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消え入りかけたニーズを辛抱強く温め直す。8,500人まで落ち込んだ来場者数を翌年14,000人に跳ね上げた、福島県田村市「ムシムシランド」の軌跡

福島県田村市常葉町(ときわまち)にある「ムシムシランド」は、林の中に入ってカブトムシに触れ、幼虫から成虫になるまでの生態を観察できる「カブトムシ自然観察園」や、世界中のカブトムシが飼育展示される「カブト屋敷」などを揃えた「日本で唯一の昆虫の楽園」です。夏休みになると全国から虫好きな子どもたちが集まっていましたが、東日本大震災の影響などにより、2017年には来場者数が8,500人にまで落ち込みました。

ところがこの夏、ある企画によって来場者数が震災直前と同じ水準の14,000人へと回復したのです。背景には、放送作家やYoutuberなど、意外な人たちの協力があったそう。ムシムシランド を運営する田村市常葉振興公社の吉田吉徳さんに、詳しくお話を伺いました。

写真右が吉田さん。カブトムシが好きだったため27歳のときに田村市常葉振興公社に入社。宿泊施設「スカイパレスときわ」施設長 http://skypalace.jp/

活況を呈した1990年代〜2000年代前半。しかし……

そもそも、ムシムシランド はどのような経緯で始まった施設なのでしょう。話は、常葉町が合併によって田村市になる前、1980年代に遡ります。

吉田さん 旧・常葉町は全国有数の葉たばこの産地でね。葉たばこの生産には大量の腐葉土が必要で、落ち葉を集めて腐葉土をつくるときにカブトムシが卵を産んでいく。腐葉土を篩にかけたらゴロッと幼虫が出てくる。気持ち悪いって捨てていた、その「いらないもの」を銭に変えようってやってきたのが、「カブトムシ」の事業でした。

1988年6月4日、旧・常葉町は「カブトムシ自然王国」と独立宣言をして、殿上山(でんじょうやま)を中心に一大観光施設の建設に着手しました。数年で、カブトムシ自然観察園やカブト屋敷、子どもが喜ぶ遊具が整備され、宿泊施設「スカイパレスときわ」も併設されました。カブトンというマスコットも誕生し、「カブトムシ幼虫観察セット」の販売も開始。

カブトンとカブリン。2匹は夫婦

以来、ピーク時にはカブトムシ関連施設だけで年間来場者数約40,000人(スカイパレスときわ・遊具などの併設施設を含めると80,000人)を記録します。カブトムシ幼虫観察セットも全国に1,000セットを販売していました。2005年にはトレーディングカードゲーム「甲虫王者ムシキング」が流行り、活況を呈します。同じ時期に、「ゆるキャラ®」という言葉が生まれて、カブトンの時代が来るかと思われました。それがうまく波に乗れず。

ブームとカブトンがすれ違ったように、その後ムシムシランドも時代に飲み込まれていくのです。

2005年は、全国的に市町村の廃置分合を進めた「平成の大合併」が始まった年です。常葉町も近隣3町1村との統合で、田村市に変わりました。

吉田さん 旧・常葉町っていうのはね、本当に「カブトムシ自然王国」と呼ばれていたし、町長が国王という設定で、ミニ独立国のようでしたからね。それが合併によってうやむやになって、幻の国になっちゃった。やっぱり寂しかったですねえ…。

合併後の5年を経て、ムシムシランドの来場者数は、年間述べ14,000人まで落ち込んでいました。カブトムシ幼虫観察セットの販売数も下降線の一途を進みます。全国的な人口減少・少子高齢化も少なからず影響した結果でした。

吉田さん このまんまじゃしょうがないから、2011年は幼虫観察セットの販売数を増やす計画を立て、冬前には地元の方々から20,000匹を買い入れていたんです。
そして、郵便局の「ふるさと小包」というのに申し込みをして、東京都23区と県内全域の郵便局にチラシを送る段取りをつけて、発送したんですね。3月10日に。

大仕事を終えた翌11日。東北地方太平洋沖地震が発生します。幼虫を土から小屋に移した、その3日後、3月14日に福島第一原発3号機が水素ガス爆発。

吉田さん 東京の郵便局からはチラシを配布していいものかと心配の声が寄せられて。
話を続けて、放射能検査で安全性が確認できるんであれば置けます、ってことになったんですね。

福島大学の放射線計測チームに、放射線物質が人体に影響ないレベルであることを確認してもらい、レポートを書いてもらいました。

吉田さん そこで一気に被災地支援の流れに変わり、おかげさまで、700セット、バァーンと売れたんですね。でも、700セットの3,500匹が売れても、残り21,500匹はあってね。

