知らない世界をのぞきたくなる時って、どんな時ですか。
頭で考えるよりも心がワクワクするとき、ちょっと足を向けてみようとおもいませんか。
「一緒に楽しむ」をきっかけに、知らない世界に接してほしいと開催したイベントがあります。車いすの人とそうじゃない人が、一緒にできる競技をつくって競い合う車いす運動会です。
イベント名の物珍しさと、車いすの人とそうじゃない人が一緒に企画運営をしている共感もあり、どんどん参加希望者や協力者と繋がっていって運動会当日は50名と13台(+α)の車いすが集まりました。
企画運営は有志の5人。共創スペース管理人の辻よしふみさん、NPO法人自立生活支援センターフリーダム21(以下フリーダム21)の職員の田中雅人さんと植平知世さん、システムエンジニアの中尾将志さんと発起人の玉泉京子(筆者)。
“みんな”で作り上げていった車いす運動会とは、どんなイベントだったのでしょうか。
車いすの人もそうじゃない人も、手加減なしに競い合う運動会
お昼1時前、車いすの人とそうじゃない人が受付に並び始めました。職業も年代もバラバラな人たちが口コミで、地元奈良や京阪神、関東から集まってきました。2019年6月1日土曜日、奈良市の七条コミュニティスポーツ会館で開かれた車いす運動会。車いす利用者はトイレがスムーズに使えるよう7名限定。はじめて車いすに触れる人もたくさんいます。
1時から開会あいさつ、選手宣誓とラジオ体操が終わると、いよいよ競技開始。事前にみんなでつくった車いす競技の6種目を、赤、青、黄の3チームで競い合います。種目の一部を紹介します。
「車いすにのっているのだ~れ?」
動作や仕草から、三人の中の誰が車いすに乗っているのか当てる種目。
「グラグラ段ボール運び」
車いすに乗る人がダンボール箱を持ち、車いすを押す係とペアになって八の字コースを回ります。箱が持てない人は箱を支える係と回ります。
「車いすde二人三脚」
車いす同士を紐で結び、車いす熟練者と初心者のペアで八の字コースを回ります。
「逃げる玉入れ」
車いすにカゴを括りつけて全員で玉入れをします。的は各チーム車いす1台づつ。
「車いす車庫入れ」
エレベータを模した空間に車いすを停める種目。10分間で何回できたかのスピード勝負。
チームで得点を競い合い選手を応援して、大いに盛り上がった車いす運動会。
車いす利用者の板垣宏明さんが感想を話してくれました。
板垣さん お願いしたり、すみませんって言って何かしてもらうことが多いんです。普段は。
優位に立てるってないですよ、まず。だから、めっちゃ気持ちよかったです。
いろいろな車いすを体験してもらおうと、バスケット用、アートやテクノロジーを使った車いすを会場に用意していました。日本に一台しかない車いすも(開催当時)。競技の合間の30分間、どの車いすもひっきりなしに人が乗っていて、誰も休まない休憩時間になりました。
たくさんの車いすと使う人が集まった車いす運動会は、どんな場になったのでしょうか。
田中さん 僕が一番良かったと思うことは、みんな公平に手加減なしで競技をやって、全員が運動会を心の底から楽しめたことです。僕の経験でこんな体験は初めてで、この体験の共有がインクルーシブデザイン(*)に繋がっていくんだと思いました。みんなすぐに打ち解けていて、目標だった心のバリアフリーが自然にできていたのはいい意味で本当に驚きました。
後日、車いす運動会を振り返って辻さんはこう記しています。
辻さん 今回の企画の成功の秘訣は、車いす運動会の立て付けを考えるところからみんなを巻き込んでいったことなのかなと。その結果、当日は「主催者」と「参加者」じゃなくて「みんなが首謀者(もちろん良い意味で)」みたいな雰囲気がイベントから感じられました。
笑って、遊んで、楽しんでいるうちに、どんどん知りたくなる。
では、車いす運動会はどのように成り立っていったのでしょうか。
コンセプトが決まった打ち合わせの日から、お話しましょう。車いすのワークショップをするという筆者に応じて、打ち合わせに参加した辻さん、植平さん、中尾さん(田中さんは病欠)。
植平さんは言います。「無理に仲良くしよう、親切にせなあかんって思う必要はないけれど、接する前に拒否されるのはいや」と。
植平さん 植平知世として嫌われるのはいいんです。
障がいがあるからって嫌われるのはいやなんです。
そして、植平さんの「福祉関係者以外に車いすの目線を知ってほしい」という話を受けて、イベントのテーマは車いすの体験になりました。今まで関わり合いがなかった人に興味をもってもらうには、まず一緒に楽しむことから始めようと考えました。
中尾さん 面白いと感じてから、だんだん深く知ろうと思いますよね。笑って、遊んで、楽しんでいるうちに、どんどん知りたくなる。心のバリアフリーはオモシロファーストで友達になることから、だと思うんです。上から目線でも下から目線でもなく。
そうして、車いす運動会の企画が立ち上がりました。いろんな感じ方をする人がいるとおもうけれど、と田中さんが付け加えます。
田中さん 車いすって体の不自由な人にとって大切なものだけど、車いす運動会の場では遊ぶツールとして好きなように遊びましょう、と呼びかけたいですね。
一人ひとりのアイデアが、みんなのアイデアに。
2月に競技のアイデアを考えるイベント「準備編」を、4月に競技が実際にできるかどうか試す「試作編」を、大阪ビジネスパーク(以下OBP)にあるPLY OSAKAで開きました。
