みなさんの地域には、自分の考えを気軽に話せる場所はありますか? 今回紹介する奈良県生駒市の「Kininalu」は、はたらく世代が集い、やってみたかったことにチャレンジできるカフェです。
生駒駅南口から徒歩2分の場所にある「Kininalu」。白壁にアーチが連なるかわいい外観から中に入るとすぐにカウンターがあり、奥には向かい合って座れる丸テーブルの席や、壁を向いて座れる席があります。
訪れたのは、月2回ほど火曜日に開催される「朝活」の日。朝7時ごろから通勤途中の人たちが徐々に集まりはじめ、コーヒーを飲みながらたわいもない話で盛り上がります。
8時半ごろにその人たちを見送った後は、保育園に子どもを預けてきたママさんやフリーランスのクリエイターなどのメンバーがやってきて9時頃に解散する、ほんのり二部制のスタイルです。
Kininaluの代表・小倉宏史(おぐら・ひろし)さんは「この光景こそが目指していた未来だ」と言います。Kininaluを積極的に活用するメンバーの一人で、朝活の仕掛け人でもある小林牧子(こばやし・まきこ)さん(以下、まっこさん)とともにお話を聞きました。
奈良県生駒市出身。大阪の大手美容室を経て生駒市にUターンし、2013年に美容室「Rewpe」を開業。その後、2018年にカフェ「Kininalu」をオープンした。
兵庫県西宮市出身、生駒市在住。グラフィックデザイナー(ココデザイン)として活動中。「山の印刷屋」をたちあげ、印刷物の製造や販売をおこなっている。Kininaluのコワーキングスペース利用者。
生駒のまちに、休みの日に行きたいお店がほしかった
生駒市出身の小倉さんは20歳で美容師になり、勤め先の東大阪市に移住。33歳で独立を機に生駒市に戻り、美容室を開業しました。
小倉さんは当時、駅から遠く離れた生駒山付近にはオシャレなお店があるものの、市街地には少ないと考えていました。
小倉さん 美容室に地元のお客さんが少しずつ増え、このまちの日常を知っていくなかで、「自然は多いけれど、自分たち世代が腰を据えて話す場所が少ないから、ほしいよね」とお客さんと話していたんです。誰かがつくってくれるのを待つよりも、自分でつくったほうが早いと思いました。たまたま美容室にコーヒーを淹れるのが得意なお客さんがいて意気投合し、一緒に始めるきっかけになりました。
お店は人が集まる場所。お店で出会った人たちが新しい環境をつくったり、何かコトを起こしたりしてほしいというビジョンが生まれました。早速、仕事の合間に物件探しをしてみたものの、条件があわないことが多くあきらめかけていた頃に偶然、現在の物件の所有者に出会ったそうです。
小倉さん オーナーの思いに共感し、お会いしたその場で契約しました。ここは、オーナーのお母さまが喫茶店を経営されてきた場所。「この建物に人が出入りする姿をもう一度見たい」という話を聞き、自分が考えているビジョンもお伝えし、思いを受け継げる場所にしたいと考えました。
そして2018年7月に「Kininalu」をオープン。店名は日本語の「気になる」や、ハワイの言葉でKiniは「たくさん」、naluは「波」の意味があることから、生駒に少しずつ波を立てて大きい波をつくり、外へ発信していきたいという思いがこめられています。
当初はラテアートとコッペパンがお店の顔でした。当時お客さんとして通っていたまっこさんも「すごくおいしかったですよ」と振り返ります。
しかし共同経営のパートナーとの方向性の違いにより、お店を2019年8月に一旦閉じることに。
小倉さん 憂鬱でしたね。何よりもまず、オーナーの思いが詰まっている物件をリノベーションして元に戻せない状態にしたのに、たった一年で「すいません、やめます」とは言われへんな、という葛藤がありました。そう思いつつも美容室の仕事が朝から晩まであって八方塞がりというときに、お子さんのカットでお店に来てくれた、まっこさんにKininaluの今後を相談したんです。
みんなで話し合い、「朝活」という形で小さく再開
まっこさんが小倉さんと出会ったのは、小倉さんが登壇したトークイベントでした。
まっこさん 小倉さんが、お子さんが生まれて感動して泣いたというエピソードを話しながらそれを思い出して号泣されていて。めっちゃいい人なんだろうと思いました。
娘さんが小倉さんの美容室に通うようになり、小倉さんからKininaluの休業に悩んでいると相談を受けたまっこさん。「カメラ部の拠点で使わへん?」と、自身がつくったフォトコミュニティ「イコマカメラ部」の活動場所として提案したそうです。
