NPOグリーンズの合言葉でもある「いかしあうつながり」とは、関わっている存在すべてが幸せになり、幸せであり続ける関係性のこと。それをみんながデザインできるような考え方、やり方をつくり、実践し、広めるのが、NPOグリーンズの新しいミッションだ。
鈴木菜央が「いかしあうつながり」「関係性のデザイン」に近い分野で実践・研究しているさまざまな方々と対話する連載。今回のゲストはNPO法人トランジション・ジャパン共同創設者でトランジション藤野の発起人、榎本英剛(えのもと・ひでたけ)さんです。
前編では、榎本さんの著書『僕らが変わればまちが変わり、まちが変われば世界が変わる』に触れながら、榎本さんがトランジションタウンに出会うまでのこと、そしてトランジション藤野の活動の中で特に印象に残っている“Power of Community”のお話を伺いました。後編では、トランジション藤野の活動方針「やりたい人が、やりたいことを、やりたいときに、やりたいだけやる」に迫ります。
「やりたい人が、やりたいことを、
やりたいときに、やりたいだけやる」
菜央 本の中に書いてあるトランジションの活動についてお伺いします。まず、活動方針「やりたい人が、やりたいことを、やりたいときに、やりたいだけやる」について。
僕らも、ほぼ同じものをパーマカルチャーと平和道場のモットーにしていて。これで成り立つのかっていう実験をしています。本では「みんなから心配されるんだけど、それがすごくいいんだ」って書いてありましたが、まわりから「無理でしょ」ってよく言われるんですか?(笑)
榎本さん 言われます。懐疑的な目で見られますね(笑)
菜央 これも、“人の可能性を引き出す”というところにつながってくるんですかね。
榎本さん うん。まさしくその通り。人ってどういうときに一番持ってる力を発揮できるかっていうと、自分が本当にやりたいと思ってることをやってるとき。それは間違いないと思うんですよね。本の中で、”創造力”っていう言葉を使っているんですが、創造力も、やりたいことをしているときに一番発揮される。
じゃあ、そのやりたいことを徹底してやってみたらどうなるんだろうって、まさに僕らも“実験”っていう感じでやっています。
活動をしだすと、だれが何をするって役割を決めて、いつまでにするって期限を決めて、そしてそれを誰かがチェックするようになるじゃないですか。しまいには“責任”とかって言い始めて、だんだん“want”だったものが“should”になってしまう。
そういう場面をたくさん見てきて、もう、やりたくなければやらなくていいじゃないかって思ったんです。幸か不幸か、僕たちの活動は企業活動ではないので採算とか効率とか言う必要もない。だから、やるって言ったけど、やっぱり気が変わったんだったら、やめてもいいじゃないか、とか。
榎本さん 活動に関わる関わらないで言っても、来るものは拒まず、去るものは追わずっていう感じで、その境界線をあえて曖昧にした状態でやってみてます。
でもね、これを活動方針に掲げていても、藤野でも時々出てくるんですよ。「いや、それやるって言ったじゃないですか」って言う人が。そのときは、“チェックイン”っていう話し合いの場で「活動方針を思い出しましょう。やりたい人がやりたいときにやり、やりたいことをやりたいだけやるっていうふうに決めたんだから、それを徹底してやりましょう。誰かの責任とか、そういうのやめましょうよ」って話します。そうやって貫いたって感じですね。
菜央 もともとゼロから始まっているので、どうなってもどうならなくても、すべては理由があってそうなってるだけ。だから、「やらなくても、もともとなかったものなんだから、いいじゃない」って僕らも話したりします。人に対して期待を持たない。そういう練習にもなりますよね。
榎本さん そうですね。「やるって言ったじゃない」っていう人ってよくよく話を聞いてみると、「俺だってやりたいわけじゃないのに」って気持ちを持ってたりして。いや、そこが間違ってるんだよって話なんですよ。やりたくないんだったらやらなきゃいいでしょって。
菜央 そっか。だから自分とつながることが非常に重要なんですね。
榎本さん そうなんです。しかも、こういうのって変な負の連鎖を起こすんですよ。
菜央 はい、それは身をもって体験しました(笑)
榎本さん あはは(笑) その連鎖を断ち切れるのは自分しかいないじゃないですか。自分の熱に対して責任を持てるのは自分だけだから。
菜央 わかります。
榎本さん それが“want”じゃなくて“should”のエネルギーから来てるんだったら、もうそこでストップをかけるべき。自分がやめられなかったお荷物を他の人に渡していくようなことはしない方がいい。
何をするかではなく、あり方でつながる「チェックイン」
菜央 なるほど。先ほどちょっと話にでた“チェックイン”なんですが、すごく大事にしてるって本にあったのですが、どんなふうに大事にしてるんですか?
