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ブランドとファンの間に「熱狂」を生んできた高橋遼さんが、コミュニティで大事にしている「真実の瞬間」とは。

「コミュニティに完成形はない」

と話すのは、今回のコミュニティの教室で講師を務めてくれる高橋遼(たかはし・りょう)さん。マーケティング支援を主に行う「株式会社トライバルメディアハウス 」でコミュニケーションデザイナーとして働いています。

高橋さんの主な仕事は、マーケティングを大きな視野で捉えて、クライアント企業が展開しているブランドとファンの間のコミュニケーションを図り、ブランドとファンが価値を共創していく関係をつくること。高橋さん自身は「ブランドのファンを軸にしたコミュニケーションをデザインする仕事」と説明します。

コミュニティマーケティングという言葉を聞くことが増えてきましたが、高橋さんが考えるコミュニティはマーケティングの手法などではありません。では、高橋さんにとってコミュニティとはどのようなもので、それをつくり運営していくための秘訣とは何なのか、コミュニティの教室でコーディネーターを務める長田涼(ながた・りょう)さんとの対談で、紐解いていきます。

高橋遼(たかはし・りょう)
トライバルメディアハウス コミュニケーションデザイナー、ヤッホーブルーイング エア社員。
2010年にトライバルメディアハウスへ参画。主にファンを軸としたマーケティング戦略・実行に従事し、これまでに航空会社、ファッションブランド、スポーツブランド、化粧品ブランド、飲料メーカーなどを担当。2020年2月よりヤッホーブルーイングのエア社員に就任。宣伝会議『ニューノーマル時代のブランド戦略から考える顧客獲得講座』『ファンイベント講座』など登壇多数。MarkeZineにて『ファンを軸としたマーケティングの設計図』を連載。著書に『熱狂顧客戦略』。

マーケティングの深さを知る

長田さん 最初に、高橋さんがどんなことをやってきたのか伺いたいのですが、ずっと今の仕事をされているんですか?

高橋さん 新卒で入ったのは屋外広告などをやっている会社で、そこから「トライバルメディアハウス」に転職して10年になります。

長田さん キャリアチェンジのきっかけは何だったんですか?

高橋さん ちょっと長い話になりますが、前職で3年半ぐらい勤務したあと、田舎の鳥取に帰ろうかなと考えて就職先を探していた時期があったんです。そんなときに気になる話を聞きまして。地元には運転代行の会社が2社あって、サービスも値段もそれほど変わらないのに、片方の会社は社長が熱心にブログを書いていて、そっちを頼む人が徐々に増えているっていうんです。

それまでやってきた広告の仕事ではずっと、企業主体で売り込んでいくプッシュ型でやってきたんですが、どうやらマーケティングというのはそういうものではなくて、中の人の熱量とか、「この人が好きだから、この人のつくってるものを選ぶ」とか、そういうところに本質がありそうだとそこで感じたんです。

その丁度同じくらいのタイミングで、(トライバルメディアハウス)代表の池田紀行が書いた『キズナのマーケティング』を読んだんです。そこにはまさに僕が聞いた田舎の代行サービスにある企業と生活者の間にある絆の話が書いてあって、こういう世界のマーケティングをもうちょっと深くやってみたいなと思って、転職をしました。

長田さん それから10年ですか。2018年には『熱狂顧客戦略』という著作も出されていますが、その経緯はどのようなものだったんでしょう?

高橋さん 会社としてマーケティングに関する書籍を継続的に出版していて、今回僕が機会をいただき執筆するに至ったという経緯です。

僕自身、『キズナのマーケティング』の続きを書きたいという思いがずっとあって。『キズナのマーケティング』が出版されたのが2010年で、当時国内でもいくつかの企業がSNSでのコミュニケーションを始めていました。そこから5年以上が経って、日本ならではのSNSの使われ方をされるようになったり、新しいファンの獲得方法などが議論されるようになったりする中で、ファンとの絆のつくり方を現代版にアップデートしたいと常々考えていたんです。

2015年ごろにはSNSの企業アカウントのフォロワーが数十万とかになっていて、同じフォロワーでも、人によってブランドに対する熱量に差があると感じていました。その中で、ブランドに熱量を持ってくれているファンを大切にするためにいい概念はないかと社内で話していたんです。そこで、代表の池田が「熱狂」という考え方を提案し、「ファンの熱狂」という考え方ってすごい可能性があるんじゃないかって言いはじめたんです。

そこから「熱狂」をキーワードに仕事を進めていく中で「本を出すなら僕に書かせてください」と代表に言って企画書を出したんです。

長田さん そこから実践してきたことを理論としてまとめたということですか?

