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視点の“かけ算”で子どもが生きる力を育む。生駒市の教育改革を担う「先生の伴走者」をヒントに、学校と関わる可能性を考えてみよう。

“働き方改革”という言葉を見聞きするようになって、ずいぶんと時が経ちました。

働き方が変われば、パフォーマンスが向上し、仕事の質が高まる。そんなイメージがありますが、あなたや周りの人たちの働き方に、ここ数年で大きな変化はありましたか?

今日、みなさんと一緒に考えたいのは、学校の先生の働き方について。

奈良県生駒市で、小中学校の先生が「やりたい」授業を“伴走者”と一緒に叶えていく取り組みがスタートしていると聞きつけ、話をうかがってきました。

詳しく知るほど、先生の思いを形にすることが、子どもたちの将来のための学びにつながると気づかされます。現場の先生たちや“伴走者”のお話から、これからの公教育のあり方を探ってみたいと思います。

学校現場のニーズ把握から始まった教育改革

変化の激しい時代に強く生きる力を育むために、奈良県生駒市が教育改革を実行する「プロ人材」として尾崎えり子(おざき・えりこ)さんを公募登用したのは2020年4月のこと。

尾崎さんは千葉県流山市の会社経営者。シェアサテライトオフィスを運営しながら民間学童や創業スクールのプロデュースに関わる。生駒市職員として月8日勤務。うち4日はリモート、4日は生駒市の現場で働く。

「学校と社会をつなぐ役割になろう」と就任したものの、はじめの半年ほどは、教育委員会の市職員とともに校長会や教頭会へ足を運んで子どもたちへの講演依頼を募ったり、学校へ足を運んで先生たちと直接話をしてニーズを把握したり、地道な活動を続けたといいます。

徐々に増えていった学校での講演をきっかけに、先生たちからのさまざまなリクエストに沿って、ICTや外部人材を駆使した取り組みを一緒につくっていった結果、その評判が市内の小中学校に口コミで広がり、すでに来年度の予約も入るほど人気の存在に。

日々の業務に忙殺され、思いはあってもなかなか形にできない先生たちと、“伴走者“の尾崎さんは、どんな風に授業をつくっていったのでしょうか。

「大人になった時にどんな力を身につけていられるか」林先生の取り組み

林先生は国語の先生。サッカー部の顧問も務めます。

生駒市立光明中学校の2年生主任・林佑一郎(はやし・ゆういちろう)先生が尾崎さんと一緒につくりあげたのは、「オンライン職業体験」です。

市内の3中学校と全国各地の5事業者をオンラインでつなぎ、「お客様の理想の家を提案せよ」「奈良を盛り上げる新しいスポーツクラブを提案せよ」など各事業者からのミッションに対し、中学生がチーム対抗で、顧客のニーズ把握〜企画立案〜プレゼンテーションを実施。最後に事業者からの評価を受けるという流れで2日間かけて行われました。



当日の様子。大人顔負けの提案が続々です。ぜひご覧あれ。

林先生は2020年度、初めて学年主任に。すぐにコロナ禍となり多くの学校行事が中止になる中で、毎年2年生の秋に行われる「職業体験」に代わるものがつくれないかと、尾崎さんに相談をしたのです。

「ICTは便利だけど、生徒間のトラブルにつながるイメージも強い」と打ち明けてくれた林先生。開催当日まで不安でいっぱいだったそうですが、「学年の先生たちのチームワークがあったからここまでできた」とのこと。

林先生 僕は市の施策にも疎く、教育改革に興味を持っているようなタイプではありませんでしたが、学校長から勧められるままに尾崎さんに相談しました。

よくない言い方ですけど、「生駒市教育委員会の方が来られる」って、カチッとしたイメージがあって僕はあんまり好きじゃなくて。でも、尾崎さんは「言うてくれたらなんでもいけまっせ」みたいな感じだったので、乗っかってみたというのが本音です。

最初こそ少し身構えていた林先生ですが、尾崎さんとの打ち合わせを重ね、いろんな話をするうちに徐々に心を開き、教員として大事にしている考えを熱く語るように。

尾崎さん 企業に対して子どもたちが企画提案するというアイデアをやんわりと先生にお話した時に、「交渉力・相手に説明する力・納得してもらう力というのは、進路選択で親を説得する時に大事な力だから、子どもたちにとって必要なんだ」と言ってくださり、先生が子どもたちに身に付けてほしい力とリンクすると確信し、この形で行こうと決めました。

