みなさんは子どもの頃、駄菓子屋に通った記憶はありますか?
携帯電話もなかった私の幼少期は、駄菓子屋に行けば近所の友だちに会えるので、自分にとっては小さなコミュニティのような場所でした。上級生から遊びを教えてもらった記憶もあります。
今ではまちの駄菓子屋も少なくなり、子どもたちがそんなふうに集まる光景は減ってきていますが、「昔ながらの光景が広がる場所が奈良県の生駒駅近くにオープンし、全国からも注目を浴びているらしい!」と聞きつけました。その場所の名前は「まほうのだがしやチロル堂(以下、チロル堂)」です。
今回は、この場所の仕掛け人であり、オーナーでもある4人のうちの2人、石田慶子さんと吉田田タカシさん(以下、ダダさん)にお話を聞きました。
山口県周南市出身、奈良県生駒市在住。生駒市で放課後等デイサービスを3ヶ所、障がい者就労継続支援B型事業所の1ヶ所を運営する一般社団法人無限代表理事。
兵庫県多可郡出身、奈良県生駒市在住。アトリエe.f.t.主宰。バンドDOBERMANボーカル作詞担当。放課後等デイサービスbambooを運営する株式会社たのしいにいのちがけ代表取締役。
まほうのだがしやチロル堂とは?
チロル堂は生駒駅から南に歩いてすぐの場所にあります。暖簾をくぐるとすぐに駄菓子の販売スペースが。入口横にカプセル自販機があり、18歳以下の子どもは買い物前に100円で1回、マシーンのレバーを回すのがルールです。
カプセルの中には“チロル札”がランダムに1〜3枚入っていて、1枚が100円の価値のある店内通貨「チロル」になります。うまくいけば2〜3枚入っていることも。子どもたちは1チロルで、駄菓子を買ったり、通常500円のカレーや300円のポテトフライを食べたりできます。
それを可能にしているのは、大人が支払った代金の一部が寄付される仕組みです。これがチロル堂の魔法。
ダダさん 店内でカレーやお弁当を買って寄付することを僕らは“チロる”と呼んでいます。「今日チロル堂でチロってきました」とSNSなどで見かけると「浸透している!」と感じてうれしいんですよ。
福祉と表現者がつながった
チロル堂をつくったのは、生駒市に縁のある4人です。生駒市で放課後等デイサービスを運営する石田さん、アートスクールを営むダダさんに加え、デザイナーの坂本大祐(さかもと・だいすけ)さん、地域こども食堂「たわわ食堂」を運営する溝口雅代(みぞぐち・まさよ)さんが集い、一緒に考えることで実現しました。
原点は、石田さんの思いでした。
石田さん 私たちのような福祉事業所は制度上、障がいがあるかないか、大人か子どもか、貧困かそうでないかといった分類でできることか決まってしまいます。でも子どもの困りごとは、実は親の困りごとであり、社会の問題です。多くの問題が連動しているのに入口が別々のためアプロ―チできなかったり、分断されたりしてしまう。そのことにずっと悶々としていました。
石田さんは、地域の中で食事を囲みながら子どももお年寄りも交流できる、地域こども食堂「たわわ堂」という居場所づくりに、ボランタリー精神で6年間も取り組んできた溝口さんの存在が気になっていたそうです。やがて溝口さんと知り合い、話していくうちに、常設の場所を持っていないために活動が定着しないという課題があることを知り、一緒に取り組むことで何か解決できないか、と考えました。
その一方で、大阪から移住し生駒で放課後等デイサービスの立ち上げを検討していたダダさんを石田さんが手伝うこととなり、二人はお互いの活動を知るようになりました。
石田さん ダダさんは発達障がいのある子どもを福祉的に支援するのではなく、アートで子どもたちの能力を伸ばす福祉事業をはじめられたんです。
ダダさん 石田さんだけじゃなくて、生駒の人はみんなすごい助けてくれるんですよ。多分ベッドタウンとして栄えてきた土地柄がそうさせているんだと思いますが、よそ者を受け入れるカルチャーが根づいているんですよね。石田さんとはそういうつきあいからはじまって、デザイナーの坂本さんとも仲良くなって、3人で何かやりたいと言っていたんですよ。
石田さんはそこに溝口さんも巻き込み、異分野の4人で一緒に考えることに。
石田さん 表現者の方にどうかかわってもらうかは私自身の課題でした。福祉の事業を福祉的に発信しても誰も興味をもってくれないんですよ。「あれは障がいのある人の話だ、困っている人の話で自分とは関係ない」と受け止められてしまう。豊かに生きるために誰にとっても必要なのに、どうしても切り取られちゃうので、社会に向けてちゃんと表現する力が必要だとずっと思っていました。
