸入会社」「港」「お肉屋」「家畜牧場」「農家」…など、カレーライスひとつ取っても、出来上がるまでにたくさんの人の手や職業が介在していることが分かります。
どんな仕事や場所があればいいかを考えたあと、実際に段ボールや廃材を使って「カレーライスのまち」を作っていくんです。
「カレーライスのまち」のほか「回転寿司を食べるまち」「ラムネのまち」など色んな「まち」をテーマに、ワークショップを行うそうです。(C)cobon
工作を含む行程は、何やら心理学の“箱庭療法”を思わせます。例え語彙が少なく、自分の想いを上手に言葉で表現できない子どもであっても、実際に手を動かすことで学べること、受け取れるものは大きいかもしれません。さらにこの段ボール、松浦さんの段ボール会社の友人の協力を得ているとのこと。
より五感に響くプログラムを開発
社会の中では廃棄物であっても、見方を変えれば、十分に創造性のあるツールになります。さらに、「もう少しアート的なプロジェクトがしたい」と思って実施しているのが、アートプロジェクトの「タチョナ」です。
「タチョナ」とは、Touch on artの略。芸術体験授業としてアーティストを小・中学校へ招き、そのアーティストと一緒に子どもたちが作品をつくるプログラムが展開されています。
例えばパッケージデザイナーの三原美奈子さんの場合、みんなで彼女のアート作品「パッケージ・イグルー」を子どもたちと共に作りました。イグルーとは、イヌイットたちが地形や雪や氷を活かして作る住居のことです。
子どもたちには牛乳パックやお菓子、薬など、ありとあらゆる“空き箱”を家から集めてきてもらい、秘密基地、お城、学校など、子どもたちが掲げるテーマのイグルーを設計し、自由に作ってもらうのです。その際、必然的にパッケージの色や形を観察し、その意味を考える工程が発生するということです。
みんなが入りたくなる、トンネルの入り口が完成!(C)cobon
子どもたちは箱の形や特徴から、次々と新しいデザインを生み出していきます。“正解がない”作業を通して子どもたちの創造性が開花していくんです。さらに、役割分担も自然にできていくんですよ。
コンテンポラリーダンサー北村成美さんを招いて。(C)cobon
カメラを利用する「ピカピカワークショップ」はトーチカさんを招いて。(C)cobon
海外インドネシアで、プログラムを開始
ワークを通して出会った子どもたちには「みんなの意見は全部正しいと思うよ」と伝えるようにしているという松浦さん。さらに、ご自身の視野を広げるためにも、ここ数年は意識的に海外へ出るようにしているのだとか。
2008年には「ミニ・ミュンヘン」を見にドイツへ。その後イギリス、タイ、そして2012年にはインドネシアへ行って来ました。
自分自身だけではなく、日本の高校生や中学生たちがインドネシアの子どもたちと交流を持つことができれば、より広い視点で仕事や社会を捉えることが出来るのではないかと考え、この夏には、実験的にインドネシアでのイベントプログラムを実施します。
インドネシアの現地へ訪れ、プログラムを一緒に作っていきます。(C)cobon
松浦イズムを次世代へ継承!高校生理事も活躍中
行政と連携し、学校内・外でのプログラム提供を行い、さらに小学生〜高校生までの幅広い年代とプロジェクトを連携させていく松浦さん。
2007年5月、初めて実施した「ミニ大阪」では小学生だった宮田啓志君は、今では高校3年生へと成長し、さらに2013年には特定非営利活動法人cobonの理事に就任しました。
さらに2013年の夏休み、3日間の合宿方式で行われる小学生を対象としたプログラム「こどもフューチャーセッション」を、高校生と大学生のメンバー3名で提供することに挑戦中だということ。宮田くんは話します。
言葉を交わし合う松浦さんと宮田くん。親子でもない、兄弟でもない、世代を越えた仲間であることを感じさせます。(C)Nara Yuko
cobonでの活動は、面白いんです。学校では経験できないことがここにはたくさんあります。この夏の目標のひとつは、参加者たちがみんなを笑顔にすること。もうひとつは、チームで意見をぶつけ合い、話し合いながら、イベントを作り上げることです。
お話を伺いながら“松浦イズム”が確実に次世代へ引き継がれていることを感じます。松浦さんも“仕事の過程”を重要視されているとのこと。
仕事って、一部分だけを切り取って「良かった・悪かった」と判断することって難しいと思うんです。今、仕事をする中で楽しいと感じるのも「それって、ひょっとしてこういう意味ですか?」などと、話し合いをしながら進める行程だったりします。それは、作品を作ることに似ていると感じます。
学生時代〜社会人初期の経験から得た“気づき”とは
大学生の時には、大阪市立大学の夜間部へ通い、昼間はプログラマーとして働きながら、映画サークルの部長として自主映画を撮っていたという松浦さん。2007年に、様々な助成金の制度や行政の仕組みも知らず、自費で「ミニ大阪」というイベントをやり切った経験は、自主映画を撮影する感覚に近かったのかもしれません。
さらに、もうひとつ、学生時代に大切な経験をされているようです。
特定非営利活動法人cobon代表の松浦真さん
大学は夜間で、クラスメイトたちは色々な個性の持ち主。社会人や仮面浪人生、すごく大きい夢を追っている人など、“ごく一般的な大学生”が少なかったんです。就職を考える時期になって、この“ごく一般的な大学生”の人たちとも話がしてみたいと思ったんです。
学生のみんなで話し合っている様子(C)盆栽
そんなとき、就職内定の出た4回生が後輩へ就活のアドバイスをする「盆栽」という集まりを知りました。そこでは自分とは全然違う価値観を持った人との交流を持つことがすごく面白くて。
もっと言うと、具体的なアドバイスを受けることよりも「ところで、働くって、何が目的なのかな?」などという、答えの出ない問いをみんなで話し合うことが面白かったんです。
関西で開催されていたので、板書きも関西弁です。(C)盆栽
そして、もちろん会社員時代にも学ぶことはあったようです。
銀行を相手に巨額の取引を担当していたのですが、銀行の合併で取引が経ち消えたり、会社で不祥事が起きたり、そんなことが立て続けに起きたんです。その事実に納得できなくて、社長に話をしに行ったのですが「誰も悪くないんじゃないか」「社会の仕組みが悪いんじゃないか」と感じたことも大きかったですね。今の日本の教育だと、誰も「仕組み」まで意識が及ばないのではないかと。
今後は自分より若い世代の人たちと繋がりを持ちながら、自分たちにとって住みやすいまち、より良い社会との関わりを持てる仕事、そんなことを実現していけたらいいなと思います。
プロジェクトのお話をお伺いしながら、奥様でパートナーの智子さんや高校生理事の宮田君とのやり取りを拝見しながら、プロジェクトを通して、松浦さんのファミリーが増えるように今後もプロジェクトが広がっていくんだろうな、というようなことを感じました。