仕事に追われるうちに、あっという間に過ぎていく毎日。このまま同じように過ごしていていいのかな、と感じるときはありませんか。もっと違うキャリア、もっと違う生活を探ってみれば、いまとはまるで異なる選択肢に出会えるかもしれません。たとえば、都会を離れて地方で暮らすことや、会社のためではなく地域のために働くこと。そんなふうにローカルで働くことや生きることについて、地域おこし協力隊アドバイザーの西塔大海(さいとう・もとみ)さんに尋ねました。
今あるスキルを活かしながら、これからにつながるキャリアを積む
西塔さんは、地域おこし協力隊に着任してキャリアチェンジを図り、同じように人生の舵を大きく切ってきた人たちのサポートを10年にわたってしてきました。地域おこし協力隊とは、都市部から地方へと生活拠点を移し、地域おこしに関わる仕事をすること。総務省の施策として2009年から実施されており、着任すれば各自治体から委嘱を受け、「地域おこし協力隊」として、その土地で暮らし、働くことができます。
地域おこし協力隊の仕事は、自治体によって千差万別です。漁業・水産業・農業・林業といった一次産業から、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PRなどの地域おこし支援、その地域で暮らす住民の方たちへの支援などの「地域支援活動」、さらには環境保全、医療・保健、デジタル、教育・文化、スポーツなど、自治体によって千差万別。条件や待遇もさまざまです。
選択肢の多さに加え、そもそもいきなりローカルで働くことを想像すること自体、難しいかもしれません。その土地へ行って何がやりたいのか、初めての土地で自分のスキルをどう活かせるのか、通常の転職より未知なことが多いだけに、不安が生じるのも当然です。
そんな不安に対し、西塔さんは、「やりたいことが明確でなくてもいい」と言い切ります。さらに、「個人的には明確ではない人のほうが楽しめるのではないかと思っています」とも。実際に地域で働き始めると、都市部と比べてプレイヤーが少ない分、専門外も含めてさまざまな仕事の依頼があり、やりたいことが明確でない人のほうがどんな仕事でも楽しめるようだと、西塔さんは見ています。では、現在のスキルが通用するのか、これまで築いたキャリアが活かせるのか、その点についてはどうでしょうか。
西塔さん 社会人として当たり前にやっていることが、実はローカルでは貴重とされることもあるので、活かせるスキルはたくさんあると思います。20代の方でも、エクセルでデータの集計ができたり、企画書をパーワーポントで作成できたり、Canvaでチラシをさっとデザインできたり、そういったスキルが重宝されるんですね。さらに、30~40代で社会人経験を積んでいれば、観光の新規事業の立ち上げや、官民共創プロジェクトのコーディネートなど、地域へ変容をもたらす取り組みを任せられることもあり、ひとつの会社の中ではできないスケールの事業に触れる可能性もあります。
社会人経験が短い人から長年キャリアを積んできた人まで、自分を活かせる道がありそうです。地域全体の人口が少ない分、ひとりでも与えられるインパクトは相対的に大きくなります。自分の仕事が地域に与える影響を実感することが、これまでとは違うやりがいにつながるかもしれません。
ただし、たとえ地方でやりがいのある仕事を得られたとしても、一生その土地にとどまるかどうかは全くわかりません。そう考えると、やはり都会へ戻ってくる可能性も考えておきたいもの。ローカルでの経験は、都会へ戻ってきたときにキャリアとしてどのように評価されるのでしょうか。
西塔さん 現在は、上場企業の多くが地域課題や環境課題解決などの新規事業づくりに取り組んでいて、自治体からの案件など公民連携している例がたくさんあります。そういった業務に携わるポジションであれば、ローカルで働いた経験が強みになることもあるので、都会に帰ったときに仕事の選択肢が少なくなることはないと思います。
