greenz people限定『生きる、を耕す本』が完成!今入会すると「いかしあうデザインカード」もプレゼント!→

greenz people ロゴ

自然災害時に必要なのは、サバイバル術だけじゃない。「72時間サバイバル教育協会」片山誠さんが防災教育で伝えたいこと

2018年は大阪北部地震、西日本豪雨、北海道胆振東部地震など、災害の多い年でもありました。気象庁の発表によると、今後30年間に南海トラフ沿いの大規模地震が起きる可能性は70〜80%。地震以外にも、地球温暖化の影響から、自然災害への脅威が年々高まっていると感じている人も多いのではないでしょうか?

今回ご紹介する一般社団法人「72時間サバイバル教育協会」は、生存率が大幅に下がるといわれる災害発生後72時間を生き抜く力を子どもたちに伝える活動を行っています。

電気・ガス・水のすべてが止まった状態でも、子どもたち自身でなんとか生きのびるための知識やスキル、マインドを伝えており、一度受講した子どもたちのなんと8割以上がリピーターになるといいます。

防災教育を通して、代表の片山誠さんが本当に伝えたいこととは? 立ち上げの経緯や思い、実現したい未来について、お話を伺いました。

片山誠(かたやま・まこと)
1971年、大阪府生まれ。新卒入社した屋外広告メーカーで営業を8年間務めた後、約2年間の探索期間を経て、2006年5月、川、山、海など自然のフィールドでアウトドアツアーを企画運営する株式会社ココロ(大阪市)を設立。さまざまなツアーのガイドをしながら野外教育、体験学習によるチームビルディングなどの研修にも力を入れる。最近は国内・中国の野外活動指導者養成プログラムの講師や、大学での非常勤講師など多方面で活動中。2012年、仲間とともに72時間サバイバル教育協会を設立。2016年に同協会代表理事となり、事業を刷新。2018年5月には初の自著『もしときサバイバル術Jr.〜災害時に役立つスキルを手に入れろ!』(太郎次郎社エディタス)を刊行、2019年2月には監修者として『めざせ!災害サバイバルマスター(全4巻セット)』(太郎次郎社エディタス)を刊行し、プログラムの普及に本腰を入れて活動中。

子どもたちには生き抜く力を。大人には指導できる学びの場を

まずは72時間サバイバル教育協会の活動を具体的にご紹介しましょう。

同協会は、小学生以上を対象に、「災害発生後72時間」を生き抜くために必要な8つのプログラムの提供を通じて、自分の身を守る“自助”そして、仲間を守る“共助”を身につける減災教育を行っています。8つのプログラムは以下の通り。

①SOS:災害時に救助隊にいち早く発見してもらうためにどうすればよいかを学ぶ
②ファイヤー:寒さをしのぎ、調理にも使う火を、災害時にはどのように使用・管理するかを学ぶ
③ウォーター:水をどうやって確保して安全に管理するかを学ぶ
④ナイフ:災害時に役立つナイフを安全に使いこなす方法と、さまざまな使い方を学ぶ
⑤シェルター:災害時に雨露・寒さ・暑さをしのぐために必要な住環境の確保の方法を学ぶ
⑥ファーストエイド:ケガをした場合の止血、応急手当の方法をはじめ、熱中症、低体温症、感染などの二次災害を防止する方法を学ぶ
⑦フード:限られた環境でどのようにして食事の確保を行うのか、ある物を工夫しておいしく食べるノウハウを学ぶ
⑧チームビルディング:災害を乗り越えるために必要な避難場所でのチームづくりと、そこで必要な役割や行動を学ぶ

「72時間サバイバル教育協会」は、これらのプログラムひとつひとつで講習と検定を実施し、合格した人にはワッペンを授与、すべてのワッペンをそろえた人を公認「サバイバルマスター」として認定しています。

片山さんは2017年にこの講習を開始。子ども向け体験学習活動などをしているNPOや地域団体を窓口として、これまでに福岡、札幌、大阪、京都、東京の5カ所で実施してきました。

