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「大人って楽しそうだな」と子どもに思ってもらえる生き方がしたかったから。猪鹿庁合同会社・安田大介さんが選んだのは「半猟半X」という暮らし

作家の椎名誠さんが、琵琶湖をカヌーで渡り釣りをする仕事について、息子の岳さんに話したときのこと。岳さんは、「いいな、大人は」と言ったそうです。

「いいって言ったって、仕事で行くんだぞ」
「だからいいな、って言ってるんだよ。大人は仕事で釣りができるんだものな」

                  ——椎名誠『岳物語』(集英社)

このくだりにすっかり魅了され、大きく人生の舵を切った人がいます。それが、岐阜県郡上市で狩猟学校やエコツアーを開催する「猪鹿庁合同会社」代表の安田大介さん

安田さんは5年前、子どもができたのを機に勤めていた会社を辞め、豊かな森と川に恵まれた郡上に移住。狩猟をしながら、半分別の仕事をする「半猟半X」の暮らしを始めました。

ここ数年、移住して農業を始める人は増えていますが、狩猟を始めた人の話はまだまだ多くないように感じます。移住や転職の決め手はどこにあったのか、狩猟を生業のひとつとする暮らしとはどういったものなのか、お話を伺いました。

安田大介(やすだ・だいすけ)
猪鹿庁合同会社代表。自身の生業として狩猟を行いながら、さまざまな狩猟ワークショップを多数開催。郡上八幡にあるリバーウッド・オートキャンプ場管理者としても働き、半猟半Xの暮らしを実践している。第一種銃猟・罠猟免許所持。

週末の度に外遊び、川遊び。
これを仕事にできたら?

猟師という仕事は知っていたけど、自分とは関係ない世界だと思い込んでいました。

いまの仕事をする前、安田さんは名古屋でウェブ製作やシステム開発の仕事をしていました。自然やアウトドアが好きで、週末の度にあちこちでキャンプをし、仕事のストレスを発散していたそう。漠然と抱えていた「これを仕事にできたらいいな」という想いがくっきりと輪郭を帯びたのは、奥さんから妊娠を知らされたときだったといいます。

椎名さんの『岳物語』が好きで、「あぁ、こういう親子っていいな、子どもに“大人になるって楽しいんだろうな”と思わせたら勝ちだな」と憧れていたんです。

でも、いざ自分が親になるとわかったとき、「いまの俺の姿は、絶対に子どもから羨ましがられることはないだろう」と絶望して。自分勝手なわがままかもしれないけど、子どもに「ダメな父ちゃんやったな、でもいつもすっげー楽しそうだったな」と思ってもらえるような生き方をしようと決意しました。

暮らすなら、川の綺麗なところがいい。長良川流域を候補のひとつとして考えていたときに、たまたま郡上で狩猟を通して里山保全を行う「猪鹿庁」という団体が求人を行っていることを知ります。実は既に応募の期限は過ぎていたそうですが、ダメモトで応募したところ採用となり、家族と共に郡上に移住しました。

野生動物のことが好きだし、捕りたいし、食べたい

こうして仕事を180度変えた安田さんですが、いくら自然の中で働く仕事がしたかったと言っても、狩猟となると少しハードルが高いような気がします。ためらいはなかったのでしょうか。

確かに、昔は狩猟に対してかなりストイックなイメージを持っていたし、自分の職業にするなんて夢にも思っていませんでした。

でも、斎藤令介さんや千松信也さんの本を読んで、「こういう生き方ってあるんや」と衝撃を受けたんです。猟師一本で食べていくんじゃなくて、ほかの仕事をしながら、猟を生業のひとつとして生きるという選択肢があるんやな、と。だから、求人記事を見たときはチャンスだと思いました。