写真提供:ムシムシランド

被災後1ヶ月が経った4月から9月までの半年間、ムシムシランドの一部は緊急時避難準備区域に指定されました。

吉田さん ゴールデンウィークとか夏休みに予約が入っていたのに、3.11から1ヶ月で一切全部キャンセルになっちゃった。でも4月第2週に遊具施設を再開する予定でいましたので、遊具やリフトの点検をぜーんぶやって、再開に向けて準備してたんですよ。

買い集めた幼虫を殺してしまうのも可哀想だから、しょうがないんで、そのままカブトムシ自然観察園に放して、来年また幼虫採りましょうねって言ってた。そしたら、緊急時避難準備区域ってエリアに田村市の一部が指定されちゃってね。

併設の宿泊施設、スカイパレスときわだけ営業して、遊具施設はクローズ。カブトムシ関連施設もクローズ。

その年は、スカイパレスときわを除くと来場者が0になりました。翌2012年ゴールデンウィークにカブト屋敷を、夏にカブトムシ自然観察園を再開。震災前の約半数となる7,500人が来場しました。

カブっちは、2004年に生まれた夫婦の子ども

吉田さん その頃は、ただひたすらカブトンになっていました。暇だべって言われつつ、暇でもなかったんですけど、着ぐるみを着ていろんなところに行ってね。そうやって、「田村市は元気です!」って発信しようと思ってましたね。

2013年に入ると、来場者数は9,000人になりました。

吉田さん その間も、365日カブトンに入ってた。何かしなきゃ、何かしなきゃって常にあったんでね。「こんにちは!」って、出ていくと喜ばれて。それまであまり交流がなかった地域にもいけるんですよ。滝根町でも、船引町でも、「カブトン来てくれた。ほれ、餅でも撒いてけ」とかね。いろんながんばってる人たちと知り合いになれるから、楽しみで仕方なかったんです。

遊具施設のあった、看板の跡

しかし2014年以降、来場者数はまた下降線に戻ります。閉鎖して2年が経った遊具には錆びができました。

吉田さん じゃあ、もう遊具は諦めましょうねっていうことになって、スタッフもみんな気落ちしちゃってさ。でも、それだけじゃなくて、「みんな昆虫を気持ち悪いって言うから、カブトムシももうダメだねぇ。もっと、おしゃれなのに変えなきゃいけないんじゃないか」っていうふうな話をしていてね。

何とかしないといけないと思って、頼まれてもいないんですけど、田村市の知名度アップのために、カブトンを使った発信もしてた。2015年には「ゆるキャラ®グランプリ」にエントリーをして、福島1位にはなったんですよ。

ただ一銭にもならない。グッズがあるわけでもないし…あんまり達成感はなかったねぇ。

これまでか…苦境で出会った仲間たち

2017年の来場者数は8,500人でした。もう虫の時代ではないのかもしれない、と弱気になりながらも諦めきれなかった吉田さんたちは、虫が好きな知人からのアドバイスを受け、それまでとは違った角度から虫に光を当てる企画を考えました。それは、「世界三大奇虫」の展示です。

世界三大奇虫とは、ウデムシ・サソリモドキ・ヒヨケムシのこと。この3匹を筆頭に珍しい虫をたくさん集めれば、面白がって見に来てくれる人がいるかもしれないー。1から奇虫について勉強し、『世界の奇虫図鑑』(誠文堂新光社)の著者、田邊拓哉さんに相談に行ったところ、田邊さんは展示にふさわしいインパクトのある虫をあれもこれもと紹介してくれました。

ただ、企画がユニークだったとしても、これまでと同じやり方では多くの来場者が見込めるようには思えません。頭を捻っていたちょうどそのとき、福島県の魅力を発掘・創出・発信していく「福島WAKU-WAKUプロジェクト」のプロデューサーである放送作家・鈴木おさむさんに展示の監修をしてもらえることに。おさむさんのアドバイスを受けて、まずはコンテンツとサービスの見直しを図りました。

吉田さん 虫の特徴を面白おかしく紹介する手描きポップをつくろうって、郡山市にある国際アート&デザイン大学校のイラストレーション科やCGアニメーション科などの学生に頼みました。学生ならではの絵や文章でポイントがまとまっていると、来場者も楽しく虫の生態を学べるでしょう。それに、学生にとっては自分が書いたポップがそこにあるってことは、発信したくもなりますよねってな感じでね。

