『生きる、を耕す本』が完成!greenz peopleになるとプレゼント→

greenz people ロゴ

いすみでの暮らしはどん底から始まった。ニュースポーツ「SUP」の普及に務める森和仁さんの、40歳から始まった新たな人生

がっちりした体型に、日焼けした肌。どうぞと案内されたおしゃれな仕事部屋の出窓の向こうは、一面の緑。

甘い香りのするフレーバーコーヒーを出していただき、笑顔でイスを勧めてくれるその姿は、爽やかそのもの。千葉県いすみ市で、SUP(サップ)というニュースポーツに関する事業を手がける「ワォアクションスポーツ株式会社」の代表取締役・森和仁さんは、19年前にこの地にやってきた移住者です。

さぞかし爽やかなスポーツライフについてお話が聞けるかと思いきや、インタビューの第一声に、いきなり度肝を抜かれます。

僕はほかの移住者みたいに、起業したいとか地域の魅力に惹かれたとか、そういうことで移住してきたのではないんです。事業に失敗して、行き場がなくて、ここに来たんです。

奥さんと3人の子どもを抱え、途方に暮れるしかなかったというどん底から、森さんのいすみでの暮らしはスタートします。

そんな森さんを支えたのは、とにかく子どもたちを育てなくてはという強い気持ち、自身の経験に端を発した「健康な人を増やしたい」という思い、そして、生き方が大きく変わったというクリスチャンとしての信仰でした。

偶然の機会を掴み取り、強く切り拓いてきた森さんの歩みを、まずは振り返っていきましょう。

教会を頼って、いすみ市に辿り着く

ワォアクションスポーツ株式会社・代表取締役の森和仁さん

森さんがいすみ市にやってきたのは、2000年のこと。社員が60名もいる会社を経営していた森さんは、事業に失敗し、クリスチャンだった奥様のツテを頼って、いすみ市にある岬キリスト教会に身を寄せることになります。

こっちに引っ越して1ヶ月ぐらいは、ひたすらボーッとしていました。どん底まで落ちた感じで、完全に負け組でしたね。劣等感の塊でした。

森さんが最初に身を寄せた、いすみ市の岬キリスト教会。教会には、子どもたちの学校の手配をしてもらったり、アパートの用意をしてもらいました

しかし、嘆いてばかりもいられません。奥様と中学生、小学生、幼稚園生という、3人のお子さんを養っていかなくてはならなかったからです。パソコンに詳しかった森さんは、重い腰を上げ、近くのパソコンショップで働き始めます。そしてその後、工場でサーフボードを製造する技術を確立した会社「サーフテック」の日本代理店に、転職することになりました。

森さんはもともとクリスチャンではありませんでしたが、いすみ市に移り住み、教会にお世話になったことをきっかけに洗礼を受けました。そして、海が近いということで、若い頃にやったことのあったサーフィンを「趣味とも言えない程度に」かじっていたそうです。

その会社の社長は、もともと宣教師として日本にやってきた人でした。その方が始めた会社だったので、同じ価値観で話せる人ということで、クリスチャンでサーフィンが好きな人材を探していたようです。それで、回り回って僕に声がかかりました。じゃあちょっとチャレンジしてみようかと、転職したんです。

サーフボードを売る営業マンに

(写真提供:森和仁)

こうして2002年、森さんはサーフボードの販売営業の仕事を始めました。サーファーからの信頼を獲得するためにまずやったのは、なんとサーフィンに行きまくることでした。

海が近いから回数は行ける。せっかくそういう会社に勤めることになったので、別にうまくはないけど、サーフィンをちゃんとやってみようと。それで朝、会社に行く前とか休みの日とか、年間300日ぐらい海に入りました。そうしたら、ほかのサーファーと、海の中で「この間もいたよね」とか話すようになって。そこで関係ができ始めて、ボードも売れるようになっていきました。

2009年には、代理店がいすみ市内に大規模なサーフショップをオープン。森さん自身の売り上げもどんどん上がっていきます。このまま順調に敏腕営業マンとしての道を歩むかと思われました。

いつのまにか、社長になる

潮目が変わったのは、2011年の東日本大震災でした。風評被害によってサーフィンをやる人が減り、売り上げが落ちて、雲行きが怪しくなっていきます。2012年には、当時のアメリカ本社の社長が投資家に株を売却したことで、日本代理店が実質的に消滅。会社の体制が変わり、古くからいる社員がどんどんクビになりました。会社は縮小し、社名も「サーフテック・ジャパン」から「ワォアクションスポーツ」へと変更されます。

その後、役員同士がもめて、全員辞めることになりました。それで当時の社長に「役員になれ」って引っ張り込まれたんですね。でも役員になるってことは、イコール「会社が抱えている負債も背負う」っていうことだったんです。

