長野県のほぼ中央に位置する岡谷市。諏訪湖の西岸に面し、東には八ヶ岳連峰を望むおだやかなまち、岡谷は、かつて世界一の輸出生糸生産量を誇るシルクの都として知られていました。
やがて製糸業で培った技術と恵まれた自然環境をいかした精密機械工業が発展し、いまもものづくりのまちとして多くの企業が拠点を構えています。
その岡谷市が、静かに変わろうとしています。もともと土地に備わっていた豊かな自然と、人が培ってきた文化や産業を見直し、つなぐことで、新しい文化を紡いでいこうという動きがはじまっているのです。
その動きをすすめる存在として期待されているのが、地域おこし協力隊。岡谷市では2019年に迎えた第1期に続き、いま2期目の地域おこし協力隊を募集中です。今回募集するのは、新たなシルク文化の創出に取り組む方と、ICTの知識をいかしたものづくりの街の活性化に取り組む方。この2人が、岡谷市の新しい文化を紡ぐ動きの鍵を握っています。
岡谷市で何がはじまっているのか、これからどんなまちになっていくのか。いま第1期地域おこし協力隊として活動している、佐々木千玲(ささき・ちあき)さんと橋口とも子(はしぐち・ともこ)さん、そして岡谷市役所ブランド推進室主幹の伊藤和彦(いとう・かずひこ)さん、トップ画像でもはじけるような笑顔をみせてくださった工業振興課の矢澤祐輔(やざわ・ゆうすけ)さんとブランド推進室の大島俊輔(おおしま・しゅんすけ)さんにお話を伺いました。
養蚕から、シルク製品まで。「オール岡谷産シルク」も夢じゃない
そもそも、岡谷市が地域おこし協力隊を募ることになったきっかけは、まちの発展の基礎をつくった「シルク」をめぐる地域の動きでした。
生糸を生産する製糸業は、日本では明治から昭和の初期にかけて、重要な輸出産業として成長。しかし、いまも国内で操業している製糸場は4か所のみに。そのうちの1か所が、かつて「SILK OKYAYA」の名を世界に轟かせた岡谷市にあります。生糸の原料となる繭をつくる養蚕はいちど途絶えてしまったものの、10年ほど前から復活に向けた試みがスタート。そして、蚕を育てるところから絹織物製品をつくるところまでを一貫して岡谷で行う、「オール岡谷産シルク」をめざす動きも生まれてきました。
伊藤さん 岡谷で生産されたシルクを「岡谷シルク」というブランドにし、地域の人たちがともに育てていくことをめざしています。地域ブランドをつくっていくに当たって必要なのは、私たち行政にはないブランディングの視点。そして、シルクづくりの原点となる養蚕においても、ブランド化を見据えた活動が必要です。そうした理由で、地域おこし協力隊の第1期では、オール岡谷産シルク製品のブランディングと養蚕振興に関わってくれる人を募集することにしました。
蚕を育て、糸を取り、絹糸を織ってシルク製品をつくる…。これまでそれぞれの持ち場でこだわりを持ってお仕事をしてきたシルクの担い手たちがつながり、地域ブランドをつくる。その鍵を握る存在として期待されているのが、地域おこし協力隊なのですね。
コンセプトと体制づくりからはじまったブランディング活動
いま岡谷市では2期目の地域おこし協力隊を募集中ですが、今回着任する協力隊も、1期の協力隊の活動から得られるヒントは大きいはず。そこで1期の協力隊として活動した佐々木さんと橋口さんに、その活動を振り返ってもらうことにしました。
第1期の地域おこし協力隊として、「岡谷シルク」のブランディングと情報発信に取り組んできたのが、佐々木千玲さん。
佐々木さんは元々、東京の映画配給宣伝会社でマーケティングとPR業務に携わっていました。そんな中、染織に関心をもち、自ら京都の学校などで学ぶように。やがて、織物に関わる仕事がしたいと思っていたところに岡谷市の地域おこし協力隊の募集が目にとまり、応募したのだそうです。
佐々木さん 織物に携わっている人たちから、「織物の仕事を考えているのなら、岡谷市にある宮坂製糸場に一度は行ったほうがいい」と言われて、岡谷を訪れたことがありました。いま国産の絹は本当に貴重なんです。それを守り続けている場所で、自分が仕事で培ってきたブランディングの知見をいかせるのならぜひ! という思いで応募し、ありがたいことに採用していただきました。
そんな佐々木さんの地域おこし協力隊でのお仕事は、まず、ブランドとは何なのかを関係するみなさんで考えることからはじまったそうです。
佐々木さん 岡谷市の担当者から、岡谷シルクのブランディングに関することとオール岡谷産シルク製品の開発を任されましたが、ブランドというのは単に物だけでは提供できない無形の価値であって、どういう価値を届けたいのかを深堀りし、それをストーリー化する。その上でそのブランドを体現する物として製品をつくるのだということをシルクの関係者をはじめ、市の担当者にお話したのです。
そして、岡谷でしか提供できない魅力とは何かを地域のみなさんと探り、就任から2年目となった今年、ようやくブランドコンセプトとして落とし込むことができました。そのコンセプトに基づいて次に行ったのが、協議会の設置でした。
