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大熊町から日本を救う技術を。無人店舗で、過疎地域の生活インフラを整備する人工知能スタートアップ企業・AIBODが目指すこと

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東京電力福島第一原子力発電所の事故により、全町避難となった福島県双葉郡大熊町ですが、現在は本格的なまちづくりがはじまっています。

2022年7月、大熊町の起業支援拠点として誕生した「大熊インキュベーションセンター(OIC)」には、大熊町に新たな産業を生み出そうという人や企業が集まっています。そのOICで無人店舗を運営しているのが株式会社AIBOD代表の松尾久人(まつお・ひさと)さんです。

導かれて大熊町へ

松尾さんは福岡県出身。2016年に、福岡市で人工知能(AI)スタートアップ企業である「株式会社AIBOD」を設立しました。現在も本社は福岡に置き、松尾さんは福島と福岡の二拠点生活を送っています。これまで大熊町や福島県と縁があったわけではなかったものの、松尾さんは、導かれるように大熊町にやってきたと言います。

松尾さん 2016年に福岡で創業したんですが、当時はAI黎明期で、大量のデータをどう分析してどのようなAIをつくるかなど、システム開発を業務にしていました。その中で、福岡のシステム会社から九州工業大学の生協に無人店舗を導入する相談を受けて、カメラで商品を判別するレジのシステムを開発しました。それ自体は今も使われていますが、粗利が小さくビジネスにはなりにくいため、事業化はされないことになりました。

そこで、その技術を1年かけて自社製品につくり変え、現在、大熊町で導入している無人店舗「BAITEN STAND」を開発しました。当時話題になったコンビニの無人店舗は、たくさんのセンサーやカメラを使うため大規模な設備投資が必要でしたが、「BAITEN STAND」は、「カメラ」「タッチパネル」「小型PC」といった最小限の設備で無人販売できるのが特徴です。その分、セキュリティを保つのは難しくなりますが、地方でならニーズがあるのではないかと考え、展開先を探しました。

その頃に、福島でスタートアップを集めたイベントがあるから応募してみたらと知人に言われ、参加することにしたんです。

松尾さんが参加したイベント「Fukushima Tech Create(FTC)」は2020年から福島県が実施しているもので、福島県浜通り地域で起業・創業する企業や個人を支援するための事業提案を行い、採択された事業者に「イノベーション創出支援補助金」を支援するというものです。松尾さんは2021年に参加して採択され、大熊町とつながるきっかけとなりました。

松尾さん FTCでは、まだ人があまり戻ってきていない地域で、無人店舗による小売のインフラをつくるソリューション実証で採択されました。そこで、大熊町と南相馬市の2ヶ所でヒアリング活動を2週間かけてやりました。その時に大熊町役場の方といろいろ話をして、補助金を利用して大熊町でやらないかという話になったんです。

その時点では、大野駅(大熊町にあるJR常磐線の駅)は避難指示が解除されていましたが、周辺には人が入ることができない状態(※)でした。ただ、2022年6月に駅周辺とかつての街の中心部の避難指示が解除され、7月にはここ大熊インキュベーションセンターがオープンするということだったので、大熊町と連携協定を結んで、OICに入居し、無人店舗を開店することになりました。大熊町としても、人を呼び寄せるのと同時に、店舗を誘致したいという考えがあったようです。

大熊町にはコンビニのデイリーヤマザキが役場の近くに1軒あるだけで、スーパーもありません。そこで松尾さんは、デイリーヤマザキの出先店舗として、OICに「BAITEN STAND」をオープンしました。

(※)2019年4月10日に、大川原地区(居住制限区域)と中屋敷地区(避難指示解除準備区域)の避難指示が解除され、5月に町役場新庁舎での業務が開始。6月には、町営の復興公営住宅へ入居が開始されました。2020年3月5日には、常磐線の全線開通にともない、JR大野駅と県立大野病院敷地の避難指示が解除され、そこへつながる道路も通行可能になりました。

