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岩手県二戸市で出会った、地に足を着けた人の強く美しい姿。観光地巡りじゃない、人と土地を深く知る旅の秘訣とは?

東北地方には一戸(いちのへ)、八戸(はちのへ)など、数字+戸のまちが数多くあります。(岩手県と青森県の二県にまたがって存在していて「四戸」以外「一」から「九」までの「戸」があるそう)

岩手県にある二戸(にのへ)市は岩手最北端に位置する人口約2.7万人のまちです。あなたは二戸を訪れたことがありますか?

旅が好きで、日本全国47都道府県全て訪れたことがあるわたしですが、関西出身ということもあり、岩手県北部は未開の地でした。今まで観光地として大きく脚光を浴びてこなかった二戸市ですが、だからこそ残る文化や人の営みがありました。

今回は、そんな知られざる魅力が残る土地、二戸の果樹や酒造などを営む生産者と出会って感じた旅を共有し、地域をより深く知り楽しむ旅の秘訣をご紹介します。

金田一温泉郷から見た二戸のまち

二戸の生産者さんに会いにいきました。

二戸の主な産業は農業、りんごなどの果樹栽培、ブロイラーや短角和牛の飼育などの一次産業。昔は米作に適さない土地だったため、果樹栽培や、冷害に強い小麦や蕎麦、あわ・ひえなどの雑穀の栽培に力を入れていました。こうした特性が、この土地ならではの食文化を生んでいます。

りんごは二戸の果樹栽培のなかでも王様的存在

二戸市浄法寺地区は日本産漆の約7割を生産する最大の産地

手焼きの南部せんべい藤原せんべい店を訪ねて

岩手県北部地方で広く食べられている「南部せんべい」は、小麦粉と塩と水を混ぜて練った生地を丸い鋳型で焼いた、素朴で味わい深い食べ物です。材料を混ぜて練った生地を焼いた軽い食感が特徴で、うるち米を使ったお醤油やお味噌のおせんべいとはまったく違う味わいがあります。

この周辺では南部せんべいは家庭に欠かせないおやつ。市内のスーパーやお土産店では、さまざまな種類の南部せんべいが販売されています。

南部せんべいを深く知るために訪れた「藤原せんべい店」は、二戸に残る手づくりの南部せんべい工房。ここではなんと今も炭火の窯で手焼きの南部せんべいをつくっています。工房は昭和30年頃に、現在の店主である藤原さんの両親が創業。息子である藤原さんが会社を退職後に継承しました。現在はご夫婦で1日に500〜600枚ほどを焼いているそう。

夫婦で営む家内制手工業。ここで製造と販売まで行っています

工房の横に南部せんべいが数種類置かれていて、住居と一体になった小さなお店です。店先を見ると木炭が置かれていました。ストーブかな? と思って工房を覗いてみると、炭火の窯を発見。今は手焼き作業でせんべいをつくるところも少ないそうですが、ここでは、焼きの作業をガスではなく炭火で熾していました。せんべいを一枚一枚ものすごく手間ひまをかけてつくっていることがわかります。

焼いたせんべいの耳を切り落とす作業。パリパリした耳も店内にて販売、食感が人気なのだとか (写真: 安彦幸枝)

炭火の専用釜は壊れてしまったら修理もできないほど希少なものに

手焼きのせんべいは、機械のものに比べ、形やバランスに少しばらつきがあります。でもそれがなんともいえない「味」に見えてきて、1枚1枚が愛おしい!

藤原せんべい店の南部せんべいは、すこし固めの食感で食べごたえがあります。いくつか他のせんべいも食べてみましたが、メーカーによって歯ごたえや甘みなど差がありました。二戸には現在割ったもの、揚げたもの、チョコをかけたものなどバラエティ豊かなラインアップの南部せんべいを出すメーカーもあり、時代とともにあらゆる展開がされています。

藤原さんの作業用前掛けは、炭を入れる部分の熱が当たってボロボロになっています。「何度も継ぎ足したんだけど、どうしてもこうなってしまうんだよ」というそれは、まさに労働の証といった風情で、美しささえ感じます。

窯の下にある炭の入口付近だけが焼け焦げてしまいパッチワークのようになった藤原さんの前掛け

南部せんべいはサステナブルな最先端食器!?

