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田舎でおこなう「ローカルを学ぶスクール」に、毎月都会から人が通う理由とは? 「創造系不動産」高橋寿太郎さんが千葉県いすみ市につくる新しい人の流れ

「都会を離れて田舎に移住」
「週末は田舎で二拠点居住」

今ほど田舎の価値が見直され、都会と田舎の関係が新しくつくられようとしている時代はないのではないでしょうか。

東京で不動産会社を経営する高橋寿太郎さんは、「もともと田舎に興味がなかった」と言いますが、空き家調査に訪れた千葉県いすみ市で活躍する人たちの魅力に触れ、はじめての訪問からわずか半年で支店を設立。今では都心からいすみ市への人の流れを自らつくるまでに変わりました。

「都会で暮らすほとんどの人は二拠点居住をするか、田舎にサテライトオフィスを持った方がいい」と言ってしまうほど、価値観が180度変わったその背景にはどんな出会いがあったのでしょう。東京から特急電車で約70分のいすみ市で何を感じ、どんな可能性を見ているのか、お話を伺いました。

高橋寿太郎(たかはし・じゅたろう)
1975年大阪市生まれ。創造系不動産代表取締役。建築不動産コンサルタント。一級建築士、宅建士、ファイナンシャルプランナー。
2011年、「建築と不動産のあいだを追究する」をコンセプトとした創造系不動産を設立。2012年主に建築士向けのビジネススクール「創造系不動産スクール」開始。2018年1月、空き家調査業務を受託したことからいすみ市に通い始め、2018年10月に支店「創造系いすみ」を設立。著書に『建築と不動産のあいだ』(2015年、学芸出版社)

初めて訪れて気づく。「いすみってなんか変だ」

2018年1月の雪の降る寒い日。市役所職員や商店街会長に出迎えられ、高橋寿太郎さんは初めていすみ鉄道・国吉駅に降り立ちます。目的は、民間企業から依頼を受けた、地域資源活用の調査業務のためでした。

最初はいすみ市って何県にあるの? 田舎? 東京から遠いの? というくらい、なにも知りませんでした。

もともと田舎には関心がなかったという高橋さんでしたが、自ら経営する「創造系不動産」の若手社員が、知り合いの建築家に紹介されて受注してきたのがこの仕事でした。

高橋さんは、本来の目的である、地域の空き家の現状を見て活用できる物件がどれだけあるかを調べるだけでなく、いすみに暮らす人たちの話をたくさん聞いて回りました。それは、地域資源の発掘には、ハード(建物)だけでなくソフト(そこで暮らす人たち)を知ることが大切だという考えからでした。やがて30人近くの人のインタビューを終えた頃、「いすみってなんか変だ」と高橋さんは感じます。

「変」の理由を分析した結果、導いたのが「いすみには宿り木(やどりぎ)構造がある”」という仮説。藤にとっての藤棚、ぶどうにとってのぶどう棚のように、そこに新しくやってきた人が、しっかり育つようにサポートする構造があるのではないか、ということです。

高橋さん自身にも変化がありました。

いすみで会った人たちの名前と顔を一発で覚えられたんです。東京で仕事をしていると、社長という仕事柄、毎日たくさんの人に会います。でも名前を覚えられることってほとんどない。そんな僕がいすみでは一発で覚えられた。これってなんだろうって不思議に思いました。

高橋さんが例に出してくれた話が印象的です。

たとえば新宿駅で乗り換える時、すれ違う一人ひとりの目を見ることってない。僕らは毎日「人を無視する訓練」をしているようなものです。でもいすみに来たら全く逆。人と人とが自然に存在している。会った人には「こんにちは」って言う。そんな当たり前の感覚が蘇ったんですよね。

支店「創造系いすみ」の設立と試行錯誤の日々

初めて訪れた日から半年後、高橋さんはいすみに支店をつくることを宣言します。名前は「創造系いすみ」。不動産会社の支店でありながら、不動産という文字をとってしまった理由には、いすみで新規ビジネス開発に挑戦していきたいという思いが込められていました。

いすみ支店設立をツイッターで宣言。

支店設立に先駆けてまず始めたのが、空き家めぐりツアー。自分がやったのと同じように、空き家の現状を見て回りながら、地域で暮らす魅力的な人たちの話を聞き、参加者にいすみをより深く知ってもらうことが目的です。それから1年で、すでに参加者が130人以上にのぼる人気のコンテンツになっています。