また子どもたちへの教育だけではなく、2018年からはインストラクター養成にも力を入れ、各地で講習を実施できる指導者を育てています。

昨年、関西のホテルとのコラボで開催された講習の様子。「SOS」を受講中の子どもたち。

同じく関西のホテルで行われたサバイバル講習。空き缶でご飯を炊く「フード」講習の最中。

合格者に授与されるワッペン。「避難時にこのワッペンが自分のスキルを示す証になるよう、非常用持ち出し袋につけてもらえたらなあ、と。支援される側じゃなくて支援する側になる自信にもなるんじゃないかな」と片山さん。

プログラムのミソとなっているのは、このワッペンを取得するのがとても難しいということ。科目によっては平均合格率30%と、非常に難易度の高い検定になっています。

例えば火起こしなら「たまたま風向きがよかったから火がついてしまった」というのは合格にしない。「いつどんな状況でも火を起こせるスキルが備わっているか」という点でチェックするから、厳しいんです。しかも、講習と実技と筆記試験をするから1日に1プログラムくらいしかできない。8つの項目をマスターするには何度も講習に足を運ばないといけません。

どんな教育も一緒だと思うんですけど、一回で会得できるものなんて浅いんです。でもそれをやっている大人が「がんばったね、できるようになったね。すごいね」って言っちゃったら、子どもはもうそれ以上「何かを学ぼう」という気持ちがなくなっちゃう。

参加したら修了証がもらえておしまい、かわいそうだから合格証をあげようという子ども向けのプログラムは世の中にいっぱいあるけど、それでは何の課題解決にもならないと思って。

非常用持ち出し袋につけたワッペンを自慢げに見せてくれた兄弟。お兄ちゃんはこの日、3度目の受講だ。

そんな厳しい「サバイバルマスター」への道のりですが、「ワッペンを全部集めたい」と講習にリピート参加する子どもは、これまでのところ、なんと8割を超えているそう。そのリピート率の高さの秘密は、片山さんのかかわり方にありました。

大切なのは1回で「お腹いっぱいにしない」ってこと。

たとえば「ファーストエイド」のプログラムも、止血と熱中症と低体温症くらいしかしないんですよ。終わってワッペンを配った後に、「本当にこれで人を助けられる?」「こんなときはどうするの?」って問いかけをします。子どもが「わからない」と言うと「こんな講習があるよ」と次の学びの機会を提供する。そうやって、1回でお腹いっぱいにせず、継続的に学ぶ意欲を育てるようにしています。

ファーストエイド講習の風景。

それに、講習の度に「君たちは自分を守れるだけでなく、ぜひマスターになって、人を守れる人間になってほしい」ということを繰り返し伝えて、子どもの正義感に火をつけているんです(笑) 火をつけて、さらに子どもが「学びたい」と思うように、子ども自身の体験を大事にしているんです。

たとえばファイヤープログラムでは、たき火の起こし方を教えるのではなく、考えるためのサポートをしているそう。

「マッチの火を置くのは新聞の上がいいか、真ん中がいいか、下がいいか、どれだと思う?」ってたずねる。「わからない」といわれたら、「こうだよ」と教えるのではなく、「じゃあ、全部試してみたらいい。そしたら答えが見つかるよ」って。そういう指導をこのプログラムでは延々とやっているんです。

「ファイヤー」講習を受講中の子どもたち。

「体験して、初めて、わかる」という学びのプロセスを大事にする例は、ほかにもあります。

たとえばウォータープログラムでは、ペットボトルでろ過装置をつくります。インターネットで検索したら上位に出てくる有名なろ過装置なんですけど、つくって試したら、大人でもなかなかうまくいかない。ネットに書いてあって、やる前は全員が「できる」って思い込んではじめるんだけど、実際には失敗する。そこで初めて「試してみないと本当にできるかどうかはわからないんだ」ってことを知るんです。

