突然ですが、上の写真をご覧ください。
ここは、最大3万人の観客を収容できるオーストリアのWörthersee Stadium(ヴィルターゼースタジアム)。いつもはサッカー競技場で、選手たちが試合をしているピッチに、なんとシラカバやポプラ、ヤナギやカエデなど様々な種類の木々299本が植えられています!
2019年9月8日から10月27日まで約1ヶ月半、観客席から眺められるのはサッカー選手ではなく、風にそよぐ本物の樹木。期間中は毎日10時~22時まで、無料で観覧することができたのだとか。
昼間に観る樹木と夜間に観る樹木は光の当たり方によって雰囲気が違ってみえますし、日々生長している木々は時期によって葉の色合いも変わっていきます。森を散策してみたいと思うかもしれませんが、ピッチに降りることはできません。観客席から眺めて楽しむ作品なんです。
この巨大な競技場に自然を配置したインスタレーション『FOR FOREST – The Unending attraction of Nature』はスイスのアーティストKlaus Littmann(クラウス・リットマン、以下、クラウスさん)の発案。インスタレーションとは作品単体ではなく、作品を展示する空間も含めてひとつの作品とする展示方法のこと。
クラウスさんは30年以上前に見たオーストラリアのアーティストMax Peintner(マックス・ペイントナー、以下、マックスさん)の作品『The Unending Attraction of Nature(果てしない自然の魅力)』に触発され、鉛筆画の世界を目の前につくり上げたいと思っていました。
『果てしない自然の魅力』で描かれているのは、工業化が進んだ町の中にある競技場に展示された木々を鑑賞する人たち。競技場の後方に高層ビルとその合間からモクモクと上がる煙を見ることができます。1980年代に世界的に森林伐採が問題となり始める前にペイントナーさんはそれを描いていました。
『FOR FOREST』について、マックスさんは
普段、ここでプレイするサッカーチームに代わり、人々は風にゆれる葉を除いては動かない木々に魅了される。
とコメントしました。
当初、クラウスさんは競技場に展示する木々をオーストリア国内から移植しようと計画していたそう。しかし、国内では木材に利用できる針葉樹が多く植えられており、『FOR FOREST』に適したサイズ、数、品質の樹木を地元で調達することは難しいことが明らかになり、イタリアやドイツなどから移植することになりました。
競技場のピッチは芝。そのまま木を植えることはできません。芝の上にコンサートで利用する重さを分散させるプレートを敷き、芝を土の熱から保護します。
『FOR FOREST』の終了後、展示していた木はどうなるのでしょうか。期間終了後、木は競技場近くに植え替えられ、およそ5年ごとに、木を掘り起こし、苗床に移植して、自生する森になろうとしています。
環境省によると、世界の森林は毎年520万ヘクタールが減少しています(2000年から2010年までの平均) (出典元: 『世界の森林を守るために』) このまま森林が減少し続けると、そこに自生している植物が減り、身近な品種でさえも「かつてはよく見られた」と注釈されるようになり、保護された1本を遠くから眺めるだけになってしまうかもしれません。
これを機に、私たちの暮らしを便利にする都市化と地球のありのままの姿である自然とのバランスについて、もう一度考えてみませんか。
[via TreeHugger, FOR FOREST, LITTMANN KULTURPROJEKTE, kaernten.ORF.at]
(Text: 阿部哲也)
(編集: スズキコウタ)