募集要項は記事末をご覧ください。
日本において、まだ食べることができるのに廃棄される食品、いわゆる「食品ロス」は、年間約522万トンも発生しているといいます。これは、世界じゅうで飢餓に苦しむ人々に向けた食糧支援量(2020年で年間約420万トン)の1.2倍にも相当します。さらに、日本の休耕田は、全体の約40%もあるのだとか(※1)。
これらの数字だけでも、食品ロスが大きな社会課題であることを思い知らされます。
廃棄されたり、余っている農産物を “未利用資源” として、価値のあるものに変えていく。
こうした取り組みをしているのが、「Fermenting a Renewable Society(発酵で楽しい社会を!)」をスローガンに掲げ、未利用資源を再生・循環させる研究開発型スタートアップ「株式会社ファーメンステーション」です。
休耕田で栽培されたオーガニック米を発酵・蒸留してエタノールを製造し、製造中に出る副産物を鶏のエサにして、そのエサを食べた鶏糞で堆肥をつくり、地域の畑へ戻す。こうした独自の技術と循環システムが評価され、2022年3月、国内のスタートアップ企業で初のB Corp認証(※2)を取得しました。
B Corpを取得して次のステージに入ったいま、東京・岩手でサステナブルな事業をともにつくる仲間を募集すると聞き、岩手県奥州市にある研究開発拠点兼自社工場(奥州ラボ)で、ファーメンステーション代表の酒井里奈(さかい・りな)さんと、COOの北畠勝太(きたばたけ・しょうた)さんにお話を聞きました。
※1 食品ロス:農林水産省・環境省・消費者庁「令和2年度推計値」より/ 食糧支援料:国連WFP Webサイトより/休耕田:農林水産省データより
※2 B Corporation(B Corp)は、社会や環境に配慮した公益性の高い企業に対する国際的な認証制度。
未利用資源をつかって、ごみを出さない地域内循環をつくる
奥州ラボがあるのは、岩手県奥州市。南部鉄器の一大生産地として有名ですが、古来より豊かな水に恵まれた日本最大級の扇状地で、水はけが良く、県内屈指の米どころとしても知られています。
田んぼの中にポツンポツンと住居が散在する集落を「散居集落」といいますが、この胆沢平野は富山県の砺波平野、島根県の出雲平野と並んで日本三大散居集落と呼ばれ、農村の原風景が数百年にわたって継承されているのだとか。
まずは、ファーメンステーションがもつ独自の技術について、紐解いていきましょう。
酒井さん この奥州ラボで、未利用資源を発酵させ、蒸留して、アルコール濃度95%以上に精製したエタノールをつくっています。私たちがつくるエタノールは、ツーンとしない、いい匂いなんです。これは、奥州市の休耕田でつくられた有機米を発酵している状態です。ぷくぷくしてかわいいんですよ。
最初はぶくぶく、徐々にぷくぷく。お米の場合、そのままではアルコールにならないため、麹菌をつかって糖化させます。その糖を酵母が食べて、アルコールに変えてくれるのだとか。発酵すると「もろみ」ができ、さらに蒸留すると原料アルコールと粕(かす)に分離され、原料アルコールをもう一度精製して、最終的に濃度95%以上のアルコールがつくられます。
酒井さん アルコール濃度が90%のものをつくるには「アルコール事業法」という厳しい法律があって、国内では現時点で21社しか製造許可がおりていません。でも、そのほとんどは海外から輸入したアルコールを精製するのみ。オーガニックで、かつどこの誰がつくったものかがわかる、トレーサビリティの高い原料からアルコールを国内でつくるのは、じつは稀有なことなんです。
ファーメンステーションは、こうした100%天然由来のトレーサブルな原料から「お米でできたハンドスプレー」、「お米でできたアウトドアスプレー」、もろみ粕から石鹸「奥州サボン」といった自社ブランド商品の開発・販売を行うほか、化粧品の原料となるエタノールを大手化粧品メーカーに販売しています。しかし、特筆すべきは、これだけではありません。
エタノール製造過程で生成される副産物(蒸留粕)は、地域の鶏や牛の飼料にするほか、鶏糞を水田や畑の肥料に活用。製造工程のごみが出ない、サステナブルな地域循環を実現しているのです。
そして、休耕田のお米をエタノールに変換する取り組みは、他の未利用資源にも広がっています。
例えば、JR東日本スタートアップ株式会社が販売するりんごのお酒シードルの製造過程で出るリンゴの搾りかすからは、「お米とりんごの除菌ウエットティッシュ」や「青森りんごで作ったエタノール配合 アロマディフューザー/ルームスプレー」を。ニチレイフーズの冷凍食品「焼おにぎり」の製造過程で排出される規格外のごはんからは、「焼おにぎり除菌ウエットティッシュ」を。全日空商事株式会社が輸入・販売する「田辺農園バナナ」の規格外バナナも、「お米とバナナの除菌ウエットティッシュ」に。
他にも、エタノール抽出後の残渣を牛の飼料にして牛のブランド化につなげるなど、資源循環の輪はどんどん大きくなっています。
なぜ、奥州市で創業をしたのか?