榎本さん 企業の活動ほどではないにしても、地域の活動をしていると、ミーティングで「何をやった、何をする」といった“doing”的なところに話題が集中するんですね。
それももちろん大事なんだけど、それ以上に、それをやってる人たちがどういう気持ちでやっているのかを大事にしていきたくて。目に見えない気持ちの部分を。
そのために、ミーティングでみんなが顔を合わせたときに、「あれやった、これやった」っていう話の前に、今どういうふうに感じてるのかをお互いにシェアする時間をまず持つと、なんとなくみんなの波長が整うんですよね。
榎本さん チェックインをやることの意義は、まず自分が自分とつながれるってのがありますよね。それを言葉にすることで、「今、自分はこう感じてるんだ」って知ることができる。同時に、それに対して周りが評価や判断をせずに「あなたはそう感じてるのね」ってそのまま受け止める。
慣れないうちは、みんな自分の気持ちを言えないんですよ。どうしても、「これやった」っていう話になっちゃう。でも、思い切って感じたことを言ってみたら、相手が受け止めてくれて、「あ、素直に言ってもいいんだ」ってなる。信頼感になっていくわけですよ。
菜央 うん。安心感とかね。
榎本さん そう。内面的な話をしないと、“人となり”ってわからないじゃないですか。チェックインを毎回のミーティングごとに積み重ねていくと、なんとなくお互いの人となりがわかってくる。すると、何かをやったから信頼するという、“doing”を条件とするつながりではない、良いつながりができるんです。
菜央 条件のない愛。
榎本さん そう、そう。「あなたはそうだよね」っていう。それが、帰属意識や安心感につながっていく。企業のミーティングでは、そういう話をしないじゃないですか。よくやってるなぁって思います。お互いの気持ちを話さないで、ロボットとロボットがやりとりをしているような感じで。
本当は僕は、こういうトランジションの活動を通じて、いわゆる市民運動という文脈だけじゃなくて組織論みたいなことも実験してるんです。企業はまだまだ本来の力を発揮してないと思いますね。こういう“being”の話をしないで今やれてるんだったら、もっと“being”の話をしたら、企業はもっとすごいことができるんじゃないかな。「お前の責任だ、役割だ」って人を縛っていたら、そのうちやっていけなくなると思います。
菜央 そうなりつつありますよね。僕、7年くらい前に「せんきょCAMP」っていう政治について語り合う活動をやったんですが、毎回開催するたびに、会の最中や、帰り道で涙を流す人がいるんですよね。20人から30人にひとりくらいは。
彼・彼女らは「人生の中で、自分の話を誰かに聞いてもらったことがない」って言うんです。だから、それができただけでその場を開いた価値があったんだなって思って。本当に心から話を聞いてもらったりとか、心から自分が感じていることを話せるっていう経験の価値っていうのはすごいなって思いました。
本当に安心できる場所で、押さえ込んでいた色んなものが出てきて、それが積みあがっていく。ちょっとしたことですけど、非常にパワフルだと思いますね。
榎本さん 大事なことですよね。ただチェックインっぽいことをやってる人たちもいますけど、やっぱりこれは、その意義をわかってやった方が効果があると思うんで、決してないがしろにできるものではないと思ってます。
まちを変える活動を通して、変化するのは自分自身
菜央 あと、本にはたくさんのことが書いてあるんですけど、ピンとくるのを話していただけたらと思います(笑)
榎本さん チェックインのつながりでいくと、“祝福”の話が関連してるかなと思うんで、ちょっとその話をしますね。
ひとつのイベントが終わったら「はい、で、次はなにやる?」みたいな感じになりがちじゃないですか。それをやったことで学んだことってあるはずなんだけど、立ち止まって振り返ることって、みんなあんまりしない。それってちょっともったいない。
なので、ひとつのイベントが終わったら、「よく頑張ったね」と同時に「これやってて、どんなことを学んだんだろうね」「次何かやるときどんなふうにそれを生かしていけるんだろうね」っていうことを振り返るようにしています。