もう借金はしたくなかったからどうしようかと思ったけど、歳も歳だし、今から新しい仕事を探すのはきついなと思って。

覚悟を決めて役員になった森さん。そしてほどなく、社長に就任しました。5人ほどいた社員もいなくなり、お店も売って、拠点を自宅に移します。

そこから、ひとりでできることをやろうと動き始めたんです。

SUPの普及に務め、事業につなげる

SUPボードは、サーフボードよりも大きく浮力があるため、初心者でもすぐに立ち上がって漕ぐことができるそう

そのなかのひとつが、今もワォアクションスポーツのメイン事業となるSUPに関わる事業でした。SUPとは「スタンドアップパドルボード」の通称で、ハワイ発祥のマリンスポーツ。サーフボードよりも大きいボードで海や川の水上をゆっくり散歩するという、誰でも楽しめるスポーツです。最近では、SUPの上でやる「SUPヨガ」なども知られていますよね。

森さんとSUPの出会いは2007年のこと。サーフテックが、世界で初めて量産型のSUPボードを製造し、販売することになったのです。森さんも、そのときに初めてSUPを知り、近くにある夷隅川で、実際にSUPをやってみたのだそう。

初めて売るものだったから、面白いかも、どうやってやるのかもわからない。それで近くの川でやってみることにしたんですね。そしたら、まぁまぁ面白かった。

で! やってるうちになぜか痩せていくんです。SUPはガツガツ運動するような感じはまったくありません。でも、ボードの上でバランスをとるために筋肉が全部動くので、すごい運動量なんです。仲間とキャーキャー言ってるうちに、めちゃくちゃ運動してるんですよね。

幼児から高齢者、果てはペットまで、誰でも簡単にできて、めちゃくちゃいい運動になるSUPに、森さんは可能性を感じました。

夷隅川でのSUP体験(写真提供:いすみパドルクラブ)

ペットも一緒にSUPを楽しめるのは、いすみパドルクラブだけ!(写真提供:いすみパドルクラブ)

じつは夷隅川は、SUPを楽しむのに、とても適した環境でした。

夷隅川を調べたら、蛇行率は日本2位。そして、生息する生物数もなんと日本2位! すごいよね。しかもちょうど堰(せき)があるから水の流れが緩やかで、ダムみたいな感じなんです。川が蛇行してるから景色が変わって楽しいし、周りの土地より川の位置が低いから風の影響も受けづらい。初心者がSUPをやるには絶好の場所だったんですよね。偶然なんですけど。

雄大な夷隅川

ここまでSUPに適した環境を利用しない手はない。そこで2009年に立ち上げたのが、今も続いている「いすみパドルクラブ」です。あまり知られていないSUPの面白さを広め、ボードの販売につなげたいという狙いからスタートしました。

SUPは新しいスポーツだから、ただ「面白いから買って!」と言っても当然ボードは売れません。だから最初は、こうやって楽しむんですって教えながら売ったんです。SUPの本場、ハワイで学んできたインストラクター養成の仕組みをベースに、国内向けのインストラクター養成講座をつくって最初に提供し始めたのもうちの会社です。

SUPの魅力を伝えるだけでなく、提供する側の育成やフォローも行う。つまり森さんは、ボードを売るために、シーンをつくるところから始めたのです。今やSUP業界で、森さんを知らない人はいないそう。

いすみパドルクラブのフィールドは川ですが、SUPは海でも楽しめます。こちらは、アシスタントインストラクターの講習の様子(写真提供:いすみパドルクラブ)

ひとりになったあともいすみパドルクラブを続けたのは、体験事業であれば仕入れなどをする必要がなく、体験料がそのまま利益となるため、ひとりでも継続していけるだろうと踏んだからでした。

さらに、SUPの魅力や効果の裏付けを科学的な見地からも示すことが必要だと感じ、隣町の国際武道大学のスポーツ医学の先生など、専門家に協力を依頼します。その延長として「NPO法人ウォーターフィットネス協会」を立ち上げ、SUPをはじめとしたウォータースポーツの安全普及と健康について、今も科学的な検証と研究を続けています。

たくさんの人に健康になってもらいたい

たまたまいすみに移り住み、クリスチャンになったことを契機にサーフボードを販売する職につき、SUPと出会ってスポーツ業界に身を置くことになった森さん。すべて偶然の流れでしたが、今もスポーツに関わり続けているのには、じつは自身の体験と経験をもとにした、ある思いがあります。

なんでこれをやっているかというと、たくさんの人に健康になってもらいたいからです。

日本は自殺率が高いですよね。以前に倒産したときって、メインバンクが破綻したことがきっかけだったから、同じような状況の会社が周りにもいっぱいあって、自殺した人も結構いたんです。

自分も、今月末の支払いがもう間に合わないってなったときに、いろいろなことを考えました。その中には、自殺っていう選択肢もどうしても上がっちゃう。ダメダメ! って思いながらも、追い込まれていって、できることの選択肢が減ってくると、生きるか死ぬか、みたいになってくる。

そこで僕は、逃げて生きるしかないっていう選択をしたんだけど、そのときは毎日のように、昨日はあの人が自殺した、今日はあの人が自殺したっていう感じでした。そういうことが2度と起こってほしくないんです。