未利用資源から新しい価値を引き出し、余すところなく使う。こうした活動は、いったいどのように始まったのでしょうか。
酒井さんは、もともと金融関係の企業に勤めていました。NPO支援活動や、海外のインフラ事業への融資などに関わるなかで、地球温暖化はもちろん、石油にかわる代替燃料や、食料残渣など未利用資源の活用といった社会課題に関心をもつようになったと話します。
酒井さん 金融の世界で、ビジネスが生み出す環境負荷が高いことが気になっていて、環境負荷の低い、事業性と社会性の両方を追求するビジネスに携わりたいとずっと思っていました。ちょうど、企業の社会的責任が問われ始めた頃だったんですよね。
ところが、仕事は “金”の文字ばっかりで……。さらにニューヨークに出張したとき、「チーズバーガーを1つください」と言ったら、2つ渡されたんです。いらないと言っているのに、2個セットだからと。「いらなければ1つは捨てていいよ」と言われて、ええ? となって。
その出張の直後、テレビ番組で観た「発酵によって生ごみをバイオマス燃料にする技術」に可能性を感じた酒井さんは、この事業に携わりたいと考え、実現できる企業を探したものの見つからず、それならと東京農業大学へ入学し、自身で発酵技術を研究することに。
酒井さん これなら私にもできると思ったんです。テレビで、東京農大の教授が “発酵はすごく文化的なもの” “限りなく文系に近い理系” と言っていて。醸造は日本の伝統文化ですよね。醤油や酒といった「発酵の延長」で環境問題を解決できるのはおもしろいなと思って、自身のキャリアアップとして、18歳の同級生に混ざって学生生活をリスタートしました。家庭教師についてもらって、生物や化学を必死に学びました。
金融の世界から、学生に。何か自身で事業をつくろうとするとき、ふつうであれば技術系のことは技術をもった専門家に参画してもらうことを考えそうですが、なぜ酒井さんは自身で技術も学ぼうと考えたのでしょうか。
酒井さん 一時期、今では一部上場したベンチャー企業のお仕事もさせていただいたんですが、そのときの経験から技術のことがわからずに経営企画をやっては駄目だと思って。ビジネスはすごく楽しいし、仕事も大好きなんですけど、何かコミットするんだったら技術も理解した上でビジネスができるような人になるべきだと考えていたんです。
一方、岩手県胆沢町(現:奥州市)では、お米の価格下落や休耕田の増加による危機感から、「農事組合法人アグリ笹森」が発起人となり、地域の若手農業者を中心に勉強会が開催されていました。
2010年代、共働き世帯や単身世帯の増加で手軽に食べられるパンの需要が増え、米の消費が減ったことから主食用米の価格が下落。農林水産省がリスクヘッジのために飼料用米などへの生産移行を推奨するほどで、「これ以上価格が下落したら生活が立ち行かなくなる」と、休耕田を活用した別の収入源がつくれないかと検討していたのです。
その中で、お米から抽出したエタノールをエネルギーに活用するアイデアが挙がり、東京農業大学との共同研究がスタートします。
酒井さん 大学を卒業して、そのまま研究生として研究室に残っていました。全国にどういう廃棄物があるかの調査をしたことがあるのですが、それ以来、ターゲットは“廃棄されてしまうもの”と決めていたんです。お米は食べるだけではなく、いろんな用途があるんだなと気づいて。奥州市で2010年から3年間の実証事業を実施することになって、この実証開始のタイミングでファーメンステーションを設立し、当初は金融の知識を活かしたコンサルティングを行う立場で関わり始めました。
実証事業を通して、残念ながらエタノールのエネルギー活用はコスト面で実用化が難しいと判断されました。他に休耕田の活用方法はないかと模索を続けた酒井さんは、化粧品・スキンケア商品への活用を提案します。
酒井さん 実証が終わる段階で、「今後、誰がこの事業を担うのか?」という課題に直面したんです。さらに、そのタイミングで東日本大震災が起きて、地域内で必要なものが調達できることの大切さを痛感しました。どうにか実験を続けられないかと考えていたとき、ほとんどの化粧品にエタノールが入っているのに、そのエタノールは海外からの輸入品で、国産のものはほとんどないことに気づいたんです。休耕田で育てたお米からエタノールをつくる。それを自社事業としてやっていくと決意して、地域の人たちに思いを伝えました。
こうして酒井さんは、米由来のエタノールづくりに着手することに。奥州市にラボを置き、東京と奥州との行き来が始まります。