南部せんべいは、味が淡白で固めの歯ごたえが特徴です。夕食時、取材チームで話しているなかで、「もしかしてこれは、食べられるお皿としてサステナブルに使えるのでは?」という話で盛り上がりました。

地元の方曰く、南部せんべいの食べ方のひとつとして、農作業の合間に漬物や煮しめなどを挟んで食べたり、おやつがわりに麦芽水飴をつけて食べるのが定番だそう。ちょっとした時間にパッと取り出し、お皿代わりに使ってそのまま皿ごと全部食べられる。「昔ながらの利用法が、もしかしたら今また最先端になろうとしているのでは? 誰か商品開発しないかしら!?」と、夢が膨らみます。

水飴を塗って2枚挟んで食べるのがご当地定番のおやつ(写真: 安彦幸枝)

藤原せんべい店の南部せんべいは店頭か駅直結の大型物産店「なにゃーと」などで購入可能(写真: 安彦幸枝)

自宅工房でつくられる金田一のたから飴

 

藤原せんべい店には、自家製南部せんべいの他に、同じく地元でつくられた「たから飴」という素朴なパッケージの飴も売られていました。

藤原さんに詳細を聞いてみると、なんとすぐ近くの親戚がつくっていることが判明。場所を聞いて急遽訪ねてみることになりました。小さいよろず屋のようなお店に突然東京から大人数で押しかけたため、驚かれつつも私たち取材チームを歓迎し、つくりかけの飴を見せてもらうこともできました。

にこやかな笑顔でポーズをくださったたから飴の藤原さん(写真: 安彦幸枝)

試食させていただいた醤油飴は、ちょっとだけ弾力があって甘じょっぱい感覚が新鮮。ピンク色のはハッカ(ミント味)紫色のはブルーベリー(新味!)黒糖と砂糖の原材料以外、添加物は何も入っていないシンプルさがいい。

金田一のたから飴はなんと1袋100円! 店頭のほか地元土産店でも販売しています(写真: 安彦幸枝)

飴工房はご自宅キッチンを改造した家の中。小さな店内はたから飴のほか、洗剤や漬物用のビニールシートなど、近隣の生活に必要な日用品も置かれていて、昔のコンビニ、よろず屋としての機能も果たしているのだなと、懐かしい気持ちになりました。

小麦とそば、雑穀文化を知るてんぽ焼き体験

その他、「てんぽ焼き」と呼ばれる小麦粉を熱湯と混ぜ練って鋳物の型を使って焼くおやつをつくる体験工房も訪問。かわいい地元のおばあちゃんに熱烈指導をしてもらいました! 具にごまや雑穀を入れて焼く二戸の粉と雑穀文化の奥深さを感じます。

熱々の生地を手で素早く丸めて形をつくります(写真: 安彦幸枝)

ごまやあわなどの雑穀を載せて生地が完成 (写真: 安彦幸枝)

てんぽとは「足りていない」「半端」という意味だそう。鋳物の型が重くて焼くのは見た以上に難しい!(写真: 安彦幸枝)

てんぽ焼き体験は、藤原せんべい店のすぐ近くにある「佐太郎茶屋」で不定期または予約制にて開催されているため、行ってすぐに食べられないのが残念ですが、二戸駅から車で5分ほどの場所にある産直「ふれあい二戸」では地元のおばあちゃんがつくったものが売られているそうなので、機会があればぜひ食べてみてほしい! もちもちっとして、南部せんべいよりも腹持ちがよいまさに保存食。熱々でも冷めても美味しい病みつきの味でした。

世界に誇る酒蔵「南部美人」の挑戦

東北は地酒の宝庫でもあります。なかでも、株式会社 南部美人は、1902(明治35)年の創業、1990年代から海外へ輸出を始め、現在世界47ヵ国への輸出を誇り、インターナショナル・ワイン・チャレンジ2017 Sake部門において最高賞となる「チャンピオンサケ」の受賞をはじめ、各種コンテストで実績を積み上げている先進企業。その酒蔵を見学、同社営業課長の平野雅章さんにご案内いただきました。


こちらでは、銘酒「南部美人」の醸造と世界展開のほか、岩手県内のこだわりの特色ある果実(梅、ブルーベリー、ヤマブドウなど)を原料に特許を取得している技術で造り出した「糖類無添加リキュール」や、しぼりたての日本酒を–30℃まで瞬間冷凍し、味わいを閉じこめた冷凍酒「南部美人スーパーフローズン」を製造・販売するなど、常に新しいことに挑戦しています。

南部美人の酒蔵内部 例年10月~翌年6月まで醸造されています

酒蔵内で見せていただいたのは、大切に育てられた麹と酒づくりの過程。そこで強く感じたのは、よいお酒をつくるための材料である米・麹菌・酵母へのこだわりと愛情でした。

酒米は二戸市産の「ぎんおとめ」をはじめ、様々な品種のお米を使用し、それぞれのお酒によって、55%、35%など、精米歩合を変えてつくります。例えば35%のものは雑味のないきれいな味に、また、55%のものは米の旨味が口の中に広がるなど、お酒の種類によって味が変化していきます。

初の酒造見学。お酒の醸造に特化したお米があることや、酒造りの工程の手間暇に驚きの連続でした(写真: 安彦幸枝)

工程について解説をする平野さん 衛生管理の徹底のため、酒蔵内へは全員キャップと白衣を着て入場(写真: 安彦幸枝)

見学中、特にすごいなと感じたのは、麹室(こうじむろ)の様子を見たときでした。麹室は、麹を育てる場所。温度や湿度などを調整し酒に合った麹の状態を見極めていくのですが、適温を保つためお布団に包んで保管するなど、その様子はまるで大事な赤ちゃんを育てているかのよう!