おさむさんは学生たちが描いたPOP一点一点に丁寧なアドバイスをしてくれたそう。学生たちも大いに刺激を受けたといいます

吉田さん これまでだったら入退場の「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」しかお客さんと接してなかったんですけど、おさむさんが「それじゃダメだよ」ってアドバイスをしてくださった。それで、奇虫の説明員も配置して、やたら詳しく説明してもらうようにしたんだよね。

ほかにも、おさむさんの意見を踏まえて、子どもはカブトムシを捕まえると、相撲をとらせることが好きだから、1日に何回か時間を決めて相撲大会を開催するようにしたり、ヘラクレスオオカブトを手に乗せて記念撮影できるようにしたり、決めていってね。

ヘラクレスオオカブト

SNSの撮影スポットでカブトムシを身につけてはしゃぐ子ども(写真提供:ムシムシランド)

合わせて、フードとチケットも見直していきます。

吉田さん これまでは、どこの食堂でも食べられるような、ハンバーグだったり、カレーだったり、うどんだったりを15種類ぐらい置いて、品数だけは豊富なメニューにしてきたけど、地元食材で、これなら自信を持って出せるメニューでなおかつ手のかからない4種類の料理にして回転率をあげることにしました。

あと、やっぱり田村市内を周遊してほしかったから、カブト屋敷の入口近くに市内の飲食店をPRする看板も立てて、滝根町のあぶくま洞とも連携してね。うちの入場チケットを見せるとあぶくま洞の入場券が500円割引になり、あぶくま洞の半券を持ってうちに戻ると小学生にカブトムシを1匹プレゼントする、という仕組みにしました。

右腕に巻いているオレンジ色のテープが入場チケット(写真提供:ムシムシランド)

展示は準備万端。あとはひとりでも多くの人にこの企画を知ってもらえるかどうかが肝です。そこで、生き物系YouTuberの鰐(ワニ)さんをムシムシランドに招待しました。鰐さんが運営するYouTubeチャンネル「ちゃんねる鰐」の登録者数は10万人以上。過去に「ゴキブリ50匹のケージに腹ペコのトカゲを投入」という動画が500万回再生超え、「バジェットガエルがまた怒ってる」という動画は400万回再生超えを記録しています。

吉田さん 鰐さんに連絡を取ってみると、虫は大好きだから行くよと。その代わりに、昆虫採集したり、川で生き物を採集したいって言うので、いいですよって話をして。二日間の滞在でカメラを回しながら撮ってくれました。3日もしないうちに4つ動画が完成して、公開したんですよ。そうしたら、初日だけで3万回再生もいってね、ビックリ。

ムシムシランドで撮影したもののうち、「カブトムシの聖地に焼酎漬けパイナップルを一晩放置した結果・・・」という動画は、170万回再生超えを記録して、「ちゃんねる鰐」歴代トップ5に入るほど、注目を集めました。

吉田さん それを見て、似たような動画を撮影したい人がきたり、田村市に行けば昆虫採集できんじゃねえかって人もきたり、新規客層が増えましてねぇ。

手描きポップで協力してくれた学生たちと鈴木おさむさん。(写真提供:ムシムシランド)

この夏は蒸し暑かった。カブトムシだけに

2018年7月14日〜8月26日、ムシムシランドは、「世界三大奇蟲展」を開催しました。鈴木おさむさんによる広報支援、学生たちの創意工夫、ちゃんねる鰐の動画配信が功を奏して、前年比64.7%増の14,000人超が来場。震災前以来の大盛況です。

吉田さん 本当にね、もう諦めかけてたのに、子どもたちがきて、きゃっきゃ、きゃっきゃっと喜んでるわけですよ。入場者も毎日集計をとって、去年とすごい違いで伸びてるもんですから、やりがいもあって、あっという間だったよなぁ。

ムシキングブーム以来の賑わいに、吉田さんと同じく当時の盛況振りを知っているスタッフの石井大樹さんも喜びます。

田村市常葉振興公社 総務係長の石井大樹さん。撤廃するまで遊具施設のリーダーを勤めていた

石井さん 前年までは8月も定休日を設けていて、平日なんて微々たるものでした。それが今年は平日にもガンガン来ていたし、土日祝祭日はそれに輪を掛けた来場で、この夏は休みなし。それでもあっという間に感じましたもん。

子ども連れのおじいさん、おばあさんしか来場しなくなっていたムシムシランドに、若いカップルや爬虫類好きの女性たちも来場しました。

吉田さん ムシキングブームを知らないスタッフばかりだったからね。全員盛り上がりましたよ。うちの会社は第三セクターなんで、社長も田村市の副市長がやっていてね。ふつう、社長つったって判子押すだけなのに、違くてですね。平日は副市長の仕事をして、毎週土日になるとムシムシランド に来て、8時半からレジを閉める18時まで来場者の接客をしてくれた。