そして、支店事業の柱として頭に描いていたのは、都心の企業に向けてサテライトオフィスをつくる構想でした。

こんな自然の中で仕事ができたら都会の人にもきっといいぞと思ったんです。でもビジネス分析をしてみるとうまくいかないことがすぐにわかりました。東京のやり方を真似て箱だけつくってもダメ。そもそも僕がいすみで一番気持ちがいいと思ったのは、国吉駅のホームでパソコン仕事をした時。あのホームの心地よさにはかなわないよなぁって思ったんです。

春の日の国吉駅のホーム

支店設立宣言から約1ヶ月。サテライトオフィス計画はなくなり、早くも方向転換に迫られた高橋さんがたどり着いたのが、東京で開催しているビジネススクール「創造系不動産スクール」のいすみ版をやろうという構想でした。

「創造系不動産スクール」とは、建築業界で働く人たち向けに経営やファイナンスについての学びを提供するもの。このいすみ版をつくれば、都会の人たちがローカルビジネスに触れる機会をつくることができ、これからの仕事につながる新しい価値を提供できそうだ、と考えたのです。

こうして「創造系不動産スクール」のいすみ版となる「いすみラーニングセンター」を始めることを決めたのでした。

建築から不動産への転職。苦悩の日々からトップセールスマン、そして独立へ。

もともと建築士としてキャリアをスタートさせた高橋さん。
大学の建築学科を卒業した後、師匠のもと、建築設計事務所で8年間設計の修行を積み、その後不動産会社へ転職します。

建築と不動産。よく似た印象を感じるふたつですが、実は全く違う業界だといいます。

一番違うのは人ですね。ものづくりのプロフェッショナルでありたいという建築家と、商社マンや銀行マンのように取引のプロである不動産会社。両者の間には高くて厚い壁があってお互いをほとんど見てないし、理解していません。

そんな異業種への転職を決意したのは、とにかく一人前に稼げるようになりたいという思いがあってのことでした。

転職先の不動産会社へは技術者として入社したものの、異業種ということもあり会社の中でなかなか振るわなかったそう。ついには、当時起こったリーマンショックで経営が悪化した会社から肩たたきにあってしまいます。

「どうせクビになるのなら徹底的に不動産営業をやってみよう」と思いたち、営業部への異動を申し出ます。それでもやはり結果がついてこなかった高橋さんは、最後の手段として建築設計事務所時代の仲間たちのところに営業に行くことにしました。「建築家だった自分が不動産営業をやっているなんて、笑われてしまうかも」。

それは高橋さんにとって勇気のいることでした。しかし、それは杞憂に終わります。営業しに行った後輩から「家を建てるために土地を探している」と相談を持ちかけられ、後輩の建築プロジェクトをサポート。不動産会社に転職後、初めての契約を結ぶことができたのでした。

高橋さんは、不動産業の立場にいるからこそ、建築家のニーズに応えられることに気づきます。勢いに乗った高橋さんは、建築家仲間に対して不動産の領域を任せられる存在としてポジションをつくり、毎月数多くの契約を取るようになっていきます。やがてクビを宣告されたその年に、会社で年間トップセールスマンになったというから驚きです。

自分自身の営業スタイルとその実績から、これまで誰もやらなかった「建築と不動産をつなぐビジネスモデルにはチャンスがある」と確信していた高橋さんは専門部署設立を会社に提案します。

しかし、これは残念ながら聞き入れてもらえず、独立を決意。メンターとなる後輩にも助けられ、2011年に「建築と不動産のあいだを追究する」をコンセプトとした「創造系不動産」を設立したのでした。

目指したのは「心の転職所」。ビジネススクールの設立。

高橋さんは、会社設立後すぐにビジネススクールを始めることを決めます。

まわりのみんなには止められました。「スクールっていうのは会社がうまくいってからやるもんだよ」って。でも、そもそも僕がこの会社でしたかったかのは、僕みたいにものづくりしか知らないクリエイター・建築家が、ビジネスやお金の知識を得ることで、新しい仕事をつくり価値ある存在になっていくための場をつくること。だからすぐに始めました。

イメージは、ゲーム『ドラゴンクエスト』に出てくる「ダーマの神殿」。ある職業でレベル20になってそこに行くと新しい職業に転職できる。一旦レベルは0になるものの、新たに経験値を積めば、かつての職業と今の職業がブレンドされてさらに強くなる。そんな“心の転職所”をイメージしたのだそう。