麹ができるまでに2日ほど。鑑評会や各種コンテストに出すような特別なお酒用の麹は、最適なタイミングを図るため、深夜に何度か手入れや品質の状態のチェックすることもあるのだそう。酵母、米、米麹、水を合わせ、酒母を造り、その後、3回に分けて仕込みを行い(これを三段仕込みというそう)お酒にしていきます。

こたつ布団のような布に包まれて大切に育てられている麹

特別に見せていただいた麹。ふんわりとほのかに甘い栗のような香りが!この香りがよい麹の特徴なのだそう(写真: 安彦幸枝)

酒蔵の内部を案内し、ひとつひとつ丁寧に説明いただいた平野さんや、蔵内で見かけた従業員のみなさんの酒造りに真摯に向き合う姿には、ただただ感銘。

地元でつくる酒という生産物が、そこで生きる人たちの誇りや郷土愛にダイレクトにつながっていることを実感しました。

夕食時には平野さんによるお酒と南部せんべいやおかずとのペアリング指南も(写真: 安彦幸枝)

昔ながらの南部せんべいには地元で昔から愛飲されている「南部美人上撰」を、チョコがけ南部せんべいにはウイスキーのような「ALL KOJI」をペアリング(写真: 安彦幸枝)

りんご農家「権七園」中里さんと一緒にりんご食べ比べ

二戸では、りんごや桃・梨・ブルーベリーなどの果樹栽培が広く行われています。金田一温泉郷近くにあるりんご農家「権七園」では、二戸でつくられる希少品種「はるか」をはじめ、さまざまな品種のりんごを栽培しています。

最近、岩手県北部でつくられたはるかは、高蜜度(中の蜜が多い)で、平均16〜17度という高糖度という甘さ。有名どころの「ふじ」「シナノゴールド」などとあわせて食べ比べしてみると、色や匂い、歯ざわり、甘さと酸味のバランスなど、それぞれ個性が全く違うことがよくわかります。

ふじ、シナノゴールド、雪いわて、ぐんま名月などと一緒に高級品種はるかも試食(写真: 安彦幸枝)

権七園の中里敬さんに、りんご各種の食べ比べをしながら、それぞれの特徴や熟成や保存の方法などを説明していただきました。

中里さん
 金田一の土からは貝の化石が出るんです。昔ここは海だったので微生物がいてミネラル豊富な土壌があること、寒暖差があることがりんごにとってちょうどいい。それに北国でつくる果物は、からだをあたためる効果もあるんですよ。

りんごを切ったときの蜜の量がすごい! 取材チーム一同驚きの声が上がりました(写真: 安彦幸枝)

りんごの季節以外はぶどうや桃、ブルーベリーやプラムなどの栽培もしているという権七園。子どもの頃から冷蔵庫にはりんごが必ずあって「毎日食べてました」と中里さん。今は仕事として味や品質チェックの意味合いが強いそうですが、毎日果物がたくさんある環境というのはなんとも羨ましい限りです。

お話を聞いて強く感じるのは、果物づくりへのこだわりの強さ。りんごの品質が悪くなると味が「ボケる」「じゃうじゃうになる」と、普段わたしたちが使わない表現でその様子を教えてくださいました。味や品質など、細かくわかることこそがプロフェッショナルの証拠、ですね。

権七園の中里敬さん シャイな東北の青年がそのまま大人になったような真摯なお話ぶりが心に残りました(写真: 安彦幸枝)

小さくても個性たっぷり。金田一温泉郷と温泉いちごの取り組み

二戸には、金田一温泉郷という小さな温泉集落もあります。有名な温泉処と違って畑のなかに民家と宿が並ぶような素朴な風情ですが、ぐるりとお散歩して小1時間という規模感が、逆に肩肘張らずに過ごせる雰囲気で落ち着きます。しかも温泉自体は源泉が4つ地上に湧き出ているという温泉天国。泉質も弱アルカリ性の美肌の湯で知られているのだとか。

また、「座敷わらし」の故郷としても知られていて、その姿を見るため全国からファン? が訪れるというパワースポット温泉郷という特徴もあります。

金田一温泉郷を歩くと見つかる源泉。ほのかに温かい温度で手にやさしい(写真: 安彦幸枝)

