みなさん、ちょっと想像してみてください。
近所にあるお気に入りのパン屋さん。ランドセルを背負って通った母校。休日にぶらっと寄る公園。そんな、当たり前にそこにあった場所に、ある日突然、デジタルの中でしか訪れられなくなったら…?
なんだかSFみたいに聞こえますよね。でも実は、いまこの瞬間にも、そんな未来に直面している国があるんです。
南太平洋に浮かぶ9つの島からなる国、ツバル(Tuvalu)。その国土のほとんどは海抜3m未満で、一番高い場所でさえ海面からたったの5m。このまま海面上昇が進めば、30年後には首都フナフティの半分が水没し、75年後には国土の95%が浸水し、人が住めなくなると予想されています。
まさしく、ツバルという国が「地球上から消えようとしている」のです。
でも、ちょっと待ってください。国が「消える」って、一体どういうことなんでしょう?
まず、物理的に住む場所がなくなります。ツバルの人口1万2000人のうち約5分の1がすでにニュージーランドに移住していますが、生活様式や価値観の違いに生きづらさを感じたり、自分の子どもたちにツバルの文化を教える難しさを感じたりすることも。さらには、祖先を埋葬した土地を離れることで、裏切り者と呼ばれることもあるそう。
そして実は、もっと深刻な問題が……。国際法では「国家には明確な物理的な領土が必要」と定められているので、ツバルは土地だけでなく、国としての権利まで失うかもしれないのです。
ツバルに住むリリー・ティーファさんは、この二重の危機に直面している現状についてこう話します。
今まで感じたことのない感情です。高所恐怖症や暗闇恐怖症よりも深刻です。だって、未来が怖くてしょうがないんですから。若者の多くは、恐怖に支配されています。
そんな危機に直面しているツバルが、2022年に開催されたCOP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)で発表したのが「The First Digital Nation(世界初のデジタル国家)」計画でした。
国をまるごとデジタルの世界に移すこの計画。ドローンやスキャナーを使い、美しい砂浜やサンゴ礁、町並みをすべて3Dデータ化します。
伝統的な踊りや歌、料理のつくり方、暮らしの知恵、そして使われなくなってきた言語まで、写真や動画、音声データで記録。さらに、パスポートの発行や選挙なども、オンラインでできるようにします。
たとえ国土が海に沈んでしまい、国民が散らばってバラバラになったとしても、デジタルデータとしてツバルという国は存続し、文化を後世に継承する。この計画を発表するとともに、ツバルはデジタル国家としての存続を認めるよう他の国に訴えました。
この発表をした動画は21億回も再生されるほどの注目を集める結果に。また、10カ国がデジタル国家としてのツバルを承認。気候変動による「損失・損害基金」の設立にもつながりました。
ツバル国民の反応はさまざまです。
ニュージーランドに移り住んだケレソマ・サロアさんは、この計画に大賛成。
クレイジーに聞こえるかもしれないけど、素晴らしいアイデアだと思う。
一方、リリー・ティーファさんは、複雑な心境を話してくれました。
この計画が必要なことは理解できるけれど、正直なところ、私は、自分の文化をメタバースで学びたくない。本当は生まれ育った土地で、家族や友達と、自分たちの言葉で、直接学びたい。
太平洋の真ん中で、ツバルの挑戦と苦悩は続きます。
昨今、メタバースは、ワクワクするような未来のテクノロジーとして注目されがちです。しかしツバルにとって、それは決してポジティブではない苦渋の決断といえます。
ツバルのデジタル国家構想は、気候変動に対して具体的な行動をしようと訴えかけると同時に、私たちが目指すべき未来の国家のあり方について、深い問いを投げかけているのです。
ツバルで起きる未来は、私たちの未来でもあるかもしれません。メタバース空間に移住せざるを得ない国があるという事実。それは、私たち一人ひとりへの警告でもあります。私たちは、この状況にどう向き合うべきでしょうか。気候変動対策に本気で取り組むこと、そして危機に瀕している国々の声に耳を傾けることが、今、私たち一人ひとりに求められているのかもしれません。
[via tuvalu.tv, YouTube, guardian, Accenture]
[Top Photo: Wikipedia Commons: Lily-Anne Homasi/DFAT]
(編集: 丸原孝紀、greenz challengers community)