こうして4人(4団体)が合流し、チロル堂の構想が立ち上がりました。
一番大事なことは看板にしない
チロル堂をはじめる前、ダダさんには気になっていたことがありました。
ダダさん “こども食堂”はすばらしい活動をしています。でもこども食堂は、「本当にリーチしないといけない子どもたちにリーチできないのではないか」と感じていました。というのも僕が小学生だったら行かないと思ったんです。知らないおばさんに「大変だったね」とか話しかけられるぐらいならひとりで食べたいと感じる、僕のようなひねくれた子どももいると思います。もちろん、こども食堂はすばらしい活動というのが前提ですよ。
この課題を乗り越える仕組みはないかと悶々としていたある日、ダダさんの頭に突然あるストーリーが思い浮かんだそうです。
ダダさん 店には2つの扉があり、大人の入口と子どもの入口がある。子どもの入口にはカプセル自販機。100円を入れれば1チロルの店内通貨がゲットできて……みたいな今の仕組みとほとんど同じストーリーを4人に伝えたら「天才!」「オッケー、やりましょ!」となって、その3ヶ月後にはお店がオープンしたんですよ。
貧困をどうオブラートに包むかが課題だった石田さんは、「まさに私の、福祉を看板にしたら届かない、という思いを体現しているストーリーだった」と言います。
ダダさん 僕は一番大事なことを看板に掲げないほうがいいといつも思っています。アトリエe.f.t.の中にも生きづらさを抱えた子どもがたくさんいますが、アートスクールだからできたこともたくさんあると思っていて。
駄菓子屋じゃなくて文房具屋でもパン屋でも良かったんですよ。必ずしも“困っている子どもたちの場所”と言わなくても、ここにやって来る動機を何か別につくって、実はそれがある意味子どもたちを支えたりもしているぐらいのほうが、一番届けたいところに届くんじゃないかなと思ったんです。
ミーティングでは、通貨のことをチロルと仮称で呼んでいたそうですが、メンバー全員がかわいい響きを気に入ったので採用することに。念のためチロルチョコ株式会社に確認し、快諾してもらったとか。元々はスナックだった物件を契約し、2021年7月から内装工事、8月18日にオープンしました。
関わりしろをつくることで、みんなが使いこなしはじめた
オープン当初はお母さん連れの小さい子どもたちの場所という雰囲気だったものの、最近は急激に小学生が増えたといいます。
石田さん 小学生の口コミの力ですね。塾でも働くうちの事業所のスタッフが生徒に「先生、チロル堂って知ってる? めっちゃおもしろい場所やから今度連れてったるわ」と言われたそうで(笑)そうやって小学生たちがみんなを誘いたくなる場所になっているのがうれしいです。
この前も小学6年生が土曜11時のオープンと同時にわーっと入ってカウンターに並んでおもむろに勉強道具とゲーム機をセットして宿題をはじめて。お昼のカレーを食べようとみんなで約束してきたそうなんです。学生スタッフが宿題を教えたりして、みんながチロル堂のつかい方を熟知してきていると感じました。
また、大学生のスタッフが自分の洋服を売るフリマを開催し、売上を全額チロル堂に寄付したり、オンラインストアのほしいものリストを活用してチロル堂に絵本を寄付するプロジェクトを立ち上げた人たちが、集まった本のお披露目会として読み聞かせの会を開いたり、さまざまな人たちが関わりだしているといいます。
ダダさん 生駒で家元の茶道具などをつくっている竹工芸家の方が、自分の工房や道具、技術、知識を提供してくださって。チロル札も加工してくれたし、天井の竹もみんなで伐るところから関わっていただいて。
「みんなの関わりしろを大事にしている」とダダさんは言います。
ダダさん これは坂本さんが言っていたことですが、ガチガチの場所をつくらずに、偶然発酵されておいしいお酒ができるように、“場を醸す”ようにしています。
そのため、チロル堂の仕組みがまだできていないときに、地域で活動する大人や、チロル堂で働く予定の大学生たちを集めて「チロル堂の仕組みをみんなで考えよう会」を開催したそう。4人の中には、チロル堂を自分たちだけのものにしたくないという意識がありました。
今まで恥ずかしくて話せなかったことも話せる場所にしたい
走りながらチロル堂の仕組みをつくってきたため、まだまだ課題は多いといいます。全国から「寄付したい」「野菜を送りたい」などのうれしい問い合わせがあるものの、今の状態を維持するだけで精一杯だとか。軌道に乗ったあかつきには、チロル堂はまちでどんな役割を担っていきたいと考えているのでしょうか。