今年の7月に立ち上がったばかりだという「岡谷シルクブランド協議会」。そのメンバーにはどういう人たちが集まっているのでしょうか。
伊藤さん 養蚕、生糸づくり、織物づくり、それぞれに携わる人たちはもちろん、金融機関や商工会議所のみなさんもメンバーとして参加しています。地域を盛り上げようという人たちが、シルクを軸に岡谷市のその先を考える機会というのは、実はいままでなかったんですよね。協議会では、「岡谷シルク」の地域団体商標登録や認証制度を設けたりすることもめざしています。
シルクに関わる人たちと、まちのこれからを考える人たちがつながる。そんな前向きな動きができたのも、地域おこし協力隊によるブランディングの賜物なのですね。
佐々木さん ブランドコンセプトができて、ホームページを立ち上げ、地域の人たちと協力しながらシルク製品のプロトタイプをつくる…。2年かけて、ようやくここまで来た、という感じですね。
その間にも、InstagramやFacebookといったSNSでシルクに関する取り組みや地域の魅力を伝えることもやっていて、結構大変です。でも、やればやるほど岡谷という地域や人の魅力がわかってきて、とても充実していますね。
養蚕の復活に向け、地元の人たちと桑園で試行錯誤する日々
佐々木さんとともに、第1期の地域おこし協力隊として養蚕に取り組んでいるのが、橋口とも子さん。
もともと絹が大好きだったという橋口さん。絹について勉強するうちに、絹の源を生み出す蚕のことを学ぼうと東京農工大の社会人向け講座で学びはじめたところ、養蚕の虜になってしまったのだそう。5年に及ぶその学びを、実践を通して深めていきたいという想いで、地域おこし協力隊に応募しました。
橋口さん 絹について学びを深めれば深めるほど、養蚕の奥深さに魅力を感じるようになっていきました。養蚕がすっかり過去のものになりつつあるいま、それまでその土地で培ってきた技術や伝統を大切にしている岡谷市が養蚕を復活させようとしていることに感銘を受けました。そんな岡谷市で養蚕に関わる地域おこし協力隊を募集していると聞いて応募したんです。
養蚕がいちど途絶えてしまった岡谷市で、復活への取り組みが始まったのは10年ほど前。かつて養蚕のお手伝いをしていたという地域の人たちを中心に、地道に手入れされてきた桑園の管理をすることが地域おこし協力隊の仕事として求められていました。
橋口さん養蚕は、お蚕様の餌となる桑の栽培をして、お蚕様を育てるという、自然が相手の仕事です。東京農工大で学んでいたときは相模原の農場でお世話をしていたのですが、環境がまったく違う岡谷での養蚕は勝手が違い、最初は戸惑うことばかりでした。
戸惑いつつのスタートになった橋口さんは、近隣の箕輪町にいるベテランの養蚕農家さんからアドバイスをもらいながら地域の人たちと試行錯誤を繰り返し、充実した毎日を過ごしているそうです。
橋口さん 他の地域からきた私に求められているのは、お蚕様を育てて繭をつくることはもちろんですが、その先にある岡谷のこれからを見通した上で、養蚕文化をつくっていくことでもあると思っています。つまり、今後のことを考えながら、いま生きているお蚕様のお世話をするということですね。その流れが軌道に乗りつつある実感があります。
橋口さんが取り組んでいる養蚕と、佐々木さんが取り組んでいるブランディング。それらの活動が組み合わされることで、岡谷では新しいシルク文化が芽吹いています。シルク製品をつくるという「ものづくり」だけではなく、「人づくり」にもシルクが貢献しているそうですが…。
佐々木さん 岡谷市には、「岡谷蚕糸博物館―シルクファクトおかや―」という製糸工場を併設した、世界でも類をみない博物館があります。そこでは製糸業や養蚕について学べるだけではなく、お蚕様の飼育体験やワークショップができるようになっています。
さらに岡谷市では、教育委員会と蚕糸博物館が連携して、蚕を活用した教育に力を入れていています。蚕を育てるところからシルク製品をつくり、販売するところまでを小学生が体験する、生き物を通じた学習も行われています。こうしたプロセスを通して、地域の文化を学ぶことはもちろん、チームで主体的に学び、考える、いわゆるアクティブ・ラーニングにもつながっているんですよ。
蚕を育てることが、人と地域を育てることにつながる。地域の自然資本をいかした他にないまちづくりの構想に、地域おこし協力隊と共に取り組んでいるのですね。
職人的な精密機器の製造業に、ICTとコミュニケーションの力を
岡谷シルクにまつわる仕事を引き継ぐ隊員に加えて、今回新たに岡谷市が地域おこし協力隊として求めているのが、「ICT技術を切り口とした産業振興及びシティプロモーション」に取り組む隊員。そこには、どのような背景と意図があるのでしょうか。岡谷市工業振興課の矢澤さんに聞きました。
矢澤さん 岡谷は「ものづくりのまち」と言われていて、製造業が盛んなまち。精密機器などの分野で高い技術を持っている企業が集積しているのが特徴です。生産性の向上、業務の効率化または既存事業の発展に向け、デジタル技術や先端ツールを導入している企業がある一方で、専門的な知識を要することや人材不足が理由で積極的にICTの導入が進まない企業もあり、市ではこういった課題の解決に向けた支援を行っています。