小倉さんは他の友だちにも声をかけ、まずはベーグルやお菓子を焼く高尾さなえさんがカフェを小さく再開することに。2020年4月からは、まっこさんと一緒に「朝活」という形でKininaluの活用方法をみんなで話し合うミーティングを始めました。
コロナ禍でオープンに参加者を募集できなかったため、まっこさんは「通勤で通りかかる場所だし、気が合いそうだから」とご近所に住む荻巣さん(以前この連載で紹介した“ツバメ少年”のお父さん)を誘うなど、口コミで来たい人、面白がってくれる人を募りました。
まっこさん 興味のある人を呼び、2回ぐらいカフェを営業してみて、「朝活は何のためにやるか」といった話し合いをしていきました。
朝活の運営はそんなに簡単じゃなく、何回か私、「本当にこれでいいんですか?」と小倉さんに話しに行きましたね。やるなら続けないと意味がないと感じていたので。東京の「喫茶ランドリー」のように、まちの多様な人が集まる場をつくりたいという思いがあって、メンバーに資料をメールしたこともあります。場づくりをしていくうちに、カフェをやりたい人が現れるなど、変化が起きるのではとも話していました。
小倉さん 最初の頃の朝活は僕とまっこさんと荻巣さんだけ。ゆっくり座ってコーヒーを飲んで、職場に向かう荻巣さんを見送って、を繰り返して春になったときに「冬を乗り越えたね」と(笑) そこから少しずつ人が増えていったんです。
人がつながり、活動が生まれる場所に
朝活の参加者が少しずつ増え、はたらく世代の人と人がつながると、さまざまなプロジェクトが生まれていきました。いくつか紹介しましょう。
「満月バー」
月に一度ぐらいであれば夜営業ができそうだったこと、かつ曜日によって参加できる人とできない人がいることから、満月の日の夜にイベントを開催することに。
まっこさん 電気のない時代も、月夜の晩は明るいから遊びに行っていたそうです。心躍る日だからか、みんな面白がってきてくれるし、いろんな人とつながるチャンスにもなります。
小倉さん 仕事帰りの会社員など、朝とは違うお客さんが来るきっかけになりました。「いつもお店の前を通るので気になっていたんです」という方も来てくれて。場所を開く意味は大きいと気づかされました。
カフェ営業
朝活や満月バーをきっかけに、少しずつカフェをやりたい人が増えていき、日替わり店長のスタイルに。
現在は6名が交代で担当し、火〜金曜日の10時から14時のみの営業。自宅で1日1組限定のランチ提供や料理教室をしている「ヒロミメシ」の藤井宏美さんや、お弁当をさまざまな切り口で楽しむコミュニティ「Oh!Bento Labo」主宰の松本希子さんのお弁当、ベーグルの販売なども行っています。
まっこさん 人件費を出すのは無理やなと思って、その日の店長がコーヒー1杯400円のうち150円もらえる仕組みを小倉さんに提案しました。お店を営業してみたい人がチャレンジできる場所になっています。目標は1週間毎日、お店を開けることです。
紹介制コワーキングスペース
Kininalu2階は紹介制コワーキングスペースとして運営しており、現在はまっこさんを含めた7名が利用中。作業スペース、ミーティングなどに利用でき、利用者が鍵を預かっているのでいつでも出入り自由です。
まっこさん この場所を維持するためには売上も必要だし、シェアオフィスを探している人がいたのが大きなきっかけでした。
小倉さん コワーキングスペースの利用者さんは僕以上にKininaluの利用価値をよく知っているし、僕をなんとか助けようとしてくださるので、ありがたい存在です。
不定期でさまざまなイベントを開催
ほかにもイラスト展や写真展などギャラリーとしての利用や、市役所主催の市民交流会、コワーキングスペース利用者による飲食イベント、スイーツづくりの講習会などもりだくさん。
まっこさん 近くの果物屋の娘さんがパーラーを企画してくれました。宏美さんや希子さんが手伝ってくれて。メンバー同士のバックアップ体制がすごいので何か挑戦してみたいという人にとっても心強いです。
小倉さん 基本的に僕はイベントには関与しておらず、全部まっこさんや荻巣さん、コワーキングスペース利用者、満月バーで知り合った方たちなどが中心になって運営してくださっています。
自分たちが居心地の良い範囲で開き続けたい
小倉さんは「売り上げを上げたいという考えは一切なくて、この場所を開けていることが一番の目的」だと語ります。その上で、まっこさんは関わる人に「絶対に無理しないでほしい」と伝えているそうです。
まっこさん 例えば「みんながしないのに、私だけ掃除している状況はおかしいからやめる」となってしまうと残念なので、嫌になる前に「どういう仕組みにするか、みんなで考えましょうね」と最初に伝えるようにしています。