石田さん つながることで今まで恥ずかしくて話せなかったようなこと、例えば子どもやまちの将来、幸せのことなども目をそらさずに話ができる場にしたいです。生駒は教育熱心なご家族が多い地域なので、そこに合わせに行く親と子どもとの間にギャップが生まれることもあるんです。
石田さん 私自身、子どもが幼稚園の頃にママ友恐怖症になりました。「誰の子どもが文字を書けるようになった」とか、「英語の塾に通わせている」とかマウントの取り合いで、私も泣きながらお風呂で子どもに数字の唱和をさせたりして。その中に巻き込まれてしまうと「置いていかれたら子どもがかわいそう」という気持ちになって、苦しくなりました。
実際にチロル堂でもSOSの兆しをいくつか感じているといいます。
石田さん 「子どもが学校に行けていないんです」と話してくれたお母さんもいます。中学校の先生が「この子、ご飯を食べていないんです」と生徒さんを連れてくるなど、大人がチロル堂の情報をキャッチして来ることもあります。「ご飯をください」と毎日いらっしゃるおばさんもいます。好き嫌いまでおっしゃるのでスタッフから「本当にあの人は困っているのか?」という意見が出て、議論になりました。
結論としては「困っているか困っていないかはこちらが判断することではない」というのが私たちの答えです。せっかく制度の枠を外した場所なのに、また枠をつくるというのは違うよね、と考えました。
また必要に応じて、専門的な支援機関につないでいるといいます。
異質なものを受け入れる土壌が生駒の財産
チロル堂は基本的に飲食の売り上げと寄付で運営しています。それ以外にこの場所を維持継続させる方法は考えているのでしょうか。
ダダさん 先のことは話し合ったことはないけれど、企業とは違って家賃と光熱費と関わっている人たちの人件費が出れば成り立つんです。だから僕は経営状況をみんなに公開するべきと思っています。
「このままだとチロル堂がなくなってしまうけどいいかな?」とみんなに問うんです。地域で守る神社のように絶対なくしてはダメと感じれば、みんなで掃除したり、修繕したりすると思います。
ダダさんは続けます。
ダダさん 生駒に長く住んでいる人は気づいていないかもしれないですが、異質なものを受け入れる土壌があるのは、このまちの財産だと思います。巻き込まれようとしてくれる人がいっぱいいる。新しいものを生み出す人は少しでよくて、巻き込まれていく人がいるから動くんですよね。「面白そう!」「その話に乗った!」という人が生駒にはたくさんいる。市の職員の中にもまちを面白くしていこうと闘っている人たちがいっぱいいます。
石田さん 確かに。生駒市制50周年のシンポジウムでも誰かが言っていたけど、チャレンジしようと来る人を馬鹿にしない生駒市の空気はすばらしいと思う。行政との距離がめちゃくちゃ近いし。
ダダさん いこまち宣伝部のように、市民同士をつなぐために生駒市がやってきたことが少しずつかたちになってきてるんだろうと思いますね。
石田さんのママ友恐怖症のエピソードを聞いたダダさんが、世の中に正解があると信じ込んでいる人たちの考えを「正解信仰」と呼んでいる話が印象的でした。
「世の中で正しいとされていることを別の角度から見れば、まだデザインの余地がある」とダダさんは言います。そういう意味では、チロル堂は「正解信仰」をつぶすための場所で、そこに携わる人たちみんなで発酵させた体験型の作品のように感じました。
取材で訪れると確かに寄付という感覚はなく、気兼ねなくチロりたくなるし、奥のスペースではじっくり話し込みたくなり、チロル堂がさまざまな地域に広がれば寄付カルチャーが広がりやすいと感じました。また、コロナ禍が終息すれば夜の営業・チロル酒場も盛り上げていきたい(夜営業の店主を募集中とのこと!)と語ってくれました。みなさんもぜひ、チロル堂に駄菓子やカレーを楽しみに訪れてみてください。
(撮影: 都甲ユウタ)
– ACCESS –
・住所/奈良県生駒市元町1-4-6
・TEL/0743-61-5390
[昼営業]
・営業時間/11:00~18:00
・定休日/水・日・祝
※水曜日は地域こども食堂「たわわ食堂」
[夜営業]
・営業時間/18:30頃~23:00 ・定休日/月・火・日
[サブスクチロ(毎月寄附)募集] https://tyroldo.hp.peraichi.com/
※詳細はまほうのだがしやチロル堂のHPをご確認ください。
https://tyroldo.com/