東京への極端な一極集中は、日本が抱える大きな社会課題のひとつです。国も地方自治体も経済界も、地方をいかに発展させるかを考えています。そんな社会状況を踏まえると、ローカルでの経験は、都市部で企業勤務を続けてきた人とは異なるキャリアとして評価されることもあるでしょう。また、未知の仕事や暮らしへのチャレンジは人間としての成長につながり、企業への転職の際にアピールポイントになることも。そのうえで西塔さんは、地方で働くことが、キャリアそのものについて考えを深める機会にもなるだろうと話します。
西塔さん たとえ転職したとしても、企業で働き続けてキャリアを積んでいるうちに、専門領域にどんどん閉じていくことにはなりますよね。その領域で、どう自分のプレゼンスを発揮していくかが問われるわけですから。でも、地域おこし協力隊になると、専門領域外のことも含めて様々な仕事を経験するので、視野をぐわっと広げることになるんですね。“自分の人生を揺さぶる時間になった”とおっしゃっている隊員の方もいました。
実は取材冒頭で、「地方で働いて暮らすことは、都会での仕事や暮らしと何が違うんでしょう?」と大きな質問を投げていました。西塔さんの最初の答えは、「圧倒的に空の広さが違います」でした。仕事を終えて目の前にある風景がまったく違うことは、仕事にも、日々の暮らしにも、何らかの形で影響するのかもしれません。
なんとなくはイメージできるものの、しっかりと腑に落ちていないところがあったのですが、時間の流れ方の違いについてのお話が出たときに、一気に納得することができました。
西塔さん 田舎のなりわいはロングスパンなんです。年に一回しか米はつくれないから、米づくりを始めて40年の人は、実績を40回しか確かめられないとよく言うんです。林業にいたっては、ひとつのスパンが40年、50年ですからね。そうすると仕事の捉え方も変わってくるのかなと思います。
毎日カレンダーと向き合ってスケジュールを詰め込み、毎月の営業成績を出し、四半期ごとに評価し、ときには一週間単位でPDCAを回す。「一秒たりとも無駄にできない」と錯覚するような時間を都会で過ごしている人も少なくないはず。
一方で、田植えをして、刈り取るまでに数か月、それでようやく成果を手にできる米づくり。植林して、その木が木材として納品できるまでに数十年かかる林業。その長い長い時間の流れと、目の前の評価に汲々としている毎日は、天と地ほどの差があります。
そんな新たな視点を手に入れたとき、なぜ仕事をするのか、仕事を通して何に貢献したいのか、働くという行為そのものについて、思いを巡らさずにいられなくなるのではないでしょうか。それはきっと、「自分の人生を揺さぶる」ことにつながりそうです。
ローカルでの経験が、豊かさの尺度を変える
変わるのは仕事やキャリアだけではありません。生活が変わり、そして人生が変わります。西塔さんは、「暮らしの全てが変わる」と言います。食べるもの、付き合う人、遊びに行く場所、何もかもすべて。
都会であれば、平日は会社で働く同僚と付き合い、週末は家族やパートナー、共通の趣味を持っている人たちと過ごすことが多いかもしれません。美味しいものを食べに行ったり、テーマパークに遊びに行ったり、流行りのお店に出かけたりするのが、余暇だと考えがちです。では、ローカルな暮らしの余暇とは、どんなものなのでしょうか。
西塔さん うちの娘は、世帯数が数十軒の小さな山の中の集落で生まれました。集落には子どもがいないため、娘のお友だちはおじいちゃん、おばあちゃんなんです。そこでコロナ禍を過ごしたんですね。保育園が休みになってからは、午前中は畑のまわりの野イチゴを採って回っていました。ご近所さんが遠目で見ていてくれるので、安心して行かせられるんですよ。お昼ご飯の後は、縁側にコンロを出して、野イチゴでジャムをことこと煮て、夕方になったら瓶に詰めておばあちゃんに届けるんです。そんな毎日を送っていました。
東京では想像もつかない、まるで絵本の中に出てきそうな暮らしです。そんな環境で育つ子どもが目にし、手に触れ、感じることがどれだけ色鮮やかか。その豊かさは、都会ではまず手に入らないもの。そしてお金で買えないもの。そんな暮らし方との出会いがあれば、大量の情報に翻弄され、次から次へと消費を促される都会の暮らしでは得られない価値観に気づけるかもしれません。特に、お金に対する価値観は大きく変わりそうな気がします。