ヒアリングでは、個人的な話をする時間の方が長かったそう。



いざ本番を迎えると、生徒たちは真剣そのもの。ミッションクリアのために積極的に情報を収集したり、インパクトのあるネーミングを考えたり。空き時間もチームで集ってアイデアを深め、中には“持ち帰り仕事”をするチームもあったとか。

チームでミッションに対して熱心に取り組む様子。


プレゼン後、優勝チームが選ばれ、そうでないチームにもフィードバックがあったことは、林先生の教育スタンスと通ずるものがありました。

林先生 学校では「勝っても負けても一生懸命やった」というのが価値になります。でも生きていたら、企画書が選ばれへんかったらお金儲けられへんし、横の人との戦いに勝たれへんことだってある。中学2年生で一度その経験をしておけば、来年受験で競争せなあかん時に、“負けを知っていること”、“勝てた理由を知っていること”がすごく生きてくると思うんです。

僕が思っている「大人になった時にしっかり戦える力をつける」っていうのと、今回のオンライン職業体験で得られたことは、すごくつながっている部分がありましたね。

画面を通じて社会人と交流。実施後は「おとなしい」と言われるような子が自分を主張するようになるなど、小さくも嬉しい変化が見られたといいます。

「学校での勉強と自分の将来とをつなげて考える」大森先生の取り組み

一方で、「やりたい!」を実現させたのは、生駒市立あすか野小学校の5年生主任・大森康貴(おおもり・やすたか)先生です。

大学院で派遣研修をしていた昨年度、同僚の先生が尾崎さんと一緒につくりあげた「オンライン修学旅行」などの取り組みを知り、「これは面白い」「来年は絶対声をかけたい!」と思っていたそう。

大森先生。公認心理師の資格も持っています。

そんな大森先生が尾崎さんと一緒につくりあげたのは、5年生全体で1年間かけて実践する「10歳のリンクワークプロジェクト」(学校の勉強や今の自分と将来を接続させる取り組み)です。

1学期には自分の取扱説明書をつくり(今の自分を知る)、2学期には社会人5名にそれぞれのキャリアや仕事の話を聞いて職業調べをし(将来を知る)、3学期には自分の将来の夢と学校の勉強(今の自分)とを接続していく、という学習を行いました。

2学期のオンライン取り組みの様子。社会人ゲスト5名が自身の取扱説明書を紹介後、子どもたちは興味がある人を選び、ゲストごとに分かれて話を聞きました。質問も多く、熱心に聞き入っていたそう。

大森先生が叶えたかったのは、「今の学びが将来の自分とどうつながっているのか」という“関連性”の学びです。多くの人が大人になってから「勉強しておけばよかった」と後悔し、自分の子どもに勉強させるけど、子どもはその意味を実感しにくく勉強が嫌いになる…。「このスパイラルを止めたい」という思いがありました。

大森先生 「学校の勉強は何のためにやるのか問題」に真正面から答えられる取り組みができたらいいな、と思っていて。高学年になると疑問を抱く子が多いんです。この授業を通じてどんな世界が開かれているのかを知り、子どもたちが学校に来る意味を感じられたらいいな、という思いを尾崎さんに伝えました。


公認心理師として心理学の視点も取り入れ、まず“今の自分を知ること”が大事だと考えました。

大森先生 僕がワークシートをつくっても、ストレートすぎて子どもたちが楽しい、やりたいって思えないんですよ。そうしたら尾崎さんが「じゃぁ取扱説明書どうですか」って。「めっちゃ面白いじゃないですか!」って。

子どもたちが自分を知るべく取り組んだ取扱説明書。絵を書いたり、表紙に「大切にお取り扱いください」と書いたり、オリジナリティが溢れます。

子どもたちは年間を通して、とても楽しく参加しているそう。

尾崎さん この3学期に、それぞれ設定した“将来なりたい姿”と今までの学習をつなげて、最後はマインドマップでアウトプットできたらいいなと。先生とは「出版できたら最高ですね」って話してました(笑)

自分と将来をつなげる練習として行ったのが、「ミッションとこれまでの学習とをつなげる学習」。6学年分の教科書を持ち寄り、教科にとらわれずミッションクリアのための知恵をグループで出し合いました。