企業で働きながら猟を行う猟師・千松信也さんが書いた『僕は猟師になった』(新潮社)。安田さんが影響を受けた本で、びっしりと付箋が貼られています

サラリーマンをしていたときは、生きること、死ぬことについてあまり深く考えたことがなかったという安田さん。郡上で狩猟を始めて、死が暮らしのすぐ隣にあるという感覚を持ったといいます。

動物に対する見方も変わりました。ただ愛玩する対象ではなく、自分が生きるために命をいただく存在になったんです。山の中で猪や鹿を見かけると、「綺麗だな、可愛いな」と思います。それと同時に、自分の中の猟欲も刺激されるんです。好きだし、捕りたいし、食べたい。そんな感覚です。

好きだし、捕りたいし、食べたいーー。私自身はいままで味わったことのない感覚だったので、安田さんのその言葉がうまく飲み込めませんでした。1つ目の気持ちと、2つ目・3つ目の気持ちは両立するのでしょうか。

狩猟は身近じゃないから理解しづらいかもしれないけど、釣りに置き換えるとそんなに違和感が無くなるんじゃないでしょうか。釣り人も、食べる対象としてだけじゃなく、生き物として魚が好きだったりしますよね。

あぁ、そう言われると少しだけわかるような……でもやっぱりわからないような。なおも考え込む私に対して、安田さんは自分がなめしたという動物の皮を持ってきて見せてくれました。

たまにこうして、自分で捕った動物の皮をなめすんです。1匹あたり2〜3週間、作業時間で考えると20時間ほどかかります。

皮を売って商売にしているわけじゃありません。それでもなめすのは何でかというと、不思議な感覚があるんですよね。作業に集中しているときの、この個体に対する愛着というか、感謝というか。

自分が命を止めた個体なんだけど、こうしてなめすことで、ずっとそばにいられる。祈りのようなものなのかもしれません。

と言っても、全部の個体をなめすわけじゃないから、そんなに単純なものでもなくて。うまく言葉にできないですね。

優しく毛皮を撫でながら、「ペットを可愛がる感覚よりももっと深い部分で動物が好きになれた気がする」と続けた安田さん。その様子を見て、子どもの頃に読んだ猟師を主人公とした童話や、アイヌ民族の伝承話を思い出しました。きっと、日常的に自分で食べるものを自分で捕っている人にだけわかる感覚というものがあるのでしょう。

「俺が獲物をそっちに追いやるから、お前が撃て」

もうひとつ、狩猟を始めて印象的だったこととして、安田さんは猟友会の先輩猟師との関わりについて話してくれました。

数十年狩猟をしている人の知恵というのはすごいものがあって。過去1週間や当日の天気、気温、足跡、気配、長年の勘。さまざまなものを駆使して「今日は群れがこっちに移動しているだろう」「少し待っていれば絶対にここを通る」と推測するんです。

しかも、若い僕に成功体験を詰ませようとしてくれるんですよ。「俺が獲物をそっちに追いやるから、お前はそこで待ってて、出てきたら撃て。見逃すなよ」と。

で、本当にその通りになって僕が仕留めると、それを僕の手柄だと言ってくれる、花を持たせてくれるんです。猟師としても人としても尊敬できる人がおって、そんな方々と本気で作戦会議や反省会ができる。自分よりも歳が30も40も上の方々と、半分仲間のような関係でいられる。それが本当にありがたいな、と思います。

しかし、そうした豊かな知恵や技術を持った先輩猟師たちも、ほとんどが60代から70代。あと十数年で引退してしまいます。この知恵や技術が失われてしまうのは、あまりにももったいない。何とか技術を継承しなければ。安田さんはそうした危機感も感じているといいます。

猟師が減った原因は複合的です。商売として成り立たなくなったというのもあるし、過剰なまでの野生動物保護主義というか、本来の自然と少しずれた形の動物愛護の高まりによって、狩猟がしづらくなったというのもあるでしょう。