この本のタイトル『僕らが変わればまちが変わり、まちが変われば世界が変わる』でも表したかったことですが、ただ、やることを積み上げていって“まちを変える”っていうだけだとだめで、むしろ、自分たちが変わることで、結果的にまちが変わっていくっていうトーンが大事なんです。
榎本さん 日々の活動を通して、感じていることを共有してもいいんだとか、人とのつながりを感じるとか、学んだことを振り返るとか。その活動を通して、自分が成長して変化して、そしてエンパワーされていく。
それがなかったら、もうただの自己犠牲じゃないですか。これは、持続可能じゃない。地球が大変な状況で、持続可能な未来をつくろうとしてるのに、持続可能ではないやり方をしてしまっては、何かちょっと矛盾がある。
トランジション・タウンの活動は息の長い活動になると思うんですよ。なので、持続可能な形でこの活動を続けていくためには、自分たちをどう扱うのか、お互いの関係をどう扱うのか…まさに“いかしあうつながり”のデザインですけど、それを見ることなしには持続可能にはならないと思うので。イメージとしては、中身が詰まっていく感じです。僕の感覚で言うと。
菜央 “doing”の結果を積み上げていくと、イベントに何人来たとか、こんな発信をしたとか、そういう外見的な成果は積み上がっていく。でも、“being”を積み上げていくと、外見や表面的だけじゃなくて、中身が濃くなっていく。そういうイメージですか?
榎本さん そうです。“資源”っていう言葉を使うと、1人1人の中に、あるいはそのコミュニティの中に、その経験を通してまた新たな資源が蓄積されていくようなイメージです。
菜央 おぉ、なるほど。その資源が自分のためだけじゃなくて、コミュニティ全体のためにもなる、みたいな。そういう感じですか?
榎本さん そうだと思います。
菜央 あぁ。そのコミュニティの中で集合的な経験がたまっていく。それがコミュニティ自体の有機的な成長になっていくってことですね。
榎本さん そうですね。企業の用語で言うと、ベストプラクティスを共有する“ナレッジマネージメント”とか言われてる世界ですけど、そういう知識経験レベルのこともそうだし、さっき言った、社会資本的なこともあるじゃないですか。
菜央 はい。
榎本さん 人と人の間の信頼関係とか。それって目に見えないし、属人的なものではないかもしれないけど、それは間違いなくそのコミュニティの資源なわけで。で、何か新しい活動をやるってなったときに、そういう資源って基盤になる。
菜央 そうですね。うん。確実になりますね。
榎本さん “doing”ばっかりに意識を向けていると、そういう見えない資源を意識的に積み上げるっていう絶好の機会を見逃しちゃうことになります。
菜央 “ただやる”だけじゃなくて、“やってどうなの”とか、“どう感じてるの”とかを共有していくと、結果としては、地域のいろんなレジリエンスの向上にも大きくつながっていきますね。
榎本さん もちろんです。
ビジョンを描くプロセスを通して、エネルギーを高め合う
菜央 もうひとつ、みんなで共有できる大きなビジョンをつくっていくっていうのもすごく大きいかなと思っていて。“タイムライン”という活動について、教えてもらえますか。
榎本さん “タイムライン”は数十年後の未来をブレインストーミングして、絵で見える化するワークショップなんですが、トランジション・タウンの指針や理念をまとめるためには必要な活動でしたね。
僕たちって、最終的には、気候変動だったりピークオイル(※)だったり。そういうグローバルな問題を解決していきたいわけですよね。でも最近ニュースを見ていると、どうしても未来に対して後ろ向きになっちゃうじゃないですか。アマゾンの森が火事でどんどん失われているとか、コロナでいろんなことができなくなってしまったりとかね。
(※)もともとは石油の生産量がピークを迎えることという意味だが、ここでは気候変動の原因である温室効果ガスを多く排出する石油の需要がピークに達することを指している