岡谷市には、産業振興拠点となる「テクノプラザおかや」という施設があります。工業製品の展示会をはじめとして、講演会や異業種交流など幅広く使われてきたこの施設に、今年の6月、コワーキングスペースが開設されました。
このコワーキングスペースは、製造業の人だけでなく、起業を考えている人やリモートワークをする人など、幅広いビジネスパーソンが利用可能。今回募集している、ICT分野の地域おこし協力隊には、まずこのコワーキングスペースを活用したイベントやセミナーの運営が求められています。
矢澤さん テクノプラザおかやには、製造業を中心とした様々な企業の方が多く訪れます。そうした人たちにICTについて関心を持ってもらうきっかけとなるセミナーや、ICTに関わる企業やビジネスパーソンが交わる場となるイベントなどをどんどん企画できる人に来てほしいですね。また、他の地域から来たからこその客観的な視点、そしてICTスペシャリストとしての視点で、岡谷の産業を盛り上げてもらうことも期待しています。
工業振興課には、製造業の企業からICTに関する相談もどんどん寄せられているそうです。
矢澤さん 岡谷市には、職人的な技術を持った小さな企業も多く、本当に小さいところだと家族経営のようなところもあります。そうした企業からは「単独でICTを事業に取り込むのは難しい」との声も耳にします。その一方で、相談を聞いていると、「手作業やFAXなどのアナログツールによる作業は、ICTを活用して効率化できるものがあるのでは?」と思う案件も少なくありません。
では、地域おこし協力隊に求めるICTのサポートは、具体的にはどのようなことが考えられるのでしょうか。
矢澤さん 例えば、本業に注力するあまり、自社のホームページの更新が追い付かない企業や自社のホームページを作成していない企業もあります。まずはそうした情報発信のサポートをお願いしたいです。
将来的には、「岡谷市にはこんな企業があって、それぞれがこんな技術を持っている」ということがパッとわかるようなウェブサイトをつくっていきたいと思っています。そのためにも、それぞれの企業が持つ特徴的な技術をウェブ上で「見える化」したいなと思っています。
工業振興課では、企業に対してだけではなく、地域へのICTのナレッジ(知識)の浸透も目指しているとか…。
矢澤さん いまある企業のICTの活用を推進するのはもちろんですが、地域全体のICTスキルを高めて、新たな産業が生まれる動きをつくっていきたいと思っています。テクノプラザおかやのコワーキングスペースを活用して、地域の人たちにICTに関する講座を開いてもらったり、子どもたちにプログラミング教室を開いてもらったりと、市民向けの活動も、地域おこし協力隊の方のアイデアで展開していってもらいたいですね。
ICT分野の地域おこし協力隊に求められる業務の範囲は幅広くなっていますが、工業振興課として進めている業務でもあることから、応募してきた人のスキルやパーソナリティに応じて柔軟にお願いするタスクを決めて、課の担当者とともに進めていく形になるそうです。
都会の便利さも自然の美しさも楽しめて、移住者ウェルカムな環境
これまでは地域おこし協力隊の仕事について伺ってきましたが、地域おこし協力隊として働くとなると、岡谷市に住むことが前提となります。暮らしの面で、岡谷市はどのようなまちなのでしょうか。地域おこし協力隊のお二人に聞いてみました。
佐々木さん 長野っていうと「自然の中」というイメージがあったんですけど、岡谷って、まちの真ん中に有名なチェーン店もたくさんあったりするところなんです。最初は正直、「えっ、そういうの求めてなかったんだけど…」と思ったこともあったんですけど、住んでみたらやっぱり商業施設が充実していたりするのは便利なんですよね。
それでいて、中心部からちょっと離れると諏訪湖という大きな湖がありますし、山もある。ライフスタイルが東京とあまり変わらなくて、すぐそばに雄大な自然があるというところが暮らしやすいです。ご近所さんから野菜のおすそ分けがあったりするところは、東京にはない魅力ですね。
橋口さん ふだんの暮らしが便利なところはもちろんですが、東京から2時間半くらいで来れるという距離感もいいですね。私は単身赴任で岡谷に来ていて、旦那さんは東京にいるのでよく行き来をするのですが、あまり不便を感じません。地方にお試し移住とか、二拠点生活を考えている方には向いているまちだと思いますね。
なるほど、都会としての暮らしやすさと、自然との近さが絶妙なまちなのですね。移住して来る人に対する地元の人の反応も気になるところですが…。
矢澤さん 岡谷は製造業の企業がたくさんあるので、昔から転勤で来る人も多いまちなんです。そうしたこともあって、よその土地から来る人も基本的にはウェルカム、という雰囲気です。長野ではありますが、諏訪地方は雪も少なく夏は涼しいので本当に暮らしやすいですよ。
地域おこし協力隊というより、新しい岡谷づくり応援団!?