NPO法人いすみライフスタイル研究所」が主催し、毎月開催しているのが「いすみ川SUPリバークルーズ」。SUPに乗って、台風などで流れてきたゴミを拾い集めます。6人乗りのボードに乗って、漕ぐ人とゴミをとる人と役割分担。初心者でも参加可能で、なんと参加費は無料だそう(写真提供:いすみパドルクラブ)

自殺を考えてしまう気持ちがわかるからこそ、森さんは心身が健康であることの大切さを痛感しています。

ちょっと外に出て運動すると、なんかわからないけど疲れて、よく眠れて、ごはんもおいしい。よく遊んで、よく寝て、よく食べるっていう3つのことができると、自然と健康になっていくんじゃないかなと思っています。

(写真提供:いすみパドルクラブ)

それにスポーツをやってる最中って、あれこれよけいなことは考えないですよね。その瞬間がすごく清々しくて気持ちいいし、終わったら新しい気持ちになって元気が出て「よし、いこう」っていうふうに切り替えられる。それが、スポーツの魅力としてあると思うんですよね。しかもSUPやサーフィンは、それを自然の中でやるから、室内でやるジムのトレーニングとはまた別物だと思います。

その先に、命を豊かにまっとうしてもらいたいっていう思いがあるんだけど、そこまでいくとちょっと重いかなと思ってるんだけど(笑)。でもそういう気持ちでやってると、はい、ここまでですよっていう紋切り型のサービスじゃなくなって、お客さんも喜んでくれるんですよね。

与えようと思うと、楽になる

自然の中にいると、自分のちっぽけさがわかるんです。自然から与えられてるものがいっぱいあると気づくと、やっぱり感謝しますし、いろいろなことがどうでもよくなる。

最初に役員になったときは、なんでいち社員だった僕が会社の負債を背負わないといけないんだ! って思いました(笑)。でも、もういいやって思いました。ここまでしてもらったのも会社のおかげなので、とりあえず頑張って働くわと。

そうした森さん自身の変化は、やはり信仰をもったことが大きかったそう。クリスチャンになったことで、そもそもの仕事へ取り組む姿勢が変わりました。

以前は、いい仕事を見つけたら、どうやってこの人からお金を取ろうかと考えて奪い取る感じでした。でもクリスチャンになってからは、この人はどうしたら喜んでくれるんだろうって考えるようになりました。奪い取るんじゃなくて与えようっていう気持ちに変わると、生き方としてすっごく楽になりましたね。

与えようと思うと、楽になる。それはどういうことなのでしょうか。

奪い取る生き方のほうが忙しい! もう常にね、休まらない。平安がないし、たとえば何億円っていう大きな仕事をもらっても、全然満足できないんです。

昔は今より、収入も地位的なものもあったけど、精神的には全然乾いてて、いくらお金があっても足らなかった。嫌でしょ、そういうの。でも与えようと思うと、与えて喜んでくれることが嬉しいわけじゃないですか。そうするとすごく満たされて、収入が少なくてもそんなに気にならないんですよね。

人と付き合うのも、すごく楽になりました。だってそれまでは、この人からいくらお金をふんだくってやろうかという付き合いしかしてなかったんだから。こうやって人の幸せを喜べるようになったのは、本当によかったと思いますね。

新しいことを始めるのは、いつからでも遅くない

人生の再スタートを切り、本格的にサーフィンを始めたのが40歳。SUPを始めたのが47歳。

森さんは言います。「だから、いつからでも遅くないっていうことだよね」と。

でも、また60歳から新しいことをやれって言われても困るけどなぁ(笑)。こういうのって、タイミングというか流れだよね。

聖書には、”神様はみんなのことを愛しているから、委ねて待て。時は来る”って書いてあるんです。わかったよ、じゃあ待つよ、でも早くしてくれーみたいな(笑) それで待っていたら、サーフテックからお誘いがあったんです。

どん底を経験し、そこから這い上がって新しいことに挑戦し、今、人生を人のために生きている森さんの言葉には、説得力があります。私自身は無宗教ですが、信仰というものが、これほどまでに人生を変えてしまうことに驚きました。

倒産した際には、迷惑をかけた人も大勢いました。「だから、いすみにきた経緯は、これまでほとんど話したことがありませんでした」と森さん。

人生はやり直せる。
いつからでも遅くはない。

今回、まさに「タイミング」がきてこの話をしてくださったのだとしたら、それは今、何かに悩み、挫折しそうになっている人にとって、どれだけの勇気と希望となるのでしょうか。

人間である以上、嘘をついたり、罪を犯すじゃないですか。間違いも起こす。でも、そのブレをなるべくちっちゃくして生きていきたいと思っています。

森さんに会いたければ、ぜひ、初心者でもSUPを体験できるいすみパドルクラブへ。いすみの自然に触れ、体を動かしたら、明日からまた頑張ろう、きっとそう思えるはずです。

(写真: 藤啓介)