高橋さん 僕一人でつくっているというよりは、トライバルメディアハウスのスタッフみんなが日々プロジェクトの中で向き合っていることを整理し直したものとも言えます。僕の考えというよりは、会社でやってきたことを再整理した感じの本ですね。

ファンを軸にしたマーケティングへ

長田さん 本のタイトルにもある「熱狂」がマーケティングのキーワードということですが、ファンの熱狂とは具体的にどのような考え方なんでしょう?

高橋さん 日本にマーケティングという言葉が入ったのは戦後と言われているんですが、戦後70年間ずっと、各企業は商品を買ってもらうまでのところにマーケティング予算の大半を投下してきました。よくアテンション・エコノミーって言われますが、振り向いてくれていない人たちをどう振り向かせるかをマーケティングの担当者はずっと考えていた。

しかも大手企業は、すでにこの買ってもらうまでのマーケティングにあらゆる手法を尽くしてやっていて頭打ちになっている企業が多かった。そういう企業に、100ある予算のうち5とか10だけでもファンのために使ってみませんかという提案をしています。

そもそも企業の中の人が、自分たちのファンに直接会ってない人が意外と多いんです。日本ってすごくおもてなし文化なので、お客様= 神様と一般論として言われることが多くて、企業の人がお客様とコミュニケーションを取ることで、何か失礼なことがあってはいけない ということで躊躇される方が多いので。

でもそれは間違っているというか、ファンの人はそうした扱いを求めてない。だから、企業の中の人がファンを見る目線やマインドセットを変えていくことから始める必要があると思っています。

長田さん 実際にファンに会うというのはどういうことをするんですか?

高橋さん ファンに会う最大の目的は、ファンを理解することです。どうしてそのブランドを好きになったのか、ブランドのどこが好きなのかといったような。でも、好きな理由は言語化しづらいと一般的に言われているので、聞くときは、「なぜ」ではなくて「どういうふうにファンになったんですか」と聞きます。その人の足跡を辿っていったほうが、このときにこういう出来事があって好きになったんですとか、ブランドのファンになった「真実の瞬間」みたいなものが見えてくるんです。

それがわかるとファンの文脈が見えてきます。ファンと一口に言ってもいろいろな人がいます。よくランニングシューズで例えるんですけど、同じブランドのファンでもとにかく早く走りたくてそのブランドのシューズを使ってるファンもいれば、仲間と出会えるところにそのブランドの価値を感じているファンもいるように、どんな文脈でファンになったのかがわかるんです。

「ファンの持つ文脈」の例,高橋さんのnoteより

長田さん その文脈から、ファンとのコミュニケーションの方法を考えるということですか? これはイベントのほうがいいねとか、コミュニティのほうがいいねとか。

高橋さん そうですね。その文脈によって、ファンとどのようなコミュニケーションを取るのがいいのか、ファン同士が出会う場をつくったほうがいいのか、ブランドとファンが出会う場をつくったほうがいいのか、お祭りみたいなイベントをやるのがいいのかを判断します。

「ファンから逆引きする」ってことをよく言うんですけど、ファンの文脈を紐解いていくことで、何が適しているかが見つかるんです。そうやってコミュニケーションを図ることで、一緒に肩を組んでいく仲間になっていく。

熱狂をどうつくるかー文脈と関与度

長田さん そうやってファンの声を聞いてコミュニケーションを図ることが大事なのはわかりますが、そこから熱狂をどうつくっていくのか。ファンの声を聞くという第一歩目から、どういうふうな次の一歩を踏めば、ファンと価値を共創できるような関係になっていくんですか? そこには高い壁があるように思うんですが。

高橋さん 同じ目線に立つって言ってしまうと乱暴ですが、例えばファンの人たちと会うときに自分たちのことをさらけ出していって、どうしたらいいだろうかということをファンの人たちに聞く。そうするとファンの側も企業目線でディスカッションをしてくれることがあります。

ブランドとお客様という垣根を一回取り払って、ファンの人に企業側の目線に立ってもらうような機会を提供するというのは一つあるんじゃないでしょうか。

長田さん たしかに垣根を取っ払わないと仲間意識が芽生えないですよね。目の前に壁があるのに仲間って言われてもピンとこないというか、ドアが開いているからこそ同じ空間に立って仲間になれるというのはあると感じました。

高橋さん もちろん全員に仲間意識を持ってもらうことはできないので、そういう視点に立ちたい人はこっち側の椅子に座ってもらうような体験を提供しますし、遠くで見ていたいような人はそのままの体験でいいと思うんです。文脈も幅広いですけど、ブランドに対する関与度も、なんなら社員になりたいって人もいれば、遠くから眺めてるだけでいい人もいる。

横軸に文脈、縦軸に関与度を置いてファンをマッピングしたりするんですけど、関与度の高さと文脈を考慮して、その人にはどんな体験がいいのかそれぞれ考えてコミュニケーションしていきます。

ファンの関与度と文脈の例,高橋さんのnoteより

長田さん なるほど。

高橋さん それをブランドの担当者の方と共通言語にしていくと割と目線が合いやすいし、結果に結びつきやすいですね。

企業にファンとのコミュニケーションが大事だとわかってもらうには?