酒井さん ファーメンステーションとは “発酵の駅” という意味で、「発酵で楽しい社会を!」というスローガンを掲げたのもこの頃です。世の中には、活用されていない未利用資源がたくさんある。価値がないと思われていたものを、発酵によって新しい価値に変えて、あらゆる製品の中に未利用資源が入っている、という状況をつくりたいんです。
B Corp認証取得というあらたなステージ
奥州ラボの設備投資にはさまざまな補助金も活用しながら、資金とノウハウを得るために、2018年と2021年にはベンチャーキャピタルから資金調達して、着実に事業を拡大させてきた酒井さん。10年もの間、ひとりで経営に立ち向かってきましたが、いわゆる経営メンバーとして参画してくれるパートナーが欲しいと考えていた頃、株主から北畠勝太さんを紹介してもらうことに。
北畠さんは、コンサルティングファームで勤務した後、ヘルスケアベンチャー企業でデータ事業の事業責任者に。次のヘルステックスタートアップ企業では、取締役COOとして事業全般をリードしていました。
酒井さん 同じインキュベーションオフィスにいたので、知ってはいたんです。北畠さん、いつも立ってパソコン作業をしていたから(笑) 奥州の関係者に会ってもらったりしているうちに、北畠さんから驚くほどの質問がきて。メールの質問に長文で答えると、「で、それはどうしてなんですか?」とまた質問が返ってくる。議論ってこういうことなんだと思いました。そのやりとりが、おもしろくてしょうがなかったんですよ。北畠さんに、まずは3ヶ月ほど関わってほしいとお願いしたんですが、3ヶ月が過ぎる頃、「これは北畠さんを手放したらまずいぞ」と思って。
酒井さんは、北畠さんに「ファーメンステーションをこういう会社にしたい、こういう世の中をつくりたい、こういう理由で入ってほしい」というお手紙(長いメール)を送りました。
北畠さん 最終局面で、お手紙をもらいましたね。お手紙がなくても入社していたと思います(笑) 単純に新しいことにチャレンジするのが好きなタイプだということもありますが、ビジネス目線で冷静に見ても、事業としておもしろいということだけではなくて、ファーメンステーションの10年の蓄積は大きくて。その間につくってきたステークホルダーやお客様の数や関係性といった質など、すごくアドバンテージを持った事業だなと思ったんです。
酒井さん お手紙には、また長い返信がありました。今でも大事に保存していますよ。「自分はこういう理由で入社したい」という意思と、「こういうところで貢献できる。こういう課題もあるけど一緒にやりましょう。入社すると決めた日のことは絶対に忘れません」って。
こうして創業12年目を迎えた2021年、北畠さんがファーメンステーションに入社。当時、製造メンバーも入れて5人だった社員は、10人に増えました。そして改めて「Fermenting a Renewable Society(発酵で楽しい社会を!)」というパーパス(存在意義)を設定。社会や環境に配慮した公益性の高い企業に対する国際的な認証制度「B Corp」の取得という、あらたな転機を迎えることになります。
酒井さん 北畠さんを迎えて従業員が増えるタイミングで、事業性と社会性の両立についてふんわりと考えていたことを、しっかりと明文化する必要が出てきたんです。「私たちはこういう人たちでありたい、こういう働き方をしたい」と定めたり、自分たちを律するためにも、コミットメント(宣言・約束)も公表することにしました。そのタイミングで、B Corp認証のことを知ったんです。事業を可視化したり、ちゃんとやり続けるために、すごくいい指標だなと。
「B Corp認証」とは、環境や社会への配慮とインパクトの追求、地域性やダイバーシティに配慮した従業員をはじめとするすべてのステークホルダーとの関係性構築、経営の透明性、事業の持続可能性などにおいて優れた、公益性の高い企業を認証する制度で、3年ごとに再審査があります。
酒井さん 取得して終わりではないんですよね。B Corpがもつグローバルコミュニティでは、どうやって改善をしたかノウハウが公開されていたり、B Corpらしいビューティービジネスのあり方を考える勉強会があったり。そういった新しい基準を自分たちがつくっていくというムーブメントの中にいることが誇らしいし、そこについていけるようなビジネスをしなくてはと思います。
事業性と社会性の両立を、ビジネスの常識に変えていく
事業性と社会性の両面でインパクトを追求するファーメンステーションの活動が国際的にも評価されたいま始まるのが、「事業開発」と「マーケティング・コミュニケーションリーダー」、さらに「商品企画・開発」や、「原料・雑貨の製造(奥州ラボ勤務)」を担う仲間の募集です。
