「家と仕事の往復の毎日に、何か新しい刺激が欲しい」
そんな壁を乗り越えられるかもしれない方法の一つが、“マイプロジェクト”です。マイプロジェクト(以下、マイプロ)とは、身の回りにある社会課題に対し、会社の枠にとらわれず、一人ひとりが「こうありたい」を叶えるためにはたらきかけるアクションのこと。
大阪ガスでおなじみの「Daigasグループ」(以下、DGG)では、従業員の社会貢献活動やマイプロへの活動参加を応援するために、毎年「ソーシャルデザインフォーラム」(以下、SDフォーラム)を開催してきました。その影響もあってか、DGGではマイプロを実践する人が増えきています。
2023年のSDフォーラムのテーマは「“場づくり”が生み出す可能性」。他者との物理的な接触が制限されたコロナ禍を経て、今、人と出会い、つながれる場への需要が改めて高まっているといいます。今回は、11月13日にオンラインで行われたSDフォーラムの内容を紹介するとともに、実際に場づくりに挑戦している従業員にインタビュー。実践から得た気づきや変化を伺います。
場づくりの一歩目は、地域の人と会うことから
まずは、SDフォーラムの様子をレポート。フォーラムは全二部で構成されました。
第一部は、地域の課題を地域で暮らす人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる、studio-L代表で関西学院大学建築学部教授の山崎亮(やまざき・りょう)さんの基調講演。テーマは「“人が関わり合う場”が生み出す奇跡」でした。
最初の話題は、場づくりを始める前の姿勢について。「場づくりで地域の課題を解決するぞ!」と飛び込む前に、前提として忘れてはいけないことがあるといいます。
山崎さん 人が関わり合う場をつくるとき、集まる人たちの話を聞く前から企画書ができているのだとすれば、その内容は疑うべきです。長い時間軸で人と関わる場づくりをするなら、まずは地域の人に会って話してみることが大切です。
さらに、ビジネスと場づくりの考え方の違いについても、図を用いてわかりやすく話してくださいました。
山崎さん ビジネスでは、最初につくりたいものの完成形を決めて、そこに必要な人やものといったピースを集める考え方をします。一方場づくりでは、関わる人たちの興味関心やできること、その場所にあるものなど、集まったピースで何をつくるか考えます。お金ではなく“楽しさ”が報酬となる場づくりでは、関わる人が楽しく関わり続けられるための工夫が大切です。
場所と人の関係を再編集し、楽しみながら地域課題を解決する
具体的な例として、山崎さんは過去に携わった千葉県の「社会福祉法人生活クラブ風の村」の小規模多機能型居宅介護施設「なっつらぼ」の事例を紹介してくれました。
ヒアリングから見えてきたのは、介護施設の膨大な業務の8割は一般の人でもできる業務であることと、近隣の小学校へ子どもを送る保護者の駐車場が十分にないこと。山崎さんは、一見すると関連性がなさそうな、これら2つの事実に着目。小学校へ子どもを送ったお母さんたちが、日中にカフェスペースで活動をしながら、介護のお手伝いもできる福祉拠点を設計しました。
コミュニティデザインを通じて、全く予知しなかったような奇跡にたくさん出会ってきたと話す、山崎さん。ある事例では、会ったことのない3人で交換日記をしたところ、自宅に引きこもっていた30代の男性が、日記のメンバーの就職を祝うために、髭を剃りスーツと革靴を身にまとい、花束を持って交流会にやってきたとか。場づくりの力と可能性を感じるエピソードを紹介してくれました。
基調講演後は、大阪ガスネットワーク株式会社従業員で、自身も長年場づくりに携わってきた山納洋(やまのう・ひろし)さんとトークセッション。先に話題に出たビジネスと場づくりの違いを料理に例え、盛り上がりました。「ビジネスは、いわば最初に献立を決めて食材を買い出す方法。場づくりは冷蔵庫にあるもので献立を考える方法です」と山崎さん。キッチンに立つ人(=場づくりをする人)は、料理でいうところの“レシピ”にあたる事例を多く知っておくことの重要性も伺いました。
背中を押しあえる関係性が生み出す、新たな活動や自分への気づき
第二部は、DGGの2名の従業員による場づくりの活動紹介。一人目は大阪ガス株式会社 エナジーソリューション事業部の吉住博樹(よしずみ・ひろき)さん。「動く人・動きたい人が背中を押し合うコミュニティを目指して」というテーマのもと、自身を含むDGGの有志メンバーが取り組む「Talkin’ About YOUTH」という場づくりを紹介してくれました。
