あなたは“コミュニティFM局”の存在を知っていますか?
コミュニティFMとは、FM発信周波数の電波を使用して放送し、地域情報の発信拠点として活動する小さなラジオ局のこと。「地域密着」「市民参加」「防災および災害時の放送」など地域の特色を活かした情報発信に適していると言われています。
「FMわぃわぃ」は、1995年に発足し25年にわたり神戸市長田区で活動する団体です。阪神・淡路大震災の際、被災地において安否確認情報を外国語で流すことからスタートし、コミュニティFM局として地域とともに歩んできました。2016年にはFM周波数を使っての放送を終え、現在はインターネットラジオ局として運営しています。
コンセプトは「多文化共生のまちづくりの発信基地」。地元・長田区の地域情報とともに、日本語が十分に理解できない在日外国人に向けての多言語放送や、障がい者・難病・女性・外国人・ジェンダー・宗教などダイバーシティ(多様性)をテーマにした番組を制作し、発信しています。
開始当時からボランティアとして運営に関わり、2003年からは総合プロデューサーとして活動してきた、現代表理事の金千秋さんに、設立の経緯から現在の活動内容に至るまでのお話をうかがいました。
「特定非営利活動法人エフエムわぃわぃ」代表理事。神戸生まれ神戸育ち。1995年の阪神・淡路大震災で家が全壊。震災から2週間後にスタートした在日コリアンコミュニティの安否確認ツールFMヨボセヨに参加、その後「たかとり救援基地」でのベトナム人主体のFMユーメンと合流して生まれたFMわぃわぃでボランティアとして活動を継続、総合プロデューサーとして活躍、2016年4月から特定非営利活動法人エフエムわぃわぃ代表に就任。
1995年、阪神・淡路大震災から始まった
「FMわぃわぃ」のスタジオは、神戸市長田区、JR鷹取駅の近くにある「カトリックたかとり教会」の一角にあります。2階建てのモダンな建物や中庭の佇まいは、教会というよりは、公共のホール施設のようにも見えます。
この建物が比較的新しいのには理由があります。神戸市長田区は1995年1月に起きた阪神・淡路大震災の際に大規模な火災に見舞われ、7,000棟近い建物が焼失しました。ここ、「カトリックたかとり教会」もそのひとつ。
これは1995年1月17日の午後、まだ門柱が残っています。当時主任神父だった神田神父とパウロ神父が「火災が迫っていてもう駄目だね」って言ってるところです。もう夕方なんですけど、(隣駅の新長田で起こった火災が)まさかここまで来ないだろうと思っていたら、ここまで延焼したというわけです。
1927年に聖堂が建設され、最初に就任した神父はフランス人だったという「カトリックたかとり教会」は、当時から多く在住していた韓国・朝鮮人や、1980年代にボートピープルと呼ばれる難民として来日し長田の靴工場などで働いていたベトナム人が、ミサに通うだけでなくコミュニティの場としても利用していました。
震災後、教会のあった場所にボランティアや被災した地域の人、教会の人が自然と集まり、炊き出しや避難所支援、仮設住宅支援、臨時診療所から、ことば支援、生活支援、まちづくりまでを担う「たかとり救援基地」として3年間活動し、その後「NPO法人たかとりコミュニティセンター」へと発展していきました。
また、震災の2週間後にはひと駅隣の新長田で在日コリアンによる「FMヨボセヨ」が、3ヶ月後には長田で働くベトナム人のための「FMユーメン」が在日コリアンの支援により誕生し、自分たちの言語や英語などで日本語のわからない被災者に向け震災に関する情報を放送。数ヶ月後にこの2つが合流し、多言語ラジオ局として誕生したのが「FMわぃわぃ」です。
その後、建築家の坂茂さんが設計した仮設集会所兼聖堂「ペーパードームたかとり」が完成。「FMわぃわぃ」を含め、当時活動していたコミュニティ団体もこの地で活動を続けることになりました。教会に訪れる信者のコミュニティは現在も「FMわぃわぃ」で大きな役割を果たしています。
みんなの困りごとに寄り添っていたら、多言語も多様性も根っこは同じだった
最初は多言語での情報発信を中心に続けていた「FMわぃわぃ」ですが、金さんは、「いろんな人の困りごとに寄り添っていたら多様性につながった」と話します。
今は避難所にも授乳室があると思うんですけど、阪神・淡路大震災の頃は、小さい子ども連れの人、高齢の方や知的障がいを持つお子さんは避難所には行けなかった。
外国語の情報がないというだけじゃなく、言語以外にもこんなことで困ってる人がいるっていうのがわかって、FMわぃわぃでもその情報を発信していくことになりました。
他にも、震災で焼けた家を再建する手続きの方法、商店街再建の権利関係など、ご近所に必要な情報を提供していると、テーマは自然に広がっていったそう。
当事者の人に出演してもらっているので、番組にはいろいろな人がやってきます。
例えば視覚障がい者の人が話す番組では、“視覚障がい者目線での怒り”っていうのを聞くことになるわけです。