社長がそれだけ頑張ってくれたら、私らもサボれないですよねぇ。最初の目標は「8,500人を10,000人に回復する、ゆくゆくは12,000人に」というところだったんだけど、「何とか12,000人に達しそうだ」「いやいや13,000人いきましょう」。「いきました!」「いやぁ震災前を越しましょう」ってどんどん、どんどんゴールをあげていく。日々目標をクリアしていく快感っていうのを、みんな味わったよなぁ。

去年まで朝のミーティングと言ったら、モゾモゾモゾとした感じだったのが、「昨日で何人になりました」「今日は何人まで頑張りましょう」「オー!」って、雰囲気ががらりと変わりましたよ。

変化したのは、スタッフに限りません。

吉田さん これまでもいろいろチャレンジしてきたんですけど、目に見える形で、初めて結果が出たの。私たちを含めて、田村市全体が「虫は気持ち悪がられるから誰も来ない」って雰囲気だったけど、前年の約1.6倍来ましたって伝えるじゃないですか。そうしたら、可能性があるんじゃないかって雰囲気になりましたよ。

この施設は市が所有していて、私たちは管理運営だけを期間限定でお願いされている会社なんで、何かつくりたくても、自分たちではできないんですね。でも、市としてもムシムシランドに何か整備しようという流れになってきた。

まだ具体的なことは決まってないけど、ようやく自分らで何かやれそうな感じになってきているんですね。

チャレンジしてきたことのひとつ、幼虫そっくりのグミ。開発が完了し、これからお土産用のお菓子として販売しようと目論んでいます(写真提供:ムシムシランド)

田邊拓哉さんに鈴木おさむさん、国際アート&デザイン大学校の学生たちやYouTuber鰐さん。いろんな人のアドバイスを、吉田さんをはじめとしたムシムシランドのスタッフが素直に受け入れ行動したからこそ、これだけの成果をあげることができたのでしょう。

吉田さん いや、素直というより、主体性がないだけなんですよ。「俺はこうだ!」っていうこだわりがないでしょう。自分には考えつかないから、人から言われたことをなるほどって単純に思ってしまうし、そのアイデアが良さそうだったらやるしかないんだよな。今回はそれが大成功だった、ということで。みなさんのおかげです。

吉田さんの表情には、笑みが浮かんでいます。その柔和な笑顔には、27歳から人生の半分を注いできた、カブトムシへの愛が溢れる55歳のたくましさが表れているように見えました。そして、この物語には、まだ続きが残っています。

季節を超えて。昆虫の楽園に

三大奇蟲展の大盛況で一旦は元どおりになったムシムシランド。だからこそ、これからを見据えることが重要です。

スカイパレスときわから臨む雲海(写真提供:ムシムシランド)

吉田さん カブトムシは、あくまでも観光の目玉のひとつ。春秋冬を意識して、スカイパレスときわも、盛り上げていきたいですね。この景観はすごいじゃないですか。今朝の雲海も凄まじかったですよ。周りの山の高さもちょうどそろっていて、民家は見えず、木々が茂っている。まずはこの自然を知ってもらうことを目標にしたいですね。

旧・常葉町が田村市の一部になって、独立国だった「カブトムシ自然王国」は消えてしまいました。しかし、自然王国が湛えていた魅力は、ちゃんと風土に残っています。そんな田村市常葉町の魅力を感じてもらうために、吉田さんたちが考えた、カブトムシとスカイパレスときわの両方を満喫してもらえるイベントを、最後に紹介してもらいました。

空一面の綺羅星を眺めることができる王国は、季節を問わず自然を楽しめる虫の楽園でした(写真提供:写真家 朔丸)

– INFORMATION –

秋の幼虫掘り出し体験

吉田さん 「11月17日(土)にカブトムシやクワガタの幼虫掘りを体験してもらえるイベントを開催します。幼虫掘りのポイントやカブトムシの飼育方法を教えたり、スカイパレスときわで、郷土料理や入浴も満喫してもらえるようにして、いろんな人たちに楽しんでもらいたいですね」

料金 おとな2,000円 こども(5歳以上小学生以下) 1,500円
定員 30名(先着順)
会場:ムシムシランド周辺の森林内

▼その他、詳細やお申込みはコチラから。
http://mushimushiland.com/2018/1017/192109

集合場所:スカイパレスときわ

撮影:ひさみつまゆみ
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