準備編には16名が集まりました。試乗して「車いすって楽しい!」と声があがったり、乗り心地の違いに驚いたり、ビール片手に車いす利用者と話し込んだり。アイデア出しの会のはずが、途中から盛り上がってただの飲み会になるほど、みんなの笑い声がたえない会になりました。
2ヶ月後の試作編は面白そうと集まった14名で開催。筆者が印象的だったのは4名の車いす利用者が、自分の肢体の状態だったら何ができて何ができないか話して、アイデアを出し合っていたところ。
たとえば、車いすに乗る人と車いすを押す人がペアになり、車いすに乗る人がダンボール箱を落とさないように持つ種目を試したときの一幕。
「腕はむりやから、ひざで(ダンボール箱を)挟んでみますわ」
「僕の車いすは、台があるからそこに乗せたら大丈夫です」
「手やひざでは支えれないし、どうしよう」
車いす利用者自身の工夫でどうにもならない場合は、みんなでルールを考えます。
「手で持つことはできる? 手やひざを使えない人は、ダンボールを支える係と一緒に回るルールにしましょう」
「箱の持ち方で難易度が変わってくるので、ダンボールの個数を変えましょう」
そうやって二度三度試し変更や改善を重ねて小道具とルールを決めていき、6つの種目ができあがりました。
車いす運動会が終わった後、準備編に参加した末吉聖美さんが声をかけてくれました。
末吉さん 玉入れが採用されてひそかに喜んでました。
もう誰かのアイデアではなく、みんなのアイデアになってますよね。すばらしい!
“みんな” でつくっていきましょう。
そもそも、なぜ車いす運動会をしようと思ったのでしょうか。関わる動機や目的は、スタッフそれぞれに異なりますが、ここでは筆者について述べます。
筆者は、障がい者自身が調査しとりまとめたバリアフリー情報を案内する「奈良ユニバーサル観光マップ」のデザインを請け負っています。このマップは田中さんが始め、フリーダム21が発行しています。2017年、奈良ユニバーサル観光マップのオンライン版が国土交通省国土地理院が主催するコンテスト「GEOアクティビティコンテスト」で、地域貢献賞を受賞しました。受賞後フリーダム21を訪問したときに、開発者のエンジニアと筆者へ上野久美所長が喜びと感謝の言葉をかけてくれました。
上野さん 親が介護できなくなったら施設にいくしかない私たち障がい者が、地域で暮らし続けていくために、自立生活支援センターフリーダム21を作りました。行政に、どうしてもこうしてほしいと要望を伝えることが多い私たちが、自分たちの手でバリアフリーマップを作り、そのマップが福祉の世界ではなく、企業が出展しているコンテストで入賞できたことは、大きな喜びです。
エンジニアや筆者にとっては当たり前にしていることが、「福祉の世界」の外で評価されたと喜ばれたことに驚きました。同時に、福祉関係の職についていない筆者が、フリーダム21さんと何かすれば「福祉の世界」の外につながりやすいのかしらと感じ、その思いは種火となってくすぶり続けていました。
ひょんなところで車いすのワークショップをしませんかと声をかけられたとき、最初に思いついたのは、健常者にまちで車いす体験をしてもらう「車いすに乗ってみる会」でした。デザイン講座でお目にかかった加藤公敬さんにそう話すと、
加藤さん 試してみるなんて10年前の発想です。
今はインクルージョンですよ。 “みんな” でつくっていきましょう。
と教えられました。使い手と一緒につくることが好きな筆者は、“みんな” でつくることを車いす運動会で試してみようと思いました。
他人がどうしてほしいかは、まして肢体の状態が異なる人のことは、自分の頭で考えてもわかりません。まず相手に、車いす利用者に聞いて一緒に試し、ときにはごはんやお酒を飲んで語らって、車いす運動会を作り上げていきました。途中から筆者の手を放れて、みんなのものになっていったような気がします。
車いす運動会が終わった後、参加者から嬉しい便りが届きました。参加した小学五年生が夏休みの自由研究に、車いすを取り上げたそう。きっと楽しかったから、知りたいと思ってくれたのではないでしょうか。
誰かに知ってほしいことがあったら、一緒に楽しめそうなことを探しながら、いつもの道を歩いてみてはいかがでしょう。
(脚注)*インクルーシブデザイン:「身体的なものに限らず経済的や感情的、デジタルなどあらゆる領域でこれまでの製品・サービスから排除(Exclude)されていた人々を、企画・開発の初期段階から巻き込んで(Include)、一緒に考えていくデザインの方法」(あしたのコミュニティーラボ「人と人、社会にある課題を解決する『インクルーシブデザイン』という考え方(1)──九大 平井康之准教授インタビュー」https://www.ashita-lab.jp/special/3346/ 2014年10月21日より引用(最終閲覧日2019/10/19)
玉泉京子(たまいずみ・きょうこ)
大阪生まれ大阪在住。嵯峨美術短期大学美術学部卒業。ダイヤルアップ接続の頃、新しいメディアとしてのWebに興味をもちウェブデザイナーに。デザイン事務所、Web制作会社、Webシステム開発会社などを経て、現在フリーランス。
Website: http://tamaizumi.jp/
Mail: info [at] tamaizumi.jp