長田さん 僕がコミュニティの仕事をしていて難しいなと思うのが、指標の部分なんです。KPIをつくりにくかったり、定量的なものより定性的なものを見がちだったりして、数値化がすごく難しい。高橋さんは、どうやって指標を設けてますか?

高橋さん まず、コミュニティ単体で定量的に見るのはすごく難しいです。だから、コミュニティ単体で成果を測定する よりは、コミュニティの外でどんなマーケティングの効果を得るかで価値を測っていきましょうという言い方をします。

例えばコミュニティの中から生まれたコンテンツがどれだけ見られたかとか、コミュニティの中でファンがつくったコンテンツをSNSに投稿したときにどんなパフォーマンスだったかとか、PRとセットで効果を測っていく方法を取ります。

長田さん コミュニティは原液とか土台みたいなものでしかなくて、アウトプットを見て指標をつくっていくんですね。

高橋さん 原液って言い方、いいですね。まさにそうで、マーケティングの部署だけではなく、他の部署にもまたがって成果を出していくことでコミュニティをブランドにとって欠かせない存在にしていく。ファンの声を直接聞くことで、社内の他の組織にもいいフィードバックがあれば、切っても切れない存在になっていきます。

長田さん 本当そうですね。すぐ終わってしまうコミュニティって、企業にとってあってもなくてもいいものだよねって認識されて終わっていくと思うんです。そういう意味でも社内の結びつきをつくるってすごい大事なポイントですね。

高橋さん 逆に長田さんはどうやってコミュニティの成果を見てるんですか?

長田さん 僕の場合、コミュニティを一つの施策として見てるというよりは、コミュニティそのものが事業になっているパターンが多いんですよ。スクールとかまちづくりとか、そのコミュニティがなくなると事業が止まるレベルの取り組みを担当することが多いので、そこまでやばいなとなったことはあまりないんですけど。失敗はありますよね。今、高橋さんが言っていただいたことに気づいていれば変わったのかな。

高橋さん 僕らも失敗を繰り返して今はそういう結論に至ったって感じですね。

長田さん 印象的な失敗談ってありますか。

高橋さん 成果の部分で経営層が求める成果と現場が求める成果がずれてたパターンとか。あとは、元アマゾンウェブサービスジャパンの小島英揮さんが以前話していたのですが、「sell through the community(コミュニティの人たちを通じて売る)」ではなくて「sell to the community(コミュニティの人たちに売る)」になってしまっていて、 ファンがコミュニティに参加する動機とブランドがコミュニティを運営する動機とのギャップが出てきてしまうケースとかは、過去に結構あったと思います。

長田さん 失敗を重ねてそうじゃないということに気づけたということですね。

高橋さん そうですね。でも今が完成形かというとそうではなくて、コミュニティを持続する時間はどれくらいが最適なんだろうとか、コミュニティの分け方ってどうすればいいんだろうとか、考えてます。ただ、正解がわからないというよりは正解がないことのような気がします。

長田さん 正解がないというのは僕も思っていて、大事にするってポイントはたくさん持っているんですが、この通りやったらうまくいくという解はない。それぞれのコミュニティでここだからできることがあるはずだし、それがなにかを見ていきたいという思いがある。だから、いろいろなことを実験していくスタンスであり続けようと思うし、それがコミュニティをサポートする側にとって大事なスタンスなんだと思います。

高橋さん 僕は、ファンがどんな人なのかを見つけて、そこから逆算でどういう場が求められているのかを考えていったほうが結局ファンに寄り添った形になると思います。

長田さん それって誰が本当に主役なのって問いだと思うんですね。運営や発起人がコミュニティの主役だと思う人もいるけど、僕は現場が主役だろうと思っていて、高橋さんにとってはそれがファンで、だから本当に共感します。

個人の幸せを増やしたい

長田さん これまでは企業側の目線でしたけど、ファンとか消費者の目線から実現したいことってなんでしょう?