社会課題解決や新しい価値づくりに取り組むゲストを招き、会社員や経営者、クリエイターや学生など、会社や学校の枠をこえて様々な若者が集う場をつくる吉住さん。ゲストが一方的に何かを教えるのではなく、それぞれが自分の考えや気持ちをありのまま共有し、背中を押しあえる関係性を大切にしているといいます。
また、ゲストと参加者のあいだで思わぬ化学反応が起きたり、次への具体的なアクションが見えたりすることも、吉住さんのモチベーションにつながっているといいます。
吉住さん トークイベント前には、参加者からの質問やゲストからの返答を一度想定してみるのですが、大概はずれるんです。また、イベント後の交流会では「次はこんなことやってみよう」っていう会話が生まれるんです。悩みや葛藤、抱いている夢など、自分のありのままを共有できる場だからこそだと思います。
淀屋橋のオフィス街で挑戦する、“寛容”な場づくり
二人目は、大阪ガス都市開発株式会社アセット事業部第1開発部の白木美由紀(しらき・みゆき)さん。「歴史をつなぐ場づくり『GAS STAND(HD4プロジェクト)』」というテーマのもと、会社のプロジェクトの一環として挑戦している場づくりを紹介してくれました。
白木さんが取り組む「GAS STAND」での場づくりは、大阪ガスビルの再開発「HD4プロジェクト」に向けた“準備運動”としての役割も担っています。
御堂筋のシンボル的な存在でもある大阪ガスビルは、南館が1933年に竣工され、2023年に90年目をむかえます。次の100年につなぐために、建物をリノベーションするとともに、ビル西側に商業施設やイノベーション拠点を持つ高層ビルを建設予定。着工前から地域の人と関わりながらにぎわいをつくるために、新ビルの建設予定地を「GAS STAND」と名付け、さまざまなトライアルを重ねています。
白木さんが目指すのは、一人でもふらっと訪れて休憩できる、公園のような場。年代も属性もバラバラな人が集う“寛容”な場づくりにハードルも感じているといいます。
白木さん 想像するほど人は簡単には集まらないことを実感しています。周辺のお店や企業の方は足を運んでくれるようになりましたが、地域住民の方とどう関係性を紡いでいくかが、今後の課題です。
トーク後、白木さんの今の悩みに対して「人が来るのを待つのではなく、まずは来てほしい人たちがいるコミュニティに自分が行ってみるといいかもしれません」と、山崎さん。地域を“巻き込む”のではなく、地域に“巻き込まれにいく”姿勢の大切さを話してくれました。
登壇者のみなさんの取り組みや視点に触れ、場づくりの難しさと可能性の両方を感じることができたSDフォーラム2023となりました。
会社の中でも自分のサードプレイスはつくれる
SDフォーラムの終了後、登壇した白木さんにインタビュー。GAS STANDを通じた自身の変化や悩み、葛藤についてもお話を伺いました。
大阪ガス都市開発株式会社アセット事業部第1開発部所属。大学時代には建築分野を学び、入社後は分譲マンションの企画・設計から竣工までの技術部門に携わる。現在は、大阪ガスビルのリノベーションと西側に隣接する複合ビルの開発(HD4プロジェクト)を担当。2023年5月からは、大規模開発に向けた準備運動として、工事着手までの期間限定のトライアルの場「GAS STAND」を企画。試行錯誤しながら運営している。
はじめに、GAS STANDを始めるきっかけとなったHD4プロジェクト(以下、HD4PJ)について、どんな経緯で担当になったのかを伺ってみました。
白木さん 入社して以来、分譲マンション開発の技術部門を約9年務めました。だいたいの業務はある程度こなせるようになってきた頃、今後は自分で新しい仕事をつくり出すフェーズに進みたいと思い、異動願いを出したことがきっかけです。
建物のハードの部分だけでなく、その中で生まれる人の営みといったソフトの部分にも携わりたいと思っていた白木さんは、異動後に担当となったHD4PJを盛り上げていくためにも、着工前から大阪ガスビル周辺の賑わいを地域の人たちとともにつくるGAS STANDの取り組みを社内へ提案。以前から関心があった場づくりへの挑戦にワクワクする気持ちでスタートを切ったと、当時を振り返ります。
やりたいことを実践したり、刺激や学びを得たりする機会を会社の外に探す人が多い中、それらの機会を会社の中につくることはできないか? という視点が白木さんにはあったといいます。