その是非は置いておいて、いま野生動物が急激に増えて森が荒れ、農業に深刻な被害が出ていることは事実です。里山保全のためにも、狩猟文化を守らないと、と思っています。

狩猟の技術を持った人を増やすことで、広範囲の里山を守りたい

猪鹿庁はもともと、「NPO法人メタセコイアの森の仲間たち」による活動のひとつという位置づけでしたが、安田さんが働きはじめてからしばらくして、狩猟講座やエコツアーを開催する部署を別法人にするという話が出ます。安田さんはそれに手を挙げ、代表として取り組むことになりました。

狩猟講座などを行う背景には、「自分たちが狩猟をすることで守られる里山の範囲は限られている。だから、狩猟に興味を持ってもらう人を増やすこと、その人たちに技術を継承することで、広範囲の里山を守っていきたい」という想いがあるといいます。

内容はというと、ジビエ料理を食べながら猟師の話を聴くといったライトなものから、猟師と一緒に山を歩き鹿を解体するといった上級者向けのものまでさまざま。今回私はそのひとつ、「超実践 罠猟講座」に参加してきました。

鹿のぬいぐるみを使ってデモンストレーション

罠猟のスペシャリストを招いて最新型の捕獲法を教えてもらい、森の中で罠を設置する場所を見極めたり、くくり罠を組み立てて設置したりと、本当に実践的。既に狩猟免許を持っている人という人もいれば、実家が農業を行っていて自分で獣害対策できるようにと参加した人もいました。

驚いたのが、罠猟が思っていたよりもハイテクだということ。講座では、トレイルカメラで野生動物の足取りを把握し、よく歩く場所に罠を設置する方法を紹介していました。

このやり方によって、くくり罠猟を始めた1年目の農家の方が、68日間で130頭という捕獲実績を挙げたそう。銃猟は長年の経験が結果を左右しますが、罠猟は最新機器を使えば初心者でもかなり捕獲することができるといいます。

田舎に移住する人におすすめしたいんですよね。新規就農する人は特に、作物が守れる上に、不作だったときに食料や副収入が入ると安心できるでしょう。

自分が農業をやらない場合でも、獣害に悩まされている農家さんは周囲に多いから喜ばれるんですよ。僕も近所の人から「猪を仕留めてくれたんだね、ずっと困ってたんだよ、ありがとう」とお礼を言われたり、玄関にどっさりと野菜が置かれていたりすることはしょっちゅう。移住先の方々と良好な人間関係を築くのに、狩猟が一役買ってくれてるんです。

罠の設置はできても、止めさしはできないという農家さんもいます。依頼を受けて止めさしを行い、その代わりに肉をいただくこともあるそう

なお、この講座では、ちょうど罠にかかっていた鹿がいたので、止めをさし解体してその肉を食べるという一連の流れを経験できました。さっきまで生きていた動物が、見慣れた肉に変わっていく。普段、自分の代わりに誰かが行ってくれているのに、見えにくくなっている行為です。通りかかった小学生くらいの子どもたちが、座り込んでその様子を眺めていたことが印象的でした。

こういう活動をしていると、「人間は家畜というシステムをつくったのに、なぜわざわざ山にいる動物たちを殺すんですか」「可哀想だ、残酷だ」と責められることがあります。

僕自身は、生まれた瞬間から死ぬ時期が決まっていて決められた場所から出られず、ひたすら太らされる家畜のほうが可哀想だと思います。でも、人によって考え方は違うから、「自分はこう思う」と言うことしかできません。

そうした中で、子どもたちの反応は新鮮です。自治体の講座などで子ども向けに半日猟師体験を提供することもあるんですが、最初に「この中に狩猟をやりたい人はいますか?」と聞くと30〜40人に1人いるかいないかなんだけど、講座を終えてもう一度同じ質問をすると10〜20人が「狩猟免許を取りたい」と言うんです。

別にそれがいいとか悪いとかって話じゃなくて、本当に先入観なく、自分で見聞きしたことで判断してくれるんですよね。

自分が普段口にする野菜や肉が、どういう過程を通って食卓に並ぶのか。どんな人がどんな想いで生産しているのか。そこにはいまどういった課題があるのか。食育という観点からも、とても意義のある講座だと思います。