2022年6月30日には、帰還困難区域のうち、かつての町中心部の下野上地区を含む特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されました。大野駅西交流エリアには2024年12月のオープンを目指して産業交流施設、商業施設、広場などの整備が進んでいます。

遠いコンビニまで行かずともちょっとしたものや冷凍のお弁当も買えるこの店舗は、主にOICの利用者に使われているそうです。OICのように常に人がいる施設の一角に設置することで、問合せや商品の補充などの現場対応を施設の方に協力いただきながら、レジ業務専従の店員を必要とせず、小売店のない地域で住民の生活インフラを整備する一つの可能性を示したと言えます。

浜通りにイノベーションを起こす

縁が繋がって大熊町にオフィスを構え、無人店舗をオープンさせることになった松尾さんですが、この結果には、浜通り地域でイノベーションを起こそうという国の政策が深く関わっています。

AIBODは、「カメラで商品を認識して決済できる視覚を持ったAI販売員を、採算性に課題がある地方の小売りに導入する。復興エリアにて取り組み、相双地域発の持続型地域小売モデルとして事業展開可能な製品を開発していく」事業で「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」に採択されました。この補助金は、国・県が推進する福島イノベーション・コースト構想に基づいたものだといいますが、この構想はどのようなものかお伺いしました。

松尾さん 浜通り地域等(福島県いわき市、相馬市、田村市、南相馬市、川俣町、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、新地町、飯舘村の15市町村)を復興させて盛り上げていくための6つのテーマ(廃炉、ロボット・ドローン、エネルギー・環境・リサイクル、農林水産業、医療関係、航空宇宙)を設けて産業を興そうという目的があります。例えば、南相馬市は「ロボットと宇宙産業のまち」を打ち出し、福島ロボットテストフィールドという広大な実験場に、ドローンやロボット関係の企業がたくさん集まってきています。

このほかにも、相馬市には「水産資源研究所」、南相馬市には「福島県農業総合センター浜地域農業再生研究センター」、浪江町には「福島水素エネルギー研究フィールド」があるなど、さまざまな研究施設、実証施設が浜通り地域につくられています。

松尾さんに、これからどのような成果を生み出していきたいのかお伺いしました。

松尾さん まず、無人販売の店舗を増やしていきたいと思っています。2024年度には新たに集合住宅30戸、戸建て住宅20戸が入居開始になるほか、駅前には「産業交流施設」が建設されることから、、昼間人口が大幅に増えると予想されています。そのため、駅周辺エリアに何らかの形で出店したいと思っています。スーパーやコンビニエンスストアが誘致されると思うのですが、そうした店舗とも共存できる可能性を探っていきたいと考えています。

販売する商品についても、野菜など地元の生産者の商品を扱いたいと思っています。農業に大きな可能性があると思っているんですが、販路が限られているので生産者は苦労していると聞きます。そのため、無人店舗で販売できる仕組みができれば、この地域の農業のポテンシャルをより発揮できるのではないかと思うんです。

OICの無人店舗でも、冷凍のお弁当や大熊町特産のいちごを使った加工品など地場の商品を少し扱っていますが、それを拡充し、地元の人が生産品を直接販売するための販路をつくりたいという松尾さん。その背景には、「農業はこの地域にとって重要である」という考えがありました。

無人店舗で扱う大熊町の特産品

松尾さん 産業としても、私は農業がかなり重要になると思っているんです。避難指示が長引いた結果、空き地がたくさんありますし、国の基準で健康に影響のない農作物がつくれることも証明されて(※2)います。あとはノウハウと売り先があれば、チャレンジしたい若者がやってくるのではないでしょうか。無人販売を含めてうまくいくような仕組みができるといいなと思っています。

(※2) 原発事故被災地域で営農を再開する際の、農地土壌の放射性セシウム濃度について基準は設けられていませんが、流通では、基準値100Bq/kgを超えないことが条件になっています。大熊町では避難指示解除地域で営農が再開され、農産物について放射性物質の検査が行われています。福島県農林水産物・加工食品モニタリング情報によれば、2023年中に検査されたもので基準値を超えたものはありませんでした。