「テレビの天気情報で『紫のところは』って言うけど、紫はどこや!」と。テレビを(“観る”のではなく)“聞いている”人間がいるっていうのをそこで知るわけです。放送に出られる方にさまざまな刺激を受ける中で、その人たちの困りごとが入ってくるんです。
FM放送という誰もが知るメディアを持つことで、多くの人に親しまれ、地域の医療や商売、社会福祉、政治まで、多種多様な情報が伝わってきたのです。
FMわぃわぃは最初から多様性を目指していたわけじゃなくて、そこが積み上がって、奇跡のように今まで続けてこられたんじゃないかなと感じています。
金さんは今、長い年月で培った地域ネットワークの中で、「NHKが映らんねんけど」というおばあちゃんの声から行政との取り組みに至るまで、幅広くいわば「お助け隊」みたいな存在になっているようです。
そんな中で生まれたプロジェクトのひとつが、地域在住のベトナム人などが参加する「多文化共生ガーデン・KOBEながた友の会」。
よくベトナムの人と教会の食堂で話をすることがあるのですが、彼らは日常的にごみ袋からハーブ…私には“草”にしか見えないものを出してきて、料理に大量に入れて食べるんですよね。彼らのほしいその野菜は簡単に手に入らず、値段も高いっていう問題があることがわかりました。
行政も空き地の活用やまちの緑化を推進していたため、金さんは、地域で活用されていない土地を利用してベトナム料理のための野菜を育てる場所をつくる「多文化共生ガーデン」を発案。苦労して用地を見つけ、2020年2月に土地を耕すワークショップを開催し、在住ベトナム人だけでなく地域住民も参加して畑をつくりあげました。
インターネット放送になって変化したリスナー層と番組のつくり方
2016年、「FMわぃわぃ」はFM放送からインターネットメディアとして生まれ変わり、現在はYouTubeとFacebookを利用して番組を放送しています。
その際の試みのひとつが、日本語を介さない放送=外国語そのままに情報を発信することです。
外国語で収録した放送に外国語のタイトルをつけ、そのままYouTubeに公開。するとタイトルが検索エンジンに引っかかるので、FMの電波が届かなかった場所に住む人や、この放送を知らない人にも情報を伝えることができます。
過去の放送アーカイブが残されているので、例えば台風が起こったときに、過去の台風情報の番組のヒット数が上がることも。「どんな検索方法でたどりついているか?」と情報分析ができるのもインターネット放送の強みです。
日本語の重要な情報はたくさんあるので、それを多言語化するにあたり、各国のコミュニティの代表者たちに観てもらって、それぞれに発信していただくやり方をとっています。みなさんの発信したいことが、それぞれのコミュニティにつながっていく。今はインターネットの時代ですから、日本中のいろんなところに発信できます。
タイトル訳以外には日本語のない、スペイン語の情報番組「Latin-a」この日の放送ではコロナ禍で日本在住外国人が一時出国した際の再入国について専門家の先生による情報提供を行いました。
また、インターネット放送となったのを機に、社会貢献の目的がある個人や団体が料金を払って番組をつくるようになったのも大きな変化でした。
これは希少言語だからとか、少数コミュニティの人からお金をもらうのはどうかという意見もあったんです。自分のところに潤沢なお金があってやってるんだったらいいですが、もう必死で一生懸命稼いでやるってるのだから、みんなで一生懸命お金を稼いでつくっていく形式に変えたほうがいいねって。
コミュニティFMの課題のひとつに、免許維持や放映設備に多額の費用がかかることがあります。放送免許を返上し再発進した「FMわぃわぃ」は、比較的安価に制作可能なインターネット放送を通じて、まちの生活者でもある出演者が“自分ごと”として発信。「まちをよりよくしていく当事者」としての自覚を持つことができるようになりました。
多様であることは、情報を互いにいかしあえるということ。
現在、新型コロナウイルス感染症が世界的な広がりを見せていますが、日本での対応策について在日外国人に特化した情報は少なく、必要な情報が届きにくいという問題があります。「FMわぃわぃ」ではどのように対応しているのでしょうか。
まず、日本語の番組で3種類の発信を行っています。一つ目は、ジャーナリストとしての発信。「お金を配るってどういう影響があるの?」といった経済の問題を専門家とお話しています。二つ目が、生活が困窮する人に対して「こういう制度が使えます」という情報発信。三つ目は、医療関係者からの感染予防の情報発信です。
やさしい日本語でこれらの番組をつくり、外国人コミュニティの人たちに動画を観てもらって、彼らの生活に関わる、必要なところに字幕を入れて渡しています。
こうした情報を集積していくことは、日本語から外国語に変換する多言語配信だけではなく、障がい者や子どもたちといったいわゆる社会で生きづらさを感じる人たちへの知見にもつながっていきます。