3学期の尾崎さんの授業。「バスケットボール選手になりたいけど、どんな教科がつながりますか?」などの質問に対し、教科書を見ながら今の学習と夢とを具体的につなげて回答。子どもたちは真剣に、学習内容のどの部分が自分の悩みや未来につながるかを考えました。

大森先生 根底にあるのは、「自分で考える子になってほしい」という思いです。「学校って何のためにあるのか」というところから自分で考えて、意味を見つけて、前向きに生きていける力をつけてあげられたらと思っています。

「断られる前提でぶっ飛んだアイデアを出した」という尾崎さん。「僕が考えていることにぴったりです!」と言われ、びっくりしたそう。

お互いの視点をいかして「かけ算」ができた

取り組みのプロセスを聞いていく中で気づくのは、教育者である先生と、“伴走者”の尾崎さんが一緒につくりあげることでお互いの持ち味がいかされているということ。

大森先生 “かけ算”になるなって。尾崎さんの発想って僕たちと視点が違う。僕たちがいくら時間をかけて相談しても出てこないものがいっぱいあるんですね。僕たちはどうしてもコミュニティが地域にしかない中で、全国規模で外部講師を呼んできてくださって。一緒にやらせてもらわないとできないです。

先生たちが口を揃えて「教師だけでは絶対にできなかった」と話す理由はそれだけではありません。休憩もろくに取れないほど忙しい学校現場では、新しいことに対してついブレーキがかかってしまうそうです。

林先生 やらなあかんこととやりたいこととのギャップはすごく感じます。たぶん先生ってみんな、「こんな風に教えたい」とか「学級でこんなことしたい」と思って教師になったけど、それが日々の業務や雑務で忙しくて、やりたいことに時間を割けない苦しさがあるのかなって。

実際、大森先生は尾崎さんに依頼した当初、「この1年、仕事量としては大変だろうな」と覚悟を決めていたそう。ところが蓋を開ければ「逆だった」と話します。

大森先生 私たちは教育者として、理念をつくることはやりやすいんですよ。「こんなことをしたい」って。でも実際やるとなった時に、教材や仕掛けをつくっていくのにすごい時間かかるんです。その、一番時間がかかるところを、尾崎さんに相談したら具体化してくれたわけですよ。自分でやっていたら挫折か妥協をしていると思うんです。だから楽でした。

子どもたちが楽しく感じられるようなビジュアル資料も工夫。

“子どもたちに必要な力”を日々感じている先生たちの「やりたい!」を受け取った尾崎さんが、先生にはない視点や発想、ツールを用いたアイデアを出し、一緒に考え、実行していく。まさに、二者の“かけ算”でつくられていることがよくわかります。

“伴走者”がいれば公教育は変わるのか

面白い取り組みが生まれ、子どもたちの将来につながる力が育まれることを思うと、こんな存在が全国の学校に広がればいいのに、と願わずにはいられません。

それはきっと、先生たちも同じ。では、こんな風に“教員の伴走者”がいて、先生たちのやりたいことを実現していくことで、公教育にどんな変化を期待できるのでしょうか。

林先生 それぞれの学校の“味”みたいなものが出せたらちょっと変わるのかなと。「この先生がいる」「あの先生がいる」って、人としての強みが組織の強みになったら公教育って変わるのだろうか、って。「自分の学校ってこんなんやねんで」って誇りみたいなのが持てたらいいと思いますし。

一方で、大森先生は戸惑いを隠せません。

大森先生 新しい実践や教師の「やりたい」を実現できるのは間違いないと思うんです。でも“伴走者”がいるからなのか、それが“尾崎さん”だからなのかは、わからへん。僕としては尾崎さんというのが結構大きなファクターだと思うんです。

林先生も「最後はやっぱり“人”やなと思う」とのこと。

林先生 「教育は人なり」じゃないですけど、ICTとかオンラインとか、テクニカルなところだけじゃなく、“人”の部分に助けてもらっていい取り組みができたかなって。それは子どもたちも感じていると思います。

先生たちの声に、思わず顔がほころぶ尾崎さん。その反面、教育改革担当として今、頭を悩ませていることを打ち明けてくれました。

尾崎さん 公教育を変えるには「私だからできる」ではなく、この“先生とのかけ算”の枠組みをいかしていく必要があると思っています。私は自分の価値を出せて嬉しいけれど、後のことを考えると仕組み化を考えないといけない。すごく難しいところで。日々やりながら、マニュアルをつくったり先生たちに伝えていったりしてるけど、やっぱり定着は課題だと思っています。