2012年の第1回の開催では建築仲間の後輩たちが参加してくれ、評判が評判を呼び、7年間で15期。今では建築業界を中心に人気のビジネススクールとなっています。参加者と親友のようになっていけるのが何よりも嬉しいと言います。

ローカルを学ぶためのスクール「いすみラーニングセンター」。

2019年2月に始動した「いすみラーニングセンター」には、建築系クリエイターを中心に現在では20社30人が集まっています。個人での参加はもちろんのこと、社員と共に会社として参加する経営者の方もいるそうです。メンバー全員で話し合って決めたラーニングセンターのコンセプトは「地方の暮らしとビジネスの可能性を探求する」。

月に1度いすみに集まり、いすみのことや、ローカルビジネスなど、各々が興味のあるテーマを見つけ学びあっています。たとえば、「古材研究」。東京の人にとっては味があると映る古材がいすみにはたくさんあり、それでビジネスをしたいと国に申請し、すぐ事業化が決まるなどの動きも出始めています。

いすみラーニングセンターのとある1日のスケジュール。

高橋さんの目標は、ラーニングセンターの参加者を1年で100人にすること。
100人が都心から集まってきて、起業したり商店街を活性化させていく、そんなビジョンがあるそうです。

国吉商店街の吉田会長からお話を伺う。吉田会長とお話したことは高橋さんにとっていすみにひきこまれた大きな要因のひとつ。

ミレニアル世代は地方と関わりたがっている

高橋さんがいすみと関わるきっかけになった空き家調査を受注してきたのは、当時20代の若手社員でした。

うちの社員はいわゆるミレニアル世代が多い。彼らの多くはいつか自分の地元で何かしたいと本気で考えています。いすみでの空き家調査の仕事が来て、「これをやったら彼らは喜ぶかも」と思ったんです。案の定、東京の仕事よりも目をキラキラさせて仕事をしていました。

人材採用の現場では今、応募者にとっての売り手市場。若い世代が仕事に何を求めるかを理解していくことが企業にとっても最重要課題です。彼らが地域に関わることに働く意義を見出しているのなら、その受け皿をつくっていくことは、会社の今後にとってもよいだろう。そんな思いも高橋さんにはあったそうです。

いすみ空き家巡りツアーの様子

いすみでの自分の役割は、都会から人を呼んでくること。学びの場をつくること。

最初は若手社員のためと思っていましたが、僕自身がいすみにハマりました。たくさんの素敵な人たちが、もう何年もここで着々と仕事をしている。スターレットの三星さん夫妻、『小商いで自由にくらす』の磯木淳寛さん、ブラウンズフィールドの中島デコさん、そのほかにもたくさん。僕にとってはみんなヒーローみたいな存在です。

たとえば、グリーンズ代表の鈴木菜央さんとの出会いについて、高橋さんはこう振り返ります。

菜央さんに最初に会った時、話したのは15分くらいだったけど、一生分話したような気持ちになりました。リーダーシップや人を巻き込んでいくことについて、「人を応援するにはどうしたらいいか」みたいなことを話しました。共感してすぐに親友になったような気持ちになったのを覚えています。

いすみで活躍する人たちと会話し、地域で展開しているビジネスの話を聞くと、心から共感し感動が湧き上がるという高橋さん。価値観が揺さぶられるのを感じているといいます。

東京には、「いすみを知ったら人生に違いがつくれる人たち」が大勢いる。彼らをとにかくたくさん呼んでくることが僕の役割だと思っています。

人が集い、学ぶきっかけをつくっている高橋さん。地域の価値を見直すきっかけをつくり、いすみに住む人、いすみを訪れる人、そのどちらにとっても良い変化をもたらす存在になっています。

都会に住む人にとって新たな価値観を学べる場所としての田舎の存在。これからのビジネスの可能性を探りに、また、より豊かな暮らしを実現させるためのヒントを見つけに、次の週末はお近くの田舎へ出かけてみてはいかがでしょうか?

(Text: 熊坂友加里)
(撮影: 磯木淳寛)

– INFORMATION –

いすみで起業したい人、起業した人が集まる「いすみローカル起業部」は部員数が100名を突破しました。今回は、4組(予定)のローカル起業家たちに事業を通じ、いすみをどんなふうに楽しい場所にしていきたいか? というビジョン、そして彼/彼女らが今、必要としているサポートを聞き、参加者がどんな支援・応援ができるかを話し合うフォーラムを行います。ぜひご参加ください