高橋さん さっき言ったブランドのファンになる「真実の瞬間」って本当に一瞬の体験によってつくられることがあるので、ミクロなところでそういった体験をつくっていくことができればいいなと思います。僕らが支援するイベントなどで、一瞬でもいいので思い出に残るようなすごく貴重な体験ができると、僕らの存在価値があるのかなと思います。

長田さん 「真実の瞬間」が生まれることを少しでも増やしていきたいということですか?

高橋さん そうですね。コミュニティやファンイベントって「場」というメタファーで語られることが多いんですが、ファンの声を聞いていくと、特定のこの瞬間で好きになったというような、思い出になったタイミングを持っているというのが実感値としてあるんです。だから、場をつくるというよりは、ファンにとっての一瞬の思い出をどうつくるかが大事で、真実の瞬間づくりが僕が仕事をしていく上でのミッションの一つと言ってもいいかもしれないですね。

長田さん 僕もコミュニティで世界を変えたいとは思ってなくて、でもコミュニティを通じて幸せになれる人が増えていくとは思ってます。コミュニティの世界って、コミュニケーションを大事にしているから、そういう目線になるのかなって感じますね。

コミュニティは手法じゃない

長田さん 高橋さんは以前、企業はコミュニティを自分たちだけの資産にとどめておくべきなのかってブログで書いていたことがあったと思うんですが、どういうことか説明していただけますか?

高橋さん コミュニティって今、ある種のバズワードになっていて、コミュニティをやりたいって相談を企業からもらうことも結構あります。でも、それが何を指しているのかきちんと考えたほうが良くて、コミュニティを一個の手法と考えて、お客さんを柵で囲い込むためにコミュニティをつくりたいんだったら、それは無理だと思うんです。ファンの人もそのブランドのことだけを24時間考えてるわけじゃないので。

それよりもブランドは社会そのものを広義のコミュニティと捉え、そこに出ていって体験を提供するという考え方のほうがいい。そのほうがさっき言ったファンの文脈に沿った体験がきちんとできるんじゃないかと思うんです。ファンはそのブランドの振る舞いを見てますから。

長田さん 本当にその通りだと思います。コミュニティってある程度クローズな空間になってしまうので、そのあたりは勘違いされがちですよね。ブランドがコミュニティを形成したとしても、選ぶのはファンの側で、あくまで彼らのライフスタイルの一つでしかないし、だからこそ、また来たいと思ってもらえる魅力的な環境をいかにつくれるかがコミュニティ運営で大事なことだと日々気をつけてます。

高橋さん 本当にそうだと思います。

長田さん 最後に高橋さんを講師に迎えて開催する「コミュニティの教室」を受けてくれる方に向けてメッセージがあればぜひ。

高橋さん さっきも言った通り、コミュニティに正解はないし、完成形がないんです。なので、僕を先生として見ないでくださいっていうのを言いたいです。僕の言うことがすべてで、僕のことを吸収してほしいというのではなく、みんな一緒の目線で意見交換できたほうが価値のある場になると思うので、一緒に考えていければいいですね。

長田さん 僕も講師として毎回講義に立っていろいろな話をするんですが、それを鵜呑みにしてほしくないなっていうのは思ってるんです。コミュニティに集まる人も違うし、大事にしてる価値観も全然違う中で同じことやってもその通り行くとは到底思えない。だからこそそれぞれが自分で考えていかないといけないし、それができる場になればいいなと思っています。

(対談ここまで)

高橋さんは仕事としてコミュニティ運営をしているわけですが、その目線の先にあるのはクライアント企業ではなく、コミュニティを構成するファンの人たちだと感じました。ファンの人たちの幸せが結果的に企業のためにもなるという考え方でコミュニティ運営をしているのです。

お二方の言う通りコミュニティにはさまざまな形があり、それぞれ最適なやり方は異なっていますが、長田さんも「現場が主役」というように、コミュニティを構成する人たちの幸せのために何ができるのかに立ち返ることが重要なのだと感じました。

「コミュニティの教室」もまた一つのコミュニティであり、そこにはさらに多くの学びがあると思います。コミュニティと関わっていこうと思っている人はぜひ、高橋さんや長田さんと一緒に考えるコミュニティに参加してみてください。

– INFORMATION –

人と人のつながりをいかそう。コミュニティの本質を探求するコミュニティの教室(入門編)第6期


コミュニティの領域で活躍する実践者をゲストにお招きし、共に学び、本質を探求する「コミュニティの教室」。
今期は、オンラインでのコミュニティの育み方にも着目していきます。
(募集締切日:9月30日(水))

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