スマホひとつあれば、世界各地で起きていることを瞬時に目にすることができる21世紀のいま。映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』に登場する二人の青年は、ヨルダン川西岸で起きているイスラエルによる占領に抗い、インターネットを通して声をあげています。けれども実は、二人はパレスチナ人とイスラエル人。そんな立場の違いを越えて、友人として、そしてジャーナリストとして、自分に正直に必死に生きる姿に触れてください。
目の前で破壊されるパレスチナの人びとの家、学校。根こそぎ奪われてしまう暮らし
ヨルダン川西岸は、ガザ地区と同じパレスチナ自治区。けれども、その土地の60%以上がイスラエル軍によって支配され、パレスチナの人びとが暮らしている土地はイスラエルの入植者に奪われています。これは、2023年10月のハマスによる攻撃に対するイスラエルの報復が始まったときから起きていることではありません。ヨルダン川西岸では、それより以前から、パレスチナの人びとはイスラエルに土地を奪われ続けてきたのです。そんな地域に、この映画の舞台であるマサーフェル・ヤッタはあります。

Ⓒ2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA
主人公のパレスチナ人、バーセル・アドラーは、カメラを片手に、イスラエル軍がパレスチナ市民の住宅を破壊する様子をつぶさに撮影しようとします。イスラエル軍は突然やってくると、住民たちに家から出るように促し、彼らの目の前でブルドーザーなどの重機でもって建物を無残に破壊するのです。ミサイルや砲弾などによる破壊とは異なり、粛々と、まるで工事のように行われる行為には、暴力的に冷たい水を浴びせかけられるような恐ろしさを感じました。
さらに、水道や発電機といったインフラを破壊するさまには、その土地に暮らす人びとの生活を徹底的に破壊しようとする強い意志や、パレスチナ人を人とも思わない差別意識が剥き出しになっていました。イスラエル軍は、パレスチナ人たちの暮らしが根付いた土地を軍用地だと主張します。しかし彼らも、その土地がパレスチナの住民たちが何代にもわたって農業を営みながら暮らしてきた土地であることを知らないはずはないでしょう。

Ⓒ2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA
そんなマサーフェル・ヤッタにイスラエルからやってきたのが、ユダヤ人のユヴァル・アブラハーム。アラブ語に興味を持ったことから現在のイスラエルとパレスチナの状況に疑問を抱いた彼は、バーセルとともに、マサーフェル・ヤッタの置かれている状況を伝えようとします。
イスラエルとパレスチナが敵対していても、イスラエルの破壊行為を止めたいという同じ目的を共有する同い年の青年二人には、友情が育まれていきます。それでも、ヨルダン川西岸地区とイスラエルを自由に行き来できるユヴァルに対し、バーセルが複雑な感情を抱くことも。一方、敵とされるパレスチナのための行動は、自分の国や家族に受け入れられず、ユヴァルは葛藤をにじませます。夢や希望や可能性に満ちあふれているであろう青年期の二人が、歴史の流れや国のような大きな存在の争いの犠牲になっているさまに、やりきれない思いがします。
世界に向けて声をあげることは、社会を変え、自分たち自身をも変える
監督を務めるのは、バーセルとユヴァルに加え、パレスチナ人のハムダーン・バラールとイスラエル人のラヘル・ショール。そんな四人の武器はカメラです。スマホや手持ちのカメラで、マサーフェル・ヤッタの人びとの悲しみや、絶望のあまり表情が失われた顔を克明に映し出します。同時に、無表情で淡々と任務を遂行するイスラエル軍や、ユヴァルを罵り、あざけるイスラエル人の入植者の姿も。

Ⓒ2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA
撮影されたばかりの生々しい映像をインターネットで世界中に拡散することが、パレスチナの人たちができる精いっぱいの抵抗です。だからこそ、カメラを手に、「撮ってるぞ」と繰り返し口に出すことは、もちろんイスラエル軍に対する警告であると同時に、自分たち自身を鼓舞するようでもありました。
映画には、バーセルが子どもたちと一緒に、風船などの飾りとともに横断幕を掲げ、イスラエルへの抵抗を訴えるデモをするシーンもあります。たくさんの通行人がいたり、車が走ったりしているような街頭ではなく、まるで人気のない広大な平原にある道を、子どもたちのデモは進んで行きます。

Ⓒ2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA
日本では、デモやスタンディングを経験したことがない人が大半でしょう。そういった行為そのものに対し、何の意味があるのだと冷笑的な意見を目にすることも少なくありません。けれども、映画の中で見る子どもたちのデモからは、市民運動が本来持つパワーのようなものを改めて感じました。デモを行うことで、厳しい差別や破壊行為に負けないという強い意志を可視化し、お互い確認し合い、エンパワメントされるのではないでしょうか。
そしてもちろんデモという行動そのものが、抵抗の声を表し、たとえその場で目にする人がいなくても、その映像がインターネット上に流れることで世界中に広くアピールすることができます。日本にいても、バーセルたちの必死の抵抗を目にすることはできるのです。

Ⓒ2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA
1月下旬、イスラエルとハマスはようやく6週間の停戦にこぎつけたところです。一方、ヨルダン川西岸でイスラエルの攻撃が始まりました。今後、パレスチナで暮らす一人ひとりの命や暮らしや尊厳がこれ以上踏みにじられることがないように、日本に住む私たちは、映画や報道やSNSといったさまざまな手段によって世界に目を開く必要があるでしょう。そして、バーセルとユヴァルらがあげる声に耳を傾けたい、そう思います。
(Top: Ⓒ2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA)
(編集:丸原孝紀)
– INFORMATION –
劇場公開日:2025年2月21日(金) TOHOシネマズシャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
監督:バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール
字幕:額賀深雪
字幕監修:高橋和夫
配給:トランスフォーマー
https://www.transformer.co.jp/m/nootherland/