人間って、暗い未来を描いているときと、希望のある未来を描いているとき、どちらがイキイキしていると思いますか? さっきの創造力とか可能性を引き出すってこととつながってくるんですけど、やはり、希望のある未来を描いているほうが、人は可能性を発揮できる。行動力も推進力も出てくると、僕は思っています。さらに、それが1人のビジョンではなくて地域コミュニティの多くの人たちが共有するビジョンになったとき、その推進力はさらに大きくなる。
菜央 うん。
榎本さん “タイムライン”っていうのは一つの方法ですけれど、「2030年の藤野ってどうなってたらいいんだろうね」っていうビジョニングをやって、それを絵にするということをやったんですね。
榎本さん ブレーンストーミングですから、優先順位とかもつけないで、何でもありっていう感じでやっていきます。“まとめる”っていうふうに表現してしまうと、「それはいいけど、これは駄目」っていう考え方が出てきて、“排除”の要素が出てきちゃうんです。でも、もう雑多でいいから、1人1人の中から生まれてきたアイデアを1枚の絵の中に入れてみようじゃないかと。
それをポストイットを使いながらやったんですけど、そこであげた一つ一つのことが実現するかどうかっていうことよりも、「あれもあったらいいね、これもあったらいいね」って言い合うこと自体が、エネルギーが積み重なって相乗効果を生むというか。
菜央 だんだんエキサイトしてくる。
榎本さん そうそう。だんだん盛り上がってくるわけです。僕は、みんなで絵を描くプロセスに参加して、その場で一緒にエネルギーを高めあったっていうことが重要だと思っているんですよ。
具体的なことは忘れてしまってもいい。でも、あのときすごく盛り上がったよねっていう感覚が共有されてることが大事なんです。タイムラインをやってからもうずいぶん経ちましたけど、いまだに話題に出ますもんね。
菜央 実際にタイムラインをやったのは、いつ頃なんですか?
榎本さん タイムラインをやったのは、震災の少し前、2011年1月頃です。もう10年以上経っていますね。
菜央 20年後のイメージでしたっけ?
榎本さん そうそう。
菜央 近すぎず遠すぎず。
榎本さん うん。今でも時々、話題に出ますよ。「あのとき、馬車を走らせるとか言ってたよね」とか(笑)
菜央 ははは(笑)
榎本さん 「相模湖のダムを破壊するとか言ってたよね」とかね(笑)
菜央 みんなの中にそれがずっと残っていて、行動とか考え方とかにもいい影響を及ぼしてたりするんだと思います。共有しあった仲間とアイデアを出しあったら、相手のアイデアを受けいれやすかったりするかも。
榎本さん あると思います。
菜央 おもしろいですね。自分とつながるっていうプロセスと、地域通貨などを介して相手とつながるプロセスと、未来とつながるプロセス。それらが全部ある。全部というか、いろいろある。それがおもしろい。
「答えはみんなの間にある」
榎本さん 従来のあり方と違うというところでいくと、インプロっていう世界があって、そこに“Yes and”っていう一つのスキルがあって。インプロって知っていますか? 即興劇の。
菜央 Improvisation(インプロヴィゼーション、即興)のことですよね。
榎本さん そうです。“Yes and”なので、誰かが言ったアイデアに対して、「そのアイデアいいね!で、僕はそこに加えてこんなことを考えましたよ」って、相手のアイデアを全面的に受け入れて、さらに自分のアイデアを付け加えないといけないんですよ。まさに僕たちが“タイムライン”でやったことで。
これまでの教育の影響なのかもしれないけど、僕たちって、ついつい物事を良い悪いとか優劣で判断したり、序列をつけたりしがちじゃないですか。
菜央 はい。
榎本さん でも、その発想はすごく危険だなって僕は思うので、もう大前提として“みんないい”。みんながアイデアを出しあって、「いいね、いいね」ってやってると、ある一つのアイデアが急に熱を帯びて、立ち上がってくる瞬間があるんですよ。
菜央 あります。みんなが身を乗り出して「これはいいぞ!」ってなる瞬間。
榎本さん そうそう。それはね、誰が言ったとか、関係ないんですよ。こう言うと怪しく聞こえるかもしれないけど、“何かが降りてくる”感じ。僕は、答えはみんなの間にあるって思っていて。誰かの中にあるっていうふうになると、綱引きにみたいになっちゃう。