西塔さん お金は、あるにこしたことはないかもしれませんが、たとえば僕の住んでいるところにUber Eatsの配達は来ないんですよ。だから、お金がどんなにあっても、夕食はつくるしかない。お金で買えるという都会の利便性が田舎にはないからこそ、自分の手を動かすしかないし、自分の手を動かすから広がる楽しみがあるんです。食事だけでなく、DIYや、手でつくることを楽しみたい人たちにとってはお金で買えない価値がある、これは綺麗ごとナシにそう思います。
とはいえこの情報化社会では、どれだけ過疎地域に暮らしていても、さまざまな情報がSNSなどを通じて目に入ってくることは避けられないはず。都会では当たり前のように楽しめる娯楽がSNSを介して目に飛び込んでくると、地方に住む人は虚しさや物足りなさを感じることもあるのではと、さらに質問を重ねました。
西塔さん そういうこともあると思いますよ。でも、たとえば都会のキラキラした夜景や、おしゃれなご飯みたいなものはいつか飽きるし、飽きたらグレードの高いものを求めて、さらに年収を上げる必要が出てきますよね。お金を追いかける人生になっていくようなイメージがあるんです。そういう人生ではなくて、『東京には年に一回旅行すればいいかな』ぐらいに感じられるようになるかもしれませんよね。
都会の魅力を謳う情報が世の中にあふれているのは、企業やメディアが利益のために情報を大量に流しているから。そんなカラクリも、頭では理解していても、都会で生活していると有益な情報として取り入れ、疑問に思わなくなりがちです。逆に、情報の少ないローカルの魅力は、知らないことにさえ気づかずにいるのです。
実際は、ローカルに関する情報に触れる機会が少ないだけで、たくさんの人がさまざまな地方で楽しみながら、幸せに暮らしています。ただ、その魅力はメディアやSNSでは見つけにくいかもしれませんが、足を運べばすぐに実感できるのでしょう。
そんな地方での生活は「暮らしと仕事が地続きです」と、西塔さんは続けます。
西塔さん 暮らしと仕事がシームレスにつながっているので、その土地で周囲の人たちと一緒に生きているという感覚を見出す人もいます。隣に住んでいる人と仕事でも関わることは、都会ではあまりないですよね。けれども、地域おこし協力隊で携わるまちづくりの仕事では、直接的に住民の方と接することになり、それが隣に住んでいる人であったりするんです。
その距離感には、難しさも、面倒くささもあるかもしれませんが、仕事においても暮らしにおいても、自分という人間であることの必然性が生じることでもあります。それは、業務を属人化しないように口うるさく言われる企業での働き方とは真逆のもの。企業においては、自分が休んでも、退職しても、仕事が回ることが重要です。言い換えれば、自分の代わりが利く必要があります。一方で、あなたの代わりがいないという事実は、仕事においてはやりがいを、暮らしにおいては自分が生きている実感を与えてくれるのではないでしょうか。そんな魅力が、ローカルで働き、生きることにはありそうです。
このように、都市と地方ではさまざまな価値観の違いがありますが、合理性・効率性も都市と地方の違いを語るときに取り沙汰されやすいものさしのひとつ。都会ではいかに合理的であるか、効率的であるかが求められます。地方では合理性や効率性とは異なる価値観で動いているイメージもありますが、実は地方でも合理性は求められているようです。
西塔さん 3年ぐらい暮らしてみて、地方では合理性を考えていないのではなく、合理性を考える時間スケールが違うんだなと思ったんです。たとえば何か工事をするとして、都市部にある大手企業に安価で仕事を頼めば、そのときはお得で合理的かもしれないけれど、地域にお金は落ちません。一方で、多少高くても地元の工務店に頼めば、その会社に仕事が発生し、地域の中でお金が循環するわけですよね。地域内経済循環みたいな考え方ですけど、つまり長い目で見れば、そのほうがその地域にとっては合理的な判断なんですよね。
違う点もあれば、似ている点もあり、一見まるで反対でもそれは見方の違いであったりもする。都会から地方へと移ることで、何もかもがこれまでの生き方を見つめ直すきっかけにつながるかもしれません。長い人生の中でそんな経験をすることは、極めて貴重な時間になりそうです。
地域おこし協力隊で、ローカル暮らしを試してみる