大熊町から日本を救う技術が生まれるかもしれない

大熊町には現在、約600人ほどの居住者(2024年3月1日現在)がいますが、人口が非常に少ない地域を成り立たせるために、無人店舗で使っている技術がその役に立つと松尾さんは考えています。

松尾さん 地方の人口は激減はしても、ゼロにはなりません。そこでは、いま以上にテクノロジーが必要になるはずなんです。ただし、無人店舗を展開するだけでは事業的にも苦しいし、小さな店がまちに一つできるだけです。そのため、この技術を別の産業に使っていかなければいけないと考えています。

大熊町のまちづくりは本当にこれからという状況です。何を産業の柱にするかも模索中ですが、可能性は無数にあると思います。農業もそうですが、もう一つ私が考えているのは、土地を使って何かの拠点にすることです。例えば、大熊インターチェンジに大きな物流センターをつくって流通拠点にするなど。それならば、AIBODの技術を使って効率化するシステムを提供することもできると思います。

そして、無人店舗で使っている技術は、大熊町だけでなく他の地域でも応用できるものだとも言います。

松尾さん この無人店舗は現場で動くAI「エッジAI」という技術を使っています。例えば、ChatGPTは巨大なデータセンターで動いていて、オンライン上でしか動きませんが、エッジAIは現場だけで動くAIです。ここのレジも小さいパソコンだけで動いています。PayPayなどの決済は通信しないとできないのですが、レジ自体は商品をあらかじめ登録してあるので、オフラインで商品を認識し会計もしてくれる、自己完結型のAIなんです。

世の中の流れとして、自己完結型のAIの必要性は高まってくると考えています。例えば、車の自動運転は基本的に“車の中”という現場で判断する仕組みが必要です。特に、過疎地域のような通信環境が整わないような場所では、いろいろなものを自動化するために必要になってくるはずです。そのような不便な場所こそ、人間の暮らしが豊かになるためにAIやテクノロジーが必要で、エッジAIはある意味、日本を救う技術の一つなのではないかと思っているんです。

確かに人口が減少し、高齢者の割合が高いような場所こそ、その人たちの生活を支えるためのテクノロジーが必要になってくるでしょう。しかし、その残された人たちはテクノロジーを必ずしも使いこなすことができるとは限りません。テクノロジーが必要な場所とテクノロジーそのものは、うまく溶け込むことができるのでしょうか。

松尾さん 例えば、ファミレスの自動配膳ロボットも最初は違和感がありましたが、だいぶ溶け込みましたよね。同じように自動運転のようなテクノロジーも溶け込んでいくのではないでしょうか。

ちなみに自動運転でいうと、自動運転がうまくいく方法は一つしかなくて、人間のドライバーを廃止することです。全てが自動運転になれば安全なんです。大熊町ならそういった実証実験へのチャレンジもできるのではないでしょうか。いろいろ規制があるので簡単ではなさそうですが、技術的には可能なはずです。

自動運転への道のりは簡単ではなさそうですが、確かに自動運転にしたほうが、人でも物でも運ぶのが楽になります。さらに、大熊町には大きな可能性があると松尾さんは加えます。

松尾さん ここOICには、100社近くが登録しています。システム工学部を卒業してキウイ農家になった原口拓也さんのように、面白い人もたくさんいるんです。

私自身、OICが企画したイベントに参加して、そこでいろいろな人と話をすることができています。その中で、一緒に補助金を申請しようかといった話にもなるし、こういうことを一緒にできたら面白そうといった話になるなど、OICでの人との出会いから事業が進んでいる側面があります。

廃校を利用してつくられた大熊インキュベーションセンター(OIC)

OICに入居している企業の一部

実際に訪れた大熊町は、放置された家屋もある中に新しい家が混在し、駅前は大規模な開発が進行中で「種は蒔かれている」という松尾さん。松尾さんのように可能性を見出す人によってこのまちは生まれ変わっていくのかもしれません。

(撮影:中村幸稚)
(編集:増村江利子)

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