デンマーク・コペンハーゲンの街中に設置された、明らかに座面が高すぎるベンチ。横にある普通のベンチと比べると、座るのも一苦労かもしれません。でも、頑張ってよじ登り、座ったらきっと眺めが良く、なんだか楽しそう! おもしろそう! インスタ映えもばっちりですね。
そんな楽しい雰囲気を街にもたらす、このベンチ。しかし実はそこに込められているのは、ワクワクとは真逆の、地球に迫る深刻な危機訴えるメッセージでした。このベンチを設置したのは、デンマーク最大の公共放送局TV2。
彼らは、人びとの気候変動への意識を高め、議論の話題にのぼるようにする必要があると感じていました。なぜならデンマークは国土のほとんどが平地で、最高峰の山でも約170mという国。そのため、暴風雨などが長引くと洪水につながるリスクが大きいのです。実際に1991年から2017年の間に暴風雨によって40回以上の洪水が起こりました。
2022年春、TV2は「わたしたちの地球、わたしたちの責任」という番組を放送。より持続可能な未来に向かっていくための革新的な解決方法に焦点をあてたこの番組と共に、このベンチが設置されました。
ベンチの高さは、通常のベンチよりも85㎝高く設計されています。これは、国連の気候報告書による、2100年までの海面上昇の予測に合わせたもの。
ベンチの背もたれに付いているプレートには、洪水被害が多いデンマークで暮らす人ならハッとするようなこんな言葉が。
気候変動について、私たちが何かしらのアクションを起こさない限り、洪水は暮らしの日常の一部になりえます。最新の国連の気候報告書によると、このまま地球温暖化が続けば、2100年になる前には、海面が1メートル以上上昇すると予測されています。
(Flooding will become part of our everyday life unless we start doing something about our climate. According to the latest UN Climate Report, sea-levels are expected to rise with up to 1 meter before 2100 if the global warming continues.)
気候変動は、わたしたち人類全体にとって大きな問題であることは周知の事実ですが、氷山が溶ける映像や災害などの報道などに対して、多くの人は鈍感になってきているのも事実。
そんな現状を考慮して、メッセージを発信するだけではなく、実際に見て体験させるキャンペーンが行われたわけです。結果的に、この取り組みはデンマークだけでなく世界のメディアでも紹介され、3億7,000万人もの人たちに届きました。
設置されたベンチに座っていた若者は、このベンチを見ただけで、海面が上昇することへのメッセージだとわかるのはむずかしいとコメントしつつ、気候変動に関して、どんなことでも何か表現することはいいことだと思うと、この取り組みに好意的な印象を抱いているようでした。
キャンペーン実施後、気候変動を話題するようになったデンマーク人は3人に1人の割合に。さらに、デンマーク人の10人中8人が、より持続可能な未来に向かっていくために最も重要な方向転換の責任は自分たち全員にあるという見解に賛同しました。
気候変動の恐ろしいところは、長年当たり前だった生活が、突然続けられなくなってしまうこと。しかも、影響が顕著に出るようになったときには対策の打ちようがないという問題でもあります。
当たり前が当たり前でなくなるという状況は、多くの人にとってはなかなか想像できないものです。そのため、擬似体験をさせるというのは効果的ではあるのですが、その擬似体験が恐怖を伴うものだと、体験しようという意欲もわかないですよね。その点、この取り組みは体験したくなるような面白さと、人に伝えたくなるビジュアル的なユニークさがあります。耳が痛いメッセージほど、心に届く工夫が大切ですね。
(編集: 丸原孝紀、スズキコウタ、greenz challengers community)
(Text: 茂出木美樹、丸原孝紀