「岡谷って、地味にいいまちだよね!」そんな空気で盛り上がったみなさんに、最後に聞いてみました。ズバリ、「どんな岡谷にしていきたいですか?」
伊藤さん 製糸業が盛んだった頃、その担い手の多くは地域外からの若い女性でした。また、産業が盛んだったことで、まちも賑やかで様々な人たちがたくさん訪れていたので、かつての岡谷駅前には女性とか若い人が溢れていたと思うんですよね。地元にあるものと、外からくる人たちが交わって新しいものが生み出されていった。そんな光景をもう一度見てみたいと思っています。
矢澤さん 岡谷市の総合計画の中に「快適な生活を支え、住み続けたいまち」というまちづくりの目標もあり、もともと地域の人が地元の宝である子どもたちを見守る文化があるので、そういった文化をこれからも大事にしていって、子どもからお年寄りまで、みんなが笑顔でいられるまちをつくっていきたいです。
大島さん まちに住む人が幸せに、誇りを持って生きていけるようにしていきたいですね。岡谷に住む人が誇りとして共有できるもの、そのひとつがシルク文化なのかなって思っています。その誇りがまちの魅力になる、そういう循環をつくっていきたいですね。
橋口さん 岡谷で生まれ育って、他のまちに出たとしても、また帰って来たくなるようなまちになるといいですね。そのために、いま私たちがはじめた取り組みが実を結ぶよう、これからも協力していければと思います。
佐々木さん いま取り組んでいるブランディングも、10年後の子どもたちに向けて活動をしているところがあります。いまシルクのことに興味を持ってくれた子どもたちが、10年後、岡谷のシルクに誇りを持って、新しいシルク産業をつくっていく。そんなまちになるといいなと思います。
私自身、ずっと東京に暮らして働いているのですが、正直、人の多さや慌ただしさをしんどく感じはじめています。かといって、ワイルドな田舎で暮らす覚悟もなく…。その点、岡谷のような、まちとしての便利さはありながら、ちょっと足を伸ばせば自然が楽しめるという環境はとても魅力的ですね。
大都会でもない、大自然でもない。どちらでもないところが、一見地味な感じがするのですが、岡谷市のみなさんのお話を聞いてみると、どちらでもないということが、むしろ「どっちもある」という価値なのだとわかりました。
岡谷の発展を支えた製糸業というのは、養蚕という土地にあった自然資本をいかし、多くの人が関わる工程で成り立つ産業です。自然と人が織りなす、絹のように美しい文化が静かに根付いている。そんなまちへの愛情が、静かに、熱く語るみなさんから伝わってきました。
岡谷では最近、蚕の蛹をエサにしたうなぎ「シルクうなぎ」を宇宙食にしようという活動など、若い人たちを中心に、地元の資産を活用した地域おこしも盛んになってきています。そうした動きと地域おこし協力隊の力で、ますます面白いまちになっていく予感がします。シルクとICTという二つの分野で募集中の、長野県岡谷市の地域おこし協力隊。我こそはという方は、ぜひチャレンジしてみてくださいね。
(撮影:五味貴志)
– INFORMATION –
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また、動画としてアーカイブすることで、「興味があるけど当日参加できない!」という方にも後日共有していく予定です。アーカイブ視聴は「グリーンズジョブオンラインコミュニティ」にて公開いたします。ご希望の方はこちらのページをご確認のうえ、ご参加ください。