大好きな風景の中で暮らす喜び、子どもを育てられる喜び

郡上の山々。(写真提供:安田さん)

安田さんはいま、日常的に猟をしながら、キャンプ場管理者としても働き、月に1〜2度ほどのペースで狩猟に関するイベントやワークショップを開催しています。ときにはメーカーと一緒にハンティングベストを開発したり、狩猟文化を伝える映像を製作したり。仕事内容は多岐に渡ります。

「自然の中で仕事をしたい」という夢が叶ったわけですが、自然を相手に、自分で食べていくというのは想像以上に大変なはず。「サラリーマンのほうが楽だったな」とか、「以前の暮らしに戻りたいな」なんて思うことはないのでしょうか。

まっっっったく思いませんね。自分がサラリーマン的な働き方に全く向いてないという事もありますが、サラリーマン時代のことを思い出すとぞっとします。その日に自分が何をするかを自分で決められる裁量がない、という環境は本当にストレスでした。「ほんとようやってたな」と思うし、戻れと言われたら絶対に無理。いやぁ、戻りたいとは全く思わないです。

力いっぱい否定する安田さん。いまの暮らしを本当に気に入っていることが伝わってきました。

郡上の冬。(写真提供: 安田さん)

山とか川とか星とか、前は休日にわざわざ見に行っていた風景が、日々の暮らしの中に、当たり前のものとしてあるんです。でも、見慣れて飽きてしまうことはありません。毎日運転しながら「あぁ、今日も川綺麗だな」と思うし、微妙な変化にも気づくようになりました。山の緑が段々と濃くなって、鮮やかに色づいて、雪に埋もれて。そんな風景の中で子どもを育てて、一緒に遊ぶことができる。日々喜びを噛み締めてますね。

最近は獣害に悩む農家さんたちの気持ちを知るため、自然農も始めたそう。いまは借家に住んでいますが、家をDIYすることにも興味があるといいます。

都会は仕事が細分化されていますが、こっちの人はなんでも自分でやっちゃうんですよね。「百姓」という言葉の由来がよくわかります。

そして、おじいちゃんたちは自分の欲望にストレート。夏は鮎を食べたいから川に行って、冬は猪捕りたいから山に入って。そういう姿を見ていると、なんだか勇気をもらえます。「あぁ、これでいいんだな」って。自分も少しずつ、そういう感じになれたらいいなと思っています。

取材中、安田さんの娘さんは自由に草花や虫と戯れながら、人見知りや物怖じすることなく罠猟講座を見学し、いきいきと自然や狩猟について話すお父さんの姿を目で追っていました。成長したときにどんな価値観や考え方を持つのかは誰にもわかりませんが、少なくとも、「お父さん、いつも楽しそうだったな」と思うのは間違いない気がします。

都会の暮らしにちょっと疲れている人、心から好きだと思える仕事がしたいと思っている人、自然の恵みに生かされている感覚を取り戻したい人。安田さんのこれまでの経験や現在の暮らしに惹かれる人は多いのではないでしょうか。

「知らない」と「知る」の間には大きな壁があるし、「知る」と「やる」の間の壁はもっと大きい。更には、「やる」と「やり続ける」の間にも壁があります。飛び込んでみるとそれがわかるし、仲間もできるし、楽しくなっていくはず。その壁を乗り越えるために、猪鹿庁が役に立てるなら嬉しいです。

(撮影: 秋山まどか)

– INFORMATION –

グリーンズの学校でクラス開講決定!

安田さんをゲスト講師にお迎えした「日常に活かせるサバイバル力をつけよう。親子でも参加可能な狩猟&アウトドア【食育】クラス」が5/18よりスタートします。郡上での実践型講座もありますよ。詳しくはこちら http://school.greenz.jp/class/inoshika-class/