ファーメンステーションの事業には、4つの柱があります。1つ目が、自社ブランド商品の製造・販売。2つ目が、アップサイクル原料の開発。3つ目が、他社ブランド商品のOEM/ODM製造。そして4つ目は、未利用資源をつかった共創や新規事業開発。このうち3つ目の、さまざまな企業の商品をつくるお手伝いは、JR東日本スタートアップ株式会社や全日空商事株式会社、株式会社薬王堂をはじめ、2022年には55件も。2022年にはCTOも参画し経営チームを強化。研究開発もさらに加速して、圧倒的な独自技術を磨いていくことで事業の加速を後押ししていく考えです。
北畠さん 事業も少しずつ大きくなり始めていて、企業のブランド商品の製造と販売は、今年はもっと増えるんですが、社員数は現在14名で、まだ少数精鋭なんです。普通のスタートアップ企業からすると、「どうしてこの人数で複数の事業を回すのか?」という状態だと思います。もうちょっと事業の選択と集中をするのがセオリーだと思うんですが、ファーメンステーションでは全員がいろんな事業の種を探しながら、有機的にそれらの事業がつながっているというか。
製造や営業といった業種や領域を超えて、みんなで事業をつくる。こうしたファーメンステーションの土壌にあらたに立つには、事業を立ち上げ、育てていくことはもちろん、製造から商品として納品、販売に至るまでのバリューチェーン全体を見渡した事業開発の目線や手腕が必要になりそうです。
北畠さん 現時点では、原料の事業だけを担当してくださいとか、自社ブランドのSNSマーケティングをお願いします、といったように、事業や業務を切り出した仕事の渡し方ではないなと。
ファーメンステーションはまだまだこれからの事業で、急速な事業拡大を目指すスタートアップ企業としてあらたに舵を切り出したのは、この1〜2年のこと。創業から10年以上の蓄積があり、すでに独自の技術や事業の種を持っていて、それを社会実装していくという意味では1→10に広げていくフェーズですし、同時に新しいマーケットを創っていく、自分たちの商品をどうマーケットにフィットさせるかという意味では0→1の立ち上げ期ともいえます。なので、事業をどうつくっていくか、全員が事業横断、経営視点で考える必要があります。
そのため、既存のメンバーがそれまでに従事していた業務はとても多様で、コンサル/飲料メーカーの研究開発/化粧品メーカーの商品企画/スタートアップの事業開発/監査法人(公認会計士)など多岐にわたるのだとか。
ちなみに、事業性ばかりを追求すると社会性がおろそかになったり、社会性ばかりを追求すると事業性が追いつかなかったり。事業性と社会性の両立は、どのようにバランスをとっているのでしょうか。
北畠さん 事業をどうつくるか、売り上げをどう上げるかを考える過程で、必ずサステナブルであるかどうかという課題に向き合うことになるんです。その見えてきた社会課題に、とにかく真正面から向き合っていく。
事業性と社会性という観点だけでなく、奥州の農家さんと対話をしながら、フランスの化粧品メーカー担当と話す。大企業のパートナーシップ担当の方とアライアンスの話をしたと思えば、D2Cブランドを立ち上げる起業家に提案をする。一見矛盾するし、別の世界だと思われていることがハイブリッドになっていたり、トレードオン(両立)していたりするんですよ。「サステナブル・ビジネス」、「ローカル・グローバル」、「ウォームハート・クールヘッド」。そういう違う世界のものをうまく融合して、ビジネスとしてまとめていくことが、ファーメンステーションのおもしろさであり、強みだと思いますね。
酒井さん 5年後、10年後には、「事業性と社会性の両立は大変ですね」って誰も言っていない状況にしたいんです。「ファーメンステーションがあれだけ伸びたんだから、もうそんなこと言うのはダサいよね」というような、優良事例として事業を伸ばしたい。事業性と社会性は、必ず両立します。それをビジネスの常識に変えたいなと思っているんです。
「発酵」の力で、循環する社会をつくるということ。
私が奥州市の人たちに実際にお会いして感じたことは、関わる人すべてに「熱意」があり、その「熱意」の蓄積がファーメンステーションの原動力である、ということでした。
もしこの記事を読んで、世の中の新しい基準を自分たちでつくっていく、そのムーブメントに参加したいと思った方は、酒井さんや北畠さんたちと一緒に働くことを、ぜひ検討してみてください。そして、ファーメンステーションで働くことに興味をもちそうな知人、友人がいたら、この記事をシェアしてもらえたらと思います。
そうした出会いを通じて、新しい何かが生まれていくことも、「発酵」なのかもしれません。
(撮影・編集:山中康司)