現在、温泉郷のなかでまちの有志で豊富な湯量を利用し、温泉水を利用したいちごの栽培に取り組んでいます。ビニールハウスの中で栽培されているいちごは、株元に温泉水のチューブを通し、床暖房のようにして成長を促しています。現在、「温泉いちご」としての製品化に向けて実験中です。今後は、温泉街に宿泊するお客さまに朝食時に摘み取ってもらうサービスができないか、と考えているそうです。

大切に育てられているいちごの苗 ビニールの下に温泉水のチューブが流れています(写真:安彦幸枝)

温泉いちごの栽培について説明いただいたのは、金田一温泉組合の組合長である五日市洋さん。夏には川沿いで栽培されているブルーベリー狩りをして、冬は温泉いちごで楽しんでもらいたい。五日市さんは都会の人に自分たちでは気づけない二戸のよいところを再発見してもらいたいという思いを持って、さまざまな試みを行っています。

素朴で力強い土地の力がおいしさにつながる

二戸市では食の生産者さんの取り組み、その土地にまつわる食文化を「にのへ型テロワール」として紹介する活動を続けています。テロワールとは、「土地、領土」を意味するフランス語Terreから派生した、主にワイン生産に使われる言葉でしたが、現在ではワインだけでなく、土壌や地域の地形、気候、風土などの生育環境を総称する概念として用いられています。

もう少し簡単に表現してみれば、それは土地の持つ本来の力、とも言えるでしょうか。美味しい果樹、酒、雑穀やそば、野菜、肉…。決して肥沃な土地ではなかったからこそ、先人の工夫や努力を経てどれも抜群の味と個性を持つようになっている。素朴で力強いこの土地のちからが、産物となって表現されているのだと感じました。

豊かな自然環境と寒暖差のある気候が、二戸ならではの土地のちからを育んでいきます

奢らず、盛らず。素朴なそのままのもつ価値。

二戸を訪れて一番に感じたのは、「地に足を着けた人は、強くて美しい」ということでした。素朴で、よい意味で観光地化されていない二戸のまち。温泉も食も人も一級品揃いなのに、それを奢ることも盛ることもせず、素朴なそのままを提供する素直さ。

気候上、米作に適さない土地だったからこそ残されたそばや雑穀などの名産、漆や手づくりの南部せんべいといった素朴な手工業は、今や希少なあたらしい価値として生まれ変わっています。

生産者の名前がわかりつくっている人の顔が見えるトレーサビリティという考えは、食べ物を消費するわたしたちの信頼や安心感につながる、と言われています。けれども、それは本来、パッケージに名前や顔写真が載っているという表面なことではないはずです。

この食べ物・この道具が、どんな場所で、どんな人が、どのような想いでつくってきたのか? 生産者さんがいるまちを訪れ、自分の仕事に誇りを持ち、粛々と続けている人たちに会うことで、お店で売られる商品になる前のものづくりのプロセスに思いを馳せることができるのだと思います。

金田一たから飴の藤原さんご夫妻

偶然を味方につけ、知らないほんものに出会いに行こう。

生産者さんの顔や想いが見える、ほんものを知る旅。
そんな旅をするために必要な要素はどんなことでしょうか?
それは、勇気を出してその地に住む人に話しかけてみることではないかと思うのです。

例えば、宿にチェックインするとき、食事のとき、レジで支払いをするとき。あるいは、観光案内所や小さな地元の商店で人と出会ったとき。いつものわたしたちなら無言で笑顔を返す程度なのかもしれませんが、少しだけ近づいて、話しかけてみてください。

事前に得たネット情報だけを鵜呑みにせず、自分から情報を掴みにいき、予定変更も気にせずに出かけてみる。予め決めていた旅のスケジュールから離れてみることで、よりほんものの土地の匂いをより深く感じる機会が増えるのかもしれません。

冒険心と探究心をもって、あなたもぜひ知らない二戸のまちへ、そして日本中あちこちにあるほんものに出会いにいってみてはいかがでしょうか?

よりゃんせ金田一・佐太郎茶屋のお母さんたち。最高の笑顔をありがとうございます!(写真:安彦幸枝)

– INFORMATION –

岩手県最北の地の情報サイト「ほんものにっぽんにのへ」

ほんものに出会える美しい土地 にのへへの旅
岩手県最北の地である二戸には、培われ、継がれてきた
数々の「ほんもの」の文化があります。
「ほんものにっぽんにのへ」は、文化を訪ねる旅を紹介しています。

https://honmononinohe.jp/

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こちらの記事は「greenz people(グリーンズ会員)」のみなさんからいただいた寄付をもとに制作しています。2013年に始まった「greenz people」という仕組み。現在では全国の「ほしい未来のつくり手」が集まるコミュニティに育っています!グリーンズもみなさんの活動をサポートしますよ。気になる方はこちらをご覧ください > https://people.greenz.jp/