見たり聞いたりした知識が本当のことかどうかわからないのに、デマを拡散するような人になって欲しくないから。そんなことをすべての講習にいちいち盛り込んでいます。

災害時、子どもと大人は一緒にいるわけじゃない。

片山さんがこの活動を始める直接のきっかけとなったのが、東日本大震災の被災者支援ボランティア活動でした。

2011年12月に初めて東北に行き、その冬から何度も被災地に足を運びました。被災地の子どもたちの話を聞くと、ほとんどが、「3日間お父さんに会えなかった」とか「家族と会えたのが2日後だった」とか。子どもが家族と離れている時間は1日の中で意外に多い。子ども自身にも、いざというときに自分で判断し、生きていく力が必要だと感じたんです。

もしも震災が日中に起こった場合、勤め先から帰宅困難になった場合、子どもの安否確認はすぐに行えない場合が多いでしょう。片山さんはアウトドアツアーの企画会社を運営していることから、震災との新しいかかわり方を見つけました。

ちょうど、ボランティアの内容も、最初はがれき撤去のようなわかりやすい支援だったんだけど、次第に仮設住宅を訪問したり、一緒にお茶を飲んだりといったコミュニティづくりのような支援が増えてきました。

このようなボランティア活動をする人は現地にたくさんいたので、僕は違ったアプローチで震災のことを風化させない活動ができないかなあ、と思ったんです。せっかくアウトドアの事業もしているので、それを活かした貢献ができないかなと思うようになったんです。

目指すのは、防災・減災のその先

防災・減災って僕の中ではまだファーストステップで、自助・共助の考え方をもっと社会全体に落としていきたいと思っているんです。たとえば「チームビルディング」は子どもに避難所運営について考えさせるプログラムですが、これから取り組みたいと思っているのは、このマスターになった子どもたちを集めた上級編。そこで子どもたちにたずねるんです。

「避難所に、障がいを持った人とか、乳児を抱えたお母さんとか、お年寄りとか、言葉がわからない外国人とかいっぱい集まってくるよね?そうなったときにどうやって共助していく?」と。

そして、「ああでもないこうでもない」ってみんなで考え、「なんとなくこうしていこう」と決まったときに、「じゃあ、これは災害のときだけでいいの?」という投げかけをする。

「普段もいるよね?災害が起こっていなくても自分たちの周りにいっぱいいるよね?」
「どうして障がい者と触れ合う機会は少ないのかな?」
「そこも考えないと、マスターじゃないんじゃないの?」って。

そうやってちょっとずつ、この狭い「防災・減災」という括りから、社会へ目を向けていくところまで仕組みをつくっていく。その学習意欲の火付け役が、僕らの役割かなあと思っています。

体験を通して「できた」自信を育てることで、自分で生きていく力(自助力)を養うこと。他者とともに、そのつながりの中で生きる力(共助力)をつけること。

受講のリピーター率が高いのは、片山さんが伝えたいこのメッセージの大切さを、子どもたちは直感的にわかっているからかもしれません。

あらゆる社会課題も、今生きている自分さえよければいいみたいなところがどこかにあるじゃないですか。「何年、何十年か経ったら解決する人が出てくるやろう?」みたいな。そんな無責任なことで物事が進んでいるのはなんか違うよね、っていう気持ちがずっとあるんです。でも一人ひとりが少しずつ変えていこうと思って動かないと何も変わらない。

防災教育を通して、あきらめずに取り組む心とか、「人を助けられる人になるんだ」という意識を持った子どもを育てたい。そして難しいことにまっすぐ挑戦する子どもを見て、大人だって変わってほしい。その第一歩として、この活動をやっているんだと思います。

2018年7月に発生した大阪北部地震の翌日、片山さんの講座を受けたある女の子は災害時の対応について自信を持ち「何かあったら私が守るから」と家族に言って登校したそうです。「人とともに生きる正義感のようなものは少しずつ育てられているのかな」と片山さんは言います。

自然災害が増えてきた昨今、被災は他人事ではありません。お子さんがいる方は、ぜひ、「72時間サバイバル教育協会」の講習を受けさせてみてください。そしてぜひ、お子さんと一緒に取り組んでみてください。きっとあなた自身にも、自分で生きていく力と、周りを助ける勇気が、むくむくと湧いてくるに違いありませんから。

(Text: 立藤慶子)
(写真提供: ホテル日航関西空港)