菜央 専門家の中にあるわけでもなく。
榎本さん そうそう。そうじゃなくて、みんなが評価判断なく真摯に向き合ったときに、答えが何かぽっとみんなの間に落ちてくる、みたいな感じのイメージがあってですね。
だからみんながありのまま受け入れるっていうのが大前提としてある中で生まれてくるアイデアっていうのは、何か上手くいく感じがしていて。
「やりたい人が、やりたいことを、やりたいときに、やりたいだけやる」って、そんないい加減なやり方で、よくこんなことがいろいろできたねって、たまたまできた、みたいな感じでよく言われたりするんだけど、「いや、たまたまじゃないんです」と。「誰かが頭がいいとか、そういうことでもないです」と。そうじゃなくて、このあり方と関わり方があるから、いいものが出てきたんだと思っています。
もしかしたら、いいアイデアはいつでも出ているのかもしれないけど、従来の優劣とか善悪とか、そういう評価判断の目で見ていると、せっかく出てきたアイデアをすくい取れず流してしまってるってことが、多々あるんじゃないかと。
菜央 まさにそうですね。こういうあり方を世界中でやったら、どんだけすごいことが実現するかって想像すると、すごいですよね。
榎本さん ですよね。
菜央 答えがみんなの間にあるって、素直に、人間ってすごいなって思いましたね。権力が集まる構造では、一部の人が力を持って、人間の可能性は搾取されてしまっているけど、やっぱり本来の人間ってひとりひとりがすごい可能性を秘めていますよね。
榎本さんが本の中でも書いていたと思うんですが、“文化をつくる”っていうことができたら強いですよね。
榎本さん うん。まさにそこ。
菜央 文化をつくれたら、そんな住みやすい場所はないだろうし、最高のクリエーションだなって思います。プロダクトとかサービスとか、そういうのを超えて。
評価とか優劣を判断することは、これまでの教育に非常に影響していて。そこを僕らがアンラーニング(※)をしている。
(※)時代にそぐわなくなった知識や価値観を捨て去り、新しく学び直すこと。
榎本さん アンラーニング。まさしくそうですね。
菜央 みんなを中心に生まれたすごい可能性っていうのが、まだまだ他にもあるはずで。いろんな方面でそれが発揮できるようになっていくっていうのは、まさに僕のやりたいことだし、グリーンズがその助けになるといいな、と思いました。
ただ生き生きと毎日暮らすことが、まちを変える
榎本さん トランジション・タウンの表向きの目的って、“持続不可能なコミュニティから持続可能なコミュニティへの移行”ですよね。目に見えるレベルの暮らしが変わっていく感じ。
でも、僕は本丸は、“人間の意識が変わる”っていうところだと思ってるんですよ。
菜央 うん。
榎本さん でも、“意識を変えましょう”みたいな話だけだったら、何かふわふわした話になっちゃって、なかなかできない。でも、それを地域を持続可能にする、レジリエンスを高めるっていう文脈の中でできるところが、トランジション・タウンの本当の醍醐味なんです。
そういう意味では、“教育のトランジション”っていうのもあるな、と思っていて。今は教育って、学校や企業の中でやっていますけど、これからの時代は、地域が教育の場になり得るんじゃないかなって。地域を良くする活動を通して、人間的な成長が促されたら素晴らしいじゃないですか。
菜央 いすみも、それを目指してます。みんなが関わることでみんなが成長できるまち。
表向きは目指す先があって、とりあえずやることがある。で、そのやることの先でひとりひとりが成長していくし、さらに文化がつくられていくっていう構造が、トランジション・タウンのすごいところですよね。
いすみで地域通貨をやってみて思ったんですけど、おそらく半分くらいの人は単に得したいから入るんです。だけど、みんなある時、はっと気づく。誰かの困りごとがみんなの可能性を開いていってるのを見て「私、この町に住んでてよかった」って言い出すんです。
榎本さん はい。
菜央 ただ得したいから参加した、楽しそうだから参加した。そして気付けば、深い幸福とか素晴らしい何かに出会って、友達ができて、助け合うネットワークの中にいるって実感がわく。誰が考えたのかわかんないですけど、この入り口のゆるさ具合とかこのプロセスとか、すごいですよね。これもきっと、立ち現れてきた何かなんでしょうね。