ローカルでの暮らしは、だんだんイメージが沸いてきました。ここで改めて、地域おこし協力隊について確認しておきましょう。
「地域おこし協力隊」とは人口減少や高齢化等の進行が著しい地方において、地域外の人材を積極的に受け入れ、地域協力活動を行ってもらい、その定住・定着を図ることで、意欲ある都市住民のニーズに応えながら、地域力の維持・強化を図っていくことを目的とした制度です。(移住・交流推進機構(JOIN)Webサイトより)
いくらローカルが魅力的であっても、その後の人生を考えると、生活を大きく変化させることはそう容易に決心できません。けれども、西塔さんによると、地域おこし協力隊に参加した人のうち、1~3年の任期後もその地域に残って暮らし続ける人は65%程度。つまり定住することが絶対ではないのです。
西塔さん 人によって、合うか合わないかが大きく違うんです。すごく都会っ子だったのにハマる人もいるし、田舎暮らしに憧れていても合わない人はいるんですね。やってみないとわからないのだから、やってみればいい。応募する側からすると、地方で働き、暮らすことを試してみるための制度と捉えることもできると思います。いまのキャリアや仕事にモヤモヤして転職を考えるんだったら、その選択肢のひとつに地域おこし協力隊を入れてみるのもいいと思います。
コロナ禍を経て、地方移住が注目されている昨今ではありますが、移住するには仕事を探す必要があるうえ、人間関係をゼロから構築しなければなりません。この二つを役場が準備してくれるのが、地域おこし協力隊の大きなメリットです。
西塔さん 仕事と、その地域のキーマンとの接続は、役場が用意してくれます。だから、最初から地域の楽しみを享受しやすいんですね。田舎で人とつながるのは簡単ではありませんが、地域おこし協力隊員は市町村から委嘱を受けている公的な立場です。都会から来た誰かわからない移住者ではなく、役場の人であるという信頼貯金が最初からあるのは大きいです。
地域おこし協力隊ついては、移住・交流推進機構(JOIN)のWebサイトに常時600件ぐらいの募集が出ています。検討するのが大変な数ですが、「まずは、仕事内容をきちんと定義している自治体を選ぶこと。仕事の説明を「観光促進」「移住定住」「情報発信」などの4文字熟語で済ませずに、目的と目標、背景、具体の業務、優先順位、3年のスケジュール、体制、予算などが明記されている募集要項を辛抱強く探してください。そしてその仕事内容との相性を見極めること」と、西塔さん。さらに、住む場所を選ぶ際に注意すべきポイントも教えてくれました。
西塔さん ローカル暮らしのハードルにも高さがいろいろあって、一番ハードルが高いのが、船でしか行けない離島だと思います。その次が飛行機で行ける離島、それから橋でつながっている離島。それから、山の中、特に豪雪地帯はハードルが高いです。あとは都市部に近づけば近づくほど、ハードルは低くなります。
アクセスの難しさがハードルの高さに直結するのが、地方での暮らし。ローカルと一言で言っても、そこにはアクセスをはじめ、気候や産業、文化や歴史など、さまざまな違いがあり、それぞれの生活や環境に厳しさや楽しさがあるのでしょう。まずは、ローカルという言葉への解像度を高めることが、新たなキャリアや人生の選択肢を検討するために必要なのかもしれません。
そのためにも、たくさんの情報を集めたいところ。地域おこし協力隊に関連して、さまざまなイベントが実施されています。イベントによっては、地域おこし協力隊経験者に質問できる機会があるものも。現在の仕事や将来のキャリアや生活に、何となくモヤモヤを抱えているのなら、まずは新たな選択肢に目を向けてみるところから始めてみては? そこに、モヤモヤを晴らすきっかけがあるかもしれません。
– INFORMATION –
オンライン経済メディア「Business Insider Japan」で、11月20日(水)にイベント『いま、ローカルビジネスが面白い。地域✕キャリアのつくり方』が開催されます。
「課題先進国」と言われる日本のローカル✕ビジネスの可能性やキャリアについて、あるいは「地域おこし協力隊のリアル」について、ぜひ触れてみていただけたらと思います!
(撮影:重松美佐)
(編集:キムラユキ)