リスペクトし合い、一緒につくっていく

生駒市の改革に持続性を持たせ、このやり方を広めていくためにも、尾崎さんが持つ“伴走者”の要素を明らかにすることでヒントが見えてきそうです。

尾崎さんは、学校現場で取り組む中で強く意識していた3つのスタンスを教えてくれました。

「学校の先生が言うことは絶対」
学校の先生が「やりたい」と言うことを絶対に批判しない。先生の希望を軸に、「こんなこともできるの!?」と驚きのある提案をする。

「何があっても必ず実現させる」
大風呂敷広げて何もしないのは一番迷惑なこと。提案したことは全部引き取ってもいい覚悟で提案する。

「一緒につくっていく姿勢で提案する」
アイデアを固めずに、5〜6割ぐらいの完成度で提出。先生の反応が良ければ「では、これでつくってきます」というやりとり。

「子どもたちに寄り添っていない人間が偉そうに『ビジネスではこうなんです』『最近の学校はダメだ』なんて言えない」と尾崎さん。

先生たちにも、今回の経験をもとに“伴走者”の要素を考えてもらったところ、大森先生からは「面白いこと・新しいことをやろうぜ、と枠を外してくれるチャレンジ精神」、林先生からは「僕らの悩みやタスクに同じ目線で関わってくれる部分」との意見が出ました。

「学校っぽくやってしまうとかけ算の意味がなくなってしまう」と大森先生

林先生はさらに、あの“ネコ型ロボット”のアニメを例に、「困ったときに道具を出してくれる関係性」が大事だと話します。全て任せるのではなく、あくまで主体は先生。同時に、教育現場が怖がらずに「この道具をつかってみよう」と歩み寄る姿勢も必要だと感じたそうです。

林先生のいい喩えに、「あのロボットには愛がありますから!」と尾崎さん

尾崎さん 「実際に教育現場にいること」も大切かと。現場では、先生たちの忙しさをリアルに感じるんです。子どもがいなくなって探しにいくとか、日々非常事態が起きている。本当に子どもたちの命を守っているんだなと感じるから、先生たちの負担にならないように気をつけようと思えます。

「この関係性がありがたい。まさに“伴走者”の表現がぴったり」と大森先生。“伴走者”となりいい関係性を築いていくために必要なことが、少しずつわかってきた気がしませんか。

関わる余地を見つけ、心のハードルを下げて

とはいえ、そのような人材をどのように育成し配置するのか。先生たちとの関係をどう築いていくのか。尾崎さんも悩むように、公教育に新たな仕組みをつくるのは簡単なことではありません。

ただ、先生たちの思いとかけ算をして、学校現場のパフォーマンスを高めていくような関わり方は、ほかにもあるかもしれません。

尾崎さん 学校に関わりたい社会人って、実はたくさんいるんですよ。その人たちにどんなスタンスで入っていけばいいものができるのかを知ってもらいたいですね。逆に学校の先生たちは、あんまり怖がらずにまずは「一緒にやってみれば、楽しいことができるかもしれない」って思ってほしいです。たぶん今は気持ちのハードルがすごく高いので、双方のハードルを下げて、まずはお互いリスペクトする気持ちで歩み寄れたら素敵だな、と。

林先生の勤める中学校では、学校からの呼びかけでプロの着付け講師が授業で教えたり、保護者や卒業生が志願して部活のコーチになったりと、外部との関わりが増えてきたそう。このように学校現場には意外と、外部と関わる “余地”があるようです。

林先生 学校側の努力として、「こんなことをしています」というのを、世の中に発信することは大事かもしれないです。

お互いに関わる余地を探し、リスペクトし合いながら“かけ算”で教育現場のパフォーマンスを高め、子どもたちの生きる力を育んでいく。まずは小さなことからでも、その経験が積み重なる先には、先生たちの「やりたい」をいかしあえる、“味”のある公教育が見えてきそうです。

(撮影:都甲ユウタ)

– NEXT ACTION –

生駒市の教育改革をヒントに、あなたも身近なところで、教育に関わる余地を見つけてみませんか。