あと、地球を壊すのも人間だったらば、やっぱりこうやって、僕らも含めた地球を癒していくのも人間のつながりなのかなって。
榎本さん 本当にそう思います。
菜央 今日お話を聞いていて、もう1個すごい希望だなって思ったのが、「自分が変わることでまちが変わる」って、字面でいうと単純な言葉なんですけど、まちとか世界を変えるためには自己犠牲が必要なんじゃないかって、どこかで思っちゃうんですよね。
でもそうじゃなくて。普通に暮らすことでまちが変わるんだっていう。地域通貨を使ったり、ゴミが出ない暮らしをしたり。生き生きと暮らすだけでまちが変わっていくし、世界が変わっていくっていうのが、すごく希望。
すごいスーパープレーヤーが、すごい活動を起こして、すごいお金を投じたりとかすごいエネルギーを使って何かしたわけじゃない。そういう方法でしか、もうこの世界の環境破壊の現状に対応できないんじゃないかってどこかで思ってしまうかもしれないのだけど、そうじゃない。
多くの人が、暮らしの中でお互いのニーズを満たし合ったり、お互いのつながりの中から幸せを感じたり。リソースをとことんシェアして、困りごとをとことん解決することで、外部のサービスに頼らずとも暮らしていけるし、経済危機や災害があっても違う地域から助けてもらえるかもしれないし。そういうつながりの中で何かできるってのは、すごい希望だな、と。
榎本さん その通りですね。とらえ方とか見方、考え方みたいなのを変えさえすれば、自己犠牲ではないところで、楽しみながら地域を変えられる。そして、そうやって楽しみながら地域を変えているまちがいっぱい増えたら、結果的に世界が変わる。この本を読んでくださった人がそれをイメージできたらいいなって。そういう想いでタイトルをつけました。
でもね、日本語ではもう書きようがないんですけど、「僕らが変わればまちも変わる」っていうとなんか一方通行な「AからBへ」みたいな印象なのですが、実はそうではなくて。両方向なんですよね。まちを変えているプロセスの中で自分も変わっていく、みたいな。
菜央 うん、確かに。これはもう言葉じゃ表せないですね。
榎本さん ですよね(笑) この本を書いていて、言葉だと表現するのが難しいなっていうものが結構ありました。それをストーリーを交えながらどう伝えるか、苦労しながらかなり工夫しましたよ。どれだけできたかわからないですけど、この本を読んだ人が、菜央さんが感じたような希望を感じてくれたり、なんか自分もやってみようって思ったりしてくれたらいいなって思います。
菜央 トランジション・タウンの活動は本当に誰にでもできるし、どこでもできる。お金もかからないし、専任スタッフがいるわけでもない。それで、ひとりの幸せからみんなの幸せ、そして地球の課題までつながっている。こんなすごい仕組みないなって思うんですよね。
まちのちょっといい未来をつくるということを通じて自分も成長したいとか、ちょっとまちの人たちとつながりたいとか、地球環境問題に日々の中で関わりたいと思った人にとって、日常生活そのものが社会変革になっていくのがすごいところじゃないですか。
でも、2013年に出た『トランジション・ハンドブック』はあまりにもマニアックだし、その後に出た『トランジションのためのエッセンシャルガイド』も中級者向けでビギナーにとっては少し難しい。
なので、この本は、トランジションをやりたいと思った人が読める日本語の一番わかりやすいテキストになったと思うんですね。日本の話がいっぱい入っているので、読んだ後に「外国だからできんでしょ。日本では無理だよ」ってなることもない。
榎本さん ありがとうございます。そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。
菜央 だから、めちゃくちゃ価値があるなと思っていて。僕10冊ぐらい買って、いすみの人に配ろうと思ってるんですけど(笑)
榎本さん 10冊と言わず(笑)
菜央 あはは(笑) はい。ありがとうございます。楽しかったです。
(編集: 福井尚子)
(編集協力: あいだきみこ)