Iquique クインタ・モンロイの集合住宅(2012年 筆者撮影)
こんにちは。渋谷のコワーキングスペースなどを運営するツクルバでチーフアーキテクトを務める山道です。前回の記事では,チリの環境の多様さについて記しました。今回は「未完のプラットフォーム/カラフルな社会構築」と題して、チリや南米における建築家の実践を紹介したいと思います。
建築で、社会問題に向き合う「エレメンタル」
現在のチリは南米の中でも特に、1.都市部周辺の広い土地や豊富な資源を持ち、2.経済的に成長しながらも、3.未だにスラムなど解決すべき都市問題が目の前にある、といった3つの条件が揃うことから都市に関わる建設業や、特に建築家にとって今こそ社会的なレベルでチャレンジをする絶好のタイミングだと言えます。
近年の建築家の実践の具体例として、私が2012年に勤務したチリのアレハンドロ・アラヴェナ氏率いる「エレメンタル」の代表作を紹介します。エレメンタルは、Think Tankならぬ「DoTank」を名乗り、実践主義を標榜しながら社会問題に真っ向から取り組む設計集団です。
クインタ・モンロイの集合住宅 竣工当時 2004年 ©ELEMENTAL
その処女作であり代表作とも言える「クインタ・モンロイの集合住宅」は、前回の記事でも紹介した砂漠の街イキケ近郊にあります。元々この敷地にはスラム街が広がっており、行政が住民を追い出し、区画整理しなおすという計画がありました。
その計画への対案として、元々の住民に継続して住み続けてもらうためのソーシャルハウジングプロジェクトを提案すべく建築家やエンジニア、石油会社や大学機関などが集まりハウジングイニシアティブグループとしてエレメンタルのが立ち上げられました。
調達された予算は厳しく、求められた住戸数など諸条件を考慮して計算をすると、一住戸は一家族がまともに暮らせる面積の半分35㎡ほどにしかならなかったといいます。
この困難な状況から、住民を交えたワークショップを繰り返し行いながら彼らは発想を変えました。はじめに住戸の半分だけをコンクリートで頑丈に作ります。残り半分は住民に委ねます。つまり写真が示すような隙間を自助建設(セルフビルド)で埋めていくように建て増してもらい最終的に70㎡にするというアイデアに至りました。
スラムに住む人を排除せず、作り手に
Iquique クインタ・モンロイの集合住宅 2012年 筆者撮影
そもそもスラムに住む人々は、セルフビルドの能力に秀でています。 この地で建築家は人々のリテラシーに「乗っかった」と言えます。2012年5月、竣工して8年が経過した状況を実際に見に行くことができました。竣工当時の写真と比べると、時間の経過とともに確実に住民が建物を自分たちのものにして行く様子がわかります。
砂漠という過酷な環境の中、無彩色で拡張の余白をもつ未完のプラットフォームとして最初のコンクリートの住居が設定され、もともとの住民を、排除の対象としてのボリュームではなく、それぞれのリテラシーを内蔵した「カラフルな」人間として描き出すカラフルなファサードが表れました。この力強い建築は2010年のチリの大地震でもびくともしなかったといいます。
力仕事が得意な人は、そうでない人を助けるだろうし、 植物を育てるのが好きな人は、近所の人の目を楽しませるだろうという日常の風景が目に浮かびます。
Iquique クインタ・モンロイの集合住宅 2012年 筆者撮影
この建築は人々の参加を伴い手が加えられるほど完成度が上がります。これは日本の住宅事情と真逆の在り方だとも言えるでしょう。エレメンタルの建物は竣工後に資産価値が向上していき、さらにはこれを担保に住民が商売をはじめたり、子どもたちを学校に通わせることができているそうです。
すなわち、イニシャルコストの倍もの社会的インパクトを造り出す建築的手法だと言えます。想定外という言葉は、日本においては震災後専門家の言い訳として使われましたが、この建築家の実践を見ると、予算など諸条件の想定に即物的に反応した未完のプラットフォームにしておくことでその土地に開かれた状態にしながら、竣工後に想定外のインパクトを導く、といった一つの設計のモデルをみることができます。
実は、こういったアイデアの元ネタに日本人建築家が関わっているかもしれないといったら驚くでしょうか。
Previ Lima 住民による増改築が30年つづけられスタイルが混在する実験住宅群