そんなふうに、まっこさんたち主要メンバーがKininaluの仕組みやルールを話し合って少しずつ改善し、気持ちの良い空間をつくっているようです。先日、カフェメンバーの家族が体調を崩してカフェを1ヶ月近く閉めていたときにひとつの転機があったと教えてくれました。
まっこさん いろんな人がこの場所を活用しようと見学に来るなかで、営利目的の人が「カフェやりますよ」と営業にきたんです。そういう人を受け入れると、今までつくってきた空気が壊れ、雰囲気が変わってしまうので、「私が週1でカフェを開けます」と言って、カウンターに入ったんですよ。
とにかくお店を開けるのが私の使命だったので、誰も来なくてもいいと思って、一応エプロンだけして座ってパソコン仕事をしていました。「私はお留守番なんで、私で良かったらコーヒーをいれさせてもらいますけど」なんて言うようにしてました(笑)
無理のない範囲で、関わる人たちが居心地良く関わりやすくすることがKininaluのスタイルだとみんなが気付き、それに触発されたコワーキング利用者の田村さんは、「Coke & Chips」というイベントをはじめたのだとか。
小倉さんはKininaluという場所をつくったことで、普通に暮らしていたら知り合えないような業種の人たちがこの地域に住んでいると気づいたそうです。
小倉さん たぶん今後も、出会う人によってどんどんKininaluが変わっていくと思います。
まっこさん デザイナーでコワーキングスペース利用者でもある勝山さんと生駒在住イラストレーターの松田さんが、自身の作品集をつくりKininaluで販売して収益にしましょうよ、と言ってくれていて。めっちゃいい話でしょ。そんなふうに、みんながKininaluをなんとかして支えようとしているんです。
まっこさんは「納期などはなく、ゆるく、そのうちつくりましょう、という感じだから良い」と付け加えます。
小倉さん 僕は学ばせてもらっているだけだけど、いい人たちが周りにいてくれるんで助かっています。自分ができることを人に差し上げていたら、その方がまた手伝ってくれるという連鎖が生まれていて、気持ちでつながっている感じがしています。販売したお金を自分のものにせず、わざわざこのお店に落としてくれる話を僕がいないところでしているなんてありえないじゃないですか。
生き方や価値観を仲間と考えられる場所
冒頭でお伝えした、共同経営に失敗したときに小倉さんがまっこさんに何気なく相談したような会話が、Kininaluではたくさん起きているのではないでしょうか。
小倉さん 確かに波紋のように連鎖が起きている気がします。仕事や生き方や価値観をともに考え、言い合える仲間たちが集まってきていて、Kininaluには自然とそれを発信する機会があるんだと思うんですよ。
「まちの相談室になりつつあるのでは?」という問いかけに、「朝活をはじめた当初は、市民の困りごとを解決しようかと話していた」と二人は言います。ただ、ゆるい雰囲気で出入り自由にした方が良いと考えて、そこまでのことはしていないと強調します。
小倉さんは最後に、将来の理想として「生駒市が自分の誇りのまちになっていけば」と語ってくれました。
小倉さん 親でもあるはたらく世代がもっと生駒で自分を表現できたらいいなっていう気がするんです。何かにチャレンジしたり、何かをつくって販売したり、活動したりする姿を子どもたちに見せてほしいですね。
まっこさん 父の世代を見ていて気づくのは、ずっと市外でサラリーマンをしていて、退職後にまちに出ても知り合いがいなくて、車を運転できなくなるとどんどん人間関係が狭くなってしまう、ということ。
一方で30〜40代の友人はよく「生駒市に知り合いが増えて老後も安心」とFacebookに書いています。やっぱり地域に気心が知れた人がたくさんいるのはいいなと思って。学校だけじゃなく地域にも娘を知っている人がいて、成長をいっしょに喜んでくれるのは私もうれしいですし、そのほうが将来、生駒が子どもの帰る場所になるのかなと思いますね。
インタビュー中、小倉さんは終始自分の力ではなくまわりの人が支えてくれていると語り、まっこさんは自分は支えているメンバーの中のひとりだから自分だけにスポットライトをあてないでほしいと語っていたのが印象的でした。Kininaluの中心は、それぞれ自分ではなくみんなの居心地の良い場所をつくることにあるのが伝わってきました。
Kininaluは火~金曜日の10時から14時を中心に不定期営業中(立ち寄る際はお店のInstagramをご確認ください)です。この記事を読んで気になった方はぜひお店に足を運んでみてください。
(撮影:都甲ユウタ)
(編集:村崎恭子)