例えば、大学の看護学科の先生による児童館の人向けの番組。感染症対策として、机の拭き方は「ワイパー拭き」ではなく必ず一方向で拭くことなど、現場の状況に沿った実務的なアドバイスが紹介されましたが、それらは高齢者施設や、外国人コミュニティでも有用な情報となりました。
また、幼稚園の先生による、決まった音楽ををかけると子どもたちがお散歩の時間だと認識し準備をする習慣が、災害時の避難に役立つという情報。これを聞いた知的・精神障がい者のヘルパーが、急な避難行動にパニックになりがちな彼らに対しても「そのアイデアはいい」と早速採用したことがあったそうです。
多様性っていうのは、幼稚園のその話がこっちでそういう応用の話になる、ということ。多様であるほうがいいというのはそういう応用の利き加減というのもあるかな、と。
情報を自分のわかりやすい言葉でもらうことは、生きるための権利でもある
金さん自身も、阪神・淡路大震災で自宅が全壊しましたが、その後も神戸・長田のまちで生きてきました。震災後、長田周辺は火災の影響だけでなく歴史的にさまざまな背景があることも相まって、復興のスピードが遅かったと言われています。
「FMわぃわぃ」に対する金さんの想いの源泉はどこにあるのでしょうか?
FM番組を通し、それまでの出会いとは違い否応なくさまざまな人の話を聞くことになり、まちには本当に多くの違いがあることに気がついて。すべての人の存在を感じられるようになって、「あぁ、これが共に生きること、人権ということなんだ」とやっとわかるようになりました。
コロナでもそうですが、自分はどういうふうに行動すればいいのか? なかなか医療的なこともあるので、わからないじゃないですか。その情報を自分のわかりやすい言葉でもらえるっていうのは、生きるための情報を得る、生存権みたいなところもあると思うんですね。
災害時の危機管理として、コミュニティから発信することや自分たちの言葉で発信することが非常に大きいんだと、何年もかかって今ようやくわかったところです。
金さんはさらに続けます。
それとあたし、自分がめちゃくちゃ賢くなったような気がするんですよ(笑) 今まで見えなかったものが見えるようになったことへの喜びですね。例えばベトナムのディエップさん。ものすごく日本語がよくしゃべれるようになったの。そういう関わった人のエンパワーメントを見ることができる。
エネルギッシュに25年を駆け抜けてきた金さんですが、今後、「FMわぃわぃ」の活動を通して金さんが実現していきたい未来はどんなものなのでしょう?
日本社会ってこの25年、あまり変わらないじゃないですか。政治家の力は落ちてるんじゃない?と。不合理があるにもかかわらず、みんなが“声を上げない”っていうところをなんとかしたい。
この現状には日本の教育の問題もあると感じている金さんは現在、「FMわぃわぃ」の活動以外にも、関西学院大学総合政策学部山中ゼミと共同で授業を行うなど、精力的に活動を拡げています。
「あなたたちの時代よ?目を覚ませ!」みたいな感じかな。次の社会にバトンタッチするために、彼らを揺さぶりたいっていうのはありますね。せっかくメディアをやっているので。
まちをつくりあげていくには情報発信だけではなくて、そこに住まう人たちの力を上げること。問題があったら、どうやってみんなでまちを新しくつくりなおしていく? と考えることが重要で、それは既存のマスメディアには難しいのではないでしょうか。
上からの目線ではなくて、自分たちの力でまちをつくっていくのがコミュニティFMの役割。そう気づいたことで、まちはどうあるべきかっていうのを考えるようになりました。
「あなたは何ができる? 何をする? という行動につなげてもらいたい」と語る金さんは、長きにわたる放送を通じてコミュニティ運営を続けてきました。
FMという名前をわざと変えないのは「F…踏まれても M…負けない、と読んでください! 苦しいですが!」と笑いながら答えてくださいましたが、これから先、この多言語・多文化・多様性を持つコミュニティを運営していくには、次世代の情熱も不可欠です。
2020年9月、「FMわぃわぃ」は第46回放送文化基金放送文化賞を受賞しました。多くのマスメディアが受賞した中、NPO団体はただ一つ。FMわぃわぃが「受信者自身が声を上げていくメディア」であり、「一人ひとりの市民が声を上げていくことこそが、よりよい市民社会を創る基本である」と高く評価された結果でもあります。
自分のできる範囲で、自分のまわりの困りごとに寄り添い続けることが、人生の生きがい、エンパワーメントにつながっていく。あなたもぜひ「これならできる」という小さな活動や発信を通じて、自分の力の種を見つけてみてはいかがでしょうか。
– INFORMATION –
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