白木さん 会社とプライベートに加えてもう一つ何かを始めることを考えたら、私にはハードルが高く感じて。1日約10時間近くもの時間を仕事に費やしているのだから、その中に自分がステップアップするための刺激や学びがあるサードプレイスをつくれないかなと思ったんです。
場づくりは、職種・肩書きを越えて人がつながれる
白木さんにとって、GAS STANDは初めての場づくりへの挑戦。どのように場を育てながら運営しているのでしょうか。
白木さん まずは協力いただけるつながりづくりからと思い、ハードとソフトの両面からまちづくりにアプローチする東邦レオ株式会社と出会いました。自転車置き場の活用事例「Slit Park(スリットパーク)」を雑誌で見つけて、オフィス街で行っている点や暫定利用であった点にGAS STANDとの共通点も感じたんです。
GAS STANDを企画運営する中で、白木さんは職種や肩書きに関係なく他者と出会えるところに面白さを感じているといいます。
白木さん GAS STANDを機に色々と模索する中で、社外だけでなく社内でも今までつながりのなかった人と出会うようになりました。会社も私も初めての試みで全てが手探りの状態ですが、わからないことに正直に、助けを求めると不思議と皆さん快く力になってくれます。想像以上に応援してくれる人が多く、とても心強いです。ここでつながった人同士、価値観や悩みなども共有できているような感覚がありますね。
GAS STANDを機に混ざり合った、仕事とプライベートの境目
以前は、仕事とプライベートをはっきり区別するタイプだったと話す白木さん。一方で、GAS STANDはサードプレイス的な場所でもあるとのこと。白木さんにとって、仕事とプライベートの境目はどのように変化してきたのでしょうか。
白木さん これまでも楽しく仕事に取り組んでいましたが、より自分の興味に近い場づくりに携われるようになり、以前よりも仕事とプライベートの境目はなくなってきているかもしれません。
また、白木さんの中にある会社や他の従業員への想いも、GAS STANDをきっかけに変化してきたといいます。
白木さん 今まで話したことのなかった社内の方と話せたり、みんなで体を動かして活動したりする中で、会社の人たちともっと面白いことをやってみたいと思うようになりました。社外だけでなく、社内への意識も強まったように感じます。
“雑味”を大切に、カルチャーの生まれるまちへ
SDフォーラムでも、寛容な場をつくることへの悩みを打ち明けてくれた白木さん。山崎さんからの「まずは、地域に“巻き込まれる”ことが大切」という言葉に、大きな気づきがあったといいます。
白木さん 「どうしたら来てくれるだろう?」という発想自体が間違っていたと、ハッとさせられました。HD4PJで建てる高層ビル内のイノベーション拠点も、企業やスタートアップの人だけでなく、地域の人にも発表会などで気軽に利用してもらいたいんです。大切な視点をいただけました。
さらに、HD4PJやGAS STANDを通じて、大阪ガスビルがある淀屋橋のエリアを“カルチャーが生まれるまち”にしたいという想いもあるそうです。
白木さん 御堂筋には重厚なビルが立ち並び、綺麗な銀杏並木もあるのですが、一方で洗練されすぎているような印象もあります。でも、細道を歩いてみると面白い個人店や雑居ビルがあったりするんです。オフィス街の印象が強い淀屋橋ですが、まちの中にあるいい意味での“雑味”を掘り起こし、地域の人やここを訪れる人に知ってもらいたいです。
今回のSDフォーラムや白木さんのお話からは、場づくりは社会課題を自分ごととして捉え、まちの暮らしを主体的に楽しむアクションであるのみならず、多様な人たちと出会い自分の価値観をアップデートできる可能性も感じました。また、そんな場づくりをはじめとするマイプロは、白木さんのように会社の仕事と地続きに考えることもできるのだと、新たな視点を得られたように感じます。
例えば、文章を書くことが好きなあなたが料理好きな人と出会ったら、その人の料理を魅力的に表現するメニュー名や紹介文を書くお手伝いができるかもしれません。人と人をつなぐことが好きなあなたが空き家の活用に困っている人と出会ったら、同じ関心を持つ人たちが空き家で交流するイベントを企画できるかもしれません。
集まったピースから何ができるかを考える場づくりでは、たとえやりたいことがなくても、誰かと出会うことで、ふつふつとアクションを起こしたくなる未来が想像できます。あなたも、悩みや葛藤も含め、ありのままの自分で飛び込んでみると、家と会社の往復の毎日に新たな道筋が見えてくるかもしれません。
(撮影:島田亜由美)
(編集:村崎恭子)