都市の成長に合わせた、日本の建築思想
チリ北部イキケよりもさらに1千キロ程、北上したペルーの首都リマ郊外のスラム街の中に実験住宅群Previはあります。1965年、このプロジェクトは国連の支援を受け、当時のペルーの大統領であり建築家でもあった、フェルナンド・ベラウン・テリーにより押し進められた国際コンペがはじまりでした。
当時リマの人口が急激に増加しており、40年の65万人から70年にかけて350万人にふくれあがるだけでなく、不法居住者が25パーセントまでになってしまいました。結果的に住宅不足とスラム拡大を促進させてしまいました。
コンペではこういった都市の高密度化に対応した新しい集合住宅のモデルが求められました。このコンペには世界中から20組あまりの建築家が参加し、最終的には一等を決めずに全ての案をパッチワーク状に建設することが決まり、1978年頃には全ての棟が完成をしたと言われています。
メタボリズムの代表作 中銀タワー コアに取り付く交換可能なカプセル(設計:黒川紀章wikimediacommons)
コンペ当時高度経済成長期にあった日本からは、都市の成長に合わせた増殖や交換の可能性を追求した新陳代謝する建築の思想「メタボリズム」を掲げる槇文彦、菊竹清訓、黒川紀章が参加しました。
竣工当時の日本チームエリア @http://epiteszforum.hu/
彼らのアイデアは、敷地を短冊状に分割し、設備を含む通り庭(廊下)が敷地の前と後ろを繋ぐという日本の長屋形式を参照しながら、二階建ての母屋が反復する隙間に中庭や平屋などが配され、増築を前提にした余白をあらかじめ計画に組み込んだものでした。
2012年の日本チームエリア
このモデルでは増築していく際に自然と隙間を手がかりに充填していくことになります。他の建築家の案も同様に、構造的に工夫しながら増築に対応したものも見られますが、中には最初に込められた建築家の思想が跡形もなく壊されながら増改築された例も散見されます。
計画案全てが最終的に一様なペルースタイルに変えられてしまったと皮肉に言われることが多いpreviプロジェクトの中においては日本チームの提案は、一際洗練されていたと言えます。現在でも比較的その建物の構えは目鼻立ちを維持していると見えなくもないし、どこか日本の住宅地のような風景にも見えます。
躯体もろとも解体している他のエリア
手がかりが無く、30年を経て完全にペルースタイルになってしまったエリア
クインタモンロイの住宅 コンクリートの隙間部分は住民のセルフビルド ©ELEMENTAL
エレメンタルのメンバーによるpreviのリサーチブックでも、日本のメタボリストの提案が大きくとりあげられ、安全性やインフラの性能を担保しながら増改築を促進させるモデルとして強い影響が伺えます。地球の裏と表で、長屋、メタボリズム、そしてスラムへの処方箋へと日本の建築思想が接続しているかもしれないと思うと誇らしい気持ちになります。
エレメンタル 都市部のソーシャルハウジングプロジェクト Lo Barnechea
エレメンタル 郊外のソーシャルハウジングプロジェクト Pudahuel
Pudahuelの住人
未完のプラットフォームという建築と、それが生み出すカラフルな社会構築の連関の可能性を、今こそ日本へ逆輸入すべきで、コミュニティの再構築が求められる現代のまちづくりや、建築の実践にとって学ぶ事が多いといます。
(Text & Photo:山道拓人)
東京工業大学建築学塚本研究室博士課程在籍。大学院では研究棟「エネルギー環境イノベーション棟」の基本設計、実施設計、設計監理に携わる。2011年8月よりツクルバの設立に携わり、2012年は南米チリのELEMENTAL/Alejandro Aravena Architectsに勤務。現在はツクルバのチーフアーキテクトを務め、場の発明を行う。これまでにCo-baやCo-ba libraryを設計。
主な賞歴:日新工業建築設計競技大賞受賞 / 野村総研主催NRI小論文コンテスト受賞 / WORLD SPACE CREATORS AWARDS / 2012 Tehran Stock Exchange Competition, 1st Prize (Alejandro Aravena Architectsでの担当作) / 2012 グッドデザイン賞 (エネルギー環境イノベーション棟/塚本研究室での担当作)
Twitter @sandotakuto